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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
支配少女とキョウダイ

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Ⅱ62.支配少女は頷かせる。


「本当に申し訳ありません。わざわざ騎士様に送って貰うなんて……クロイちゃんも、学校にご迷惑を……」


ぺこぺこと申し訳なさそうに頭を下げる女性が、中級層の外れを歩く。

とんでもない、とその言葉に一言返しながら女性の傍らには騎士が並んでいた。下校時間になってから、学校を飛び出した弟の代わりにお送りしましょうと名乗り出たその騎士は、彼女を家までエスコートしていた。ふらつき、時折転びそうになる彼女を支え、その手を取る騎士はゆっくりの足取りではあったが無事に彼女を家の前まで送り届けた。


「弟さんにも他の騎士が付いているので大丈夫でしょう。どうぞご安心ください」

そう言って騎士、且つ学校の特別講師であるカラムは彼女に笑みを向けた。

ありがとうございます、と既にこの片道だけで十度目以上の礼を言われて頭を下げられたカラムは、それも気にせず穏やかな言葉を返す。プライドから彼らに身体が弱い姉がいると聞かされていたカラムは、だからこそ余計に気を回しすぎる女性なのだろうと思う。騎士に対し、恭しく振る舞う民自体は珍しくない。ただ、それにしても彼女は謝り慣れているという印象があった。

お気になさらず、これも民を守る騎士の役目です、と同じ言葉を繰り返し、家の玄関へと足を踏み入れる彼女へ段差に気をつけて下さいと手を貸した。


「どうぞお茶でも飲んでいかれて下さい。ちゃんとしたおもてなしはできませんが……」

こんな家でごめんなさい、と眉を垂らしながら彼女は扉に手をかける。

お気になさらずとは言いたかったカラムだが、プライド達から音沙汰もない上、クロイの職場がどこかもわからない今は姉である彼女を放って置いて良いのかも悩む。しかし年頃の女性の家に単身で上がり込むのも妙な噂が、と少しだけ考えあぐねた。〝騎士〟という立場もそうだが、同時に自分は非公開とはいえ第一王女の婚約者候補でもある。今まで以上に身の振り方には気を付けなければならない。

周囲を見回し、家の周りにはプライドやアラン達はいないものかと確認するが見当たらない。その間にもふらつきながら、彼女は鍵を取り出した。ガチャリと古い金具音の後、扉を押せば



「他言無用ですっ‼︎‼︎」



ピシャリッ‼︎と、突然凛とした女性の雷が響き渡った。

覚えのない女性の声が家の奥からしたことに、姉は小さく悲鳴を上げて飛び退く。

手を掛けたドアノブから離し、自分の胸を押さえて両肩を上下させた。バクバクと心臓が驚きのあまり鳴り響く中、カラムは後ろから手を伸ばして閉まろうとするドアノブを掴んだ。

反対の手で心臓が鳴り止まない彼女の肩を支え「大丈夫ですか」と声をかける。声に驚いたことよりも、誰もいないと思っていた自分の家に女性の声がした事に戸惑いを隠せない彼女は怯えた目でカラムに振り返った。


「家から……知らない人の声がっ……!」

「大丈夫です。……恐らく、騎士も一緒かと」

怯える彼女を宥め、カラムは苦笑いしそうな顔を引き締める。今の声は聴き慣れた声とは少し若くはあったが、聞き違いようがない彼女の声だった。

また何か起こっているな、と心の中で確信しながらカラムはそっと扉を開く。半分開き、人一人分通れるほどになってから家の向こうを見通せばやはり奥からは聞き覚えのある声が続いていた。

少年達の声もいくつか聞こえ、その途端に姉も「クロイちゃん……ディオスちゃん……?」と驚いたように呟いた。二人の身に何かあったのかとも一瞬按じたが、うっすら聞こえて来る会話の内容に緊急性はなさそうだと安堵する。


「だからおかしいでしょ‼︎どうして君がそんなこと知ってるわけ⁉︎」

「しかも来週って……もう四日しかないじゃんか!僕もクロイもまだ全然っ……」

「私が責任持って面倒を見ます。だから大丈夫です。大船に乗った気でいなさい」

「「どこのボロ船だよ!!」」

狼狽るディオスとクロイの言葉を両断する女性の声は、脅しているというよりもまるで自分より姉のようだと彼女は思った。

二度目のプライドの声に、カラムは一度だけ深く息を吐く。まさか既に彼らの家に居られたとは……と思いながら、足を踏み入れる前に声を上げることにする。このまま中に入っても問題ないとは思うが、念のために中にいるであろう同僚へと声をかけた。


「ハリソン!アランやエリックもいるのか⁈」

はっきりと家の中に響かせる声に、リビングでの言い合いがピタリと収まった。

一拍置いてから駆けてくる足音と共にハリソンではなくアランから「おー、いるいる」と気楽な様子の声が返される。床を踏み抜かないように軽い足取りで駆けてくる騎士の姿に、姉もほっと息を吐いた。

