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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
嘲り王女と結合

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そして分かち合う。


「セドリック様!ティアラ様とも踊って下さい‼︎」


突然の弾けた声に、思わず判断より先に首が向いた。

見ればプライドとセドリックが一曲終え、流れ通りの礼をしたところだった。ティアラとダンスを再開させたディオスがその足を止め、彼女と手を組んだまま肩から捻らすようにしてセドリックへ呼びかけている。


またディオスが……、と溜息を吐くクロイの視線の先ではディオスに掴まったままのティアラがあわあわと唇を躍らせていた。「ちょっと待ってください⁈」「私は別に」と上手く舌を回せないままディオスに潜めた声で訴えるが、セドリックとプライドには勿論間近にいるディオスにも拾えるような声量にはならず掠れて空気に紛れてしまう。

その間も変わらずディオスは明るい笑みで「ジャンヌも良い⁈」と尋ねている。


一曲充分踊り終わったプライドとしては、パートナー交換することは構わない。セドリックの本命を知ればむしろ自分が背中を押すべきであったと思う。

しかしまさかここでディオスが言いだすなんてと、戸惑いのままに「ええ良いわよ」とウロウロとした声しか出なかった。自分は良いが、それよりティアラは良いのかしらと心配になりながらディオスの腕を掴む妹と目を合わす。


「ティアラはどう?セドリックとのダンス見せてくれるかしら」

「大丈夫!だってティアラ様が「羨ましい」って言ってたから!!」

え゛っ、なっ⁈とプライドとセドリックはディオスの爆弾発言へ同時に王族らしからぬ驚愕の声を漏らした。

セドリックを嫌っている筈のティアラがそんなことを言うなどと、二人は耳を疑った。

何故突然と思うがプライドは思わずそっとセドリックから拳二個分距離を空けてしまう。「羨ましい」なんて可愛い台詞だと思うが同時にセドリックのことで、あろうことか自分が可愛い妹から嫉妬の対象にされては叶わない。

ティアラの兄であるステイルすら小さく顎を外してしまう。しかし悪戯よりも寧ろ「良いことした!」と言わんばかりに太陽の笑顔を浮かべるディオスが嘘を言っているようには思えない。

そして、……当の本人のティアラは今度こそ悲鳴に近い音で「違います!!!!」と真っ赤な顔になった。


「おっ、お姉様とセドリック王弟の〝ダンスが〟と言っただけですっ……。べ、別にお姉様個人が羨ましいとかそういう意味ではっ」

違うの⁈とそこで意図せずディオスがティアラの細い声を上塗った。

プライドとセドリックのに触発されてダンス再開したディオスだったが、ティアラのリードを得て踊ってみれば余計に同じ空間でダンスをしている王族二人の技術の差を痛感した。

ティアラ本人のダンス技術は高い。しかし、「すごい」「あんなにすぐにステップ踏んで」「回った!」とよそ見をしている間にも次々と繰り出されるセドリックとプライドのダンスは当然ながらティアラにリードされた見様見真似で素人ができるものでもなかった。

「セドリック様達あんな風にできて良いなぁ」とつい口から零れたディオスの羨みに、ティアラがくすりと笑いながら「そうですねっ」と同意した後だった。


『お姉様とセドリック王弟のダンスも本当に本当に素敵で、私も羨ましいくらいですっ』


そう言った矢先「羨ましいんですか?」とディオスに不意打ちされた。

プライドのダンスが上手だという誇らしい気持ちと、姉を褒めて貰えたことへの嬉しさから零れた言葉に聞き返され、ティアラも意図を深く読み取る間もなく同意を返してしまった。そしてそれが間違った。


てっきりティアラがセドリックみたいな格好良くてダンスが上手い人と踊れるなんて羨ましいと思って言ったのだと判断したディオスからの善意だった。せっかくのダンスにティアラは初心者の自分と踊ってくれたのだから。

ならば今度はちゃんとセドリックと踊れるようにしてあげようと、プライドがダンスを終えたところで迷わず声を上げた。

だが、実際にきてみればティアラ本人は真っ赤な顔で必死に違います違いますと首を横に振っている。しかも自分と組んでいた手が指関節から無意識に力が入りディオスの背中や手に僅かに食い込んだ。必死に弁明するティアラを間近にディオスも余計不思議で首を直角まで曲げてしまう。


