そして答える。
「ジャックには後で会えますよ。何度も言うようですが、今日知った事実は関係者も含めて他言しないようにお願いします」
「えっと、ジャンヌにジャックにフィリップにティアラ様にセドリック様のことも??あとアラン隊長にエリック副隊長に黒い騎士の人にカラム先生と……あれ?もしかしてじゃあアムレットとかパウエルも???」
ステイルから二度目の釘打ちに、指折り数えながら関係者を数えるディオスがジャンヌに最初から親しかった人物を更に二人思い浮べる。
二人は今も学校に通っているが、この布陣だとあの二人も王族関係者でも納得できてしまう。クロイもその発言にぴくりと視線を上げたが、ステイル達からは横に首を振られた。
しかしその拍子にうっかり深紅の髪が揺れるのが目に入ってしまい、クロイは再び顔をディオスの背後にひっこめた。
「アムレットとパウエルも、正体を隠している間にできた正真正銘の友達よ。ディオスとクロイ、お姉様と同じね」
「!友達??」
ゆっくりと語り掛けるプライドの言葉に、ディオスの顔がパッと輝いた。
うっかりそのまま再び立ち上がりそうになったが、クロイにぎゅっと服ごと押さえられて腰を浮かすだけになった。
きらきらと星空のように目を輝かすディオスにプライドからも「ええ、友達よ」と言葉を繰り返した。
王族と立場は変わっても、できることならばそのまま友人で居たいと気持ちのままに表明する。ステイルもその発言には眼鏡の黒縁を押さえながら二人にもわかるように頷いて見せた。
ティアラが「私もお友達になって欲しいですっ」と両手を合わせて踵を上げる動作をする中、ディオスは希望いっぱいの胸を膨らませた。
「じゃあやっぱりこれからも話せるよね!あれ⁈そうだ、じゃあ次からジャンヌとプライド様とどっちで呼べば……ジャンヌはもうお城ではプライド様で、このことは他の人にも秘密だから……」
「そうね。表向きはプライドと呼んでくれると助かるわ。だけどここに居る人達だけの時はどちらで呼んでくれても大丈夫よ。言葉遣いもいつものディオスで」
ジャックにも、フィリップにも。そう続けながら、背後にいるクロイにも届くように声を通す。
あくまで潜入視察は極秘。人前では言葉もなるべく整えるようにと、ステイルが重ねる中純粋にディオスはうんうんと頷いた。
ジャンヌがプライド王女という事実は未だに不思議な感覚こそ残るが、これからも会えることとこの場にいる面々の前では今まで通り友達として話せると思うとわくわくした。城に行く楽しみがまた一つ増えたと思いながら、元気いっぱいな声で「わかった!」と返す。
更に背後のクロイにも返事を確認しようと首を回せば、「わかった……わかったから……わかってるって言って……」と変わらず消え入りそうな声ではあるが代弁を頼まれた。
少なからずさっきよりもまた自分の背中にくっつける額が熱くなってきているなと思いながらディオスは「クロイもわかったって!」と二人分の返事を告げる。
そのまま試しに表用の練習気分で声を張ってみる。
「プライド様、ステイル様!これからも宜しくお願いします!」
えへへっ、と言いながらも王族相手なのに緊張しない感覚が擽ったく顔がふやけた。
目上の人間に対して言葉遣いはもともと慣れているが、それをジャンヌやフィリップに使うのは不思議な感覚だった。照れ笑いながらもしっかり王族相手の言葉を使ってみてくれるディオスにステイルも短く息を吐いた。
更にプライドからも「ええ、よろしくね」と笑顔を返せば、ディオスからは勢いのままに「ティアラ様、お会いできて光栄です……」と今度は控えめな声でティアラへと笑みが向けられた。ふにゃりと笑んだまま、やはり王女様という印象のティアラには緊張してしまう。
しかし、ジャンヌとフィリップの妹だと思えばきっとセドリックと同じくらい優しい人なのだろうと確信できた。
ディオスからの言葉かけにティアラも満面の笑顔で一言返した。
そのまま小さな歩幅で歩み寄り握手を求めれば、最初よりも躊躇いなく握り返された。「お友達が増えてすごく嬉しいですっ」と言うティアラと「僕もです」と返すディオスでにこにこと愛らしい笑顔が合わさる姿に、プライドだけでなく見守っている全員から糸が緩まった。
「クロイも、今はちゃんと挨拶できないですけど僕よりずっとしっかりしてて優しい弟で、ティアラ様に会えたことも絶対嬉しいのでこれからも宜しくお願いします」
