そして囲む。
「てっきり、団服を着ていないと信じて貰えないかと思いました。何か思い当たることでも?」
「いえいえいえいえンなことは全く全然。……〝あの〟ジャンヌちゃんの紹介する女教師とその兄が、まさか〝フリージア王国騎士団副団長〟なんてデカすぎる看板掲げる命知らずとは思いませんよってかむしろそんくらいのヤベェ大物の方が納得っつーか」
ピキピキピキッて、ライアーの顔の筋肉が全部引き攣って痙攣みたいになっている。
声もちょっと震えてて顎ごと反らして目もクラーク副団長から逸らしていた。
クラーク副団長さんもそれを聞いて、はははっって今度は笑い出す。「ああなるほど」って言いながら、くっくっって喉を鳴らす音まで聞こえて来た。
ライアーはジャンヌが王女様って知らない筈なのに。それとも知ってるのかな⁇
すごく気になるけど、ジャンヌの正体を隠しながら上手く聞き出す方法も見つからない。僕一人が二人の会話を交互に見比べながら聞くことになる。
でも、確かにネル先生がわざわざ副団長のお兄さんなんて嘘を言うとは僕も思わない。実際本物だったし、それに嘘でもそんなこと言いまわったら悪いことだって僕もわかる。犯罪?になるのかな。
まだ法律の授業でもそこまでやってないけど、たしか〝偽証罪〟とかあった気がする。騎士団で、しかも副団長さんのことなら〝名誉棄損罪〟とかみたいなのにもなるのかもしれない。
「大体王国騎士団の副団長って言ったら、あの〝傷無しの騎士〟で有名な騎士団長の次のお偉いさんでしょう。そんな御方の身分をまさか俺様みたいな子悪党を追い払う虫除けの為に大嘘で使ったらわりに合まないでしょ。正直あの王国騎士団で副団長を務めている男ならそりゃもう〝こっち側〟からすりゃあ悪魔みたいな顔した強面屈強なおっさんとは思いましたけどね」
段々口調が戻ってきてる。
その途端、今度はクラーク副団長さんがさっきより大きな声で笑い出した。でも確かに僕も副団長さんはちょっと想像と違ったなと思う。騎士団長さんはジャックに似ていた以外は想像通りだったけど。
笑い出すクラーク副団長さんに、ライアーは「勘弁して下さいよ……」って片手で顔ごと覆うと空を仰いだ。
「やっとジャンヌちゃんが山帰ることになってレイちゃんはさておき俺様的にはちょっとまぁ色々親心??的な気分で安心浸ってたのに今度は王国騎士団副団長とか。まさか副団長さんもジャンヌちゃんの手引きとかじゃねぇでしょうね⁇」
「ああいえ、全く。ジャンヌについては妹からいくらか聞いていますが、私個人は会ったことすらありません」
「大嘘じゃねぇでしょうね???俺様達監視の為にネルちゃん御近所様に住まわせたとかじゃありません⁇いや俺様はさておきレイちゃんはなんだかんだ世間知らずの困ったチャンなだけなんで本当放っといてくださいよ。善良な市民が足洗って第三第四の人生踏み出してる時なんですからよ。むしろアイツの場合無意味に突いたら蛇どころか火ィ吐いて泣いて喚いて雷鳴らして手が付けられないんですからマジで」
いえ本当に。って、二人でそんなやり取りしながら、やっぱり大人は嘘が上手いなって思う。
ライアーもだけど、クラーク副団長さんも。本当はジャンヌ達の正体だって知ってるのに。
僕一人が口をあんぐり開けて眺めちゃう。余計なこと言ったら絶対ジャンヌの正体言っちゃいそうだから会話にも入れない。でもやっぱりライアーはジャンヌの正体知らないのかな。それも全部大嘘かもしれないけど。
クラーク副団長さんが繰り返して本当にネル先生は偶然で、今日もたまたま休みの日が重なったから手伝いに来ただけってライアーに説明する間も、ライアーはずっと難しい顔で全然信じてる顔をしない。最後にはクラーク副団長さんの方が肩で息を吐いた。
「……私としては、妹や同居人になるヘレネさんやディオスとクロイの生活が脅かさなれなければ貴方方に干渉しようとは思いませんね。お互い良い年ですし、子どもや女性相手にはなるべく寛大に見守る方向でおくということでお願いします。ディオス達もヘレネさんのことを心配しているようですし、姉妹が心配になる気持ちは私も同じです。今度末永くお付き合いするのであれば、お互い良い関係でいましょう」
妹とも友人として仲良くしてください、って。そう優しい表情で締めくくるクラーク副団長さんは、本当に大人の人で格好良い。僕もクロイや姉さんをこんな風に守れればいいのに。
ライアーもやっぱり腰が低くって言われてる途中で一回だけ「いや良い年って……」って呟いたけど後は「そりゃもう」「勿論です」「死んでも妹さんには手を出しませんし従います」って今まで見たことないくらいペコペコしてた。
なんか頭下げる動作とかもすごく馴染んでいる気がして、もしかして偉そうにしてたのは僕らの前だけだったのかなとか考える。そうだったらすごく格好悪い。
それでは、ってそのままライアーが自分の家の扉に手を掛けた時、そこでハッと思い出した僕は「食器‼︎」って脈絡なく叫んだ。
目を皿みたいに丸くして僕を見返すライアーがそのまま言葉を返してきて、クラーク副団長さんも「ああ」って声がちょっと浮いた。…………もしかして僕より忘れてた??