「でも、ティアラ様。二人のダンスの時もずっときらきらした目で、それに絶対ジャンヌだけじゃなくてセドリック様のことも見ッモガ???」

きゃあ!きゃあ!きゃああ!と、ディオスの言葉を遮る為だけに連続して悲鳴を上げながらたまらずティアラは彼の口を両手で塞いだ。

弟に続き今度は王女にも口を塞がれ、流石のディオスも目が丸くなる。

細くて白い手が今はうっすら蒸気を放ち薄く桃色に見える。しかも自分へ身体ごと正面を向けるティアラ本人は若干目が潤っていた。学校で女友達と仲良いのをからかわれた時に「えっ、でもサラはマヌエルと付き合ってるんじゃ」と言いかけた時と似ていると過った。

その間もティアラは悲鳴は自分の口を封印したまま「違います違いますっ!」と悲鳴の続きをねじ込んでくる。


「でぃっ、ディオスがセドリック王弟みたいに踊りたそうだったからがんばって観察してただけですっ!」

女性のダンスと違って男性の振り付けは習ったことがないので!!と、必死に頭を回した言い訳はあと一歩で涙声になるところだった。

この顔色だけでも見られないようにと身体ごと姉達から背中を向けて隠すティアラだが、声は広間中に響いた。なんとかディオスを口留めしてから思いついたそれらしい言い訳を作れたが、小さな心臓は未だにバクバクと自分の耳を塞ぐ音量で鳴り続けている。

あとちょっと思いつくのが遅れたら「あの人がお姉様に変なことをしないか心配だっただけ」ととんでもない言い訳を口走ってしまったと自覚する。

セドリック本人にはつい言えてしまえるが、今目の前にいるディオスには安易にそんな言い訳をしたくない。


彼らがセドリックを心から慕っていることも姉兄達から聞いているティアラにとって、悪戯に彼らの理想を壊したくなかった。

過去に過ちがあったとしても、今の彼が立派な王族である以上それを自分の為だけに「この人はこんなことをしたんですよっ」と陥れたくない。そんなことを言えば絶対セドリックは「そうなのか」と信じてまた自分の気持ちが理解して貰える日が遠のくに決まっている。

そして従者になる二人にまで誤解されればもっと取返しが付く日は遠くなる。しかも目の前のディオスの純粋さから言って、自分がつい言ってしまった言い訳も素直に信じられてしまうと確信できた。

今も言い訳をすればその通りに口を塞がれたディオスがそのままゆっくりと大きく一人頷いてくれるのが見えた。丸い瞳も全く自分を疑っている兆しもない。


ティアラ自身、本当にセドリックと踊りたくて「羨ましい」と思ったわけではない。

姉とセドリックの仲が良いこともダンスも見ているのも、寧ろ好きの部類に入る。

式典でダンスの機会があれば必ずセドリックの手を取っているティアラにとって、彼とのダンス自体は貴重というわけでもない。しかし、あんな風に心からの笑顔でダンスを楽しめる二人の関係は少なからず羨ましいとは思ったのも事実だった。


自分が式典でセドリックと踊っても、人目を気にして社交的な笑顔こそ保てるが心臓も頭もいっぱいで話す余裕などない。

ただにっこり王女らしく笑ってダンスして貰うだけだ。あんな風に親し気に心から笑い合ったり、ダンスをしながら仲良く「お上手ですね」「楽しいです」と他愛のない話をしてみたい。緊張もせず他の男性と同じように楽しくダンスしたい。

嫉妬こそ覚えないが、プライドとセドリックとのダンスにそういう羨みは確かにあった。……自分が、もっと素直になれば良いだけなのだと理解した上で。



「ティアラ。……良かったら踊ってくれるか?」



納得してくれたらしいディオスからそっと手を離したところで、突然背後から放たれた言葉にティアラは爪の先まで張り詰める。

両肩がびくりと激しく上下し、すぐには振り返れなかった。ちょうどディオス相手に口を塞いでしまったことを謝ろうとした直前だった為、うっかり表情にまで出たところをディオスに真正面から見られてしまう。

