そして解明する。
「エリック副隊長達には最初から騎士としてでしたけど、自分はもともと生徒から知り合ったんですし。俺もそっちの方が気楽なんで、遠慮しねぇで下さい」
「友達⁈じゃあ僕らもまだ友達⁈」
「ディオスうるさい」
鼻息荒く目の前の相手に言っているとは思えないくらい声を上げるディオスに、クロイが一言切る。
聖騎士が友達なんてそれこそ嬉しくて仕方がないのだろう。
アーサーから「他の人らにはあんま話さないで欲しいですけど」と言いながら笑って友達発言を肯定されると、次の瞬間にはディオスが両腕を広げて飛び込んだ。
やったぁ!!と言いながらアーサーの首へしがみ付けば、クロイからさっきのディオスの友達発言以上の大声で「ディオス!!!」と怒鳴るのが聞こえた。
けどアーサーは構わないように抱きつきを受けとめると寧ろちょっと嬉しそうに「ははっ」と笑っていた。うん。やっぱり距離が変わらないでくれるのが一番嬉しいわよね。…………がっつり泣かれた私と違って。
まぁそれを言うとステイルもステイルで怯えられたらしいし私と同じくらい可哀想な気がするけれど。やっぱりこういう時アーサーの人当たりというか人徳が羨ましい。
クロイに向けて「全然大丈夫っすよ」と返すアーサーへ、ディオスはべったりくっついたままだ。「聖騎士様とジャックとアーサーどれが良い⁈」と言われて「聖騎士以外なら」と即答すれば、すぐに順応してしまう。
「アーサー僕とディオス一緒に肩車できる⁈腕にぶら下がっても持ち上げられる⁈その団服着て良い⁈剣振って良い⁈」
「団服と剣はちょっと……結構大事なモンなんで。持ち上げるのはできますけど」
「ディオス!!その人ジャックだけど聖騎士だから図々しいのやめて!!!ていうか肩車二人とかできるわけないでしょ!!!」
なんだかクロイは大分本調子に戻った様子だ。
正確にはディオスの自由奔放にのんびりしていられなくなったというべきか。「クロイもやってみなよ」と言いながら既にアーサーの首に巻き付きながら両足をぴょんと曲げて身体を浮かせるディオスに、クロイの顔色がものの見事に青くなる。
アーサーは全く重くもない様子で「ぶら下がるの腕じゃねぇンすか」と聞いているけれど。なんか、前世の有名スポーツ選手とちびっこファンの触れ合いイベントを思い出してしまう。
もうツッコミ不在のアーサーとディオスのにこにこコンビに、とうとうクロイがまた声を荒げ出す。
「ジャックも大人なんだからディオスとめて!!もう僕らの方が子どもなんだから敬語させないならそっちもいらないし!!そういう態度だからディオスがまた調子に乗るんでしょ!!!」
「ッわ、わりぃ」
セドリック様見習って!!!!と、地団駄まで踏みながら怒るクロイに今度はアーサーの方が腰が低くなる。
ディオスを首飾りのようにぶら下げながら、頭を掻くアーサーにクロイもすぐに頭が覚めたように一度口を閉じた。「こっちこそごめん、なさい」と直後には小さい声で謝るのも聞こえてくる。勢いでジャックには言えても、こちらはアーサーに敬語無しはすぐには難しいらしい。
クロイに怒られなれている所為か、ディオスはアーサーから両手を離すとそこで地面にも足を付いた。「そうだね!」と元気よく放つ同意の言葉が何に対してなのかもすぐには判断つかない。
「アーサー?は大人だから僕らにも遠慮しなくて良いよ!エリック副隊長とかアラン隊長とかカラム隊長と同じ風に話してくれた方が他の人にも普通だよね?」
「そォだな。……ンじゃ、なるべくそうすっから」
一気に同級生から年上ポジションだ。
なんだか雰囲気から見てもアーサーが近所のお兄さんに見える。実際の近所のお兄さんは元貴族の俺様我儘黒炎青年と女好きの元裏稼業おじさんだけれど。……いや、ライアーも実年齢は一応若かったっけ。
「ディオス。絶対聖騎士が友達になったとか学校で言いふらさないでよ。王族についても当たり前」
「わかってるよ!セドリック様のとこで働くこともちゃんと黙ってるだろ!!」
腕を組みながら釘差しをするクロイに合わせ、アーサーからも「俺からも頼む」と頭が下げられた。言葉遣いは変わってもこういう謙虚な態度が変わらないのはアーサーらしい。
今回、アーサーの紹介に騎士団演習視察ツアーを盛り込もうと提案してくれたのはステイルだった。
