Ⅱ509.兄は向き合い、
ステイル。
その名前が舌から滑り落ちた瞬間、自分で言って鼓動が耳のすぐ傍まで鳴った。
瞬きできない瞼がおかしいくらいピキピキ震える。繰り返す鼓動が指先まで伝わった所為で気付けば片手のトレイが大きく傾いた。まずい、と頭では思ったのに身体がびくとも反応しなかった。三本指の上が急に軽くなって、瞬きしてない筈なのにステイルが一瞬で消失した。
一瞬俺の幻覚だったのかと考えたくなったけど、そうじゃないことを俺はよく知っている。消えるのと同時に真横から「……っと」と、また知ってる声が移っていた。
その声と気配に釣られて首が回れば、さっきまで窓際に立っていたステイルが俺の隣で落としかけたトレイごとカップを零すことなく受け止めていた。
俺の真似をするように一度両手にとったトレイを片手で持つと、するりと背筋を伸ばして俺を見る。ガキの頃は俺の方が背も高かったくらいなのに、今はステイルの方がずっと高い。
「危ないだろう。折角お前が淹れてくれた一杯が台無しになる」
わりぃ、申し訳ありません、お前がなんでここに、お怪我はありませんでしたか。
ステイルを相手に、どっちで話して良いかわからない。
口だけがパクパクと無音だけを吐くけれど声は出ない。その間にもステイルがにっこり笑ってトレイを手に、客用のテーブルへ向かった。俺が運ばないといけないのに足が痺れたみたいに一歩も動かない。頭が半分以上白に消えかかって、空になった手でべたべた自分の顔を触って確認する。いくら触って確認しても鏡をみないとわからないのに触っちまう。
窓硝子に映った自分を確認しながら戻ってないとわかると一緒に、…………なんでこの顔なのに、と。今更になって疑問が浮かぶ。この顔を、ステイルが知っているわけがない。
座ってくれ。そうテーブルにトレイごとカップを置いたステイルに何も返せない。
今こうしてステイルと会っちまったこと自体、規則違反だったらどうしよう。そう思った瞬間、急激に喉が干上がった。まずい、俺は会っちゃいけねぇのに。もうステイルは、王族の
「フィリップ。……大丈夫だ、今日はジルベール宰相の客人として一時的に訪れている。偶然出会っただけなら処罰に値しない。…………今日は〝偶然〟だ」
そんなわけないそんな偶然あるわけないなんで今更急にお前が俺に会うんだよ⁈
ステイルを追っていた目がそれすら照準が合わなくなる。息をするのも難しくなって、心臓と一緒に息の音まで重なって耳を潰す。
どこを見たいわけでもないのに目があっちこっちに動いて自分がどこに立っているのかもわからなくなる。足が膝からガクガクなってこのまま崩れ落ちちまいそうだ。
掛けられた静かな声すら俺を冷やしてくれない。もうこれ全部が夢だった方が楽だと思う。心臓の音がでかすぎてまるで鐘の音だ。
─ 馬鹿野郎
言おうとして、舌が空回った。俺が言えることなんか限られてる筈なのに。
過ごしやすかった筈の屋敷の中で俺だけが熱い。歯をギリリと鳴るまで食い縛った口で、無理やり肺を膨らます。息を吸い上げた筈なのに全身縛られるみたいに苦しくて、喉が震えた。
なんでステイルがこんなことをいきなりやったかなんてわからない、会っちゃいけない過去を捨てなきゃいけないはずなのに、俺なんかよりもっと会うべき人がいる筈なのに、リネットさんのことをこいつが忘れているわけがないのに!!