それからクラーク副団長さんが、食器を借りに来たことを話したらライアーが「そりゃ勿論!!?」ってすごい勢いで家に駆けこんでいった。
ドタバダドタバタ家中を鳴らすような足音に、今度は「うるせぇ!!どうした!!?」ってレイの怒鳴り声まで聞こえて来た。やっぱり家にレイもいた。
二人して居留守なんでずるい。クラーク副団長さんに「今の声が〝レイ〟か?」って聞かれて、頷きで応えたら家を見上げながら笑った。
「レイちゃんそこどけって!!その背凭れに俺様超激大事な用事があるんだから!!」
「そんなもん何に使う⁈」
「俺様達の延命処置だよ馬鹿野郎!!!天使の面した悪夢が来てんだから乙女は黙って枕濡らしてろ!!」
なんだとこの野郎、ってレイの低い声が響いて聞こえたと思ったら、次の瞬間パァンッッ!って弾けた音がした。一瞬銃声かなってびっくりしたけど、もっと軽い音に、この前家に来た時と同じやつかなと思い出す。
それからガシャガシャと音が走ってきて、扉が開いた瞬間ライアーから大きな箱が僕に押し付けられた。
抱えて来たライアーだって息を切らすくらいの重さをいきなり押し付けられて、あまりの重さに箱を落としかけた。割れちゃうのが怖くて身体全部で踏みとどまろうとしたら、今度はそのまま背中から倒れかかる。
声が漏れるよりも先に空が見えたけど、クラーク副団長さんがすぐに背中から支えてくれた。片腕で箱ごと僕の体重全部を支えてくれて、そのままもう片腕で軽々と箱を代わりに持ってくれた。
ありがとうございます、って自分の足で立ち直しながらお礼を言っている間にまたライアーが「じゃあ俺様はこれで!!」って上塗る。
「食器は返しに来なくて良いからな⁈どうせ俺様達使わねぇしそっちで夕食食うんだから返しにくるなよ⁈無利子で貸すか置き場ねぇなら俺様が‼︎後で‼︎責任もって回収するから‼︎…………因みに夕食時間騎士様は?」
ビシッって僕に指差してから、今度は肩を丸くクラーク副団長さんを上目に覗く。
もう引っ越しもひと段落ついたし夕食には帰ってるって答えたら、思いっきり拳を握って「よっしゃ」の形だった。やっぱり家にはこれからも来るつもりなんだなって思うと、なんとなく丸い息を吐けた。
クラーク副団長さんとまた最後丁寧に挨拶をして、今度こそバタンとライアーが家の中に消えた。
小脇に抱える形でクラーク副団長さんが箱を持って「行こうか」とレイの家に背中を向ける。僕も一声返しながら背中に続いた。あんなに重かったのに片腕で軽々運んでいるのを見ると、やっぱりこの人は騎士なんだなぁって思う。
ジャックも荷運びの仕事ですごく軽々だったし、やっぱり筋肉から違うんだ。
僕らの家に向かって歩いていくと、隣でくっくっって喉を鳴らす音が聞こえて来た。見上げればクラーク副団長さんが笑ってた。
「?どうしたんですか」
「いや、……本当に心配なさそうだと思ってね。ネルの言う〝癖の強い〟も〝悪い人じゃない〟もよくわかった」
安心したよ。って、喉を鳴らしながら言うクラーク副団長さんに僕は意味をぐるぐる考えてみたけどわからなかった。
癖が強いはわかるけど、途中から丁寧な口調も止めてたしその前には姉さんを狙ってるみたいなことを言ってたライアーになんでそう思うんだろう。
僕らは平気でも、騎士みたいな清廉潔白な仕事の人はすごく嫌なんじゃないかなと思った。
でもクラーク副団長さんはずっと笑顔だったし、時々笑い声も漏らしていた。ライアーと仲良くなったとは思えないけど、でも話してた時はすごく大人の対応だったと思う。
考えすぎていつの間にか眉の間がぎゅっと寄っちゃって、すると何も言ってない筈なのに僕の方を見たクラーク副団長さんが「心配いらない」って顔ごと向けて微笑んだ。
「悪人は見慣れていてね。少なくとも今の男は大丈夫だろう。それでもまた困ったことがあればネルにでも私にも相談すると良い。……ジャンヌに言いつけるぞと脅すでも良いかもしれないな」
