そして話す。
「ごめんクロイ!あと荷物何個だっけ?!」
「七個。急がなくて良いから丁寧に扱うの忘れないでよ。殆どネル先生の売り物か商売道具なんだから」
バタバタ廊下を走ったところで、もうクロイは荷物を抱えて往復してた。
クラーク副団長さんが重い荷物は全部運んでくれるから、思ってた半分以下の時間で終わりが見えて来た。家具を運び込んだ時だけは馬車と一緒に雇ったらしい御者の人も手伝ってくれた。
僕とクロイで力を合わせればベッドとか片方くらい持てると思ったけど、クラーク副団長さんに「こういうのは大人に任せておくのが良い」って断られた。最初はクラーク副団長さんだってあんな重そうなの持てるかなって心配したのに、むしろ御者の人よりクラーク副団長さんの方が軽々運んでた。やっぱり騎士って皆すごいんだなと思う。
そう考えるとやっぱりこの人もジャックより強いのかもしれないし、本当に人は見かけによらない。クラーク副団長さんは荷運びも自分だけで良いって言ってくれたけど、やっぱりネル先生が来てくれるんだし僕らもお手伝いしたかった。
今日からネル先生は、僕らの家に住む。
ジャンヌが紹介してくれたネル先生は、今日から僕らの家に住んで一緒に暮らす。
ネル先生は学校を辞めて夢だった刺繍職人のお仕事に集中するらしいけど、僕らは毎日会える。今日は引っ越しの為にネル先生のお兄さんだけじゃなくてお兄さんの奥さんのオリヴィアさんと、ネル先生のお母さんのディアナさんも来てくれた。
これからネルがお世話になりますねって言って美味しいお菓子もくれて、昼食も一緒に食べましょうってたくさん作ってきてくれた。
本当はクラーク副団長さんの部下の人が手伝いにこれそうだったらしいけど、ネル先生が断ったらしい。「散らかった部屋だけは見せられない!」って言ってて、僕らはこうして散らかった部屋も新しい部屋も見てるのに良いのかなと思う。クラーク副団長さんに、次の機会は絶対断らないって言ってたネル先生だけど、引越し終わったら次の機会っていつだろう。
時計を見るとそろそろお昼だし、それを考えると早く荷物入れ終わらせなきゃって思う。
馬車から持てる荷物を抱えて降りて、開けっ放しにした玄関をくぐるとまたすぐに話し声が聞こえて来た。女の人の楽しそうなお喋り声は、学校みたいで家の中が女の人の声でこんなににぎやかなのは初めてだなと思う。…………最近は煩くても男の声ばっかだし。
時々姉さんのくすくす笑いとか、「そうなんですか?」って楽しそうな珍しく大きい声が聞こえてくるとそれだけですごく嬉しい。これからネル先生と一緒に暮らせば姉さんが家でもっと楽しくなる。
「髪飾りも本当に安物の金具で……もう古くなりすぎて部品が取れちゃってもおかしくないのに二人とも凄く大事に使ってくれて」
「今度良かったら一緒に作りましょう!材料は全部あるから何でも使って」
「ネル?あまり無理強いしないで。ヘレネちゃんも興味あったらで良いからね」
「ネルは友達に同じ趣味を作ろうとする癖があるから。アー、……年下の男の子まで最初は誘ったくらいよ。全然興味も持たれないし男の子に似合わない可愛い髪飾りとか勧めるもんだから」
「オリヴィア!母さんまで‼︎アーサーも知恵の輪は使ってくれたわよ⁈」
笑いまじりにそんな会話が廊下でもう聞こえてきて、すれ違うクラーク副団長さんが喉を鳴らして笑っていた。
アーサー、って言葉にもしかしてジャックのことかなと思う。でもアーサーって名前なんてきっと他にもいるし別の人かもしれない。あとでクラーク副団長さんに聞いてみようかな。
続けてネル先生が今気が付いたみたいに「二人ともいつの間に荷ほどきをそんな」って叫んでて、本当に姉さんとのお喋りで気付いてなかったんだとわかる。
ネル先生一人分の引っ越しの荷物はもともとそんなにたくさんじゃなかったし、荷ほどきも結構簡単そうだったから早く進んだのかもしれない。
正確には〝荷物の種類〟が、少なかった。
ネル先生の個人的な私物は箱一個分くらいで、残りの箱は全部服と布とか仕事で使うものばっかだった。学校に雇われる前は異国に単身で刺繍の修行に出ていたネル先生は、荷物もトランク一つで足りるくらいだったらしい。
それからたくさん頑張って色々な商品を作って、その作品とか売れ残りとか商品とかがネル先生の荷物の殆どだ。フリージアに帰って来た時には御者も雇って荷馬車だったけど、トランクの中身以外全部服飾関係だったってさっきディアナさんが言っていた。