カラムも家の中に騎士がいることに安堵し、今度こそ問題無く家の中に足を踏み入れた。姉を先に入れ、そして自分も入ると 内側から扉の鍵を閉める。カラムが連れてきた女性を前に「お邪魔しています」と挨拶をするアランは、落ち着いた笑みで彼女を家の奥へと促した。


「くっ……クロイちゃん?ディオスちゃんもいるの……⁇」

びくびく、と震えながら姉は姿勢を低くしてアランの背後から呼び掛ける。

カラムだけでなく、騎士が二人も自分の家にいることに緊張しながら先ずは弟達の無事を確かめる。続けて「お友達が来ているの……?」と重ねようとすれば、その途中で「「姉さん!」」と二人分の声が重なった。

聴き慣れた弟達の声と、バタバタと慌てるようにして近づいてくる二人分の足音に姉はやっと強張った肩が緩んだ。

自分がリビングに辿り着く前に二人の弟が並んで彼女に駆け寄り、迎える。


「姉さんごめん、勝手に学校を先に出ちゃって……」

「ううん、クロイちゃんが無事で良かったわ。だけど、ディオスちゃんはお仕事どうしたの?もしかして体調でも……それに、クロイちゃんももうお仕事の時間じゃなかったかしら」

あ、と。

また兄弟の声が重なる。既に二人が合流してから大分時間が経っている。アーサーに仕事の肩代わりを任せたままのディオスだけではなく、クロイも放課後の仕事の時間になっていた。完全に遅刻だと、クロイの顔が次第に青くなる。

「まずいっ……」と時計を見て声を漏らすクロイに、ディオスが慌てふためく。クロイの職場も家からは遠くなく、今から走れば間に合うかもしれない。貴重な家の近くの仕事をクビになるわけにはいかないと今からでも話を切り上げようかと考える。


「ええ、行きましょう」

突然、リビングの方から返事が投げられた。

二人が同時に振り返れば、姉は「奥に誰かいるの?」と更に足を進めた。仕方なく姉に手を貸しながら居間へと向かう二人は、……同時にハッと足が止まり掛けた。

息を飲んだまま無言で顔を見合わせれば、お互いが同じ顔で「まずい」と訴えていた。リビングにいるのはジャンヌ達だけではない。ここで姉にセドリックを見られたらどう言い訳すれば良いのかと、ディオスが「まっ、待って姉さん!」とあと一歩で居間に目が届く位置に到達しそうなところで引き止める。更にクロイが駆け出し、どうにかしてセドリックを隠すかこっそり帰って貰おうと思えば


「……え?」


いなかった。

セドリックが座っていた席には誰も居ない。さらには騎士の数まで少なく、長髪の騎士も消えていた。一体どこに隠れて、とクロイは部屋を見回したが見つからない。落ち着いた表情で見返すプライドと、そしてセドリック達を瞬間移動させたことなど知らないように笑顔を向けるステイル、そして敢えて何事もないような表情で黙するエリックしかいなかった。

どうしたの?クロイちゃん、と姉がディオスに細やかな足止めを受けながら、アラン、カラムと共にリビングへと踏み入る。その途端、ディオスも訳がわからず空の椅子を口を開けたまま見つめたが、この場で問えるわけもなかった。

二人の疑問を理解しながらも知らないふりでステイル達と共に姉に挨拶をするプライドは、敢えて全く違う話を二人に投げかけることにする。さっきの続きだ。


「……行きましょう。ただし二人とも仕事は今日まで。即刻カラム隊長と一緒に学校へ入学手続きに行って来なさい」


はぁ⁈と、声が二重で叫ばれる。

ふざけるな、それは流石にとディオスとクロイが異議を唱えるが、プライドは無視をする。二人の姉へと歩み寄り、にこやかに「お邪魔しています」と挨拶を交わせば姉も呆然としながらそれに返した。

プライドのことは学校初日に会って覚えてはいるが、何故彼女が家に招かれて仲良くなっているのかが不思議でならない。ぽかんとしながら、とりあえず現状で最も確かな情報を繰り返すようにプライドと弟達へと投げかける。


「あの……ディオスちゃんも、学校に行ってくれるの……?」

プライドの入学手続きという言葉に目を輝かせた姉は、順番に彼らへ目を向けた。

彼女としても叶うなら弟二人に望んで学校に行って欲しかった。自分の身体さえ弱くなければ、本当なら自分が無理をしてでも二人だけでも行かせてあげたかったほどに。

姉の希望に満ちた眼差しにディオスは思わず目を逸らす。唇を結び、頷くまいと首を固めた。しかし、頑として否定する気にもなれない。

ジャンヌからの提案……という名の強制に心が揺れていることを自覚する。クロイもディオスの返事を待って口を噤んだ。まだディオスが本当は学校に行きたがっていると姉には隠したままな今、安易に姉の前で「手続きだけでも行ってきなよ」と言うこともできない。


