そして知り合う。
「…………やっぱりセドリック様って王族相手でも人気なんですね」
はっきりわかるくらい耳を染めて逃げていった王女様を横目に、やっぱりそれが普通だよなとクロイは思う。
姉がセドリックを恋愛対象として見ていないことは納得したが、やはりセドリックみたいな男性なら同じ王族相手でも人気なのは当然だなと再認識する。それどころか同じ王族という立場なら余計に恋愛対象じゃないかと思う。
〝ジャンヌ〟とセドリックの関係は否定されたままだが、〝プライド様〟とはどうなんだろうとまたふつふつと胸の奥に疑問が浮かぶ。もともと自分達を紹介してくれたのがプライドなら、それだけ親しいということになる。今もこうして当然のように招かれて、ふたを開ければ当然のように呼び捨てで呼び合っている。
ジャンヌとプライド双方の正体を知ってから、胸の奥の何かが一瞬で砂塵に変えられたような感覚がどことなくある。だが今はそれ以上に、他でもない自分にとって身近な王族で兄のような存在であるセドリックとプライド王女の恋愛はなんだか見たくないなと捻くれたことを思ってしまう。
それなら今さっき自分やディオスにも親切にしてくれて可愛いティアラ様の〝片思い〟が実れば良いのにと、自分本位な欲求が帯びていると自覚せずに考える。
セドリックのことだから自分達が知らないだけで貴族だけでなく王族の女性にも人気なのだろうとも理解するが、やはり望むならば現段階で知り合ったティアラ王女が一番へと傾いた。なら、姉妹で三角関係なのかなと考えたところでもともと〝ジャンヌ〟に固い障壁が二人いたことを思い出す。
一人は弟だとわかったが、確か義弟。そしてもう一人の正体は明確に明かされていない。
片思いどころか、プライドとティアラでセドリックの取り合いなんてしていたらもっと嫌だなと考えながら一人勝手に眉が寄りそうなのを意識的に伸ばした。
……王族って恋愛けっこうドロドロなのかな……。
「クロイ、それどういう意味??」
「何でもない。セドリック様は人気者って思っただけ。ジャ、……プライド様にステイル様にティアラ様とも仲良いでしょ」
「?そう見えたのであれば嬉しいことこの上ないが……⁇」
目の前でセドリックが何故か肩が丸くなっていたことに気付かないままのクロイの発言に、ディオスは言葉の意図を掴めず鼻先まで近付ける。プライドやステイルはまだしも、ティアラと仲良く見えるというのはクロイなりの気遣いだろうかと考えながらそこで思考は完結した。
兄の鈍さを諦めているクロイに、セドリックも同じ疑問が浮かんだ首を捻りたくなった。しかしディオスが「そうだよね!」と人気ぶりを全力で同意するのを見れば、ここで自分が事実で会話を折るのも躊躇われる。
どうせこれから長い付き合いになれば、言わずとも二人も何となく自分とティアラの関係の険悪とまでは思われずともぎこちなさはバレるだろうと考える。
それを察せられた時にでも改めて説明すれば良い。その時は場合によっては自分の黒歴史を明かさなければならないと、それだけが一瞬鮮明に脳裏に再生されかけセドリックは一人頭に爪を立てた。
今この場でまで二人にこれ以上情けない姿を見せるわけにはいかないと奥歯を噛み締め耐える。
しかし、直後「あっ‼︎」と放たれたディオスの言葉にすぐ顎の力が抜けることになった。
「そういえば前に言ってたジャンヌの〝初めて家族以外で格好良いと思った人〟って誰⁈王族⁈」
カラァン‼︎と。
直後にティアラが手のひらからフォークを落とした音が、テーブルの上で妙に広く響いた。
唯一その音に肩を揺らせたのはディオスのみ。それ以外の全員が指先どころか表情筋まで硬ばらせたまま微動だにできなかった。顔から血色を退場させたプライドは当然のこと、最も話題から遠い位置にいるセドリックの従者達すらも空気感を感じ取り動けなくなる。あまりにとんでもない兄の暴投に、クロイは息も止まった。