気付けば視界が勝手に滲んだ。気が遠くなっただけかと思ったら、ただただ目の中に水が溜まってる。
一瞬だけステイルにまた焦点があって、初めて驚くように目を丸くするのが見えた。柔らかい。ああそうだよそういう顔だ、あの時、本当にあの時も俺が本当にどんな気持ちで‼︎
言わなきゃいけない。棒立ちになって垂れたまま重くなっていた両手でそれぞれ拳を握る。短く切った爪がそれでもうっすら肌に食い込んだ。
こんな日が本当に来るなんて思ってもいなかった。二度と会わない、会うわけない会っちゃいけないと知っていたから。それでもこうして会っちまったなら俺から
「ごめんッ…………!!!!」
吐き出した。
頭で言おうと思ってた言葉と、全然違う言葉が心臓から飛び出した。張り上げた喉から部屋どころか屋敷中に響いたかもしれない声に、自分の耳まで振動がびりびり伝わった。
丸い目のステイルの肩が力が入ったように僅かに上がって、結んだ口のまま俺を見返す。
違う、違うことを言おうとしたと言い訳しようと頭の冷静な部分では思っても、それでも駄目だ感情が先回る。
一気に喉を鳴らした途端、滲んだ視界が完全に視界を覆って塞ぐ。ずびっ、て鼻を啜りながらまた俺は息を飲み込み吐き出し続ける。
なにやってんだ馬鹿野郎会っちゃ駄目だろ俺らは他人なのにもう二度と顔見せんなって、言いたいのに言わなきゃいけないのに
─ なんでお前がいなくなった?
「ごめん!!ごめんっ……ステイル、ごめん……!!本当に、ごめんっ……俺、俺が、俺一度も、一度も、何もっごめん!ごめんっ……ずっと、俺だけっ……!!」
鼻を垂らして、しょっぱい水が口まで入った。
顔を見せるのも苦しくなって俺は何も見えないくせに俯ける。こんなに水が出るのに喉が砂を飲んだみたいに乾いた。
ごめん、ごめん、ごめんって。何度言っても足りなくて、一回言ったらもう二回言いたくなって止まらない。
目の中が火でも灯したみたいに熱くて、上等な絨毯をボトボト濡らす。ステイルの顔をまともに見れなくて、返事もない相手に勝手に口が回って動く。さっきまで痺れていた感覚が嘘みたいに、言葉が雪崩れて飲み込まれる。
ずっとずっと謝りたかった。謝って許されて良いことじゃないってわかってたのに謝りたくて仕方がなかった。謝って楽になるのが俺だけだってわかっていてもどうしても。
ごめん、ごめん、ごめんって言葉まで段々びしょ濡れて、途中からもうガラガラで自分の声しか聞こえなくなる。う゛あ゛あ゛あああああ、と途中からは獣みたいな吠え声だ。
絨毯の沁みを減らしたくて顔を覆って、それでも指の隙間からぼたぼた零れる。喉が引き攣って、息ができないのに声だけがいつまでも漏れ続ける。
─ 俺に何も言わず、お前だけ
「……ィリップ、フィリップ!フィリップ‼︎落ち着け、どういうことだ?なんでお前の方が俺にっ」
自分の声と心音で潰れた耳に、気付くとステイルの声が紛れ込んだ。
いつからこんな近くにいたのか。ぐっ、と指の感触が肩にして、両肩を正面から掴まれてると気付いたのも声が届いてからだ。
意味がわかんねぇのかさっきまでの落ち着きが嘘みたいに声を荒げるステイルに、まだ俺は顔が上げられない。本当にステイルなのか、って思うくらい荒い声で、別人だったら良かったのにと思う。
尋ねられてももう声が上手く出ない。がらがら声で、吐き出せると思ったら全部頭より感情が優先される。同じ言葉ばっかり繰り返して、ステイルが「だから何を」っていうのを聞いて半分が罪悪感にぐしゃりと潰されて、…………半分が救われる。
『ステイル・リーリヤの特殊能力に関しても同様だ。口外を固く禁じる』
特殊能力。
フリージア王国の数百人に一人の力。その中でもステイルの〝瞬間移動〟の特殊能力は街の誰にも評判だった。
まさかその評判が、あいつから全部を奪うなんて俺だって思わなかった。王族の養子になるのには希少か優秀な特殊能力が求められるって、衛兵が帰った後に街の人から聞いた。
