観覧し、
「プライド!良ければダンスに付き合って貰えないだろうか?クロイに披露したい!」
まさかそんな気軽な感覚でプライド様をダンスに⁈とクロイは耳を疑うが、よくよく考えれば今この場で手の空いている王女は一人しかいない。
王族であるセドリックが同じ国の人間とはいえ侍女と踊るわけがないと考えれば当然の流れと思う。こっそりプライドのダンスを見てみたいとも思っていたクロイには最大の機会でもあったが、同時に危惧した筈の二人組に複雑に胸が絞られる。
同時にステイルの存在を思えばこの場が一気にドロつくんじゃないかとも考えてしまう。
セドリックの響く声にディオスからも「セドリック様とジャンヌが⁈」と足を止め顔ごと輝かせる中、プライドは全くの躊躇いもなかった。
「喜んで」そう笑いながら優雅な足取りでセドリックへ自分からも歩み寄る。共に近衛騎士やステイルも続くが、不思議なほどそこに険悪な空気は感じられなかった。
「畏れ多いが」と言いながらセドリックがプライドへそっと手を指し伸ばせば、彼女も笑顔でそれを受け取った。二人で手を取り合いながらダンスホールへ優雅な足取りで進んでいく姿に、むしろ空間全体がクロイと同じくこれは見逃せないと視線を集中させていた。
ディオスへの指南に集中していたティアラまで「一緒にお手本見ましょうっ!」とホールの端へ移動して足を止めた。ディオスにも是非姉の綺麗なダンス姿を見て欲しいと、わくわくと胸を押さえながら自ら中断を提案した。
音楽が流れ続ける中、途中で入ったとは思えないほどに最初の足取りから綺麗に世界へ入り込むセドリックとプライドの姿にクロイも最初の数秒は思考が止まった。
初めて見るダンス、しかも王族同士のダンスは自分の想像では叶えられないほどに絢爛としていた。目を奪われ、夢見心地で心臓まで遅く響いてしまう。
一個の固まりになって踊る男女の王族に、まとめて見るのも勿体なくなりどちらを見れば良いかも悩んだ。さっきまで断続的に流れていた音楽が、一瞬でこの二人の為だけに作曲されたもののようにまで感じてしまう。
気付けば口がぽかりと空いたまま顔の熱だけで瞼を無くしてしまったクロイに、二人以外を見るという考えすら浮かばない。
相手女性をどこまでも輝かせるように導き、男性的な立ち振る舞いで自身までこれ以上なく輝くセドリックの金色と、〝ジャンヌ〟とは別人のように女性らしい色香と優雅さを薔薇園のように溢れなびかせるプライドは別世界にしか映らない。
現実かも疑いたくなく光景に、さっきまで「二人が両想いだったらなんかイヤ」と考えた思考まで吹き飛んだ。
それだけただただ永遠に見てられる光景に、気付けば細い喉まで鳴る。
初めてプライドを長時間直視できた所為か、男性的なセドリックと女性的なプライドのダンスに当てられた所為か顔の熱がじわじわ上がっている理由もはっきりとはわからない。
「いかがです?少しは興味も沸きましたか」
茫然と時間が経つのも忘れて眺めていると、いつの間にか自分の隣にセドリック以外の人物が並んでいた。
さっきまで別の場所にいた筈の人物に声を掛けられ、我に返ったクロイはびくりと肩を激しく上下した。振り返れば自分よりも遥かに背の高い青年がにこやかな笑みで視線をくれている。黒髪と黒縁眼鏡をかける青年に、クロイはうっかり足が逃げかけたが今回はなんとか留まった。
フィリップだ、と顔を見れば思えたが、生徒の時よりも遥かに差を付けられた背と上等な衣服を見ると口が「ステイル様」と言いかける。どちらでも良いとはいわれたが、いざ口にすると迷ってどちらも言いにくかった。
ステ、まで言って中途半端に止まったクロイは、今もダンスで踊る二人から目を離すのも惜しく同時に王子相手に目を逸らすのも躊躇う。上体だけが逃げるように傾きかける中、ステイルから「どうぞ見ながらで」と微笑みと共に先に視線を外された。
