Ⅱ501.双子は見渡す。
「一人ずつ慎重に登るように」
そう一言告げたロデリックが最後の案内場所として足を止めたのは、高台だった。
ロデリックがプライドへ、クラークがティアラへと手を貸しながら確かな足取りで登り、その後をステイル、セドリックが続く。
女性ではないが、身体の細い少年である双子二人の肩をアランとエリックもそれぞれが支えながら順に登る。
梺で登る前に振り返った時から口が開いていたファーナム兄弟だったが、急な段差でもある階段を登れば緊張も混じり息が余計に跳ねた。
バクバクと収縮するのが心臓なのか肺なのかもわからない。自分の呼吸音よりも、今はそれを上回る騒音が耳鳴りのように錯覚させられた。
汗が冷たいのか熱いのかもわからないまま登り、高くなればなるほど地面との高低差に怯え、その度に支えてくれる騎士二人が力強く肩を掴んで上へ上へと押してくれる。
やっと高台へ昇り切り、膝に手をついてしまえば自分達以外で息を切らせているのがティアラだけということに二人は目を剥いた。
昇り切ったばかりの自分達よりもある程度の時間差はあるが、それでも僅かな時間だ。なのに騎士は誰一人汗一つ流してなければ、プライドも全く息が上がっていない。
なんで、とクロイの口は動いたが悲しい事に声は出なかった。お疲れ様とプライドから笑い掛けられれば、未だ慣れないクロイはうっかり階段から落ちかけた。
思わず背後に後退り、蹌踉めいたところでエリックにバシンッと伸ばした片腕で素早く支えられた。
更には勢い良く見晴らしの良い位置へと飛び出そうとするディオスをアランが片手で猫の子のように捕まえる。造りこそしっかりしている高台だが、うっかり転げ落ちれば大怪我で済まない。
全員が昇り終えたのを確認してから、ロデリックにより順次見学するべく配置を伝えられる。
王族用に用意された豪奢な椅子がない代わりに、縁ギリギリまでの最前立見席を許されたファーナム兄弟は足並みを揃えてそこに立った。落ちるなよーとアランから笑い混じりの声を掛けられる。
淵に掴まり、見渡せばわざわざ視線を真下に落とさずとも騎士達の訓練する姿が目に入った。
「良い時に来れましたね。ここが一番規模もあって見晴らしも良いですから」
にこやかなステイルの声を聞きながらディオスとクロイは互いに目だけを合わす。そして再び見晴らしの良さに大きく息を吸い上げれば、視界いっぱいに白の団服が双方向からぶつかり波立つ光景が広がった。
全隊で行う基礎訓練、全体への命令や朝礼時もここに集まるのだと教えられる。
キィンキィンッと金属音が無数に止むことなく鳴り響き、高台まで届くほどに指示や報告が飛び交った。まるで戦争か内乱が起こってるんじゃないかと錯覚する荒々しさにこれが何の訓練なのかと、ある限りの知識を絞り巡らせたが二人はわからなかった。
「因みに守ってるのが八番隊で、攻めてるのが二番隊な」
「擬似戦闘訓練……つまりは八番隊と二番隊での攻防分けした本格的な対戦、かな。銃は使わないけど、特殊能力は有りの場合が多いし実戦に一番近いから見応えもあるぞ」
アランとエリックから説明されながら、これが本当にあくまで訓練なのかと二人は口をぽっかり開けた。
擬似戦闘訓練。隊で攻撃側と防衛側に分かれ、隊ごとに班編成も全て組んだ上での戦闘は隊対抗試合に最も近い。その日によって対戦組み合わせも違う為、隊本来の総合力や戦い方を試される訓練でもある。
最も敷地を必要とし、同時に怪我の危険も隣り合わせる真剣勝負でもある。
続けてアランから隊の特化型についても説明を受けたが、それでも戦う様子を眺めるだけではどれがどちらの隊か戦闘初心者の自分達にはわからない。
攻撃を両方ともしているように見えるし、防御も両方しているように見える。時々自分達の耳で聞き取れる指示もどちらの隊のものなのか判断できない。
どちらが優勢か劣勢かもわからないまま穴が開くほど見つめていると、そこでセドリックから「西側が八番隊でしょうか……?」と投げかけられる。
一体何を見ればわかるのかと振り返れば、セドリックの問いかけに騎士全員が揃って頷いたところだった。ステイルと共にプライドも覗き見てみれば、確かにと判断はできた。ティアラだけはぎゅっと眉の間を狭め数秒経過してからやっと納得できたように頷いた。
ディオスとクロイは自分達以外全員がわかったのが不思議で仕方がない。
もう一度見下ろすがやはり全くわからない。せめて団服の色が違えば想像できたかもしれないが、白と白の戦いはいっそ同士討ちをしてるのではないかとすら考える。
必死に区別方法を考えている間に、今度はステイルから「やや二番隊が優勢というところでしょうか」と言われてしまう。騎士達が口を合わせて流石です、その通りですと言っても納得できない。
必死にヒントだけでも探そうと変わらず身を乗り出し表情筋まで力を込めるディオスと違い、クロイはそこで諦めた。
前のめり気味の姿勢を伸ばし、振り返る前にと大きく息を吐き出した。「ねぇ」と言うと同時に振り返ろうと思ったが、まだ勇気が出ずに正面を向いたまま続きを背後へ投げかける。
「それで、ジャック……だった人は何処ですか。この下のどこかにいるんじゃ」