顔色に出ないようにと必死に抑えるが、同時にまるで駄々をこねて宥められる子どものように誘いを受けたことに小さく下唇を噛んでしまう。

ダンスはしたくても、こんなお情けや仕方なくで手を取って欲しいわけではない。その場の流れに押し出されて優しさだけで差し出されるなど、他の誰なら未だしもセドリックにだけはされたくなかった。


丸い目がうっかり吊り上がってしまいそうなのを自覚しながら、すぐには振り返らない。

ディオスの前で怖い顔なんてしたくないと自分に言い聞かせながら一度口の中を飲み込んだ。背中を向けたまま、意地になってしまうのを隠すように拳を身体の横に降ろした。


「本当に結構です!配慮して頂かなくても本当に違いますから!!本当にセドリック王弟殿下を見本にしていただけですし!今日はディオスとクロイの歓迎会で式典ではないのですから」

「いやそうではなく」

ぱちりぱちんとディオスが大きく瞬きを繰り返し、彼だけが真っ赤な顔のティアラとそしてその背に語り掛けるセドリック両方を見比べることになる。

話せば話すほど内側の熱を発散するどころか、逆にティアラの熱は上がっていく。自分の声を上塗ったセドリックに一度口を噤めば、次には「すまない」とつい遮ってしまったことを謝罪された。

目が開いているのにぐるぐると回ってしまい、このまま音楽に乗ってディオスとのダンスを再開させて逃げるか、いっそこの後のお楽しみも諦めて宮殿から逃げるかの二択まで考える。

こんな駄々をこねているような誤解、配慮しないで普通に流してくれれば良いのに。マナーは全部覚えたんじゃなかったの!とわかっていながらも方向違いな腹立たしさまで覚えてしま




「単純に俺が、お前と踊りたくなった。……妬いたと思ってくれても構わない」




「~~~~~~~っっ!!!!」

ぼんっ!ぼぼぼぼんっ!!

予想をしなかった爆弾に、ティアラは今度こそ顔色も隠せないまま振り返った。

顔も頭も沸騰したように熱くなり、唇をきつくしぼったまま首をぐるりと回せば勢いのあまり長い金色の髪がディオスにべしりとぶつかった。

うわっっと髪がぶつかった衝撃にディオスが顔を押さえるが、今はティアラもそれに気づく余裕はなかった。よりにもよってどうしてディオスやクロイまでいる前でそんなことを言うのかと心の中だけで叫ぶ。


しかし振り返れば、真剣な眼差しで自分へ手を差し伸べて歩み寄って来ている。

その背後に立ち止まったままのプライドがセドリックと妹を見つめたまま顔を火照らしているのが距離があってもわかったが、確実に自分はそれ以上に今赤いだろうと確信する。

取りたい気持ちとは裏腹に、ティアラは思わず両手を胸の前で押さえて構えてしまった。セドリックが眼前で立ち止まる数秒の間に「もうっ」という言葉が無数に頭に浮かび弾けた。


「妬いた」など、確かにそう言われれば女性を立てることはできる。

駄々をこねた相手を宥める流れではなく、本人の好意それだけが理由になる。ここが社交界のパーティーであれば、これ以上ない収めた方でもある。

しかしこんなことを言えば今度はディオスとクロイにまでどう思われるかと、……そこまで考えてからティアラはじわりと耳まで熱に侵された。そもそも自分と違い、彼は周囲にも隠す気はないのだと思い出す。


セドリックも、ディオスに嫉妬をしたわけではない。

ティアラが自分以外の男性と踊っているところなど社交界で何度も見ている。その全てで彼女は美しく、外側から観覧しても嫉妬よりも見惚れることの方が圧倒的に多い。

しかしディオスの発言でほんの一瞬でも、どういう理由であれ〝ティアラが自分と踊りたいと思ってくれている〟と夢を見てしまった。

今はディオスの勘違いだったと〝わかって〟いるが、ティアラと踊りたいという欲求が既に湧いてしまった。鮮明な記憶に残る、自分の腕の中で可憐に舞い踊る彼女を。たとえ社交上のものであるとわかっていても、他の誰でもなく自分に向けてくれる時間が今もう一度欲しい。

