紹介され、
「使用人は初めてということだからお前達で教えてやってくれ。まだ未熟な分できる仕事はある程度幅広く学ばせてやると良い。お前達も彼らからフリージア王国について知る良い機会だろう」
俺も教わるつもりだ。そう言いながら、詳しくは彼へ頼るようにと従者の中でも総指揮を司る執事を最初にセドリックは紹介した。
促されるまま、襷を受け取るように円滑に執事から使用人達の紹介がされた。今日は歓迎に徹するが、次からは上司であり先輩として敬うようにと言われ、二人も緊張を解らせることなく言葉を返した。むしろ今日こうして城で働いているような立派な人達に歓迎されることすら畏れ多い。
使用人の役職と名前を最後の一人まで紹介されてから「何か質問は」と問う執事にディオスは視線を上へと向けながら手を挙げた。
階段を昇った先に見える楽器を携えた複数人に、彼らも使用人ではないのかと尋ねれば「演奏者です」と明解な回答だけが返された。
彼らは庭師や厩番や料理人達のように直接関わることは少ないと、説明を省かれた理由を続けられる中何故ここにそんな演奏者までもが控えているかの方が庶民である二人にも疑問に残った。
しかし当然のようにその存在を示されれば、そこで何故なぜどうしてと疑問を続けるほどの度胸はディオスにもない。それどころかまるで答えを示すようにセドリックが軽く腕を振るい合図をかければ、コンサートでもないのに突然音楽が鳴り出した。
上階から降る新鮮な演奏音楽に最初はわけもわからず二人の肩が揺れた。
なんで今、こんな話し中に音楽がと混乱するがその間も執事からまた新たな説明が続けられる。基本的に業務内容はこの宮殿内ではフリージア王国式ではなくサーシス王国式で少々様式が変わる場合もある、庭園の植物は安易に触れないように、侍女の仕事は指示がない限り安易に手を出さないようにと。次々と宮殿内の規則を言われ出し、慌てて二人は持参した手帳とペンを服の中から取り出した。
口頭で問答無用に進める執事に、セドリックも「こらこら」と柔らかい口調で止めに入る。
「細かいことはまた次の時にと言っただろう。今日は二人の歓迎会だ。この後の予定も詰まっているのだから、今日は紹介だけに留めてくれ」
このままではローウェル王家の歴史まで語り出しかねない、と思いながら二人の肩に手を置くセドリックに執事も「失礼致しました」と頭を下げた。
やっと手帳にメモを書く準備ができたばかりの双子が、言葉を止められたまでだけでも必死にカリカリ記載する様子を見ながら、取り合えず真面目に働くつもりはあるようだと判断する。
セドリックが親し気に「友人」とも語る未来の従者候補の二人に、体良く従者の形式でセドリックのご機嫌取りだけで給料を得ようとしているのではないかと警戒していた執事達だが、この様子から見てもひとまずは安堵する。今日は歓迎会が主だが、もし働くに適さない人物であればなんとか辞めさせられないかも鑑みるつもりだったのだから。
しかし目の前の双子は止められた後も必死に「えっと人の名前が右から……」「ディオス!庭のもの触らないようにってところ絶対忘れないでよ⁈」と今も取りこぼしを気にしている。
特にディオスの方は執事の目から見ても仕事をおざなりにしないか心配だったが、今は汗に湿らされた鼻先のまま慌てるあまり綴りまで間違えかけながらぐりぐりと殴り書いていた。
執事の隣に移動したセドリックが「見ろ真面目な青年達だ」と言えば、「貴方様の同年機よりも遥かに」と心の中だけで思い、返した。
衛兵のバイロンと異なり、昔からセドリック付きの侍従の一人だった執事はセドリックの過去もよく見てきている。昔と比べれば別人のように王族らしくなった主だが、民や他者に距離が近すぎることは今回の採用についても不安な部分だった。
「ディオス、クロイ。そういうことはまた今度覚えれば良い。今はお前達の歓迎会なのを忘れるな」
ペンなど仕舞え、と言いながら指先の動きで給仕係へ皿を渡させれば二人も落ち着かない動作で服の中へ仕舞った後の両手で真っ白な皿を受け取った。
ここで食事を乗せて好きなだけ食べれば良いと、立食式のルールが最低限だけ説明されながら二人はぐるりと首ごと動かしテーブルの料理を見渡した。
これ全て好きなだけ食べて良いということかと、そう思うだけで二度三度と連続して喉が鳴った。ちゃんと朝食を食べて来た筈なのに、正直にお腹がぐううと同じ音で重なった。途端に顔を真っ赤に火照らせる二人は自身の腹を皿を持つ手でそのまま押さえながら俯いてしまう。
遠慮はするな、と。先に食事をしていて良いと事前に了承も得ているセドリックは、一足早く食事を始めように二人を食事の並べられたテーブルへ軽く押し出そうとした、その時。
「セドリック様、お見えになられたとのことです」
おぉ、と玄関の報告から速足で訪れた従者の言葉にセドリックの笑みが広がった。
通してくれ、と宮殿の主が一言許可を返すと同時に侍女達が無言のまま丁寧に二人からまだ何も乗っていない皿をまた回収した。
