Ⅱ498.双子は洗礼を受け、
「えっ……と、あの、セドリック様。僕らまだダンスとかできなくて……」
ひと通り食事を終えてから間もなく、その時はきた。
まだ食べたい料理も、手を付け切れていない料理もあるが二人の腹もある程度満ちた。時間も頃合いとセドリックの合図と共に、上階から演奏家達の手による生演奏が降らされる中ディオスとクロイは互いに肩がくっつくほど固まった。
聞いたことのない音楽だったが、その軽やかさと優雅な曲調からダンス用の音楽だろうとは想像もできた。セドリックが宣言していたこともしっかり覚えている。
戸惑いを露わにしたのもつかの間にセドリックから「まぁ今は寛いでくれ」と食事を促され先送りにされた問題が今また眼前へと浮上した。
実際に演奏が始まってしまえば、使用人達がカーテンを広げるダンスホールと逆方向に二人の足が逃げ身体が傾いた。
今後セドリックの元で働くためにマナーの授業を受けることにした二人だが、まだ本格的な実技に移ってすらいない。むしろ社交に関わる礼儀関連が重視される中で、煌びやかなダンスなどは後回しになる内容だった。
クロイと違い、煌びやかなダンスホールと音楽に興味津々なディオスも自分が踊るのかとなるとやはり弟に同意してしまう。コクコクと目に見えてわかるように大きく繰り返し頷き「ごめんなさい……」とか細い声で謝罪するディオスと、その背中にまた半分隠れかけるクロイにセドリックは首を僅かに傾けながら振り返った。
「何を気にする必要がある?この面々だけなのだから気負う必要もない。強制はしないが、お前達の良い練習にもなると思ったのだが」
練習??!と、二人の心の声が同時に合わさった。
自分達の歓迎会ということは理解しているが、そこでまさか練習までとなると視線を周囲へ広げてしまう。今この場には今後自分達の先輩にもなる使用人達が大勢いるが、彼らの一人も踊る気配もない。
当然だ。社交やダンスを行うのはあくまで貴族やその来賓。セドリックに友人と言われる彼らだが、そういった立場になるわけではない。一体何の練習なのかと言いたい気持ちをクロイは唇を意識的に結んで堪えた。
しかし直後にはセドリックから「侍女達も簡単なダンス程度ならば心得もあるぞ」と相手役を提案されれば逃げ場が一気になくなった。
王族の使用人はそこまでできないと駄目なのかと間違った常識が優秀な頭に刷り込まれかける。
二人の顔色が変わっていくことを察したステイルはこのまま様子を見ていたくもなったが、今回は笑い混じりの表情だけで収め口を開いた。
「ハナズオ連合王国は、サーシスとチャイネンシス両国ともダンス文化が我が国より馴染んでいますから。公式の場以外なら王侯貴族ともに社交としてダンスパーティーも頻繁に行っているそうです」
既に同盟国にもなったハナズオ連合王国の文化や常識についてもある程度は外交を担う次期摂政として理解している。
ステイルの解説を聞きながら、既に把握していたプライドとティアラもそれぞれ同意を示した。
フリージア王国にもダンスの文化はあるが、もともと式典で行うダンスパーティーもハナズオから発想の得たものだ。既に交流も深くなったハナズオ連合王国のダンス文化については王族二人もよく理解している。
王族の身の回りを担う貴族出身としてダンスの心得がある侍女も含まれるが、そうでなくともあくまで娯楽面でダンスは当然のように身についているだけの話だ。決して使用人になる上の必須項目ではない。
そうなんだ……と、一個分息を吐き出すクロイにディオスも目に見えて安堵した。
その二人の自然体の反応に、先ほど泣かれたことを若干気にしていたステイルも小さく笑む中ティアラから「宜しければっ」と軽い足取りと共に手を上げた。
「私と踊ってみませんかっ?ダンスは大好きなので、簡単なステップからやってみましょう!」
是非とも!とわくわくと満面の笑顔で提案するティアラに、プライドも「良いわね」と両手を合わせた。ダンスも上手なティアラならば教えるのも上手に決まっていると思う。
実際、ティアラが男性にダンスを手ほどきしたことは今回が初めてではない。
まさか自分のダンス提案にティアラが最初に乗ってくれるとは想像もしなかったセドリックの目の焔が無言のまま輝く中、ファーナム兄弟の反応はまさに二人で正反対だった。
「えっ!はい‼︎僕やってみたいです!!」
「⁈ッぼっ僕は良いです!見て覚えたいので!!」
前のめりに勢いよく挙手して意気込むディオスと違い、クロイはずざざっと三歩ダンスホールから後ずさり逃げた。
ただでさえ王族相手でも未だ緊張するのにダンスで手を取られるなんて考えられない。しかも相手はティアラで、プライドが見ている中で不格好なダンスやダンスわ教わること自体がとてつもなく恥ずかしい。
セドリックがダンスを楽しんで欲しいというならば自分だって楽しめるようにはなりたいが、それならば今度プライド達がいない空き時間にでも使用人の侍女に教えて貰えれば良いやと思う。
それでは是非っ、と両手をディオスへ差し伸ばし微笑みかけるティアラにディオスも満面の笑顔で駆け寄った。
こういう時に本当に兄がいてくれて良かったとこっそりクロイは思う。
