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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
支配少女とキョウダイ

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Ⅱ64.キョウダイは決める。


「……クロイ。起きてる?」


ん、と一音だけが闇夜の中で返される。

深夜となり、姉と部屋を別れた二人は同じ部屋で壁や天井を眺めていた。他にも部屋はいくつもあるが雨漏りや壁の亀裂や穴が酷く、とても過ごせる環境ではなく物置と化していた。私物も少ない彼らに空の物置部屋ばかりが年月を追うごとに増えている。

幼少の頃に買い与えられた二段ベッドを今も変わらず彼らは使う。両親が使っていた大きなベッドを姉に譲った二人は、どちらもその昔からのベッドを別々に分けようとも、姉の古いベッドを貰おうとも思わなかった。細い身体に、成長した身長だけがベッドより伸びた所為で収まらない。天井を見れば危なげにピシピシと音を立て軋む亀裂が視界に入る為、上段に寝るディオスは横に転がったまま足を曲げ、下段のクロイは足首から下をベッドからこぼしたままディオスのベッド底を見上げていた。


「……ジャンヌの話、信じられると思うか?」

学校を走って往復し、泣き腫らしたディオスも


「そう思ったからディオスも仕事辞めたんでしょ」

学校から走って帰り、今日最後の仕事を夜遅くまで勤めたクロイも


何度瞑ろうと、眠れはしなかった。


「…………本当に、クロイも仕事辞めてきたんだね」

「別に僕は信じるとか……。……最終的には脅されたし。……本当アイツわけわかんないよ」

身動ぎ一つせず、互いに口だけを動かした。

独り言のような大きさの声も、閉じ切った部屋には充分通った。小さく悪態をつくクロイの言葉に、ディオスは一人の少女を思い出す。入学初日から自分に不快な言葉ばかりを投げ掛けてきた深紅の髪の少女を。

トン、と壁を叩く音が下から聞こえ、クロイが八つ当たった音だなとディオスは理解する。昨晩から〝同調〟をしていない彼は、今日一日のジャンヌとディオスとのやり取りを知らない。自分と入れ替わりに学校へ去ったディオスを連れ戻し、特殊能力を使わないように説得し、更には入学まで推し進めてくれた彼女だがまだ自分達の現状は変わらない。むしろこのままでは野垂れ死にもあり得ると、クロイは冷静な頭で思う。


「ディオスは、さ。……どうして信じたの。あんなにジャンヌのこと嫌いだったくせに」

「それはクロイもだろ。僕だって別に……。その、セドリック様が居たから」

口喧嘩のような言い方になりながら、変わらず言葉を交わし合う。

ディオスの言い訳めいたそれに、クロイは見通したように音もなく溜息を吐いた。その途端、聞こえていなかった筈のディオスに「いま溜息吐いただろ」と咎められる。昔からそういうところは鋭いと思いながら、クロイは伸ばし切った足を片方曲げた。

布の擦れる音が薄く空気で伝わりながら、ディオスも呼応するように寝返りを打つ。自分の言っていることが言い訳なのは自分が一番よくわかっている。

水を打ったような沈黙が続き、そして互いにまだ相手が眠っていないこともわかっていた。口の中を飲み込む音すら相手に聞こえてしまいそうなほどの静けさに、世界に自分達しかいないような錯覚さえ覚えてしまう。

あまりにも静かで、耳を塞ぎたくなる無音の世界だった。


「………………………騙されてたらどうする?」


ぼそ、と、囁きかけるような掠れた声がディオスから放たれた。

クロイがずっと思っていたことを、先にディオスが口にした。その疑問は最初から、プライドに提案された時からずっとクロイの頭に引っかかり続けていた不安だった。

都合が良すぎる、王族まで絡んでくるなんてありえない、もしかしたらセドリック様自体偽物なんじゃないかと。いくつも疑う要素は浮かんでくる。そしてそれを兄に言えば、きっと取り乱すか余計に不安がらせて追い詰めてしまうこともわかっていた。

昨日までディオスと同調したクロイは、兄の気持ちもわかっている。昨日まで十四年間生きてきた兄の意識は、まだ自分の頭に居るのだから。


「セドリック様が偽物で、あの騎士様も実は偽物か、悪い人で、……ジャンヌ達が僕らを陥れる為に姉さんまで巻き込んでたら」

「だとしても。……もう僕らに残された道なんてないよ。同調はダメだ。一日開けてよくわかった。……少なくともそれだけはジャンヌの言った通りだ」

弱音を吐く兄に、柔らかく迷いを打ち消す。

そう、もう自分達に残されたものなどない。彼女が本当に自分達を騙したとしてももう引き返せない。

入学手続きも終えた今、ディオスの席は確保された。仕事を辞め、頼りなのはセドリックから受けた報酬のみ。もし全て騙されただけだったら明日から早速頭を下げてまたそれぞれ元の職場に雇ってもらうか、もしくは新しい仕事を見つけないといけない。