本当に服とか刺繍が好きなんだなぁって、姉さんも話を聞いて目をきらきらさせていた。引っ越し祝いにお兄さん達がもっと色々布や糸を買ってくれたとかで荷物が最後には馬車いっぱいになったけど、仕事関連を抜いたらトランク一つで済んだとネル先生も認めてて、今も荷開きされた服で部屋中が溢れかえってる。
僕にはわからない専門道具とかもあって、部屋だけで一つの衣装屋さんみたいだった。
ネル先生がどうして二階のベッドの部屋よりこっちが良いと言ったのかよくわかった。天井が高くないと綺麗に買われないドレスとかもたくさんあるもん。
部屋に入った僕が荷箱をまた一個積んだ時には、ネル先生が慌てて腕まくりをしてた。姉さんに「長話に付き合わせてごめんなさい」って言いながら、お母さん達から荷開きの仕事を取り返そうとする。
両手を伸ばしてまた綺麗に皺を伸ばした大きい布を回収しようとするネル先生を、お母さんが「ここまで手伝ったんだから最後までやるわよ」って断った。そのまま姉さんも一緒に手伝いに加わろうとする。
「それよりヘレネちゃんごめんなさいね。ネルは熱が入ると話が長いでしょ?部屋で休んでいて下さいな」
「!いいえ。とても、本当にとても楽しいです。私、ずっとこういう小物とかお話する人がいなくて……、それにネル先生の作品はどれもすごく綺麗で本当にこうしてみるのも夢みたいです」
両手を合わせて微笑む姉さんに、ネル先生の顔がぱっと明るくなる。
途端に「これからはネルって呼んで」ってその両側から挟むみたいに姉さんの手を取るネル先生に、そういえばこれからは先生じゃなくなるんだと思い出す。なら僕とクロイもネルさんって呼んだ方が良いのかな。
そんなことを考えてたら、また戻って来たクロイに怒られた。
いつの間にかまた棒立ちになってたって気が付いて急いでクロイと一緒に馬車へ戻ろうとしたら、ちょうどクラーク副団長さんが今度は三箱纏めて持ってきた。
さっき僕が運んだのを合わせて残り七個で、クロイが一個で、と頭で数えたら計算が終わる前に「あと二個ね」ってクロイが言う。
先に計算されたのが悔しくて、せめて残り二箱はちゃんと運んでやると競争してる気分で走った。廊下を抜けるところで「急いでもどうせ僕らで二つでしょ」ってクロイの呆れ混じりの声が聞こえたけれど。
いっそ僕が纏めて二個運ぼうかなと思ったけど、荷物をひっくり返すのが怖くて結局ひと箱だけにした。クロイが来る前にと早足でまた玄関へ入ればそこでクロイとすれ違った。
部屋に入ったところでクラーク副団長さんが「おつかれ様」って箱を受け取ってくれた。慌て過ぎたみたいで僕一人肩で息をする。呼吸を整えている間にのんびりと部屋に戻ってきたクロイが「これで最後です」と言ったのを聞いて、……そっちの方が格好良かったなと後悔した。
でもその途端ネル先生だけじゃなく姉さん達皆で「お疲れ様」って褒めてくれて、それだけでもやっとした気持ちが晴れる。
えへへ、って顔が緩んじゃいながら背中で指を結んでどういたしましてって笑う。ちょっと姉さんの前でも男らしいところは見せれた気がする。あとは荷解きだねって皆で話したら、…………そこでお腹がなっちゃったけど。クロイも一緒に。
「予定より早く済んだし、一度昼食にしようか。オリヴィア、頼めるか?」
僕らのお腹の音に皆がくすくす笑った後、そうクラーク副団長さんが最初に提案してくれた。
みんなに笑われたのは恥ずかしくてクロイも唇を結んで顔ごと逸らしてたけど、でもこれから持ってきてもらえた料理が食べられるんだって思うとそっちの楽しみが勝った。
クラーク副団長さんの言葉にオリヴィアさんが一言で返して立ち上がる。ディアナさんも手伝うって言って、姉さんも続こうとしたけど「ネルの相手をしてて」と断られた。
ネル先生も遠回しにお手伝いを断られたのかなと思ったけど、ちょうどオリヴィアさんから荷解きした布を取り返した後だった。
「……。あ、僕も手伝います。皿の場所とか僕の方がわかりますし、姉さんとネル先生も準備ができたら呼びに来ますからごゆっくり」
「あっ!僕も……」
「ディオスははしゃいで割るでしょ。そこでクラーク副団長さん達と待ってて」
そんな簡単に割らないのに!!!