「ええ、行きます。ディオスも、クロイも、そしてお姉様も。……私が絶対に行かせます」

にっこり、と笑顔を作ってはっきりと断言するプライドにディオスとクロイは目を剥いた。

何を勝手なことをと喉まで出たが、その前にプライドが笑顔のまま二人へ振り返る。ステイルはその横顔を見た瞬間、今この場にアーサーがいたら肩を揺らしていただろうと思う。文字通り、有無を言わせない王女の笑みがそこにはあった。押し黙る二人に対し、プライドはゆっくりと圧をかけるように口を開く。


「言うことを聞かないなら、今日話したこと全部お姉様にも話します」

とうとう明らかな脅迫だった。

ハァ⁈ふざけるな!とクロイとディオスが同時に声を上げたが、プライドは撤回しない。自分達が言うことを聞かなければ姉に全てがバレてしまう。そうすれば、ディオスの苦労も二人の約束も全ては水の泡だ。


「ッそんな、来週でしょ?!来週まで働かなかったら、僕らはっ……」

「学校での〝給料〟があるでしょう。来週までなら凌げるはずよ」

んぐっ!と二人は唇を絞る。

半分忘れていたがそうだったと二人は思い直す。セドリックから与えられたバイト代。二人はまだそれを一つも使わずに貯えていた。今日を入れて三日分の給料は、間違いなく今まで通りの生活であれば凌げる額だった。姉が「給料⁇」と首を捻るが、誰も答えない。まさか学校内で王族相手にバイトをしていたなんて言えるわけがない。


「だけどっ……」

「このままで良いわけがないでしょう。欲しいものがあるなら自分の手で掴み取りなさい」

惑うディオスにきっぱりとプライドが断る。

それでも目を泳がせながら決心がつかないディオスの手を掴むと、両手で握り締めた。自分と同年であるにもかかわらず、女性よりも細い腕のディオスの手首は骨が浮き出ていた。折らないようにとプライドの方が肩を硬らせながら、彼の眼を覗くように見上げる。


「全面的に私が支えます。死に物狂いでやりなさい。貴方自身がディオス・ファーナムを救うのです」

高らかに響かせる声に、ディオスの肩が強張った。

逃げ場も選択の余地も奪われて尚、自分に呼びかける言葉に細い喉を鳴らす。彼女の紫色の瞳から今度こそ目が離せないでいると、プライドの方が先に顔ごと背けた。「クロイも」と叱り付けるような口調で呼ぶプライドは、ディオスの手を握ったまま小さな顔を彼へと向ける。


「貴方達の中にいるディオスとクロイを助けられるのは貴方達だけなのだから。本気で欲しいと思うのなら示してみなさい」

同調した彼らと、内側のもう一人に呼びかける。

まだ二重人格と言わずとも、昨日まで互いの記憶と意識を共有した彼らにも訴えた。全員の確固たる意思がなければそれは難しいと、プライド本人が誰よりもわかってる。

弟達とプライドのやりとりに瞬きを繰り返した姉には、状況が全くわからない。しかし、弟達の表情に、彼らが何かを意を決しようとしていることだけは見て取れた。事情は分からずとも、二人が前に出る為の手助けができるならばと思う。ただ、自分の身体の弱さが二人の足枷になっていることも痛いほど自覚している。どう言えば良いのか、自分は彼らに何ができるのかと考えたその時



「お姉様も一緒に頑張りましょう!」



気合を入れさせるような高らかな声を今度は姉がかけられる。

その声に、姉の目が丸くなる。え……と、まるで既に自分がやるべきことが決まっているかのようなプライドの口ぶりに続きを待ってしまう。さっきまで笑顔だったプライドは、今は真剣な目を彼女に向けていた。吊り上がった眼差しに気の弱い姉が僅かによろめく。プライドは音もなく身体ごと向き直り、掌をひっくり返すようにして右手を差し出した。


「突然不躾なことを言ってごめんなさい。早速ですが、お姉様にも見せて頂きたいものがあります」


見せてくれますよね?と言わんばかりに意思を込めた眼は剣のように鋭かった。

目の前にいる十四歳の少女がまるで自分より年上のような錯覚を覚えながら、姉の肩が狭く強張る。一体何を見せるべきなのかと、既に目の前で脅迫めいた発言をしていたプライドに一瞬家の権利書か財布の中身かとも過ってしまう。すると今度は今まで黙していたステイルが「確かに」と彼女へ同調するように声を上げた。


「ならばジャンヌは是非彼らのお姉様を。ディオスとクロイは僕にお任せを」


タン、タンと足音を立てながら、彼女に並ぶ。

その途端、プライドの笑顔が圧を与えるものからほっと柔らかい笑みになり、……直後にステイルからの笑顔に黒いものが見えて少し口端がヒクついた。何か怒っているのかとも思ったが、どちらかといえば悪いことを企んでいる時に似た笑みだった。

何故いまその笑みを?!とプライドに疑問が浮かぶ中、ステイルは黒い笑みをそのままにディオス、クロイ、姉、そしてプライドへと順番に視線を向けた。両手を軽く広げて見せ、この場を制圧するかのように敢えての明るい声を作りあげる。



「全ては、ジャンヌの御心のままに」



第一王子からの意思に、騎士達は無言のまま気づかれないように小さく頷いた。


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