ディオスからすれば〝ジャンヌがセドリック様と仲が良い〟という話題からの想起した話題だったが、覚えのないアランやエリック、そしてセドリックからすれば思考が一秒停止させるには充分なものだった。
宮殿全体の沈黙の圧にプライドが耐えかねるまで、誰も発言できず沈黙のみがディオスへひたすら被せられ続けた。
『私だって初めて家族以外で格好良いと思った人はセドリック王弟と全く違う人だもの』
「ねぇ!それともやっぱりセドリック様が一番ジャンヌも格好良いと思ったの⁈」
特待生合否発表後に、最初こそクロイが投げた話題だ。
セドリックを誰よりも格好良いと思えた上でならば女性である姉やジャンヌも、と推測しての問いにそう答えたのは他でも無いプライド本人だった。当時のことはよく覚えているが、……同時に気まずさもはっきり残る。
雫のような汗がたらたらと流れ落ちる中ディオスからの視線だけが熱く、棘のついた靴で蹴られるほどに痛かった。
いっそこの場でセドリックへ一任してしまいたくもなったが、そんなことをすれば誰よりもセドリック本人へ失礼な行為になる。
いえ、……となんとか口を動かしながらプライドは混乱しかける頭脳を急速に回す。気付けば跳ねまわる心臓が零れないように必死に両手で胸を押さえていた。
「王族でもセドリックでも、ありません……。それにあれはただ格好良いと思っただけで私もまだ子どもでしたし本当にその、…………初恋とかそういうのじゃ」
「初恋⁈」
段々と消え入りそうになりかけたプライドの声にディオスがさらなる追撃を放つ。
そういうのじゃありません、と言いかけた言葉が途中で上塗られた。プライドの発言にしてはあまりにも壮絶過ぎる言語に、全員が口をぽかりと開けたまま目を剥いた。
ディオスがこれ以上やらかす前にと口を塞ぎたくなったのはクロイだけではないが、それ以上に気になり手足が動かなかったのもクロイだけではなかった。
じわじわと顔に目で見えるほどの熱を帯びていくプライドの言葉に、ティアラは一番正直に前のめりになりながら手に汗握る。妹の自分ですら姉の初恋なんて聞いたことがない。
ディオスの問い掛けに首をブンブンと横に振りながら「違います!」と叫ぶプライドはあと少しで涙目駄目になりかけた。
周囲へ助けを求めるように視線を泳がせたが誰も助け船をくれそうにない。いつもはこういう時に助けてくれるステイルすら、今は瞬きすらしない目で自分を凝視するだけだ。
「ジャンヌの初恋っていつ⁈そっちもその人⁈どんな人⁈」
「ですから違います!!確かに素敵だとは思いましたけれど格好良いと思った時とは時も場所も違いますし断じて今までそういった感情を持ってお付き合いしたことはありませんしただ尊敬できると」
「付き合ってたの⁈」
違います!!!と、とうとうプライドから悲鳴に近い声が上がった。顔が赤面から湯気までたってくる。そういう意味の付き合いではない。
言い訳をすればするほどドツボに落ちていく感覚に、意味もなく後ずさりまでしてしまう。
殆ど同時にゴホッとあまりの発言に咳き込んだ者も出る中、クロイも身体ごと跳ねる勢いで肩が上下した。相手がジャンヌとはわかった上でもっと知りたい欲求とディオスの不敬に後ろ首を掴みたい欲求が鬩ぎ合う。少なくとも兄が不敬罪で捕らえられないかと心配になってセドリックと近衛騎士二人へ視線をずらしたが、丸い目で興味深そうにするセドリックも引き攣った笑顔で僅かに上体を反らす近衛騎士二人もディオスを取り押さえようとする素振りはない。
プライドが「格好良いと思った人」はセドリックと違う上に初恋ではないことを必死にディオスへこんこんと説明を試みる中、ステイルはガタついた喉を自分で摩りながら一度視線を床へ落とした。
