Ⅱ503.双子は挨拶され、
「ッすみません!お待たせしました!!」
八番隊と二番隊との実戦演習を終え、次の銃撃演習へ部下達に指示を終えたアーサーが高台にいる私達の元まで駆けつけてくれた。
近くにいた騎士に指示を伝えたのは演習の決着が着いてからだったけれど、既に私達が高台で見ていたのは演習中に気付いたらしい。戦闘訓練での頑張りの証である汗を拭う暇も惜しんで濡れた額で現れてくれた。
アーサーの息が切れているのが演習の後だからか騎士団長達を待たせていたからか、それとも高台をダッシュしたせいかは私もわからない。タタタタタッ‼︎と階段とは思えないほどの素早い足音が近づいてきて、振り向けばアーサーだった。
騎士団長達を前に一度姿勢を正して礼をしてくれたアーサーに、私達からも一声かける。
ティアラが小さな両手で拳を握って「すごかったですっ!」といつものように心からの賞賛を跳ねさせるのに続き、私からも「本当に」と身体の正面に手を重ね笑いかける。
「二番隊相手に守り抜いちゃうなんて。流石はアーサーね」
「いえっ、全然まだまだで……。本当は本陣にまで届かせちゃいけねぇのに、奇襲に気付けてもケレイブ副隊長の班を止めることはができなかったです」
汗で汚れた顔や乱れた髪を慌てて手で押さえながら最低限身嗜みを整えようとするアーサーは、相変わらず謙虚だ。
「いつも通りハリソンさんのお陰で早く決着が着きましたけど」と言いながら、ちょっとだけ罰が悪そうに口が歪んだ。
いつもハリソン副隊長を含めて八番隊の何名かは、攻撃でも防衛でも関係なく単独で大将首を取りに行っちゃうらしい。隊長になってからは訓練でも戦闘に加わるよりも最奥で指示や指導を出すことが多くなったアーサーには色々もどかしい部分もあるのかもしれない。
騎士団長や副団長がいる前でも見栄を張らず正直に言っちゃうところは流石だ。むしろアラン隊長の方が「まぁ八番隊は個人判断だし良いんじゃねぇ?」と軽い調子で完結してくれている。
たしかに八番隊は他の隊とは編成から違うし、本来であれば八番隊だけで防衛形態なんて状況なかなかない。基本的に系統でいえば防御よりも攻撃の戦闘部隊だもの。
それでも慢心せずいえいえと首を横に振りながら鎧の手で首汗を拭い摩るアーサーは、そこでやっと視線が別方向へ気が付いた。
アーサーの視線を追うように私達も目を向ければ、最初に視界に入ったのはセドリックだった。当然彼にも最初に挨拶をしたアーサーだけれど、今気にしているのはセドリックじゃない。その背後に固まる二人の方だ。
ステイルやアラン隊長達がちょっとおかしそうにアーサーと二人の影を見比べる中、セドリックが背中を貸したままくるくると首だけ回して振り返る。
明らかに会話が止まり、自分達の方へ視線が集中しているのも勘付いていておかしくないにも関わらず二人とも全くセドリックの背中から出てこない。いくら細い身体とはいえ、セドリックの身体一つに二人分が隠しきれず手足や髪がちらちら零れて隠れ切れてすらいないのに。
全員が口を閉じれば、耳を顰めなくても二人のこそこそ声も聞こえてしまう。
「ディオスから先出てよ!ティアラ様やプライド様の時はあんなにベタついたくせに……」
「だってティアラ様は王族だけどお姫様だしプライド様はジャンヌだし!」
「ならあの人はジャックでしょ!」
「ジャックだけど聖騎士だろ!クロイ知らないの⁈聖騎士アーサーって奪還戦で大活躍して一人で」
「それくらい僕も知ってるよ‼︎良いから早く出てよ!セドリック様が困ってるでしょ!!」
「ならクロイだって……‼︎」
こそこそとした話し声は多分、私やステイルどころかティアラにも聞こえている。五感の研ぎ澄まされた騎士達には言うまでもない。