ステイルが消えた後、誰もステイルの名前を出さなくなってリネットさんは家の中で塞ぎ込んで……街の人誰もが知っていた。ステイルが望んで養子になったわけがないって。
あいつが居なくなる二週間前まで、衛兵があいつの家に来ては大騒ぎになっていたから。
街の中でも良い子だって、出来た息子さんだって言われてたステイルが、衛兵に花瓶落としたり本落としたり鍋落としたりするなんて普通じゃない。
リネットさんが止めてたけど、そうじゃなかったら殺してたんじゃないかって思うくらいステイルは衛兵に乱暴だったし、街中を瞬間移動で逃げ回っていたこともある。
それでも最後は城の命令で、大好きな母親に養子になれって説得されたらしい。それを知ったかも全部終わった後で。ステイルは、誰にも何も言わないで消えちまった。
街の人は「可愛そうに」とか「しょうがない」「城の命令だ」「凄い特殊能力だったから」とか言ってたけど、俺にとってはそれだけじゃなかった。だって、ステイルは母親が大切で、大事で、俺にとってのアムレットと同じくらい大好きで、養子になった理由だって特殊能力が原因で、ステイルは
俺の特殊能力を知っていたのに。
『フィリップの特殊能力だって将来お城とかで働けるんじゃ……』
『そうかもなぁ。でも、……俺は兄ちゃんだからずっと一分一秒でも多くアムレットの傍にいたい。城は街からじゃ遠いし、それならこの辺で普通に働いて稼いでアムレットと一緒に暮らしたい』
『僕も。……同じ』
知っていた、ステイルは。俺がこの特殊能力を持っていることを。
特殊能力だけが理由だったら、あの時養子に呼ばれていたのはステイルじゃなくて俺でも良かった。
子どもの頃は本当にくだらないことしか使ってなかったけど、ステイルの瞬間移動と同じくらい貴重な能力だ。当時はその貴重性までは知らなかったけど、……ただステイルと同じ〝特殊能力者〟だった俺は連れていかれたステイルの空白を前に、最低なことを考えた。
〝ステイルが話したらどうしよう〟って。
本当は、俺が連れていかれるべきだったかもしれない。
瞬間移動と、姿を変えて見せる特殊能力どっちが貴重か優秀かなんてわからなかった。だけど俺とステイルは年も性別も全部一緒だ。
今からでも城に行って、俺が特殊能力を教えたらステイルはリネットさんの元に帰してもらえるかもしれない。俺が身代わりになればステイルは養子にならなくて済むって何度も思った。でもステイルが母親と離れたくないとの同じくらい、俺もアムレットから離れたくなかった。
機会はいくらでもあった。ステイルが連れていかれた後も衛兵は何回もリネットさんの元に来たし、元身内への監視なのかわかんねぇけど今でもひと月に一度毎回リネットさんに会いに来る。
子どもの頃は衛兵の姿を見るたびに胸が苦しくなった。いまここで俺が自白すればステイルを城から取り戻せるって思ったのに、できなかった。罪悪感を無くす為に自分の特殊能力がどれくらい貴重か調べたら、……悪夢まで見るようになった。
その日からステイルが俺の特殊能力を王族の誰かに話したらどうしようって怖くて堪らなかった夜もある。
明日の朝になったら衛兵が来て、ステイルが返されて俺が城に来いって言われたら。まだ小さかったアムレットを一人にするって思ったから毛布の下で震えが止まらなかった。
でも結局衛兵が俺のところに来ることは一度もなかった。頭が良かったステイルが忘れているわけもなく、……庇われたんだって嫌でもわかった。
─ 潔い振りして格好付けて俺なんか庇ってる場合かよ
「ごめんっ、ごめんごめんごめんっ……俺っ、お前を見捨てでッ……」
俺達の街は、みんな優しかった。
リネットさんも陰口を叩かれることなんて一度もなくて、俺もそれに街の人皆が支え続けた。ステイルの名前は出さなくても、元気にしているかって皆思ってた。
王族になったステイルの評判を聞いたら「ステイル王子が」って皆で笑ったし、我儘姫に虐められてるって聞いた時は皆が心配してた。
両親を亡くした俺とアムレットのことだって、ずっと見返りも求めず力になってくれた良い街だ。