ステイルとティアラ、それから私と段階を踏んでセドリックのパーティーに案内されるだけでなく最後には騎士団への視察にいけばその場にいる近衛騎士以外も紹介できて丁度良いと。
確かにディオスとクロイが関わった近衛騎士は全員だし、極秘視察の事情を話す上でそれも良い機会だと思った。
しかもアーサーは近衛騎士で騎士隊長というだけでもすごいのに、その上聖騎士だ。今まであんなに仲良くしてくれたジャックが今をときめく聖騎士と知ったら二人とも心臓をひっくり返してしまうかもしれないし、心の準備と信憑性を持たせる意味でも必要だと思った。
騎士団演習場で活躍するアーサーを見れば、それだけでも納得できるもの。
ティアラも格好良いアーサーのお披露目をファーナム兄弟にするのは見逃せないと、セドリックの歓迎パーティー終了後に頃合いを見て出発という時間未定のイベントを逃すまいと今回はセドリック主催にも関わらずパーティーにお呼ばれされてくれた。……アーサーとファーナム兄弟で釣らないと招待すら許されないセドリックは相変わらず不憫だけれども。
「……さて、そろそろ時間でしょうか。アーサー、エリック、アラン、お前達もそろそろ近衛騎士交代の時間が近いんじゃないか?」
お互いの紹介が一区切りついたところで、クラーク副団長から静かに声を掛けられる。
確かにと専属侍女のロッテに時間を確認して貰えば、いつの間にか大分良い時間だ。アーサーが「あッ⁈」と次の演習に合流できなかったことに焦ったのか、背中を反るほど伸ばしながら周囲をぐるりと見回した。目下ではもう八番隊と二番隊以外の隊が実戦演習に入っている。
副団長の言葉に、セドリックからも一度屋敷へ帰ろうかとファーナム兄弟へ呼びかける。
大好きな鶴の一声に、アーサーにべったりだったディオスもお怒りモードだったクロイも「はい!!」と元気よく声を合わせた。
じゃあまたとアーサーに手を振りながらセドリックの背後へと駆け寄っていく。
高台を降りるべく、再び騎士団長達の手を借りながら私達は階段を降りた。上って来た時とは変わり、案内ツアーを終えたファーナム兄弟がセドリックの背後にくっつけばその後に続くアーサーへの話し声がうっすら私の耳まで届いた。
「格好良いお父さんだね!」
まァな。と、声だけでもわかるくらい照れくさそうに返すアーサーの台詞に、私の手を取ってくれる騎士団長の口元が一瞬だけ緩んだ気がした。すぐにその後に短い咳払いと一緒に引き締められたけれど。
斜め背後からはティアラの手を取る副団長が喉を鳴らして笑う音まで聞こえた。振り返らなくてもステイルが自慢げに笑っている様子まで頭に浮かんでしまう。
こうしてファーナム兄弟初入城体験は、大団円で無事に幕を閉じた。
……
「…………なぁエリック?さっきのプライド様の初恋もどき、俺と同じこと考えてるか?」
「……ええまぁ、……恐らくは。……」
近衛騎士の交代となり、演習へと向かう中アランとエリックは前方へと視線を置きながら言葉を交わす。
なんとも言えない苦笑いを浮かべるアランが自分の後頭部に両手を回せば、エリックも引き攣った笑みのまま思い出したように冷や汗を零した。
先ほどまでは護衛という立場上もあり私語は最低限にとどめていた二人は、プライド達もいない今だからこそ憶測を交わし合う。
プライド達が騎士団演習場へ訪れる前、ダンスを行う際のディオスとプライドのやり取りを鮮明に思い出す。
あくまで〝憶測〟と理解しながらも、一度気付いてからは二人揃ってただただ信憑性が自分の中で色濃くなるのを自覚するだけだった。
「だよなー」「確証はありませんけど」と意思を確認し合いながら、気付けばエリックだけでなくアランまでも互いに聞こえる程度まで声を絞った。城内で第一王女の浮いた話題など広めればとんでもないことになる。
「子どもの頃に格好良い、と思った。で?」
「素敵だと思ったのは、また時と場所も違っていて尊敬してて……」
「でも最初から今も誓ってそういう対象じゃなくて、ンで〝家族や王族以外〟で……、…………何より最後の」
「「似ている相手は言えない」」
『それこそ絶対に言えませんしそういうところじゃありません!!』
だよなあ?ですよねぇ?と。互いの情報を確認し合い最後は重なった二人は、そこでやっと目を合わせて苦笑した。
プライドとの付き合いこそステイル達ほど長くはない二人だが、それでもあの場で出されたヒントで充分想像はついてしまった。