それこそ嫉妬ではない、純粋なディオスへの〝羨み〟だった。

今も燃える瞳をまっすぐ合わせる彼は、照れも惑いも全くない。それどころか「遠慮はするな」とティアラへ小声で零してから、今度は全員に聞こえる声で続けてしまう。


「断ってもくれても良い。ただ、俺がお前と踊りたいという意思は間違いなく伝えたかった」

「~~~~~っっっ…………」

この人はこの人はこの人はっ!とティアラは行き場があり過ぎる手をぎゅっと結んだまま肩がこれ以上なく上がってしまう。

断る言葉も出て来ず、だからといってその手をぺしりと叩くなんで絶対したくない。

これが機会だと、勇気を出せと脳裏でうっすら自分の声が聞こえるが今は耳を塞ぎたい。プライドが見ていてステイルが見ていて、しかも初対面のディオスとクロイまで見ている中でこんな恥ずかしいことになるなんて予想もできなかった。今日のことを予知できていたら絶対来なかったのにとまで思う。


ぷるぷると肩ごと腕を振るわすティアラに、セドリックはひたすら断られるのを待ち続ける。

彼女の反応からやはり嫌いな自分に社交の場以外でもダンスを強要されるような真似は腹立たしかったのかと思う。しかし一度誘った以上、ここで自分が引けばティアラに恥をかかせる為絶対引かない。

まさかその手を取りたくて取りたくて仕方がない彼女に、これ以上気の利いた台詞など考える思考もなかった。既に自分の中では断られた後だ。

華やかな音楽だけが静止を受けず奏でられ続ける中、完全に膠着状態に近くなろうとしたその時。



「僕も見たいです!!」



わっ、と突然空気を割るような第一声がティアラの背後から放たれた。

皿一枚割ったかのような声に思わず誰もが目を向ける中、大注目を受ける本人は若葉色の瞳を爛々とさせてティアラとセドリックへ交互に熱い視線を送った。二人と目が合っても、そこで今度は満面の笑みに変えるだけで言葉を撤回しようとも思わない。


「セドリック様とティアラ様のダンス!絶対お似合いですし、ティアラ様は初心者の僕でも踊りやすくて楽しくてきっとセドリック様もご一緒したら楽しいと思います!」

「あのっ、いえ……その、私はセドリック王弟とは今までも」

踊ったことはあるんです。と、そうディオスへ言いかけた言葉が途中で止まった。

それを彼に言えば、今度こそまた話が大きくされてしまいそうな気がする。「もう踊ったことが⁈」と興味深そうに声を大きくする姿が頭に鮮明に浮かんだ。

もごもごとそれ以上は口の中で消え行ってしまうティアラに、まさか自分と踊った事実すら隠したいのかと少なからずショックを受けたセドリックはそこで初めて差し出し続けた手が一度落ちた。

兄のいつもの暴走に、クロイも眉間に皺を寄せながらダンスホールの外から足を踏み入れた。しかしそれもディオスは気にならない。


「ティアラ様!セドリック様はすごく格好良くて優しくてダンスもお上手ですし、一緒に踊ったら絶対楽しいですよ!ダンス上手なティアラ様も絶対楽しめるくらい上手ですし、セドリック様が誘ってくれたなら踊った方が絶対良いです!僕もティアラ様とセドリック様のダンスすごく見てみたいですし……」

「ディオスそこまでにして!!相手王女様と王子様って忘れたの⁈おすすめとか絶対不敬だから」

打ち解けたとはいえ、王族に向けて熱烈な推薦をするディオスに、クロイが足早に声を張る。

えーーー?!と正直に不満の声でクロイに返す中、ティアラはもう顔を伏してしまった。クロイの発言に「そんなことないですよ」と言いたいが、今は余裕がない。

力いっぱいセドリックを褒めるディオスにほんの一度だけだが「知ってます」と喉から出かかった自分に戸惑いが隠せない。

セドリックがダンスが上手いことも、それ以外もちゃんと知っている。ディオスの勢いに押されたとはいえ、うっかり大勢の前で惚気のようなことを言いかけたことに片手で口元を小さく隠してしまう。