「全部嘘だったら、……今度こそ交互に働こうよ。一日ずつ学校休んで。そうすればディオスだって」

「馬鹿。そんなことしたら姉さんが気にするだろ。また働くとか言って無理したらどうするんだよ。…………その時は僕だけ学校辞める」

頭の硬い兄の言葉に、クロイは見上げながら唇を結んだ。

自分の為に、姉の為に。それが兄の本心なのはクロイもよくわかっている。同調してからは特にディオスの思考も感情も知ってしまったのだから。だが、それは同時に



……ディオスだって、僕の気持ちは知ってる筈なのに



自分がどうしたいか。どうして兄に同調をしようと持ちかけたのか。そしてこの先、兄にどうあって欲しいのか。その全てが知られている。なのにディオスはずっと頑なだった。

あれほど嫌だと、ディオスの生活が辛いと吐露した彼が、また自分を殺そうとしているのが嫌でたまらない。これを変える小さなきっかけにでもなるなら、最悪ジャンヌに騙されるのも良いと思った。

セドリックが悪人には自分も思えない。しかし、自分がディオスの立場だったらきっと彼女の話を嘘だと、信じられるかと突っぱねただろうとも思う。少なくとも昨日のディオスはそうだった。


「僕は、……ディオスが頷いたから信じたんだよ」

最初の問いの答えを、本音を最初にクロイが今度こそ口にした。

それに関して、ディオスはなにも言わない。このまま寝たふりをしようかと思うほど、その返しが難しい。そう自分もちゃんと本音を言うべきなのに、喉の奥に到達するまでに飲み込んでしまう。

どうしてもそれを今、クロイに話すことは嫌だった。


「………………ごめん」

「なんで謝るの」

ディオスの求めていない返答に、クロイは一言で切った。

クロイが自分を責めていないことはディオスもわかっている。それでも、今言えることは謝罪しかなかった。

自分の情けなさと、そして未だに拭いきれない不安と諦めの悪さとが混ざり合い、泣き言のような言葉ばかりがディオスの口からこぼれ出す。


「僕が、最初から我慢できてればこんなことにはならなかったのに。…………もし、本当に明日、全部ジャンヌの嘘で、騙されてたら」

「姉さんさ。……今日、すごく喜んでたよね」

ディオスの言葉を遮るように、一人ごとには大きすぎる声を張る。

その言葉にディオスも口を縫いとめた。同時に今日、カラムと共に入学手続きを終えてきたことを報告した後の姉の姿を思い出す。


『良かった、ディオスちゃん……。三人で頑張りましょう。お姉ちゃんも頑張るから。きっと、きっとディオスちゃんも学校が気にいるわ』

微笑み細めた目に涙を溜めて、クロイより先に帰った自分を迎えてくれた。

弟達とプライドとの諍いを知らない彼女は、真っすぐに自分に投げられた提案と課題を受け止めた。目を輝かせ、がんばりましょうと自分達を鼓舞までしようとした姉の姿は久々に見る生き生きとした表情だった。自分達が今までどれほど姉に何もしない事を強要していたのかを考えさせられた。


「僕は、……ディオスと姉さんがいれば頑張れるよ。ディオスは姉さんとは違った意味で昔から危なっかしいし、子どもだし面倒くさいとこも色々あるけど」

ザクザクザクと無遠慮に言葉で刺してくる弟にディオスは無言で顔を顰める。

弟のくせに、僕の方が兄なのにと、言いたいことはあるが実際本当にその通りだと思う。それを勢い任せではなく、落ち着いた声色で言われるから余計に傷ついた。

クロイこそ、とも言おうとしたがすぐに止めた。自分の中で姉と同じくらいクロイに悪いところなんて一つもないと心から思う。それを売り言葉に買い言葉で無理やり作りたくはなかった。

不満を示す為に無言でドンッと下に向けてベッドを蹴り、衝撃音とクロイの言葉が重なる。




「そんなディオスが僕は好きだよ」




だから、変わって欲しくない。

クロイ(自分)の感情や意識が混ざって欲しくないと。

そのクロイの気持ちは、ディオスが同調した時からずっと知っていたことだった。

震える唇を噛み締め、ディオスは黙る。自分よりは口数が少ない方のクロイがこんなに話すのはどうしてかと一瞬過ぎる。

今までの同調で口数の多い自分が混ざった弊害か、それとも彼なりに自分を慰めようとしてくれているのか。その答えは、きっと永遠にわからない。


「……………僕も。……クロイはクロイが良い」


毛布に顔を埋れさせ、上擦った声を絞りだす。

自分がどれほど取り返しのつかないことに弟を巻き込もうとしていたのか思い知る。目を強く瞑り、唇では足りずに歯を食い縛る。薄い毛布に熱い目頭を押し付け、息を殺す。

クロイからまた独り言のような呟きで「良かった」と言葉が返されれば、もう音を消すことで精一杯だった。そして自分が泣いていることもどうせクロイにはお見通しなのだろうと思う。昨日までの自分の意識は、まだクロイの中にいるのだから。

おやすみ。と、沈黙の海に終止符を打つ言葉が放たれたのは、一時間以上後だった。

それまでずっと何も言わなかった二人が同時にその言葉を呟いた。小さな二重音に、これがどちらの想いかと何も言わずに二人は思う。目を閉じ、自分の呼吸音にのみ耳を澄まし、そして意識を閉じる。