プライドが子どもの頃から付き合いのある相手など無数にいる。その中には王族でなくても貴族も含まれる。しかし、今までずっと貴族とそういった関わりを気取られたことがないプライドだ。更には言い回しから考えても現在進行形で付き合いもあり、尊敬もしている。
本来であれば女性の初恋で定番など父親や兄弟などが連想されるが、王族でも家族でもないのならプライドにとって最も身近な男性二人は弾かれる。
そして最後に、彼女がディオスからの問いに唯一「それこそ」とつけて言えなかった質問を逆算すれば、二人には容易に検討もついてしまった。
ディオスとクロイも知っている人物で、プライドが〝似ている〟相手を連想できた上で口を噤むしかなかった相手など一人しか思い当たらない。
「ロデリック騎士団長、本当すげぇよなぁ……」
ははは……、とアランの言葉にエリックも今度は枯れ気味の笑いを溢してしまう。それこそが自分もアランと同じ考えという返事そのものだった。
あそこでもし似ている人物にプライドがアーサーだと答えれば、直後にはベレスフォード親子を知る全員が察してしまう。しかも、その後に騎士団演習場へ見学訪問する予定だった。ディオス達にも言えるわけがない。
まさかあのプライドの初恋と言える相手が、二十は離れているだろう自分達の上官などもう笑いしか出ない。「そりゃ恋愛対象にはならないよな」と続けてアランが言えば、今度はエリックも本気の笑いになった。
付き合いの浅いセドリックやファーナム兄弟はまだしも、ティアラは気付いていた様子なのに何故頭の良いステイルが気付いていない様子だったのだろうとアランもエリックも寧ろそちらが疑問だった。
しかし、頭が良いからこそ照合相手が多く何よりプライドの〝初恋相手〟を年代の近い相手から絞り込もうとしていたステイルに、アーサーの父親など当然範疇外だった。更には、アラン達だけが知るプライドのロデリックへの評価も存在する。
「じゃあプライド様の好みって一番近いのはアーサーってことか?」
「いえ、そうとは限らないかと……。プライド様のことですし恐らくは〝顔〟ではない別の理由でだと思います……」
ご本人も「そういうところじゃない」と仰ってましたし……と絞りながら、エリックは肩が上がってしまう。
騎士団長であるロデリックも、うり二つのアーサーも顔立ちは整っているが、プライドが顔だけでそんな風に思うとは考えられない。
まだ子どもの頃ならばそれが理由で恋愛意識をそっくりのアーサーに、というのもあり得ないことでもないがあの言い分では素敵だと思ったのはまた別の時だと考えられる。
そして、ロデリックとアーサーは顔こそ似ているが性格は昔から大分違うことは二人と付き合いが長ければ長いほどわかることだった。
ならどこだろうなー、と伸びのある声で投げかけるアランは空を仰ぐがこればかりはエリックも想像がつかない。大体、ロデリックとプライドはそれこそ付き合いだけでいえば騎士団だけでなく式典でも多く接触がある。それをいつかなど的中させることは難しい。
「カラムに教えてやる方が良いと思うか?ほらアイツ、アレだし」
「いえ……やめた方が良いかと……」
だよなぁ、と。直後にはすんなりアランもエリックの言葉に同意する。
プライドの婚約者候補として騎士団では周知の事実に近いカラムだが、彼にそれを教えたところで本人もどうしようもないと二人は思う。
まさかプライドの好みが騎士団長だからといって、そこで騎士団長に寄せたり下剋上を画策するような人間でもない。ただ本人の混乱と精神的負担が増えるだけだ。最後にはまた酒に溺れられれば敵わない。
何より自分達の推測とはいえ、プライドの初恋にも近い甘酸っぱい思い出を言いふらす気にはなれなかった。
「まぁカラムは騎士団の中じゃ騎士団長に似たところも結構あるし」
「どちらにせよプライド様の仰る通り〝恋愛〟とは別の、あくまで憧れだったのでしょうから」
友人の健闘を軽く祈るアランに、エリックも肩を竦めながら頷いた。
憧れ、という言葉についアランも「わかるなぁ」と笑えば、そこで二人の会話は一度終わった。騎士達が多く集う影が目で捉えられてから、間違ってもこの話題は酒の席でも言わないようにしようと決めた。
第一王女のあまりにも可愛らしい初恋が妻子持ちだったことを、心の奥にそっとしまった。
Ⅱ497-3
Ⅰ367-2
Ⅰ18