天才的な頭脳がプライドの発言と、過去のジャンヌの発言を嫌なほど冷静に照合してしまえば二人を止めるどころの話ではなかった。
以前に聞いた「格好良いと思った人」ともう一つ。似た系統の話題がプライドと女子生徒の間で出たことがあったことを思い出す。
『もしかしてジャンヌの初恋の人に似ているとか?』
『全く似ていないし寧ろ正反対よ』
レイに恋人騒ぎを起こされ、否定する為にプライドがそう話していた。
そして最後の追及に彼女の発言は
『もともと初恋というようなものじゃなくてただ格好良いなぁと思っただけでね?』
─ 同一人物なのか……⁈
ちょっと待て、と。ステイルは今すぐディオスを止めるどころか横に並びたい欲求を大人として必死に堪える。
プライドが同性異性関係なく相手を〝格好良い〟と称えることはよくある。専属侍女のマリーにも言ったことがある。しかし今のディオスの爆撃とあまりにも重なるプライドの言い分を考えると、そうとしか考えられない。
そして同時に思う。本人がいくら否定しても初めて格好良いと思いその後も女子生徒相手に初恋相手へ揶揄できる程度には恐らく初めて好感を抱いた異性が同一人物ともなれば、それはもう〝初恋相手〟と診断してもおかしくないのではないかと。
誰だ、誰だ、誰だと。思考の中だけで数秒の間に数十近く唱えながらまた顔を上げる。幼少の頃から社交界や式典での付き合いが多かったプライドにそんな相手は無数にいる。しかも幼少ともなればステイル自身の記憶にも薄い可能性がある。
個人的なお茶会パーティ晩餐会食事会……参加した数も知れなければ出席者はそれ以上。あまりにも候補が多過ぎて逆に絞れない。
ステイルもティアラ同様プライドからそういった話題を聞かせて貰えたことはなかった。婚約者としてレオンが現れた時のやり取りくらいなものだ。
ここで追及に参加したい、しかしプライドがあまりにも個人的な秘密で且つ言いたがっていないのに補佐である自分が敵に回るなどできるわけがない。だが今の自分は補佐であり義弟でありそして婚約候補者でもあるのだから……‼︎と都合よく職権乱用したくなる気持ちを眼鏡の黒縁を押さえながら制止した。何故ここにアーサーとカラムがいないのかと自分がセッティングしたことを自覚した上でそれでも嘆く。
子どものディオスならまだしもここで自分が女性相手にそんなことが聞けるわけがないと言い聞かせる。
「ねぇ!どういうところが好きだった?」
「黙秘します!!」
「じゃあどんな人かだけでも!!」
「言えません!!」
「ヒント!ヒントだけ!!ジャンヌにとってセドリック様より格好良いんでしょ?!誰に似てる⁇この中の誰かとか有名な王族とか僕らが知ってる人の中でならとか」
「~~それこそ絶対に言えませんしそういうところじゃありません!!」
もう言わない‼︎と意思表示を示すべくプライドはそこで胸を押さえていた両手を自身の口に当てた。言わ猿の姿勢で意思表示する。
えーーーー!とディオスが唇を尖らせる姿は愛らしいが、今だけは王族特権を使って全力で黙秘したい。若葉色の瞳から物理的に逃げるべく早足で駆ければ、背後に控えていた近衛騎士二人の背中へと避難した。
一向に引き攣った笑みが消えないアランとエリックも、プライドからの護衛希望に応じ無言のままに背中を貸したまま壁になる。
まるで子どものような逃げ方ではあるが、今のプライドにはそれが精いっぱいだった。まさかよりにもよってディオスに、しかも純粋な質問としてここまで追い込まれることになるなど想像もしていなかった。
アランとエリックの壁を前に、プライドと同じように回り込んで追いかけようとしたディオスだが流石にそこは騎士二人に手と身体の向きで拒まれた。