その証拠に一向に出てこようとしない双子相手に、全員が口を閉じたまま目で会話する。上機嫌のステイルほどじゃないにしてもついつい私やティアラも口が笑ってしまうけれど、アーサーは頭を掻いたまま困ったように視線が泳がせていた。
今日自分の紹介の為にファーナム兄弟が見学に訪れることは知っていたアーサーだけれど、この反応は予想外だったのだろう。私だってまさか二人がこういう反応をするとは思わなかった。
ステイルとティアラが訪れた時には、ステイルにはまだ気圧され気味でもディオスは天使のティアラには早々に心を開き始めていたもの。
私にドン引き且つ騙されてたことにショックを受けたかそれとも王族三拍子が揃ったことに緊張の糸がちぎれちゃったのかで号泣してしまったクロイも、ステイルやティアラには少しずつではあっても自然体に近くなっていたし。……うん、ちょっぴり私は寂しかったけれど。
最終的には私達のことは責めてない主張を一言言ってくれたのが救いだ。
それにその後にはディオス越しとかならちょっと言葉もくれるようになった。ディオスに至ればダンスパーティーではティアラだけでなく私とも軽く踊ってくれたくらいだ。
王族である私達にも時間を置いて少しずつ順応していってくれる二人のことだし、最初は正体に驚いてもアーサーが演習を終わってご対面!の時にはある程度心の準備ができてくれているかなと考えていたけれど、……甘かった。
「ディオス、クロイ。そろそろ出て来い。アーサー騎士隊長殿もお困りではないか」
「ご、ごごごごめんなさい!!なんかどう話せば良いのかわかんなくてっ」
セドリックからの鶴の声を受け、最初に出て来たのはディオスだ。
アーサーに負けず劣らずの汗びっしょりの顔でほんのり顔が赤らんだのは緊張からだろうか。やっと顔を出したと思っても、目も向けられないのか安全地帯であるセドリックへ顔ごと上げたままだ。代わりにクロイは完全にセドリックの背後に隠れ切ってしまった。
私に対してもそうだったけれど、なんか初対面相手にクロイの方が子どもみたいな反応なのは少し意外だ。
ディオスが人見知りしないタイプなのもあるだろうけれど、クロイが私を前に取り乱して泣き出しちゃった時なんて今日はヘアピン交換してるのかしらと思ってしまった。
取り敢えず最初に姿を出してくれたディオスに、アーサーも一度緊張するように背筋を伸ばした。
アーサーもアーサーでこういう時になんていえば良いのかわからないのだろう。数秒だけディオスと目を合わすだけにお互い無言になると、そこでやっと決めていた言葉を思い出したのか「お久しぶりです」と少しガラついた声が口から細く絞り出た。
「えっとステイル、様から説明はあったと思います。ジャックです。本名はアーサー・ベレスフォードで、騎士団で八番隊騎士隊長を任されています。プライド様の近衛騎士です」
色々隠していて申し訳ありませんでした。そう言って頭をペコリと下げた拍子に一つに束ねた長い髪が前へと垂れた。
今は三つ編みもしていなければ眼鏡もないアーサーに、ディオスは零れ落ちそうなほどまん丸の目のままだ。「うわー」と口の動きだけで言っているように見える。
ディオスの様子にティアラが私の隣で爪先立つと、手で自分の口元と私の耳を隠しながら「私や兄様の時とも驚き方が違いますっ」と楽しそうに教えてくれた。
ティアラに頷きだけで返しながら、取り敢えず今は泣きそうにもなっていないし、怯えてはいない分良い反応だろうかと考える。
ディオスは瞬きもしないまま拳が入るくらい大きく開けた口だ。
返事を一音もくれないディオスに、アーサーも喉が上下していた。その間にクロイも出すべくセドリックが小さく背後へ振り返りながら小声で説得に臨んでいる。