「えっ、でもライアーはジャンヌの正……」
しーーっ、と。
そこで人差し指を口元に立てたクラーク副団長さんに止められて、僕も慌てて両手で口を押さえた。危ない、うっかり「正体は知らないんですよね?」って言っちゃうところだった。
やっぱり口が滑りかけた僕に、クラーク副団長さんは怒らないで小さく笑うと「知らないだろうな」と僕にしか聞こえないような潜めた声で頷いた。
やっぱりライアーはジャンヌのことは知らない。でもそれならなんでジャンヌに言いつけるで良いんだろう?もしかしてライアーもジャンヌのことが好きとか⁇…………………ライアーはやだな。それならセドリック様が良い。でもセドリック様はティアラ様が好きっぽいし。
勝手に顔の筋肉が中心に寄っちゃう僕に、クラーク副団長さんは変わらず笑う。
「流石だな」って呟く声がちょっと聞こえて、重い箱を小脇に機嫌良さそうにうちの玄関扉を僕に開いてくれた。
おかえりなさいって、皆の声が聞こえた。
クロイ達だけじゃなくてネル先生と姉さんの声も。ただいまとクラーク副団長さんと一緒に返せば、ぱたぱたとオリヴィアさんとディアナさん、それにネル先生も廊下に居間から一緒に出て来た。おかえりなさいって、また二回目をクラーク副団長さんと僕にそれぞれ目を合わせながら言ってくれる。
「どうだった?ライアーさんは素敵な人だった?」
「だからオリヴィアってばそんなんじゃ」
「クラーク、遅かったじゃない。ちゃんと挨拶だけにしたの?」
オリヴィアさん、ネル先生、ディアナさんって続きながら最後にひょっこり姉さんとクロイも顔を出す。
ただいま、って僕が手を振ったら二人とも小さく振り返してくれた。クロイはちょっと疲れた顔だけど、姉さんはすごくにこにこだ。
先ずは食器をとクラーク副団長さんが皆をかき分けながら居間に入って、台所まで箱を運んでくれる。
音もたてず静かに置かれた箱は、半分開きかけた状態だった。食器一、二枚で良かったのにってディアナさんが言ったけどそんなの数える暇もないくらい押し付けられたって僕が訴える。
見れば、箱の中には重ねられた食器が数種類ごとに重ねられて詰まってる。この箱だけで人数分以上絶対ある。
しかもどの食器も高そうな模様や金色が入っていて、姉さんは両手で口を覆って目をくりくりさせていた。こんな高そうなのをあんな雑に渡されたんだって、僕も今更だけど受け取って割らなくて良かったと心臓を押さえた。今更バクバクいっている。
でもオリヴィアさん達は「あら良い食器!」って言うくらいであんまり驚いていない。それよりもライアーの話が気になるみたいにクラーク副団長さんに詰め寄っていた。
ネル先生とクロイだけが二人で食器に料理をよそい始める。
「いや、ネルの言う通りだったよ。一応挨拶でこれからもお互い上手くやっていこうと話したが、悪さはしないんじゃないか?」
「それでネルとはっ……⁈」
「そんなんじゃないよ。女性に目がないのかもしれないが、普通に友好的なだけだった」
「ディオス君、本当にクラークは何もしなかった⁇ちゃんと仲良くやっていた⁇」
とうとうディアナさんに僕まで聞かれる。
何度も頷いて答えたし、本当に何もなかったなと思う。ずっとクラーク副団長さんは仲良さげだったし、ライアーを逮捕もしなかった。むしろ「仲良くしてくださいって話してくれました」って正直に答えたら、何故かクラーク副団長さんが一番楽しそうに笑ってた。
がっくり頭を落とすオリヴィアさんは「残念……」って呟いたけど。
視線を左右に動かしたクラーク副団長さんに、お酒の入ったグラスを流れるみたいに渡して、それから姉さん達の配膳を手伝ってくれる。
「やっとネルに、あのネルに恋の予感がしたと思ったのに。……ネル、異国にいた間の話もそういうことは全然してくれなかったから」