これから食事の筈なのにと、そっと取り上げられた皿と何故か無言の侍女達を二人はそれぞれ振り返って見つめたが、客人が来たらそういうものなのかなと言及まではしない。
サーシス王国どころかフリージア王国でもまだ上級層の人間のそういった細かいマナーまでは勉強していない二人には、それがマナー様式の一つなのか使用人達が機転を利かせてくれた結果なのかもわからない。
早速客人を迎えに行こうと目の焔を輝かせながら玄関へ服を翻すセドリックに、ファーナム兄弟も付いていこうとしたが「客人はそこで待っていて良い」と断られる。
頼りのセドリックが去ってしまい、ディオスもクロイも互いに肩の幅を狭めて互いに寄せ合った。客人が怖い人だったらどうしようとそればかりに不安が過り、皿があっても食事どころじゃなくなる。
玄関の方向から「よく来てくださりました!」「もう始めてますか?」とセドリックともう一人の会話が聞こえるだけで心臓がバクバクと収縮した。
「しかし珍しい。てっきり三人揃っていらっしゃるのかと」
「まぁ順序立てた方が心の準備もできるだろう。先に俺達二人が挨拶させて貰うという形で納得して貰えた」
すぐに後から来られる、と。セドリックともう一人の男性の声を聞きながら、セドリックが言葉を整え更には相手の偉そうな口調にそれだけで二人は身構えた。
どこか聞いたことのあるような声にも思えたが、混乱と緊張でそこまで気にならない。王族のセドリックより偉そうな相手なんて、と考えれば授業で習ったフリージア王国の最上層部が最初に頭に浮かんだ。
まさか城に来るというだけで使用人相手でも王族は確認をするものなのかと、攣りそうな唇を絞り身を固くして玄関方向へ正面を向け待てばその姿は何の躊躇いもなく現れた。
「!こんにちはっ。貴方方がディオスとクロイですね?」
パッと曇り空を晴らしたような笑顔と鈴の音のような軽やかな声に、びくりと二つの肩が大きく上下した。
先ほどまで聞こえていた男性の声に、てっきり客人は一人だけだと思った。しかし、当然のように男性の隣に並んでいた美女を相手に二人は目を見張る。皿を持っていたら落としていたほどの衝撃に手から力が抜けた。現実味のない美女を間近に、呼吸も忘れそうになる。
揺らめく金色の髪に、蕾のような唇と金色の瞳。ドレスに身を包んだ女性を前に、二人は初めてにも関わらずそれが第二王女だと理解した。
こんなきらきらした美女は王族しかあり得ないと、理由にもならない理由で確信する双子へ軽やかな足取りで彼女は接近する。
「お会いできて光栄ですっ」と早速握手を求める細い手は、まだ未成年の二人と同じくらい細く、比べ物にならないほど綺麗な肌だった。
あまりの美しさにぽかんと揃って口が開いてしまう二人を前に、さっきまで共に歩いていたもう一人の男性から「ティアラ、自己紹介を忘れているぞ」と掛けられる。
いけないっ!とその途端一度手を引っ込め両手で口を覆う〝ティアラ〟と呼ばれた美女は、恥ずかしそうに笑いながらドレスの裾を摘まみ彼らへ笑いかけた。
「第二王女のティアラ・ロイヤル・アイビーと申しますっ。貴方方のことはよく聞き及んでいたのでつい嬉しくなってしまいました」
ごめんなさいっ、と少しだけ眉を落として笑うティアラに、二人は何も返せない。
社交界で挨拶も自己紹介も流れまで身体に沁み込んでいるティアラだが、セドリックの間近から逃げるように双子の眼前まで急いだ所為でつい段階を飛ばしてしまった。
表面上はいつもの社交界上の笑顔でも、心の底はあまりにも忙しない。兄と共にとはいえ、他ならないセドリックの家に訪れてしまったのだから。
兄達から話だけは何度も聞いていた〝ファーナム兄弟〟は、顔も特徴も全てが自分の想像通りだったお陰で余計に会えた感激も既視感も強かった。
「今日はお二人に会えるのがすごくすごく楽しみでしたっ。これから先もお会いすることが増えると思いますが、是非仲良くして頂けたら嬉しいです」
最後まで言い切り、そっと今度は二人の呼吸を読みながら手を指し伸ばす。
未だ衝撃で顔に力が入っていないディオスとクロイだったが、今度はゆっくりと手だけを動かす形で握手を順々に受け取れた。目の前で微笑む現実離れした美女に「宜しくお願いします……」と気の利かない台詞しか出てこなかった。
二人からの言葉足らずにも嫌な顔一つせず、火照った顔を愛おしそうににこにこ微笑むティアラは握手を終えた後もその場で二人からの反応を待ち続けた。
「本当に顔がそっくり」「素敵な髪留めですね」「こちらがディオスで、こちらがクロイで宜しいでしょうか」「私も学校には見学で」と早口にならないように留意しつつ話しかければ、次第にディオスの口が意思を持って動かされた。
「……ティアラ様だぁ…………」
うわぁぁぁ……。と、失礼にもなりかねない正直な声に、ティアラはくすくすと口元を隠しながら笑ってしまう。




