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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
嘲り王女と結合

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Ⅱ510.義弟は足を運び、


近所に住んでいた夫婦が死んだと聞いたのは一年前。僕が五歳の時だった。


「フィリップ!そんなことしなくて良いから。アムレットと一緒に寝てなさい」

「大丈夫っす!!俺もアムレットもたくさん飲んぢまったしひとっ走りしておばさん家の水汲んできます!」


城下の店で買い物をした帰り、裏稼業に襲われたらしい。

まだ小さかった子ども達二人を友人の家に預けていたから早く帰ろうとして裏通りを使ったんだろうと、それが間違いだったと当時大人が苦しそうに話していた。……三日後の誕生日を迎える子どもに向けて贈り物を買いに行った帰りだったらしい。


一歳だったアムレットはあまりわかっていないみたいだったけど、フィリップがすごく泣いていたし街の人もそうだった。

お葬式まで街の人達の家に預かられていたフィリップだったけど、その後はまたいつもみたいに笑顔で大きな声で挨拶に回ってた。僕や他の友達が声を掛けても「大丈夫だ!!」って力いっぱい笑うフィリップの傍には必ずアムレットがいた。


「おばさんも腰悪いんだし俺が来週もやりますよ‼︎女と子どもは守られるべき存在なんすから‼︎」

「貴方も子どもでしょ」

フィリップが女と子どもはとか言うようになったのも、親が亡くなってからだと思う。お父さんかお母さんから聞いたことなのかもしれないし、フィリップはもう大人の男の人の気なのかもしれない。

昔から明るくて友達も多くって誰とも仲良くなれて、六歳になってから早朝は街中の人達を手伝いして回ってた。

アムレットと二人暮らしだったけど、毎日街の人が誰かしら食事を分けに行ったり食事に招いていたからお腹を空かせていることはなかった。

ずっとアムレットと一緒で、離れている時は食事をご馳走してもらった家へ代金代わりに手伝いを何かしてる時くらい。あとはお店をしている家に雇ってもらったりもしていて、年の近い中では一番働いていたと思う。

家族が全員揃っていない家も珍しくない僕らの街では、皆が助け合って暮らしていた。僕と母さんもそうだ。

僕は気付いたときにはもう父さんはいなかったけど、フィリップはいきなりお父さんもお母さんも亡くしたのにほんの数日で街中を駆け回るから強いなと思った。僕ならきっと母さんがいなくなったら立ち直れない。


「フィリップ!明日探検行くんだけど一緒に行こうぜ!父ちゃんが馬車乗せてくれるからアムレットも行けるぞ!」

「ごめん!アムレットまだ遠出させるの心配でさ!!俺は兄ちゃんだからついててやんねぇといけねぇしまた今度な!」

それまでは何か遊びの話を聞くと飛び込んでいたフィリップは、一年前からそういうことは断るようになった。

ちぇーっと、皆絶対残念がるけど絶対怒りもしない。フィリップに親もいなくて親戚もわからなくて大変なのはもう街皆が知っていた。

だから友達も、なんとかフィリップとアムレット二人が一緒に皆で遊べることはないかなって考えることも増えていた。でも遊びは断られることが殆どで、まだ小さいアムレットは一年前からフィリップにくっついて離れたがらなかった所為もきっとある。

フィリップが街の手伝いに走り回るのが早朝なのも、たぶんアムレットが寝てるから。フィリップと引き離すと絶対泣くから、フィリップが仕事をしたり手伝いで離れる時は街の誰かが預かっては大変そうだった。


フィリップと同い年の僕は、直接彼と仲が良いわけでもない。

近所だし、フィリップの両親が死んじゃった時は母さんも色々関わったから顔見知りくらい。共通の友達はいたけど、僕も僕で昔から一人で僕を育ててくれる母さんの手伝いがあって一緒に遊ぶことなんてなかった。