話しかけた本人であるステイルがプライド達のダンスに目を向けたところで、自分もそーっと視線をそちらへ戻す。
クロイが視線を戻したのを視界の隅で確認してからステイルは再び口を開く。今度は最初のように圧を掛け過ぎて怯えさせたくはないと、反省を踏まえて声色にも細心の注意を測る。
「貴方達さえ良ければ、ティアラも姉君もまたいつでもダンスの講師は受けると思いますよ。姉君も貴方達とは以前のように仲良くしたいと願っていますから」
…………姉君、って呼んでるんだ……。
ステイルからの気遣いの言葉に、最初にクロイはそう思う。
ふーん、とこの場にいるのがただのフィリップだったら言っていた。しかし第一王子とわかればそんな軽口もやはり自分には難しい。
もともと対人関係はディオスに頼り切りだったクロイにとって、その距離感を縮める方法も感覚からわからない。だが取り合えず今の言い方を聞きながらフィリップのあの献身ぶりは義弟で補佐だったからかなと考える。
あんなに自然に〝ジャンヌ〟と呼んでいたのに、実際は名前ですら呼んでなかったことに違和感すら覚えてしまう。
最初に自己紹介された時よりも、プライドショックのお陰で幾分ステイルには耐性がついたことを自覚しながら、クロイは遅れて返答に頭を回す。
「えー、……いえ、はい」と中途半端に口を動かしながら目はじっと黄金と深紅で回る姿に釘づけられる。
「……僕も。ジャンヌ達とまた会えたのは普通に嬉しい、です。ティアラ様もすごく良い御方だし、ダンスは……教わるかはわかんないけどやってはみたいと、思う。……あんなに格好良くできるとは思いませんけど」
「まぁあの二人は揃ってダンスは一流ですから。ディオスも飲み込みは良いと思います。クロイも、お姉様といつか踊る為を目標にすればもっと身近になるのではありませんか」
そう言われ、クロイの視線が自然にディオスへも向く。
一通りダンスを鑑賞できたことでセドリックとプライドに触発されるように自らティアラの手を取り、何かを輝く若葉色でねだっていた。次にはティアラも満面の笑顔で頷き、二人でそっとダンスの構えを組み始める。
そのまま一歩ずつ口を「ワン」「ツー」と動かしながらステップを踏み出すディオスに、きっと自分も一緒に踊りたくなったのだろうなとクロイは会話は聞こえずとも理解した。プライドやセドリックと同じ空間で踊る双子の兄に、羨みと尊敬が均等に胸へと浮かぶ。
いつか姉に、と今も家で待っているヘレネを思い出せば確かに更にちょっと胸が湧いた。
身体が弱い姉だが、今の広い家でならちょっとくらい踊れるかもしれない。ダンスを教えてあげて、一緒に踊れたらきっと喜ぶだろうと思う。
「セドリック王弟と姉君は今までも式典などでダンス経験があります。社交界でも必ず目を引きますし、ここで鑑賞するのも確かに良い楽しみ方とは思いますよ。一般人が見れるものではありませんから」
「…………。……すごく男女どっちにも羨ましがられそうな二人、ですね」
「ええ。憧れの的ですから」
「……ステイル様はないんですか」
「…………………………………………」
平坦な声と裏腹に、内側では死ぬほど勇気を振り絞ったクロイの問いにステイルは口を笑顔にしたまますぐには返せなかった。
何を、どの部分を、いつの、どれをと文脈から当然読み取れる筈のクロイの言いたい言葉を優秀な脳が深く思考する。
憧れがあるかという意味か、どれとも羨みの部分かとまで思考すれば反射的に嘘が言えなかった。
社交界の相手であれば上手く返せる言葉をいくつでも持っていたが、あくまでクロイという〝学校の友人〟として接しようという徹底を身構えていたステイルは言葉に詰まってしまう。
恥ずかしいことに、羨みという部分であれば覚えがないわけではない。当時のことを思い出せばとんでもない勘違いをしたと、顔を覆いたくなった。
