Ⅱ511.嘲り王女は安堵し、
「なら、話も上手くいったのね」
良かったわ。食後の紅茶を傾ける前に、口元の方が笑んだ。
休息時間中はジルベール宰相の屋敷へ外出中だったステイルと話せたのは、夕食の時間になってからだった。ティアラも父上付きで一緒だったけれど、お互い仕事が忙しくてステイルから話を聞くのは今が初めてらしい。ただ、帰って来たステイルもジルベール宰相も二人会話はしないまでもそれぞれ機嫌は良さそうだったことは休息時間に私の部屋へ訪れた時に教えてくれた。
アネモネ王国の使者から書類も届き、夕食になって食堂で早速ステイルも今日の進捗を聞かせてくれた。
ちょっともったいぶるように結論を最後に、ジルベール宰相がエフロンお兄様について調査してくれた内容から話してくれた。
エフロンお兄様は今はとある商家で従者をしていて、他にも別の下級貴族の使用人を兼用してたり市場や土木現場で働いたりと想像以上になかなかお忙しい日々を過ごしていたらしい。従者の腕もなかなかの高評価で、特に今回ジルベール宰相が探りを入れた商家では囲われているといっても良いほど可愛がられていたとか。
モーズリー家と言われれば、エフロンお兄様が美青年バージョンの顔で働いているという家だとすぐに色々察せられた。パウエルを勧誘していた場所だし悪いところではないとは思ったけど、そこまで可愛がられていたとは。流石愛されアムレットのお兄様。
でもジルベール宰相のいつもの手腕で即日勧誘も叶え、円滑に屋敷へ連れて来ることもできた。
そこで十年以上ぶりに〝本人〟として再会を叶えられたステイルは、結果として無事にエフロンお兄様の従者勧誘を成功させたらしい。そこの一番大事な再会については恐らく敢えてだろうけれど大分省略された。
十年ぶりの再会だし、心の中にしまっておきたい気持ちもわかる。私もティアラも追及はしなかった。ステイルがそこでエフロンお兄様と規定を破ったとは考えにくいもの。
『プライド。最後にもう一つ、実は考えていることがあるのですが』
そうステイルに相談して貰えたのは、学校最終日の翌日。
彼の提案は、エフロンお兄様を自分の従者として雇いたいということだった。
最初聞いた時はがっつり規則違反じゃないかとすごく心臓が危うかったけれど、詳しく聞けばやっぱり策士ステイルの思考はただものじゃなかった。
あくまで召し抱えるのはエフロンお兄様が城の使用人になった後、優秀な特殊能力者を勧誘したいという旨を前に出して論じるステイルに私も反対はしなかった。エフロンお兄様の特殊能力の希少さは私もわかっているし、充分城で働かせて貰える基準を超えている。やろうとすれば上層部だって目指せる特殊能力だ。
きっと本心での目的は別にあるのだということは私もすぐにわかったけれど、ステイルが整えた申し出内容ならば母上達に提言する価値はあると思った。そして結果、見事ステイルは母上達からエフロンお兄様勧誘の許可を与えられた。それだけエフロンお兄様の特殊能力は我が城でも欲しい力だったから、〝規則に準じるならば〟という前提で許可も下りた。
特にあの規則に厳しいヴェスト叔父様から許可を得られたと聞いた時は私も暫く顎が外れたままだった。ステイルなら許可をもぎ取れるとは思ったけれど、もっと渋るかとは思ったのに。同席したジルベール宰相曰く叔父様も「まさかそういう手で挑みに来るとは」と関心以上に呆れたように肩を落として息を長々吐いていたらしいけれど。
それでも、ステイルから「プライド第一王女を護るために」「規則は理解しています。しかし、あくまで僕はその特殊能力者の実力を欲しているまで」「決して前の家族との情報流出は双方向共に僕からも禁じさせます」「もし少しでも規則違反を認められれば解雇します」「あくまで勧誘する許可と、そして城の使用人になった場合にその所在を僕に与えて欲しいだけです」と一貫性の続く良い分に母上達も頷いた。
ただし、使用人として城に採用されるまではジルベール宰相も含めてこちらからの手助けは禁止。勧誘するのもジルベール宰相の屋敷に招いた一回の〝偶然〟のみ。それ以上は使用人となるまで二度と彼と意図的に関わることは禁止と、しっかり条件づけられた上でステイルも迷わず承知した。
そして今日、ジルベール宰相の屋敷で謀られ見事訪れたエフロンお兄様は使用人を目指すと言ってくれた。
いつ入城できるようになるかも、採用されるかどうかもエフロンお兄様の実力と努力次第だけれど既にステイルは満足している様子だった。今も紅茶の香りを楽しみながら、にっこりとした余裕の笑みを浮かべている。
「まぁ、落ちたら落ちたで俺もその時は諦めますよ。ジルベールもモーズリー家から不当解雇はされないように最低限の事後補助は父上達からも許されていますし、…………彼が駄目でもその時は優秀な妹が門を叩いてくれれば充分です」
ステイルの第一の目的。それは無事に果たされたのだなと、確認しなくても理解した。
エフロンお兄様を従者として迎えたいというステイルの意思は本物だ。私に打ち明けて相談してくれた時も、今後エフロンお兄様からの協力を得られることでどれだけ私だけでなく〝私の周り〟が動きやすくなるかを力説してくれた。