ワン・ツーと最初はダンスの手の取り方から始まり、丁寧に白い手で導きながら説明をするティアラにディオスも全く物怖じせずに従った。王族や騎士に見られ、演奏家達の音楽が奏でられるダンスホールの中央で堂々と。
心優しくディオスの手を取る妹に、プライドもちらりと視線をクロイへ向けた。
ここは女性として自分もクロイへ提案してみようかと考えるが、さっきボロ泣きさせてしまった自分がどんな顔で誘えば良いのかもわからない。本来男性が誘うものだ。
むしろ兄と離れている今、自分が突入したらまたクロイを怒らせるか泣かせてしまうのではないかと考える。
プライドからのちらちらとした視線に、クロイも嫌でも気が付いた。
ディオスとティアラを見ていた筈が、視界にちらちらと目立つ深紅が入ればその度に心臓がバクンと脈打った。プライド様が、と思えばそれだけで顔ごと背けてしまいたくもなったが、……ジャンヌがと考えれば何故いま自分を気にしてくれているかも想像ついた。
いや無理だし、心臓持つわけないでしょと。心の中で唱えながら必死に気付かない振りをする。宣言通りあくまでディオスへの手ほどきをするティアラの話を離れた位置で聞きながら、見て覚える構えを徹底するクロイにセドリックは「どうだわかりそうか?」と隣へ並んだ。
「実際やってみた方がわかりやすいとは思ったのだが、まぁ今度時間があった時にも試してみると良い。馴染めば楽しいものだぞ」
「あ、はい。…………折角のお気遣いに申し訳ありません」
見ている方がと言った以上、無理に押し付けようとは思わないセドリックからの言葉にクロイも思わず首を引っ込めた。
自分達の練習の為にここまで場を整えてくれたのに自分はダンスホールに立つ度胸もない。ディオスだけでも喜んで受けてくれたことが幸いだった。
クロイの言葉に「何を言う!」と笑いかけるセドリックは力強くその肩に手を置いた。
もともとただの娯楽の一つであり、更にはフリージア王国の民にはまだ社交的なダンスはそこまで馴染みがないと知れればまた一つ勉強になったと思う。
ならば今後のことを考えても、自分もダンスを教える側としての指導方法も教師を雇い頼んでみようかと考えた。自分にとっては数少ない、子ども時代から教師にきちんと教わった教養科目だったが、もともとダンスを見るだけでその動きも己のものにしていたセドリックは教えられた時もつまずくことなくすぐに教えられる以上を習得してしまった。
今後世界へと人脈を広げていく中でダンスを教えられるようにしておくことも一つの社交術だと思う。ティアラのように、心得のない相手にもある程度気持ちよく踊れるようにリードすることができればさらに良い。
そんなことを考えながらティアラとディオスの微笑ましいダンス光景を目に焼き付けたセドリックへ、クロイから「セ、セドリック様は」と絞り出すような声が放たれた。
どうした?と一度思考を止め視線を向ければ、クロイは肩ごと小さくなりながらもう一度勇気を振り絞りセドリックへと投げかける。
「セドリック様はっ、お、踊らなくて良いんですか……?やっぱりその、お手本とかあると…………、……」
わかりやすいかなと、と。
その言葉までは続けられず、視線が耐えきれることなく落ちた。
きょとんとした表情で見返したセドリックにもう目が合わせられない。炎のような眩しい眼光に、うっかり自分の下心が浮き彫りにされている気がしてしまう。
実際、ディオスとティアラとのやり取りもちゃんと勉強にはなっている。
本音を言えば、見れば見るほどセドリックの言う通り相手役がいた状態で指南を受ける方が覚えやすかったとも思う。だが今はそれ以上にただただ純粋にセドリックのダンスを見てみたかった欲求に押し流された。
ダンスがあると言われた時も、自分達は踊れないことは当然王女様と踊るのも、踊っているところをプライドに見られるのも恥ずかしいから無理だと思っていた。だが、同時に「ダンスを見れるかも」という希望もあった。
自分達にとって今や憧れの強いセドリックがダンスをすればきっと誰よりも煌びやかで格好良いのだろうなと考えたのは絶対自分だけじゃないとクロイは確信する。
今こうして一人ぽつんとした自分の隣に立ってくれただけでも嬉しいが、せっかくこんな状況ならダンスをしてくれれば良いのにと思ってしまう。理想を言えば自分のことなんか気にせずに他の人がずらりとこの場で踊っていれば一番心地も良かった。
クロイの言葉に「なるほど」と顎に手を置くセドリックは、真っすぐに彼の言葉を受け取った。確かにディオスとクロイが初歩から学ぶのも良いが、理想形として見せるのも良い。その方がクロイもダンスに興味を持ってくれるかもしれないとまで考えれば、むしろ披露しない理由がなかった。
誕生日パーティーの時には二組が同時に踊っても広々としていたダンスホールだ。もう一組踊っても全く邪魔になならない。ならばと。
「プライド!良ければダンスに付き合って貰えないだろうか?クロイに披露したい!」
堂々とその場から声を張り上げ、手だけを伸ばして見せながら距離の離れたプライドへ呼びかけるセドリックにクロイは一瞬口から心臓が飛び出るかと思った。
本日ラス為アニメ第3話放送致します。
宜しくお願い致します。
https://lastame.com/onair/
22時頃活動報告更新予定です。
よろしくお願いします。