「クロイもだろ!!セドリック様のダンスすごく格好良かったしもっと見たいってクロイだって思ってるくせに!!さっきだって絶対ジャンヌとセドリック様のダンスに見惚れ」

「!?そッそういう問題じゃないでしょ!!王族に王族勧めるとか何様って言ってるの!!ティアラ様は第二王女なんだよ⁈もっとセドリック様みたいに緊張感持って!!」

「だって友達ってティアラ様も…………」

「親しい仲にも礼儀必要って授業で習ったのもう忘れたの???」

ぎゃーぎゃーと、またいつもの喧嘩を始めるディオスとクロイに、セドリックも「その辺にしておけ……」と落とした肩のまま仲裁に入る。

本当はティアラに断られるどころか嫌いな自分とのダンスを恥に思われたことに落ち込みたかったが、今はそれよりも彼女との会話中にディオスが口を挟んでしまったことを謝罪しなければならない。

まるで小型犬の喧嘩にライオンが入ったかのように、セドリックの一言だけで瞬時に二人も口をぴしりと閉じた。

クロイも気付けば王族の前でもめ事をしてしまったことに気付き、短く息を飲んだ。「すみませんでした!」と慌てて頭を下げれば、ディオスも飲み込めないまま取り合えず頭の位置を揃える。

自分は良かれと思ってだったのにと、床に向けた顔で小さく唇を尖らせた。


「すまない、ティアラ。話の途中で失礼した。全面的に俺の責任として詫びさせてくれ。ディオスも悪気があったわけではないことは信じて欲しい。俺が図々しく前に出たのが間違いだった。そもそも俺にそんな権利もないのだと、後で二人にもよく言って聞かせておく」

「け……結構です」

まだティアラに自分が嫌われていることも、以前に嫌われるだけのことをいくらもしたことも双子は知らない。だからこそも悪意のない失言なのだと弁明するセドリックに、ティアラは微動だにしないままか細い声だけを絞り出した。


自分の所為でわざわざセドリックの過去まで二人に明かす必要もない。

誤解のある関係まで二人に教え込まないで良い。セドリックが当時の不敬を死ぬほど恥じていることはティアラもよく知っている。………それに何よりも。

一瞬、さっきまでのダンスへの誘いの返事かと判断したセドリックだが、すぐにその誤解は蕾のような唇から解かれた。


「ふっ、二人は私にとってお友達ですし……セフェクとケメトも、私には遠慮なく話してくれます。ディオスが自分の慕っている人を私に紹介してくれるのもっ、これからも遠慮なくお話してくれた方がずっと嬉しいです。…………で、ですから」

ちょん、と。

そこまで言ってからティアラは無言のままに降ろした片手の指先で、セドリックの手の裾を浅く突いた。

突然の感触と、視線を落とせばティアラの白い人差し指が自分の方へ近づけられていたことに、セドリックは雷に打たれたかのように全身が強張った。

もしや、これは、とティアラの小さな意思表示に両目の奥がぽわっと蝋燭のように燃え上がる。期待を持って再びその手をゆっくりとティアラへ差し出せば、今度は待つ間もなく彼女の手が重ね取られた。



─ 兄様やアーサー達もこんな気持ちなのかしら……?



「…………ディオスの為ですからっ」

そう一瞬の思考を隠し、顔を一度だけ逸らす。

擽るような声で短く告げられ、ぽくりと頬を膨らませた彼女にセドリックは構わず心臓が熱くなる。

ほんの少し手が合わさっただけで、顔まで静かに火照った。どういう理由であれ、当初の念願通り本当に彼女が手を取ってくれた。式典でも社交でもない場で、自分の宮殿の広間で。


わかっている、と。一声返せばその声にも力強さが伴った。目の焔を燃え上がらせるセドリックの顔はどの角度からみても歓喜そのものだった。

彼女の手を取り、細心の注意を払いダンスの構えへと組み合えば、無言のまま慌ててクロイはディオスの手を掴みホールの端へと立ち引いた。ここで自分達が邪魔になったらそれこそ不敬だ。

ダンスホールで一番近くの外に避難したクロイに、ディオスも文句は言わなかった。引っ張られるとは逆方向へ食い入るように顔事目を向ければ、華やかな音楽が躓くこともなく流れだしていた。


「今日は式典や社交の目もない。繕う必要はないぞ」

「……その言葉、ちゃんと覚えておいてくださいねっ」

小声同士で会話する二人に、ディオスは瞬きも忘れて口を開け文字通り見入ってしまう。

更にはセドリックを見送ったプライドが、今度はステイルに招かれ手を取りダンスを始めた。見たいダンスが二つになったことに、ディオスだけでなくクロイも振り返った瞬間「えっ」と声を漏らす。