喉が通ると思ったら、また謝る。目の前にいるのがステイルだって理解すればするほど何度も何度も胸に爪痕が残るほど抉られる。
手が腕ごと振るえて、胃が吐き気がするほど締め付けられる。この場で復讐に来たって言われてもいいくらい、全身が痛くて消えたくなる。
─ お前だってリネットさんが誰より大切って言ったくせにこの嘘吐き
「俺っ……知ったんだ……!!あれからすぐっ……!本当に、すぐ!!俺の特殊能力が、あんなっ……‼︎」
アムレットと一緒に生きてこれた。
親の代わりに絶対守ると決めたアムレットが、今はもう十四だ。貧しかったけど、放り出したいと思ったことなんて一度もないくらい幸せだった。アムレットが大きくなる度、…………この幸せは本当は俺のもんじゃなかったんじゃないかと何度も過った。
引き返す機会も助ける機会もステイルが居なくなってから何度も何度もあった。その機会全部を見ない振りして逃げ出した。
もしかしたらステイルの方が、俺が名乗り出るのを待っているかもしれないとだって考えた。それでも怖くて嫌で言いだせなかった。
ぐちゃぐちゃの声で絞り出しながら、今こんな風にいきなり言うべきじゃなかった話が止まらない。
目が濡れて顔が濡れて顎から落ちて、それでも何度吐き出しても止まらないし楽にならない。むしろ腹の底に隠していた淀み全部がせり上がってくる。こんな、十年以上経ってからそんなことを言ってもどうしようもないのに。
取り返しがつかなくなってから謝るなんか卑怯だ。いくら謝ったからってステイルの時間は戻ってこない。
─ 俺が王族になればアムレットは報奨金で何不自由なく過ごせたのに
「ッ言われたらどうしようかと思った!!すげぇ怖かった!!俺もッ…………アムレットと離れたくなかったから……!!」
最後は堪らなく、顔を掴んだまま力の入らない膝でしゃがみ込んだ。
俺は兄ちゃんだからアムレットと一緒にいたかった。……ステイルには、そんなの言い訳だ。ステイルだってリネットさんと離れたくなかったのを俺はよく知っていた。
もしかしたらステイルの方が、あの街でリネットさんといられたかもしれない。
ステイルの誕生日には街の皆で祝って、リネットさんの手料理食べて、パウエルと友達になったのもステイルで、アムレットだって俺がいなくてもステイルを兄みたいに慕ったかもしれない。
俺じゃなくてリネットさんが今頃ずっと家族の成長を毎日見れて、背が伸びたとか字を覚えたとか色々知れた。ステイルなんか俺と同じ歳でも街にいたならもう所帯持っていてもおかしくない。
あの日、俺が見捨てなかったら絶対ステイルがあの街で幸せに暮らせてた。
最低なことを、ずっと思って言えなかった最悪な部分を泥みたいに吐き落とした。ぼとりって音がしても良いくらい重くて黒いものを勢いのままに晒した。
何度も何度も選択があって、その度に俺はステイルを見捨て続けた。俺を庇い続けたあいつを何年も毎日見捨てた続けた。唯一の救いはステイルが
「俺は幸せだよ」
……忽然と、気味が悪いくらい耳に通った。
自分でも信じられないくらい涙がぴたりと止まって、見開ききった目から大粒を最後に視界が光になる。
白い、眩しい朝日に差し込まれた先に、何も考えられないまま顔を上げる。
目の前にいたステイルは、俺が喚いている間も一度も動かなかったみたいにそのままの場所に立っていた。
窓から溢れる光に照らされて漆黒の瞳が温かく見える。恐る恐る顔を上げた俺に、ステイルは信じられないくらい柔らかい顔で笑ってた。
「幸せだ、ちゃんと」って、茫然とする俺に続けてまた言った。目が合ったまま、逸らす素振りもなく言い切ったステイルはそこで俺に目線を合わせるように膝を折ってしゃがんだ。
あんだけ淀んだ内側が一瞬でカラリと乾く。
「お前のことを恨んだことなんて一度もない。名乗り出て欲しいと思ったこともない。…………俺も、お前がアムレットと離れてなんて欲しくなかった」
嘘だ。
反射的に言い返したくなったのに、喉の中で空っぽに転がった。嘘じゃない、ステイルがそういう奴だって知っている。