「ちょっとディオス……勝手に僕を巻き込まないで…………」
全員にも聞こえる声で褒められ、ぎゅっと服が伸びるほど引っ張るクロイだが未だに声は小さい。
握手の距離にいるティアラにもその声は聞こえたが、ディオスにフォローされるまでもなくクロイが照れていることはティアラにもわかった。
兄の影で白い肌が桃色に染まっているクロイを可愛らしいと思いながら「二人ともよろしくお願いしますねっ」と微笑みかければ、クロイからも頷きが返って来た。
ぺこりとお辞儀にも見える首の角度に、ティアラも声を漏らして笑んだ。姉達から聞いていた印象とは少し違うクロイだったが、それでもすごく良い子達だとはわかった。
ティアラがあっという間にファーナム兄弟と距離を近づけているのを見守りながら、安定の天使力と思うプライドはほーっと胸を撫でおろした。
クロイが未だに騙されていたことにショックを受けているのは心配だが、少なくともティアラとは仲良くしてくれそうだと思う。このまま自分達の所為でセドリックの元でも働けない、城にもう近づきたくないとクロイに言われたら今も押さえている胸が抉れてしまう。
これから少しずつでもクロイにも今の自分を受け入れて欲しいなと、そう淡い希望を宿しながら天使の妹と心を通わせるディオスとクロイを見守る。にこにこの笑顔のままにディオスが再び自分の方へ顔を向けてくる。
「あっそうだプライド!プライドとステイルがアラン隊長の親戚じゃないならジルとあのフードの人は誰だったの?」
プ ラ イ ド ス テ イ ル、と。
あまりにさらりと放たれたディオスの呼び名に、次の瞬間全員が一度呼吸を止めた。
全く何の他意もなく当然のように王族二人を呼び捨てる少年に、セドリックの使用人達も流石に目を剥いた。あまりにも切り替え幅の大き過ぎるディオスに沈黙が急構築された。
〝期待の大物新人〟という言葉がプライドの脳裏に浮かぶ。
ええと……、と自分は良いとしてステイルを呼び捨てにする人がアーサー以外に現れたことに驚きを隠せず言葉を詰まらせるプライドに同じく、セドリックも表情が微笑ましいものを見る目だったまま今は硬直してしまった。
プライドの友人とはいえ、自分の部下であるディオスが畏れ多くもプライドとステイルを揃って呼び捨てしてしまったことにどう反応すべきか結論もすぐには出ない。サーシス王国でも教師にまさかこんな状況を想定した対処方法など教わらなかった。
全員が急に呼吸音まで止めて鎮まりきった空間に、ディオスだけが「どうしたの?」と首を傾げ
ぎぎぎぎぎぎぎっ……‼︎と背後の弟に頭を締め上げられた。
「ディオス。プライド様とステイル様になに言ってるの……⁈」
「えっ⁈だってジャン……⁈痛い‼︎痛い痛い!!クロイ痛いってば!!」
いたたたたたっ!!と直後にはディオスの叫びが連続して放たれる。
さっきまで兄の口を借りなければ話せなかったクロイが、瞳孔が開かんばかりのままディオスの頭を左右から挟むように鷲掴み圧迫していた。大した腕力もないクロイからの圧迫は頭痛くらいの痛覚だったが、それでもここまで実力行使をされたことなど滅多にないディオスは若葉色の目を白黒させて背後のクロイの腕を掴み返す。
比較的に腕力でクロイに勝てているお陰でそのまま頭の圧迫を阻めたが、少し気を抜くとまた圧迫されるとわかるほど変わらずクロイの両腕から力が込められている。
何故そこまでクロイが怒るのかディオスにはわからない。
さっきまでディオスの背中から顔を出すことすらできなかったクロイが再び憤怒に口を開いたことに、眉が吊り上がりかけていたのを堪えていたステイルも茫然と口が僅かに笑ってしまう。愉快、ではなく、ただただ今まで見たことのないクロイの反応に驚かされた。
「せめてそこは〝ジャンヌ〟と〝フィリップ〟でしょ……!!ていうか普通にさっきみたいにプライド様とステイル様って呼べば良いのになんでわざわざ呼び捨てるの……⁈不敬罪になっても良いの……⁈」
「だ、だってジャン、じゃなくてプライド、さまがここの人達の前では普通にして良いって……!それに友達だって」
「それはそれこれはこれ、この人達王族だよ?セドリック様を呼び捨てで呼ぶのと同じことだよ……!しかもプラッ……様は学校作った人って知ってるでしょ⁈なんでそんな人いきなり呼び捨てするの。謝って今すぐきちんと謝って…………!!」