フィリップのダンスもきっと見たいだろう、プライドのダンスをもっと見たいだろうというプライドとステイル二人からの配慮だったが、双子からすれば順番に一組ずつじっくり見せて欲しかった。


ディオスを連れ出したらしっかりと言い聞かせようと考えていたクロイだが、振り返った先の光景に完全黙殺される。

本格的に上級者のダンスが始まったことで、演奏者達も音楽を少しずつ早めていることに気付いたクロイはさっきまではディオスの為に少し遅らせてくれていたんだなと気付く。

音楽の速度が速まり、曲調にも張りが出てくれば合わせるように二組のダンスもまた瞬きも惜しむほど映えていく。

踊り慣れた同士のプライドとステイルだけでなく、最初こそ触れ合うことにも顔を染めていたセドリックも音楽に乗れば自然と顔が綻んだ。


プライド、ステイル、セドリック、ティアラと誰を見ても目を奪われる見逃せないダンスに、ファーナム兄弟は最初の数分言葉を失った。口を開けたまま見惚れ続け、やっと口が動いたのはクロイだった。

セドリックの、過去の過ちを知らない彼だからこそ純粋な疑問を、音楽に紛れるように潜めた声で口だけを動かす。


「……。え。結局なんなの。セドリック様どっちなの。プラ、……イド様じゃないの。ティアラ様⁇」

「え?ティアラ様と両想いじゃないの??セドリック様さっき「妬いてる」って言ってたし」

「いやティアラ様の方は⁇そりゃ最初は、……とか思ったけど、さっきセドリック様にもの凄く怒ってたよね??」

「怒ってないよ?」

「嘘でしょ」


視線はダンス二組に固定されたまま、きょとんと目を丸くするディオスに最後はクロイが絶句する。

まさかそんな、と。あんな美人でお姉さんで、第二王女のティアラ様が、次期王妹として名高い人が、まさかディオスみたいな照れ隠しをするのかとクロイは数秒だけ視界が頭に入ってこなくなった。


しかし視線の先ではセドリックとダンスを踊るティアラはさっきまで怒っていた姿が嘘のように無邪気な笑みを溢している。どう見ても仕方なくのダンスには見えない。

少し前までドロドロの王族恋愛を想像していたクロイは一気に全身脱力してしまう。どろどろの大人の恋愛どころか、これではディオスレベルだと思う。

しかもその横で楽しそうにステイルと踊っているプライドを見ると、彼女はセドリックとはお似合いには見えてもそういう関係ではないとクロイにもわかった。


『格好良いと思った人はセドリック王弟と全く違う人だもの』


以前、ジャンヌとしての感想でそう言っていた言葉を思い出したクロイは大きく息を吐き出した。同時に、右手だけをディオスに気付かれないようにグッと握ってから解く。


会話が終わると同時にダンスを見るのに夢中になるディオスと違い、少し思考が長くなったクロイは視野も広くなった。

自分達が立っている場所とは違う、ダンスホールの外側からアランとエリックがこっちを見ているのに気が付く。どこか楽しそうな苦笑いのような二人の笑みが間違いなく自分達に向けられている。

何かと首を軽く傾げて返せば、エリックもアランもその笑みのままに肩の位置で軽く手を振ってくるだけだった。呑気にダンスを楽しんでいる王族姉弟と違い「気付いたかー」「気付いちゃってますねぇ」と彼らも短く互いの意思を一言の往復だけで通じさせる。

彼ら二人はアーサーとカラムと異なり、多くの騎士達と共に決定的な瞬間を目にしている騎士だ。


二組のダンスが終わり、自然と周囲で拍手が起こればクロイもディオスの勢いの半分程度の速さで手を叩いた。

少し思考してしまった所為で、大事な光景をその分だけ見逃したんじゃないかと後悔する。観覧方向へと優雅に礼をする四人に向かい「もう一回ダンス見せてくれませんか」と言いたいが、それが不敬だと判断し意識的に唇を絞った。