苦笑いのまま手を左右に振って「そこまでにしとけ」とやんわり止めるアランと、彼の知りたい気持ちもわかるエリックがアランへ同意を示すように引き攣った笑みで頷けば、ディオスもがっくりと肩を落とした。
今からでもジャンヌが好きになるような大人を目指したいと思っただけだったが、やっぱり王族になると秘密が多いんだなと考える。
最後に萎れた声で「ごめんなさい……」と質問ばかりしてしまったことは謝ったが、それ以前に女性に対して私的過ぎる問いだったことについてはあまりわかっていない。
謝罪に対して返答がないプライドに「ジャンヌ怒った?」とやはり細い声で尋ねれば、人壁の向こうから「大丈夫よ……」と柔らかい声は出てきた。しかし久々の恋愛トークに顔が見せられないほど茹ってしまったプライドは顔を出すことはできないままだった。
トボトボとディオスは離れ、セドリックと共にいるクロイの方へと丸い背中で歩み戻ることにする。
「だめだった……教えて貰えなかった……」
「…………。ディオス、…………ほんっとバカ……」
なんだよ!と、クロイからの冷ややかな発言に顔を真っ赤にしてムキになるディオスだったがそこに返しはなかった。
自分以上に肩も背中も丸くし、片手で顔を覆い俯いているクロイはもう喧嘩の往来をする気力も残っていない。
「クロイも気になるくせに」「だってセドリック様以外で格好良い人って気になるだろ!」「クロイだって止めなかったくせに」「ジャンヌだって怒ってないって言ってたもん」と次々と言われてももう深い溜息しか出てこない。
むしろ傍らにいたセドリックの方が「まぁ落ち着け」と二人の肩を同時にポンポンと叩くことになる。
プライドの恋愛事情については気にならないと言えば嘘になるセドリックだが、この場では比較的動揺も少なく済んだ彼一人がやっと仲裁に入る。
「まだパーティーも始まったばかりだろう。プライドと語らう時間もあるのだから焦る必要もない。あとでまた話しかければ良い。……しかしディオス、女性にあまり恋愛関連を聞き出すことはしない方が良い。人によっては大事な記憶だ」
そして人によっては暗黒の歴史になる、と。セドリックはそこまでは言わず飲み込みながら、自身も耳が火照りかけるのを必死に堪えた。
プライドにもそういう人間味のある甘酸っぱい思い出があるのかということは興味深かったが、自身を顧みれば恋愛とは言わずとも女性に勘違いさせるような言動を取り続けた記憶は一生薄まることもない。
プライドが子どもの頃と話している以上、少なくとも今の婚約者候補には関係ないとは思うがそれでも必要以上の言及はすべきではない。何より、ディオスとクロイには自分のような過ちで悔いては欲しくない。
色恋ごとは軽い気持ちで手を出してはならない箱だと今のセドリックは身をもって知っている。
未だ照合できず思考を回し続けるステイルも、視界の端でティアラが口を覆いながら目をきらきらと楽しそうに笑っているのはわかったが彼女に尋ねようとはしない。たとえ聞いても妹がプライドの秘密にしたいことを自分にぺろりと話してくれるとは思えない。
宥められその場でがくりと項垂れるディオスの頭を撫でるセドリックは、同時にクロイの「ディオスが申し訳ありませんでした」と兄の代わりに謝罪する背中を優しく叩く。
やはり彼らはこれから使用人としてもいつかの従者としても学ぶことは多そうだと考えながら、そこに悪い気はしない。
プライドが気を取り戻すまで、今は食事を楽しんで欲しいと考えながら双子へと口を開く。
「さぁ、まだゆっくり食してくれ。一区切り終えたらダンスもあるぞ」
えっ⁈と、直後にはさっきまでの気落ちも消えるほどディオスとクロイは声を揃えた。
誰と、誰が躍るのかと。頭の隅でぐるぐると思考を回す彼らへ、侍女達が美味しそうな料理を盛りつけた皿をセドリックが指の音を合図にゆっくりと彼らへ手渡した。
Ⅱ114
Ⅱ268