「く、クロイ⁇その、私は別に怒ってはいないからそれくらいに……」
直後、ごめんなさい~‼︎とクロイと腕で攻防を続けながら急ぎ謝るディオスの叫びにプライドの声も上塗られる。
まさかクロイがこんなに怒ってくれるなんてと思いながら、しかしここで自分が入れば余計拗れてクロイを怒らせるか混乱させるのではないかとプライドもそれ以上強く前にも出られない。せめてとディオスの謝罪を受け入れたと示すべくコクコクと頷いて見せるが、そもそもクロイが自分の方を見ていない。
状況としてはクロイが怒っていることも窘めていることも正論の為、その場にいる全員が安易に制止に入れず双子の兄弟喧嘩を指を咥えてみていることしかできなくなる。
「や、やっぱりクロイこんな怒るとか、絶対おかし……」
「ッおかしくないし!!おかしいのはディオスでしょ!!ていうか何度言えばわかるの?!もう絶対プライド様とステイル様呼び捨てにするの禁止!!それしたらベッド上段も下段も僕が貰うから!!」
ディオスは床で寝るから!!と叫ぶクロイに、ディオスも今度は謝罪より口を絞った。
怒らせた傍からまたクロイの秘密を言いかけたとぎゅっと目も瞑る。頭の中ではやっぱりクロイはプライド様好きなんじゃんかと、同調した頃の記憶を浮かべるがそれは絶対言わないようにしようと堪える。
まるでクロイにディオスが虐められているように見える状況に、今度こそセドリックが止めに出た。
同時にティアラも慌てて駆け寄りかけたが、セドリックが前に出たことに思わず靴で床を噛んでしまう。
クロイの両腕を捕まえるセドリックに、プライドが庇うようにディオスを抱き寄せた。そのままぎゅっと守るように抱き締めれば、セドリックに捕まったクロイは兄とプライドのその様子に真っ赤な顔でまた涙目になりかけた。
やっぱりこうなった!!と結局間に入ってしまったことを反省しつつ、プライドは助けを求めてステイルへと困り顔で訴えかける。
第一王女の視線に、ステイルも強張った表情筋を締め直し仲裁へと入るべく「そうですね……」と口を開く。
「親しくして下さるのは僕も、勿論姉君も嬉しく思います。話し方は本当に身内同士でならそのままで構いませんよ。ただ、王族の名前を呼び捨てにできる相手は本当に限られるので、〝様〟は常につけた方が良いと思います。……僕らだけの時なら、二人に〝学校の〟名で呼ばれることは僕個人も嫌いじゃありません」
「!そうよね、私もよ。クロイ、ディオス。そっちの方がきっと私達には特別じゃないかしら??」
穏便に呼び方を普段とプライベートで分けるように提案してくれるステイルに、プライドも全力で同意する。
プライド自身自分が呼び捨てにされることはむしろ友人として嬉しいくらいだが、ここまで怒るクロイにそれを押し付けるのも躊躇った。
ジャンヌ、とその時だけでも友人らしく呼び捨てで呼ばれるならそれも良い。そちらの方がクロイも学校の時のようにいつか馴染んでくれるかもと考えれば、是非ともと思う。
更に、自分と違ってステイルは恐らく安易に呼び捨てされるのも好まないだろうともプライドは理解できていた。
社交界で交友関係が広いステイルだが、彼が自分を呼び捨てにさせているのを同じ王族相手ですら見たことがない。今でさえ、なかなか友好の深くなったレオンからも〝王子〟をつけて呼び合っているのだから。
ね?ねっ⁇と中腰のまま自分を抱き締め宥めるプライドに、ディオスも鼻を啜りながら頷いた。
クロイに思い切り怒られたこともそうだが、もう友達みたいに呼べないのかと少しショックだったディオスには〝ジャンヌ〟〝フィリップ〟は良いと言われただけで楽になる。
パーティー中は絶対ずっとジャンヌとフィリップと呼ぼうと決めながら、ジャンヌの時にはわからなかった花の香水の香りに全身がふわついた。
ジャンヌの時も花の香りがしたことはあったが、今はまた別の甘い香りだ。すぅ……と大きく吸い上げ吐き出せば、深呼吸に気持ちも大分落ち着いた。…………同時に、この状況がまたクロイに嫉妬されると冷えた頭で遅く気付く。もしかしてさっきの泣きそうな目になったのも羨ましかったのかなと思う。
プライドに抱き締められた腕から自分でゆっくり身体を起こし離れてクロイへ振り返れば、クロイはクロイでセドリックに押さえられた後で、今は歩み寄ったティアラに抱き締められている。しかもセドリックにも手を伸ばされ頭をそっと撫でられているのを見ると、そっちはそっちで羨ましいじゃんかと素直に思った。