少なくとも学校で一度見せてもらったエフロンお兄様の特殊能力から考えても、確かにその協力を得られることは魅力的だ。
ただ、ステイルが今回エフロンお兄様を勧誘する許可を母上達に求めた一番の目的は、そこではない。
エフロンお兄様と再び友人となることでも、特殊能力の協力を得ることでも、優秀な専属従者を持つことでも、ましてやエフロンお兄様のお仕事問題を一本化することでも生活困窮の手助けでもない。全ては〝アムレットとの〟為だ。
『私の夢に一番反対しているのは兄さんじゃない!』
あの言葉をアムレットから聞いてから、エフロンお兄様と彼女の誤解関係をステイルが気にしているのは私も知っている。
そしてステイルは〝勧誘〟という形で見事自分の口で公式にエフロンお兄様へアムレットが城で働いても良いのだと伝えきることができた。今の言い方からしても、ちゃんとエフロンお兄様にも城の規則とアムレットが城を目指すことはステイルに迷惑じゃないということはきちんと伝わったらしい。
これでアムレットとお兄様もお互い関係修復ができれば良いなと思う。今も「まぁ本人は受かるまで何度も挑むと息込んでましたけどね」と楽し気に言う余裕まである。
自分が城で働いても規則に反しない上にステイルも迷惑ではないと伝われば、エフロンお兄様もきっとアムレットの夢を応援してくれるだろう。本当は妹の夢を一番応援したいのはお兄様の筈なのだから。
そして仲直りしたいと思っているのはアムレットも一緒だ。
そこまで考えてから、ふと気になって今日の日付けを思い出す。ああそういえば、と思えばこれもステイルかジルベール宰相もしくは二人からの粋な心遣いだったのかなと考える。もう日は沈みきっているし、今頃家に帰っている頃だろうか。
「まぁ今日は暇も持て余したしと日雇いの仕事を一つ終えてから帰ると言っていましたが。恐らく今は帰路ではないでしょうか。今日はアムレットも家に帰ってくるそうですし遅くはならないでしょう」
「!そうなの。良かったわ、アムレットにとってもエフロンお兄様にとっても幸せな気持ちで過ごせると嬉しいわ、だって明日は─……」
両手を合わせ、私まで今から胸が温まりながらステイルに言葉を返す。
ティアラが「そうなのですかっ?!」と声を跳ねさせて、頷きながら顔を向ければ金色の瞳が宝石みたいにきらきらしていた。ティアラも喜んでくれているのだなと思いながら、「ねっステイル」と再びテーブルを隔てた彼へ視線を向ければ
…………見事に表情が〝無〟に消えていた。
さっきまでご機嫌で血色の良かった顔色が心なしか引いている気がする。
口元が閉じて笑った口のままカップを持つ指先まで固まっていた。あれ?まさか、ステイル……?と思いながら恐る恐る彼の顔色を伺えば、まるでパクパク人形のようにその口だけが「プライド」とぎこちなく動いた。
「何故、それを貴方がご存じなのですか……?もしかしてアムレットに……」
「?ええ、聞いたの。明日がお兄様の誕生日だって。アムレットも贈り物もすごく考えていて実はそれで相談にも乗ったの。今日はお祝いの準備で帰っているのかもしれないわね」
あんなに大事に想っているお兄様の誕生日だ。きっと、ただケーキとプレゼントでおめでとうじゃなくてしっかり家を飾り付けしてお祝いしてあげたいだろう。
お兄様が帰って来た時には既に明日の準備で可愛く家の中がデコレーションされているかもしれないと考えればそれだけで頬が綻んだ。てっきりステイルとジルベール宰相が今日を選んだのもだからだと思ったのだけれど……。
この顔色から見て、どうやらステイルは知らなかったらしい。
友達だったし、大事な友達だったことから考えてもステイルなら覚えているのだろうと思ったけれど……十年以来の友達では流石に忘れていたか。今回ステイルからの依頼でエフロンお兄様の身辺調査までやった上でモーズリー家への橋渡しをお膳立てたジルベール宰相まで誕生日を把握していないとは考えにくいけれど……。
そう思った途端、ステイルが食卓を勢いよく両手で叩きならした。
バン‼︎と耳に痛い音が響いて「あンの男ッッ!!!!」と叫んだから、どうやら私と同じところまで考えたらしい。
突然のステイルの怒声に私も肩が上がったけど、ティアラもびっくり身体が跳ねていた。振り返れば控えていた近衛騎士のエリック副隊長とアラン隊長も僅かに目が丸い。若干強張った苦笑いにも見えるけれど。
十中八九、ステイルがこの場で「あの男」と呼ぶのはジルベール宰相しか考えられない。
机に勢いよく手を付いたまま椅子から立ち上がったステイルは顔も怒りのあまりか赤らんでいた。
ステイル落ち着いて……?と席に座ったままの私が手を伸ばせば、私達しかいない食堂でステイルは今にも振り下ろしそうな固さで拳を握った。
ティアラが「兄様どうしたの?」と首を傾げると、騒ぎを聞きつけた料理長が食堂に帽子を降ろして飛び込んでくるのと殆ど同時に、ステイルは彼らではない方向に声を荒げ出した。
Ⅱ172-3