僕はなるべく母さんから離れない街中や近所で遊びたくて、一年前までフィリップは今と違って寧ろ遠出が好きだったから。

フィリップの両親が死んじゃってからはお互い遊ぶこと自体が少ないからもっと関わる機会は少なかった。でも


「あ!そうだ聞いてくれよ!!昨日な?!昨日アムレットが俺のこと「にーちゃ」って!!俺!俺のこと最初に!!」

「へー良かったな。今日会いに行っても良いか??」

「えー!いいなぁ。私もアムレットに会いたいー」

「私も私も!アムレットちゃん可愛いんだもん。今はベティおばさん家??」

「俺も夜行くぞ!ついでに飯持ってくからな!今夜俺ん家が飯当番だし。次、俺が「にいちゃん」って呼ばれたい!」


フィリップの周りは、いつも変わらず人がいた。

おう来いよ!と言う彼は、友達を時々家に呼んでいた。アムレットと一緒に遊べることならフィリップも友達と外で遊んで、アムレットが眠くなったら太陽が昇っていても家に帰る。

いっそフィリップの家なら皆で遊べると気付いてからは、フィリップの家は友達にとっては第二の家みたいになっていた。それくらい、フィリップはいつでも明るくて人気者だった。

一年前まではフィリップが僕ら子どもの中心だったこともあると思う。今は毎日は遊べないから友達を引っ張る人も変わったけれど、それでも皆仲良しだ。


「ステイルお前も来いよ!フィリップの妹すごい可愛いぞ!」

「ごめん。僕、これから母さんと買い物行くから。今度また誘って」

「おうじゃあなステイル!!うちのアムレット本当に可愛いぞー!!」

フィリップは可哀想だけど。街の人皆がちゃんとフィリップ達に優しいし僕もあんまり遠慮はしない。

僕だって母さんの役に立ちたいし、母さんしかいない。僕がフィリップ達のことを知ってるようにフィリップも僕と母さんだけなことを知ってるから断っても気にしない。

表情に出すのが苦手だった僕と違ってフィリップは表情をころころ変える。いつだって笑顔で楽しそうで、無表情が多い僕にも親し気に話しかけてきてくれる、他の友達と同じくらい良い人だっていうくらい。


それが僕とフィリップの関係だった。






……






「おやすみなさい、母さん」


何となく寝苦しくて眠れなかった。

いつもと同じ生活で、お昼寝もしてないのに眠くない僕は母さんが寝てるのを確認してからこっそり家を出た。

特殊能力でほんの少しの距離だけど瞬間移動できるようになってから、母さんがいない間に家を抜けることも内緒であった。

夜は、結構好きだった。

すごく静かで、母さんもゆっくり休めていて、友達に何しようあれしようと誘われることもない。空を見上げれば星は綺麗だし、天気の良い日は月明りに照らされて小さくだけどお城も見える。

ゆっくり僕だけの時間で、普通の子は滅多に家を抜け出せないし大人も出ないから両手広げるよりずっと向こう側まで僕しかいない。

あまり遠くに行くと母さんに知られ時心配かけるから歩くのも近所だけで、時間だって三十分以内って決めている。

それでも眠れない日はこうやって外の空気に当たって歩くだけで、ベッドに潜った後は嘘みたいにぐっすり眠れた。

歩くのは近所だし、知ってる人の家もあるから怖くない。人攫いだって人狩りだってこんな城下の街にまでは現れないし、幽霊やお化けなんて絶対に



「─────────────っ……」



「…………?え……」

声が、聞こえた。

いつもの木々の騒めきや風の音とは違う、絶対間違いなく人の声。結構離れるほど歩いて、この辺は人影がもともと少ないしそろそろ引き返そうと思った時だった。


人間なのに遠吠えみたいな声に、一瞬友達から聞いた狼の化物を思い出してヒヤリとした。

どっちにしろ見られたら母さんにも知られるし、見つかる前に走って逃げようかと思ったけどなんだか喚いているようにも聞こえてきて足が止まった。もしかして怪我して動けなくて困ってるとか、何かあったのかもしれない。母さんにも困った人がいたら助けてあげてって言われているし、ちゃんと無事かどうかだけでも確認したい。