明日に何が待ち構えていようとも、共に乗り越えて行こうと。


自分の中にいる、片割れの意識へと語りかけた。



……



ざわ、ざわざわざわ。


学校始動から五日目。

明日の二連休を前に、生徒達の騒めきは衰えない。むしろ王族であるセドリックの登場を抜けば今週一番の賑わいが広がっていた。

その要素の一つは、この数日学校内で注目を浴びた少年〝達〟に。


「……クロイ。……なんか、すごい僕ら見られてる……」

「仕方ないよ。僕が途中で学校抜け出した所為で結構騒ぎになったらしいし。どうせ注目なんてディオスも慣れたもんでしょ」

昨日入学手続きの後にディオスも僕に言ったろ、と淡々とクロイは答える。

ハナズオ連合王国王弟の友人兼従者。そして昨日は突然行方を晦まし、女生徒に怒鳴り込み再び逃走した少年。元々注目を受けていた彼らは、更に昨日の騒ぎで余計に目立つ存在となっていた。


更には、双子。


瓜二つの少年二人が並んでいることは、誰もが目を疑い騒然とした。

隣に並ぶ姉らしき女性がにこやかに微笑みながら二人を見比べる。やっと三人で来れたわね、と弟達の杞憂など全く知らずに喜ぶ彼女は周囲からの奇異の目も気にしない。

同じ顔で同じ髪、唯一の違いは服装と頭につけたヘアピンの数のみ。一本のヘアピンを付けたディオスと二本のヘアピンをつけたクロイは並び、中庭を抜けながら周囲を見回した。


「……あ。あれ」

ふと、視線が一点に止まる。

自分達双子の登場にざわついている生徒とは別に、校舎ごとに道が分かれるその手前の掲示板に多くの生徒が集っていた。自分達よりも注目を集め、賑わい、ざわめきが絶えないその掲示板に彼らも歩み寄る。

「嘘でしょ?」「すごい!」「どうする?」「やるしかないでしょ‼︎」と、多くの生徒が声を弾ませ、興奮を隠せないまま掲示板に貼られたその文面を何度も読み返す。ディオス達も人混みの中で姉が突き飛ばされないように細心の注意を払い、彼女を間に挟みながらも読める位置まで近付いた。

昨日のジャンヌの言葉を思い出す。まさかという思いと最悪の展開を同時に予想しながら掲示板を見上げ、目を凝らしそして








〝特待生制度の導入〟







息を、止める。


〝 来週明け昼休み、希望者のみを集い選択科目を省いた授業範囲の筆記試験を実施する〟


「……クロイ。これ……」

「うん……」

ぽかり、と口が開いたまま塞がらない。

目の前の掲示板を二人は同じ速度で目で追い、読み込んでいく。周囲の注目も騒めきも全て頭に入らない。ただただ目の前の文字を追うことで精一杯だった。


〝初等部、中等部、高等部より半期で各学年ごとに三名。最も優秀な成績を収めた者には特待生として以下の特典を与える〟


一文字一文字、自分達が読み間違えていないかと確認しながら飲み込んだ。

期待していなかったわけではない。ただ、それ以上に疑っていた。

時間が経過するごとに、諦めの意識の方が強まっていた。


〝一日二回の学食無料利用〟

〝学生寮の無料提供〟

〝学内書庫にある学問書の無料貸し出し〟


それは、自分達が〝知らされていた以上に〟多くの特権を兼ね揃えていた。

こんなこと聞いてない、と別の意味でその言葉が出かかった。だが、それを口にする前に次の一文で思考が止まる。

本当に、本当に昨日自分達に話されたことは嘘ではなかったのだと理解する。身震いを起こすほどに血が身体中を駆け巡り、心臓が互いに聞こえるのではないかと思うほどに高鳴った。




〝奨学金の付与〟




『今度こそ自分の手で掴み取りなさい』

昨日浴びせられたジャンヌの言葉が、二人の頭に駆け巡る。

その一文の下に書かれた月毎の金額は決して高額ではない。しかし、彼らが一人で稼いでいた収入より僅かに上だった。

食費も住む場所も学ぶ機会も与えられ、その上に一定額の収入まで定期的に与えられる。

自分達だけでなく、誰もがこの権利を欲するだろうと二人にもわかった。姉の方は高等部一年の為、椅子は三つある。しかし同年の自分達は椅子三つの内で二つをとらないといけない。その競争率は果てしなく高いだろうと思う。

この四日間、交互に学校に行きながら同調した分こそお互いの頭に授業は入っているが、もともとは文字を書くこともできない自分達が恵まれた中級層の子ども達よりも上の成績を取らなければならない。しかし、それでも


「やろう」

「絶対に」


同時に重ねた言葉は同じではなかった。

しかし拳を軽く掲げれば、それは同時に互いの拳にぶつかった。

与えられた機会を掴むという決意を胸に。




〝第一王女プライド・ロイヤル・アイビーより〟


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