まだ慣れてもいない第二王女に優しく抱きしめられ、緊張で完全に固まり無力化されているクロイの心情もわからずそう思う。
自分ももう一度プライドに抱き着こうかと思ったが、弟から振り返った時には間に入るようにステイルが移動して笑いかけてきていた後だった。
ほんの一瞬の間に立っていたステイルに思わずびくりと身体ごと跳ねて唇を引き結べば、「ちなみに」とにこやかな口のまま僅かにさっきより低い声が続けられた。
「先ほどの質問の答えですが、ジルもフードの彼も〝こちら側〟の関係者ですので他言無用でお願いします」
その言葉を聞きながらアランとエリックは頭の中だけでそれがジルベールとヴァルのことだとすぐに察しがついた。
ジルベールは姿こそ見ていないが双子の元へ派遣されたことも、ヴァルにおいては実際自分達も派遣されたのを目にしている。
どちらも実際に会ったらきっと立場にも正体にも驚くだろうなぁと思いながら、互いに目を合わせて無言のまま笑ってしまう。
ステイル自身、自分を急に呼び捨てされたことが自分でも不思議なほど引っ掛かったが、それ以上に王女であるプライドへも距離を詰めるディオスへの危機感と警戒もあった。
クロイと違い、ディオスは既に〝ジャンヌ〟への行動で前歴がある。その上、王女と知ってもクロイのように距離感を変えようとしないのを見ると日和見も難しかった。
王族相手だとわかり一気に緊張で瀕死になるクロイの反応の方が遥かに安心できた。敬語敬称で跪けとは思わないが、ある程度の配慮は考えて欲しい。
さっきもディオスの距離詰めに誰より早く諫めてくれたクロイに、今は味方になってやりたい気持ちも強くなった。
目を合わせたディオスからゆっくりとその視線を、自分の妹に優しく介護されている青年へ向ける。
「クロイ。急ぐ必要はありません。僕も、姉君も貴方方が〝実力〟でセドリック王弟に見初められたのは嬉しかったのでお祝いも含めて明かしたかっただけです。本当に急なことばかりで驚くのも心の整理がつかないのも当然で、申し訳ありませんでした。あくまであなた方の主はセドリック王弟ですので、僕らと会う時は今日のように個人的な時の方が多いでしょう。少しずつ〝今の〟僕らの存在にもティアラと一緒に慣れていってくだされば幸いです」
性格が全く違う兄弟なのだから、反応も心の整理の時間も受け入れまでも異なるのも当然だと。その理解を示しながら優しく聞こえる声色で告げる。
今日聞いたステイルの声で一番柔らかく聞こえるその言葉に、クロイも耳だけはしっかりと受け入れられた。
「ありがとう、ございます」とついステイル王子への返答になってしまった呟きは代弁者が傍にいないまま消えたが、クロイの全身からこわばりが解けていくのをティアラは腕の中で感じた。
ステイル達の方からは反応の見えないクロイだったが、ティアラが抱き締めたまま笑みだけを兄達に向けた為すぐに了承の意図も伝わった。
クロイが未だ心の準備ができていないことを思い出したディオスも少し肩を狭めると首を窄めながら静かな足取りで、未だ床に崩れたクロイへと再び歩み寄る。
「ごめん」とそうディオスが話しかけた瞬間に、ティアラが腕を緩め放せばやっと身体の自由を取り戻した弟も目を手の甲で擦りながら「何が」と兄と目を合わせた。
「別にディオスは、……ディオスも。誰も悪くないし…………」
果てしなく遠回しにこの場にいる誰にも怒っていないと示すクロイは、顔を背けながらも兄へと手を伸ばした。ディオスに掴み返され、引っ張り上げられるようにして自分も久々に立ち上がった。
未だむすっとした表情ではあるが皺くちゃになったシャツを引っ張り、できるだけ身嗜みを整え直しているクロイはいつもの彼に近い。そのままセドリックから「腹が空いていたのだろう」と皿の並ぶテーブルへ食事を促された。
まだ話し足りないティアラがセドリックから逃げたい気持ちと双子と一緒に行動したい気持ちに鬩ぎ合う。硬直していた使用人達もそれぞれ持ち場へと動き出した。
ほっと胸を両手で押さえ息を吐くプライドと一秒だけ目を合わせられた程度には調子も取り戻せたクロイは、兄達と共に食事のテーブルへと足を動かした。
─……やっぱり〝プライド様〟の方が美人だ。
絶対口には出すまいと、きつく唇を絞りながら。