まるで割ることが毎日みたいな言い方をするクロイに眉を吊り上げて睨む。でもクロイは僕に背中を向けたままディアナさん達と一緒に台所の方に行っちゃった。結局またクロイばっかり大人の対応できていて負けた気分になる。
がっくしと肩を落としたら、またくっくって笑い声が聞こえた。見上げればクラーク副団長さんだった。腕を組んだまま温かい眼差しで僕を見てる。
「…………なんですか」
「いいや、良い兄弟だなと思ってね。頼られる兄なんて立派じゃないか」
ちょっと沈んだ気持ちを隠せないまま聞いた言葉にそう返されて、わからず首を捻る。なんで今のを見てそう思うんだろう。
頼られるどころ置いてかれたのに。双子なのにクロイの方がしっかりしてるなって思われてるかなと捻くれた気持ちで思ったから逆のことを言われてすぐには返せなかった。遅れて言えたのも「え?」と一音だけ。
姉さんもネル先生と一緒に荷解きしながらお喋りを始めたし、僕だけ全然何もできないのがちょっと寂しいくらいだった。
でもクラーク副団長さんはそれ以上は答えもくれなくて、代わりに「さてと」と言うと僕の背中をポンと叩いた。
「私は先に御者を返して来ようか。身体が空いてるなら付き合ってくれ。私の話し相手係なんだから」
「??はい」
首が大きく傾いたまま、取り合えず頷く。「話し相手係」ってなんだろう。
でも確かにいま姉さん達は話し中だし、クラーク副団長さんが話してくれるなら話したい。
行こうかと一緒に廊下へ出た後も楽しそうに笑っているクラーク副団長さんの背中を見上げながら、そういえば家に来てからまだちゃんと会話してないなと思い出す。挨拶はしたけどあとはずっと引っ越し作業だったし、それにクラーク副団長さんにはただでさえ簡単に話しかけられなかった。
昨日演習場で会ったのは姉さん達にも話したけど、ジャック……じゃなくてアーサーのことまで話したら大変だし。隠し事がある所為でなんとなく話しにくかった。そうでなくてもクロイは、仲良くない人とは話すの苦手だ。
一緒の作業とかやることがあれば平気だけど、仲良く話すとか自分から作業や仕事以外で関わるとかそういうのは昔からあまりしない。話したら楽しいし仲良くなれたらもっと楽しいのに。
「君が確かディオスだったな。良い部屋を提供してくれて本当にありがとう。あんなに広い部屋なら妹も充分に仕事に専念できるだろう」
「!いいえ!ネル先生が住んでくれてすごく嬉しいです!!それにジャンヌのっ、えっと……そうじゃなくて友達のジャンヌの紹介だし先生だから安心ですし!副団長さんがお兄さんだからすごく心強いです!!」
背中越しにいきなり話しかけてくれるクラーク副団長さんは、すごく話しやすい。
ジャンヌの、って言ってもしかしてプライド様の紹介だからと勘違いされるのが心配で、友達のって言い直す。最後に力いっぱい両手で拳を握って言ったら「そうかそうか」と明るい声で返してくれた。
そういえば昨日は騎士団長さんとかジャックとかのことでいっぱいで見学中も話せなかったし、今ならいろいろ話せるかもしれない。「あの!」と廊下を進みながら、今度は僕から話しかけてみる。
「ネル先生すごいですよね!刺繍なんて細かくて難しくて大変なお仕事できて!副団長さんがお兄さんで、しかもネル先生はあんなにすごいドレスとかまで作れちゃって……兄妹揃って凄い人でしかもお母さんも若くて美人でオリヴィアさんもすごい綺麗な人で!!」
「ありがとう。そう言って褒めて貰えると私も嬉しいよ。オリヴィアは料理が得意だから今日の昼食も期待して良い」
昨日言えなかった言葉がぽんぽん言えて、気付けば熱が入った。
最初は秘密を守らなきゃと緊張したけど、一回話してみれば全然平気だ。