突然沈黙で返してくるステイルに、クロイはちらりとだけ一度視線を向けすぐに戻した。笑顔には見えるが、ここで笑顔のまま固まる理由を考えるとやっぱり図星かなと勘繰る。
ステイルも絶対女性にモテるのだろうとはわかっているが、身近にプライドがいたらなぁとも思う。自分達も姉には過保護なところがあると自覚はあるが、あくまでヘレネは血のつながった姉だ。
まずいことを聞いちゃったかな、と少し口の中を苦く感じたクロイは目も向けられないまま更に口を動かした。
「すみません。出過ぎたことを言いました」
「ッいいえ。すみません、つい二人のダンスに見惚れていました。〝今は〟全く思いませんよ。僕も姉君とは頻繁に踊りますし、何より相手は…………………………………………他ならない、セドリック王弟ですから」
まさかの年下に気を遣われたことを察知したステイルは、今度こそ平常心で言葉を返す。
嘘ではない言葉を自然な口調で含ませながら、最後は本心からの正直な感想を彼へと告げた。隣にいるのがクロイではなくアーサーだったら確実に枯れた笑いが零れてしまっただろうなと自分で思う。それでなくても僅かながら遠い目になってしまった。
今こうしてみれば、折角意中の女性を自分の住居に招けたのに一緒に踊ろうと誘うことすらできていないセドリックが寧ろ不憫に思う。
もうこれ以上手助けする気はないが、うかうかしていると本気で婚約者候補確定までにリスト入りすらさせて貰えなくなるぞと突きたくなる。妹のリストが誰かは知らないが、少なくとも未だ嫌われているセドリックがそこに入っている可能性は極めて低いと思う。
さっき以上に長い間とその後のどこか笑い混じりの声にクロイも目だけを動かせば、微笑みながらもさっきより明らかに遠い目でセドリックを見る王子が映る。
「他ならない」という言葉にそれだけセドリックがステイルに信頼を得ている証だろうかと考えながら一応は納得できた。まさかセドリックみたいな完璧な王子相手にステイルが「相手にならない」と見下しているとも思えない。
まだ移住してから月日がないにも関わらずこんなにも信頼を得ているなんてすごいなと考えながら、改めて自分達の主人を尊敬する。
自分達みたいな庶民の子どもを使用人にしてくれて、更にはこうして歓迎会をしてくれる人なのだからきっとプライドやステイルみたいな人と打ち解けるのもあっという間だったのだろうと思いを馳せた。いつかその時の話も聞いてみたいなと考えれば、今度は口元が小さく綻んだ。
自分には遠いジャンヌ達ではあったが、セドリックと仲の良い彼らはきっと自分達の知るジャンヌ達とは遠くない。
自分の隣でさっきより表情も柔らかくなったクロイに、ステイルも胸を撫でおろす。
自分に対しても今はそれなりに会話をしてくれる彼が、いつかプライドとも緊張せずにダンスができれば良いと素直に思う。
見慣れても見飽きないプライドのダンスを眺めながら、次は自分が提案してみようかとステイルは思考する。
もし基本的なステップだけでもディオスが習得できれば、そこでプライドとまずはディオスのダンスを自分が二人に提案を……と考え、少しだけ口を絞る。あのディオスはプライドと距離を詰め過ぎると本当に何をやるかわからない。ある意味、油断ならないという意味では初対面の頃のセドリック並みに近づけるのが不安にもなった。
しかしディオスが慕ってくれてプライドも以前のように打ち解けたいと考えているのならここは自分が間を取り持って……!とまたそこで思考を拗らせかける。
王族相手に腰を抜かした常識を持つクロイになら迷わずプライドとのダンスを提案してやれるが、ディオスにはまだ不安が残る。まぁ近衛騎士も警戒している中であれば大丈夫だろうと、最終的には自分の中で折り合いをつけたステイルはそこで一度深く息を吐き出した。その時
「セドリック様!ティアラ様とも踊って下さい‼︎」
突然の、クロイではないもう一人の弾けた声に、思わず判断より先に首が向いた。