全員がファーナム兄弟の様子見を待ち続ける中、騎士団長は腕を組んでいるし副団長はもう顔が楽しそうに笑っているからアーサーも色々居心地が悪いのかもしれない。
あまりの沈黙と気まずさに耐えかねたらしく、苦そうに眉を寄せ一度視線を浮かせてから口を開いた。
「あの、……今日は見学来てくださってありがとうございました。その、もし質問⁇とか聞きたいことあったら遠慮なく言って下さい。言えることならなんでも答えますンで」
まさかの質問コーナー。
ちょっとアーサーからの意外な提案に、ステイルが「ぶふっ……!!」と笑い声を漏らしたのが聞こえた。
さっきまでにこにこ上機嫌で見守っていたのに、今は口元を隠したまま大きく身体を捻って全員から顔を背けている。ぴくぴく肩が震える姿から、ちょっとツボだったのかなと思う。アーサーから騎士様質問コーナーなんて確かに不思議だもの。
なんだろう、学校に通う内にこの年頃の子どもには質問コーナーが一番と学んだのかもしれない。私が目立った行動とかした所為でかなり質問されまくりだったもの。
騎士団長もこれには眉を少し上げた中、アラン隊長とエリック副隊長も顔を見合わせた。けれど効果は抜群だったらしく、ディオスの開きっぱなしだった口はぱちりと閉じ、セドリックの背後に天岩戸化していたクロイもひょっこり顔半分を出した。
これは打ち解ける機会かも……⁈と思えば、その途端ディオスが今度は声も伴ってその口を動かした。
「どうやったらそんなに身長伸びるんですか……⁈」
……これは。
てっきり質問といえば学校潜入についてとか、騎士についてとか聖騎士とかかしらと思っていた私はディオスの純粋な質問に口端がピクリと引いた。
ディオスの血色が良くなっている理由と、そしてクロイが隠れてしまった理由を何となくだけど理解する。きらきらとした目でありながら、言葉が敬語なのが余計にそれを裏付ける。何よりこの質問は絶対
「えっ?……と、気付けばデカくなりました……?子どもの頃から鍛えてたンで多分それで」
「ジャックの時も大きかったもん、ですよね?僕も今から鍛えたら伸びますか⁈」
「た、多分……?普通に親譲りもあるかもしれませんけど……父上には全然届きませんし」
「!あっもしかしてお父さんって!!」
首の後ろを摩りながらたどたどしくも真面目に答えるアーサーに、ディオスの笑顔が爛々と輝く。
もともと十四歳の姿の時から背がひと際高かったアーサーだけれど、成長してからはもっと伸びているし聞きたくなる気持ちはわかる。
最初から背が高い大人だったエリック副隊長達騎士と違って、アーサーは十四歳の姿が印象的だから余計気になったのだろう。正直に遺伝かもと話すアーサーには私まで堪えて肩が震えてしまった。副団長とステイルも一緒だ。
アラン隊長に至っては正直に「ぶはっ」と笑い声が漏れていた。エリック副隊長が慌てて、笑っちゃだめだと伝えるように顔色を変えてアラン隊長に顔を向いていたけれど。
当の騎士団長は眉間に皺を刻んだまま敢えてなのか目を閉じて無になっていた。さっきまで子ども相手に萎縮させていたのを気にしているのかもしれない。
途中でハッ!と視線をアーサーから騎士団長へと移すディオスと同時に、クロイも顔を出して若葉色の水晶を丸くしていた。
ディオスが満面の笑顔で「ほら似てた‼︎」とまるで最初からそれも想像してたぞと言わんばかりに声を上げてクロイへ騎士団長を指差せば、途端にクロイが青い顔で「ディオス指!!指!!」と声を荒げた。騎士団長に指差しは当然不敬だ。まさかのニヤピンが嬉しかったのか興奮に鼻息も荒くなるディオスは指だけ引っ込めると直球をアーサーへ振り投げた。
「親って騎士団長さんですか⁈聖騎士のお父さんが騎士団長って噂本当だったんだ!!!」