瞬間移動も短く使ってなるべく足音を消して、音の向こうに近づく。木の陰に隠れて、ざわめきに紛れるようにこっそり移動する。

声が聞こえる方向は、僕も母さんや友達とも何度か行ったことがある場所だった。流石にこんな夜には危ないし行かないけど、そう思えばやっぱり誰か助けを呼んでるのかなと思う。お化けや幽霊よりも人間が助けを呼んでいた時の方が怖い。

もし大人だったら僕の特殊能力じゃ運べないし、もし万が一こんなところにまで人攫いが来ていたら助けるどころか、逃げ切れるかもわからない。

フリージア王国の人を狙う人狩りは、特殊能力者を狙っているらしいから僕のことを一番きっと捕まえたいと思われる。特殊能力者を捕まえ慣れている奴らに逃げ切れるかもわからない。

近付いて、近づいて、息をひそめてまた進んで、やっと声の発生源がわかったと思ったら聞き取れた声は遠吠えじゃなかった。

月明りに照らされて、うっすらと見える幽霊でもお化けでもない影から聞こえる声は




「あ゛ァーーーーーーーーーーあ゛ーーーーーーーー!!……母゛ちゃ…………父っ……」




湖の畔に座り込む、フィリップの声だった。

お葬式の時にも聞いたことがないくらい、すごい大声で泣いている声は聞き取り辛いけどフィリップのものだった。

背中が木に半分隠れてそれだけじゃわからなかったけれど、声は絶対フィリップだと思った。

人間で、知ってる子が座り込んで泣いているのは怖くない。もしかしたら動けないのかなと思って、聞き取りづらい泣き声に負けないように「フィリップ」って呼んだけど、風の音に遮られた。

瞬間移動を使わなくても足音を消さなくても、駆け寄っていく間フィリップは一度も気付かないみたいでこっちに振り返らなかった。

「あ゛ーーーー!!」って、真昼だったら絶対人が駆けつけてくる声を何度も何度も上げるフィリップに、僕は息を切らせて手の届く距離まで駆け寄る。木の陰で、膝を抱えて蹲っているフィリップはまるで石像みたいな固まりだった。


フィリップ!ともう一回叫んで、その肩を右手で掴まえる。どうしたのどこか痛いの、って聞こうと口を動かす前に今度はフィリップの方がすごい速さで振り返った。

月明りに照らされた顔は涙でボロボロで、鼻水も出てて顔もぐちゃぐちゃで、いつも見るような笑顔の欠片もなくてそれで、


「あっごめんなさ、人違、い⁇」


別人の、見たことない顔だった。

てっきりフィリップだと思って肩を掴んじゃったから、知らない子だとわかって慌てて手を引っ込めた。

この辺には僕の街しかないし、子ども達は皆顔を知っている同士なのに知らない子なんてと思ったら本当に幽霊か何かな気がして氷を飲んだみたいに喉の奥から冷たくなった。


反射的に背後に少しだけ瞬間移動しちゃって、逃げようか本気で考える。知らない子がこんな真夜中にいるなんて考えもしなかった。

僕を見て目を丸くした子は、ぐちゃぐちゃの顔のまま口をあんぐり開けていた。

どうしよう、逃げようかな。でも怪我してるとか迷子とかなら街に連れ帰ってあげなくちゃ。ただでさえここは用事がないと人が立ち寄ることもあんまりない場所なのに。

何を言えばわからなくて言葉を探す僕に、影がほとんどの暗がりと月明りの間で男の子は座り込むままだ。やっぱり僕の覚えのある声で「ステイル……?」って僕を呼んだ。


さっきみたいな遠吠えや泣き声じゃない言葉は、今までの中で一番フィリップに近い声だった。


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