番外 王弟は授かる。
「ではな。本当に感謝する。お前と踊れたことをディオス達には感謝したいくらいだ」
「いえっ。……ディオスとそれにクロイにも、絶対言葉遣いとか咎めたりしないで良いですから。私以外の王侯貴族には必要ですけれど私は別に。本当に、二人のことはお友達と思ってしますし……」
ダンスホールの端まで離さず寄り添った手が、今はもう離されていた。
俺はクロイの元に、とさっきまでダンスの感謝と共に双子の無礼と自分の急な催促を謝罪し続けたセドリックに、ティアラは俯きがちに自分の指を何度も結び直す。
心広い返答にセドリックが「感謝する」と一言返せばそこで身を引く動作をされ、また頬が膨らんでしまう。その表情に、セドリックも翻そうとする足を途中で留めた。
やはり不敬を怒っているのか、まだ謝罪が足りないか、何か見落としているのかと絶対的な自身の記憶を高速で巡らしながら考える。
ティアラもファーナム兄弟のことは本当に怒っていない。
しかし、せっかく楽しいダンスをちゃんとできたと思ったのに感想はそれだけなのかと不満が小さく胸の中で丸まった。
たくさん褒めてはくれた。感謝もしてくれた。楽しかったとも幸せだったとも言ってくれた。
だが、その先の一歩を言ってくれない。まさか本当にダンス前の会話を忘れてしまったのだろうかと考える。
だが、そこで催促のように自分だけが覚えているかもしれない発言を繰り返すなど口が裂けてもできない。
代わりに「あのっ」と小さく溢した声にセドリックは僅かに顔の筋肉に力が入った。
掠れるような小さな声と、俯きがちで見えない口の動きに、一回で必ず聞き取らねばと耳を尖らせる。すると
「今日は、……公式の場ではないですし。わっ私はまだ、踊れますっ……けど……。………………………ぁ………貴方、と」
ぽそり、と最後の最後は本当に微かだった。
細い十本の指を何度も何度も組み直し、最後は胸を押さえながら言うティアラにセドリックは耳を疑った。
は…………⁈と、三十秒以上遅れて声が漏れたがそれに対してティアラから反応はない。俯き、これ以上なく肩幅から首まで小さくなり、しかしその場から去ろうとしない彼女にセドリックは神子の頭脳を回す。
本来、ダンスは催し一回につき一組一度までが基本。それ以上踊るといえば、相応の特別な相手ということにされる。だからこそ王族は特に社交や式典などの公式の場では婚姻する相手以外とは二度踊ることは許されない。
しかし今はセドリック主催の個人的パーティーで少人数しかいない宮殿内。もしここで二度以上踊ったとしても、問題にする者はどこにもいない。
ディオスにダンスを教える為に何度も踊るのと一緒だ。何より、パーティーの主催者であれば個人的に数度踊ることは問題にならない。
今この時、今回だけは、特別に。と。そう、言われずとも含まれていることを理解した上でセドリックの目の奥が金色に光った。
公式の場じゃないからなど関係ない、愛しいティアラがまだダンスに付き合ってくれると言ってくれるのならばこの機会を逃す理由はどこにもない。
恐る恐る、自分の耳を未だに疑い無言になってしまいながらそっと手を差し出せば、二秒も待たずその上に白い指先が三本最初に触れた。
「踊ってくれるか……?」
怖々に近い声でそう尋ねれば、俯いたままの頷きだけが返された。
意中の相手との三度連続のダンスが行われた歓迎会は、主催者であるセドリックにとっても文字通り〝褒美〟に相応しい時間になった。