「あ⁈クロイクロイ‼︎あっちあの向こうの跳ねてるの‼︎‼︎」
この下にきっとジャックがいるのだろうと、既にステイルからの明かしもあり心の準備ができていたクロイだが視線を空に置いたまま尋ねれば途中であっさりディオスに遮られた。
突然の大声に頭から潰されるように両肩がぐぐぐっと力が入るクロイは、一度顔を険しくさせた。
何⁈と怒鳴りながらもディオスが指差す先へと目を向ければそこで鋭くなっていた眼差しが丸くなる。セドリックから二番隊側と言われた方角に、すぐディオスが何を言ったのかもわかった。
騎士達の攻撃は特殊能力使用可能な場合のみ、地上に限らない。上空へと上がり、跳躍し、攻撃の余波が軌跡を描く中、彼らと同条件の一人もまた地上からかけ離れた場所にいた。空中の、降下する瞬間だけ肉眼で捉えられる
黒い、影に。
「あれ!あの人セドリック様の護衛の人だよね⁈ほら黒い人‼︎髪長いし絶対あの人だよ‼︎」
「あれとか失礼だから。そりゃあいるでしょあの人も騎士なんだから」
確かハリソンさんだっけ。そう続けながら手摺りに頬杖を突いたクロイに、ディオスは「副隊長さんだよ!」と更に続けた。
セドリックの従者役として昼休みにはプライド達を護衛するハリソンと会うことはなくとも、朝にはほんの僅かながら顔を合わせている。会話こそ覚えが皆無だが、括ることなく垂らされた長い黒髪は遠目でも印象的だった。
おー当たり当たりと笑いながら答えを返すアランは、二人の肩をポンポンと叩きながら見渡した。アランの目には空中に表出してから自由落下までの間のみならず、高速の助走と脚力により跳び上がる軌跡も確認できた。
クロイに注意されたにも関わらず、今度は人差し指でハリソンの影を指差すディオスはぐるりと首ごと振り返り正解を知る騎士二人へ笑い掛けた。
「あっちにいるってことは二番隊の副隊長だったんですね⁈」
「いや、八番隊八番隊。まぁ、いつものことだから」
「攻撃が二番隊側で良かったな〜、八番隊が攻撃側になると酷い場合すぐ終わっちまうし」
八番隊⁈いつものこと⁈すぐに終わっちゃうの⁈
エリックとアランからの返答に交互に声を上げるディオスとクロイに、プライド達は思わず苦笑を浮かべてしまう。
ディオスが自信満々にハリソンを二番隊と判断したのも無理はなかった。今は二番隊が攻撃側、にも関わらずハリソンの姿が見えたのは二番隊の本陣がある東側だったのだから。
何故防御側にも関わらず敵陣へ特効しているのかと、子どもでも当然浮かぶ疑問だった。
アランから「さっき説明したろ?」と八番隊が各自判断の許された戦闘部隊と再び説明を繰り返されても納得できない。つまりはハリソンが一人で独自判断し、守るべき自軍本陣を捨てて敵陣へ特攻しているということになるのだから。
更にはハリソン以外にもアラン達の目には八番隊の騎士が敵陣へ突っ込んでいる姿がちらちらみえた。あくまで守り側と指示を与えられた課題訓練でこれだ。
ただ守るだけでなく、攻めてくる敵陣本陣を潰し敵全体を無力化することで収拾をつけるというのも戦法としては確かにある。
しかしハリソンの場合は特にどちら側であってもやることは変わらない。むしろ攻撃側であれば持ち前の高速の足で文字通り同隊長格を瞬殺で勝敗をつけてしまうことも少なくない。
あくまで実戦を想定し本番と同様に努める心構え前提ではあるが、それでも互いに隊の攻撃・防衛の型を確認し合うまでもなく勝負がついてしまうことは対戦相手にとっても敗北以上の難どころだった。
同じ隊長格とはいえ、副隊長ながら騎士団で五本の指に入る戦闘実力者のハリソンに叶う相手は副隊長どころか上官地位にある隊長であっても容易ではない。
今も単騎で駈け出した一人であるハリソンを最優先に止めようと攻撃側である筈の二番隊から防衛形態が部分的に敷かれている。
しかし高速の足で騎士同士の合間を抜けたと思えば飛び上がり、そしてまた攻撃へと転じ続けるハリソンを止めることは複数の騎士であっても簡単ではなかった。
「あれ多分こっち気付いてるな~。絶対上機嫌だろ」
「確かにいつもよりも攻撃が鋭いように見えますね。騎士団長達やプライド様もいらっしゃいますから」
ハリソンが騎士団長、副団長そしてプライドを慕っていることを知るアランにエリックも同じく同意する。
二人の会話に「だから八番隊は防衛側なんじゃ」と言いたいのをクロイは喉の奥で抑えた。兵法にも通じていない自分にはこれが間違っているのか正しいのかも自信は持てない。一度気が付いてしまえば目が離せなくなるほどにハリソンへと何度も上空へ姿を現す度に注視してしまう。
空中で高速の足が無力化されている間を狙って特殊能力による水が放たれたが、空中で態勢を捻らせる形で最小限まで避けきってしまった。
避けると同時に振りかぶり投げ放られた剣は、先ほどまでのナイフと異なりはっきりと二人の目に捉えられた。声を上げ、死人が出たんじゃないかと叫ぶが二人以外高台上の誰もがその心配はしていない。投げ放たれた剣の軌道を追うように自由落下していくハリソンを茫然と眺め続けたその時。
「右翼ッ流れ入ってます!!ケレイブ班優先して潰して下さい!!!」
不意に耳に入る聞きなれた気がする声に、双子は同時に気が付いた。