子どもの頃からすごく良い奴で、俺の話も聞いてくれて、全部内緒にしてくれた。一緒に遊んだことなんか殆どないのに、俺の頼みも聞いてくれてステイルも頼ってくれた。
母親想いで、羨ましいくらい良い息子をやっていた。だからそんな良い奴を見捨て続けたのが死ぬほど苦しくて苦しくて堪らなかった。
「俺のことなんて忘れてくれていても良かったくらい。お前とアムレットが一緒に居て欲しかった。……アムレットは元気か?」
曲げた自分の両膝に手を置いて、懐かしそうにまた笑んだ。
子どもの頃は笑うのすら苦手だったやつなのに、今はこんなにいろんな表情で笑う。
「う゛ん゛」って、本当、まるで子どもみたいな一言で俺も凝った声を返した。元気だ、アムレットはすごく元気だ、俺の自慢の妹だ。
そう思った瞬間、さっきまでの苦しさが別色に変わった。
堰き止められてた水がまたボロボロ零れて、思わず口の中を喉が鳴るほど飲み込んだ。吐き出した全部の後に、ほんの一つ感情が一番下に潰れて残ってた。〝これ〟も、あの日からずっと言いたかった。
言おうとした瞬間、顎が震えた。
歯が鳴るくらい込み上げて、下唇を噛んだけど堪えられなかった。また音だけの涙声が溢れて、大口開けてただ泣いた。
俺の背中を摩り続ける手が誰かもわかって、この場で抱きつきたくなるくらい手のひらが熱くなった。
何十秒か何分か喉が枯れるくらい泣いて、泣くのが疲れてきてからゲホゲホと咳き込んだ。途端に、……ぷはって、笑い声が掠れて聞こえた。
「ほんっとに…………変わらないんだなお前は」
信じられなくて手の甲で一度目を擦ったら、泣いてる俺を前にステイルがおかしそうに笑ってた。
口元を手の甲で小さく隠して、それでも顔全部で笑う。子どもの頃は見たことがないその笑顔が、なんでか胸が掴まれたぐらいに懐かしくて。
昔に戻ったような気分で、急に泣いてる顔が恥ずかしくなる。昔はコイツに泣く顔見られても恥ずかしくなかったのに。
従者服の袖を捲らずそのまま擦って、勝手に零れる涙を何度も擦って拭う。そしたら、はははって今度は明るい声で口も隠さずまた笑ってきた。
「アムレットにも今は見せれているか?昔は泣き顔なんて死んでも見せたくないと言ってただろう」
「~~っ……お前、性格悪くなっただろ…………」
昔は大人しい良い子ちゃんだったくせに。
そんな風に続けたくなって、瞼の皮がむけてもおかしくないくらいゴシゴシ擦りながら初めて睨んだ。まさかステイルにこんな台詞言うことになるとは思ってもみなかった。
でもステイルは俺の言葉にまた声を出して笑うと「否定はしない」ってあっさり認めた。
城で良い生活してても性格は歪むもんだなって思いながら、でもこんな風に腹の底から笑うステイルは昔より好きだと思う。昔は俺らを喜ばせる為にわざと笑ってみせてくれていた奴だから。
ずびっ、って鼻をツンとするまで啜って喉を鳴らす。どこから出したのかステイルに無言のままハンカチを目の前にひらひら摘まんで渡されて、急に腹が立って片手で鷲掴んで皺を作ってから受け取った。パウエルにだってこんなに腹が立ったことないのに。
胃がムカムカと小さな沸騰くらい苛立って、…………でも同時にあんなに苦しかった蟠りが全部消えていた。ステイルの顔を見ても、もう胸も胃も苦しくない。
「心配するな。この生活も気に入っている。母さんのことは変わらず想っているが、今はロイヤル・アイビーとして胸を張って生きていくつもりだ。わりと板にもついているだろう?」
「…………その偉そうな話し方とか特にな」
「でしたらお互いこちらの話し方にしましょうか?流石に子どもの頃の話し方にはこの年では恥じらいがありまして」
「やめろすげぇ気持ち悪い」
ははははははっ……。
そんな笑い声で、しゃがんだままのステイルが腹を抱えたと思ったら絨毯に後ろ手をついて床に尻を付いて座った。絶対城でそんな座り方しないだろって思うけど、昔みたいな動作で昔と別人みたいに全身で笑うから俺もつられてきた。