だが兄がこれだけ好き勝手やっても許されるならそれくらい……と、クロイが葛藤している内に横からディオスが「ジャンヌ!次僕っ!!僕と!!」走り去ってしまう。


「ちょっ、ディオスずるっ……ていうかまだ話終わってないんだけど⁈」

うっかり説教するのを忘れていた。

そう気づいたにも関わらず、プライドの元へ走るディオスは「あとで!」と後回しにしてしまう。今はそれよりもさっきティアラと練習したダンスを少しでもプライドとも実戦してみたい。


ええ良いわよ、と快諾するプライドと手を組みステップを踏み出せば、演奏もまたさっきとは打って変わりゆるやかに速度を遅めていった。

ティアラに続いてプライドともダンスをする兄が羨ましいが、真似できない。

むむむっと唇を結んだまま奥歯を噛み締める。セドリックに謝りに行こうかとも思ったが、一度端に避けた彼はティアラをエスコートしたまま何か話していた。一度ならず二度までも二人の会話の邪魔はできない。

ならもう一曲分はプライドのダンスを今度こそ堪能しようかなと、棒立ちから姿勢だけを直すクロイに、そこで一人の影が優雅に手を振りながら歩み寄って来た。ついさっきプライドとダンスを披露した、ステイルだ。


眺めているだけでも軽やかな動きで曲に流されプライドをリードし続けたステイルだが、さっき会話した時とほとんど変わらず汗一つ流していない。

涼し気な笑顔のまま手を振るステイルに、クロイはまだ自分に話があるのかと眉を寄せかけた。フィリップのことは好きだが、ステイル王子相手だとまだどうしても緊張で身構えてしまう。未だ泣かされたことも残っている。


「いかがですか。次は貴方も姉君と」

「いえ、……今日はちょっと、まだ緊張するので。さっきのダンス、ジャンヌもフィリップも格好良かった……ね」

反射的に断ってしまいながら、最後にぎりぎりの勇気でいつもの調子で返してみる。

言葉遣いを意図的に戻してくれたらしいクロイの口調に、ステイルも少し眉を上げてからすぐに微笑んだ。自分にはまだプライド以上に慣れてくれていない気がしたが、少しずつ彼の足並みで歩み寄ってくれているのは純粋に嬉しい。


さっきはディオスがティアラ様に失礼しました、いえいえと。

なだらかな会話と共に、ステイルは自然な動作でまたクロイの隣に立つ。ディオスの相変わらず過ぎる遠慮の無さは少なからず驚かされたが、結局はティアラに片思いしているセドリックには良く転じたと思う。

ティアラもこれで結局は招待された面目も保たれた。セドリックの誘いを受けることに今だ抵抗はある様子の妹だが、ディオスの後押しのお陰で無事招待客としての礼儀も果たせたと考える。

この先、遠慮のないディオスの介入でセドリックとティアラの関係がどう触発されるかも少し楽しみだとも密かに思う。

その中であくまで常に常識的に行動しようとするクロイにおいては何も謝られるべきことはない。

むしろその調子でディオスとセドリックをお願いしますと冗談交じりに笑いかけたくなった。しかし、今話したいことはそれではない。


「ダンスを終えたら、もう一つお楽しみが待っています。騎士団演習場へ見学に行きましょう」

許可はとってあります。優しい声で言われ、思考がプライドのダンスでぼやけ始めていたクロイはうっかり隣にいるのがステイルではなくフィリップと錯覚した。

首を回せば、想定より高い位置にあったステイルの顔を見上げ目を丸くする。民にとって、何より男にとって憧れの騎士団演習場にまで!と表情が妙実に語る。

セドリックの宮殿にご馳走にダンスにともう充分過ぎるとも思うが、遠慮するよりも遥かに「見たい」の気持ちが強くなる。


眼鏡の黒縁を指で軽く位置だけ直すステイルの笑みは、楽し気なだけだった。

人差し指を口元に置き「まだディオスには内緒で」とそこで悪戯っぽく笑うステイルは、もうクロイを必要以上に腰を抜かさせないようにと最大限の配慮をここで贈る。

サプライズは好きだが、もうクロイを期待以上狼狽させたくはない。




「僕の親友をご紹介します」




〝フィリップ〟の親友。

それが誰なのか、もったいぶられ続けたバーナーズのもう一人を思い浮かべたクロイはそこで瞬きをせず頷いた。

ジャンヌと同じく、〝ジャック〟に対してフィリップがあそこまで親しげだったのは絶対演技ではないとわかっている。


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