「だから‼︎本当に何もなかったの向こうでは!!」
「「〝では〟???」」
次の瞬間オリヴィアさんとディアナさんの声と一緒に、クラーク副団長さんがゴフッって噎せこんだ。
ゴホッゴホッと直後には咳き込んだけれど、奥さんもお母さんも全然心配をしてくれていない。それよりもと瞼のなくなった目でネル先生にぐるりと顔を向けた。
オリヴィアさんは配膳を手伝い始めたところだから、傍のネル先生に鼻先が数センチくらいの距離まで近かった。
ネル先生は細い眉を吊り上げたまま、二人から視線を逸らすみたいにプイッと顔を背けた。
姉さんまで配膳する手が止まってる。もう器に料理をよそっているのはクロイだけだ。僕も手伝おうかなって足を床に沿わせながらゆっくりクロイの方に歩み寄る。
ネル先生は料理のよそい終わった料理をテーブルに並べながら、オリヴィアさんでもディアナさんでもなく噎せこんだままのクラーク副団長さんに近づいた。
「ところで兄さん、この前の話は確認してくれた?もし迷惑じゃなかったら……」
「あ、ああ……。〝謹んで御受け致します〟だそうだ。嫌いなものもないし迷惑がってもいなかった」
ちょっと待って、何の話⁈ 一体いつの間に、クラーク!アンタは知ってたの⁈
胸を撫でながら返すクラーク副団長さんに、ネル先生が嬉しそうに目を輝かせる中オリヴィアさん達が部屋が揺れそうなくらいの大声で騒いだ。
それでもネル先生は「また騒ぐから教えてあげない」って鼻先を高くしたまま腕を組んで二度目のそっぽを向いた。二つ結びの可愛さからか、仕草のせいかすごくネル先生が学校の女の子達みたいに見えた。
その後もディアナさん達の追及がずっと続くと、今度はクラーク副団長さんがいつの間にかネル先生達から移動して僕らの傍まで来てくれた。
「騒がしくてすみません」って姉さんに謝りながら、配膳を一緒に手伝ってくれる。さっきライアーに会いに行く前と似た様子で頬に冷や汗が伝っている。
姉さんは気になるように何度も視線をネル先生達の方に向けているけど、あの嵐の中に入る気にはならないみたいだった。
クロイが凄く平たい声で「大変ですね」って何故かクラーク副団長さんを労ってたけれど、僕には何でいきなりネル先生達が喧嘩してるのかもあんまりわからない。
「クラークさんが知ってる人っていうことは騎士⁇ネルったらいつの間にっ……、ねっ教えて⁈あ、義姉としてやっぱり色々知りたいし」
「普通に「友達として気になる」って言ってよオリヴィア!私には兄さんとどこまでいったか殆ど話してくれなかったくせに!!」
「騎士じゃなくてもちゃんとした仕事の人⁇さっきも言ったけどネルが幸せなら良いのよ?私に言う権利は何もないわでもねお願いだからエドマンドみたいな男だけは」
「定職に付いているし高給取りで優しくて紳士で軽口なんか言わない寡黙で礼儀正しい大人の男性よ!まだ全ッ然何もないしヘレネさん達の前で恥ずかしいからこれ以上はやめて‼︎‼︎」
でも、なんだかすごく楽しそうな女の人達との会話は眺めていても楽しい。
クラーク副団長さんもそうだし、ネル先生の家族は皆すごく楽しくて良い人達ばかりなんだなってわかった。……そのクラーク副団長さんは急に白くなった顔で「どうだろうな……」って掠れた声とどこか焦点の合って無い目で呟いたけれど。
お皿に盛り終わった料理と美味しいジュースやお酒を前に皆でテーブルを囲んだのは、クラーク副団長さんが顔色の悪いまま「そろそろ食事だぞ」って仲裁に入ってくれてからだった。
煩いレイとライアー。それからネル先生。
今夜にはまた今と違う賑やかさがあるんだろうなって思う僕は、不思議と全部纏めて嫌じゃなかった。
本日アニメ第7話放送です。宜しくお願い致します。
また、本日二話更新分、明日は更新お休みになります。
来週また宜しくお願い致します。




