Ⅱ495.双子は挨拶し、
「うわぁ、うわああ、わあああああぁぁぁぁぁ……」
「ディオスうるさい」
王居の門を潜り、初めて大筋の道から外れ案内役の導くまま分かれ道へと進んだ二人はようやく一つの宮殿へと辿り着いた。
今まで目にしてきた貴族の屋敷と比べ物にもならない建物を前に、ここだと言われた後二人は揃って立ち尽くした。顎を限界まで反らしても見上げ尽くせないほどの高々とした屋根を持つ建造物が、これでも城内の一角であるという事実が信じられない。
広々とした庭と美しいレンガ造りの宮殿は間違いなくフリージア王国の建造物でもあったが、外装はハナズオ連合王国の特色も感じられる色合いに一新され余計に目を引いた。この建物一つを前に、ここは王宮だと言われても信じてしまう豪華さに正直な感想を声で漏らすディオスだけでなくクロイも暫くは目が皿のままだった。
二人の純粋な反応に案内役のバイロンも思わず苦笑う。門を潜った時点からセドリックの庭園を前に首を忙しそうに左右に動かしていた彼らが、扉を前にやっとその宮殿の全貌を確認しているのかと可笑しくなってしまう。
門を潜る前に見渡せば首を痛くせずとも全貌が見えたのに、と思いながら「これでも一応サーシスの城よりは小さい方だ」と断った。
フリージア王国の城と比べれば明らかに規模では比べ物にならないが、この宮殿よりはまだ大きいとハナズオの威信も含めてそこは主張する。
「こんな大きいお城もすっぽり入っちゃうんだぁ……」
「もう城っていうか町ですよね。城塞都市って言うんでしたっけ」
こういうの、と。兄を置いて言葉だけは冷静にバイロンへ投げかけるクロイは、学校で学んだ知識をそのまま思い浮べる。
自分達の国の城が大きく、遠目で見るよりも広大であることを頭で理解していたが目の前の建物すらもその一部でしかないと考えれば果てしないと思う。実際、バイロンに言われた通りここまでの道のりは想定していた以上に遠かった。
王都を端から端まで歩いてきたような感覚に、ここが建物の中だという違和感が凄まじい。
もともと城までの片道も厳しいだろうと考えていた姉に対して、最近は元気になってきた方だと思っていたがやはりここまでは無理だなと考えを新たにする。城門からここまでの距離を更に歩けなど到底姉には不可能だ。
二人がやっと天を仰ぐ向きからゆっくりと正面へ視線を戻したところで、「そろそろ良いか?」とバイロンは呼びかけた。
次からは正面玄関ではなく裏にある使用人用の出入り口から入るようにと説明し、そこで扉前に控えていた衛兵達と目を合わす。既に宮殿内には二人が城に到着したことは知らされているところで、いつまでも扉前で時間を潰すわけにもいかない。
ディオス達からの張りのある返答と、バイロンからの合図を受けた衛兵はそこでゆっくりと扉を開いた。
大きく重い扉が擦れる音を漏らしながらも内側へと開かれる。自分達の為だけに衛兵の手により開かれる扉に、気付かば弾む心臓と共に互いの手を掴み合っていた。
外装だけでも煌びやかな宮殿で、中はどれほどだろうとほんの数秒に様々な思考が廻る彼らの視界へ最初に入ったものは。
「ディオス!クロイ!よく来たな!!」
待ち詫びたぞ!と、揺らめく黄金の髪が二人の目に輝いた。
同じく畏れ多い存在にも関わらず、見知った存在であるセドリックが扉前で出迎えてくれたことに驚愕ばかりだった二人の顔に色味が差した。
セドリック様、と声が揃ったと思えば次の瞬間にディオスが迷わず飛び込んだ。クロイも慌てて呼び止めようとしたが、途中でセドリックが迷いなく両腕でディオスを受けとめてしまった。
抱き止められてもまた落ち着けないように小さく爪先でぴょんぴょんと弾むディオスが「お待たせしました!」と声を上げれば、クロイも駆け足でその背後に続き言葉を重ねた。
城へ向かっている時までは「二人で行儀よく挨拶しよう」と話したのに、いざセドリックを前にしたら勝手に飛び込む上に先を越されてしまったことにクロイの眉間が狭まった。
「約束と違うでしょ!」といつもより強い口調でクロイに背中を拳で叩かれれば、ディオスもそこでやっと約束を思い出す。
「ごめん!」と振り返り謝ったが、見ればムスッと怒っているクロイの表情に頭も冷めた。セドリックへしがみついていた手を降ろし、姿勢を改めてクロイに並ぶ。
二人の見慣れた言い合いに、セドリックは「どうしたどうした」と力強い笑みで笑いかけながらその頭へそれぞれ手を置いた。
「会えて嬉しいぞファーナム兄弟。バイロンに道案内を任せたが、どうだったクロイ?道は覚えられたか。まだ案内が必要そうであれば暫くはバイロンに任せるぞ」
「!はい。ッいえ、途中までは大きな道のままだったのでわかりやすかったです。ここも大きい建物ですし、多分次くらいはちゃんと自分達だけで来れると思います……」
「それは良かった。ディオス、城の中はどうだった?歩き疲れてはいないか、馬車無しではなかなかの広さだっただろう」
「!はい!!すっごく広くってびっくりしました!どこ見ても大きくて立派で、城塞都市だねってクロイとも話して……セドリック様のこの宮殿もすごく格好良いです!!」
そうかそうか、と、順々に話を聞きながらその白髪の頭をわしゃりと撫でる。
一人ずつ間近に顔を見合わせたところで、「前髪を揃えたのだな」と以前会った時よりもほんの数ミリ短く整った二人の前髪を見れば、ディオスとクロイも揃って前髪を押さえてから遅れてはにかんだ。今朝はりきって切って貰ったばかりだが、気付いて貰えたことが嬉しくてクロイも表情に隠せなかった。
二人に笑みが戻ったところで、迎え役を任せていたバイロンを一言セドリックが労えば続けて双子もそれぞれ向き直り頭を下げた。
ぺこぺこと小さな頭二つに旋毛を向けられ、バイロンも笑ってそれに返す。本当に主人に懐いているのだと、改めてセドリックが彼らを採用した意味を理解する。
故郷のサーシス王国でも社交界や民とも良好な人間関係を築いていたセドリックだが、ここまで手放しに心を開いているのを見るとよっぽど性格の良い子達なのだろうと考える。民相手に心を砕いてはいたが、その時は民の方が敬い萎縮していた為ここまでセドリックへ真正面から親しむディオスは特に貴重だと思う。そして同じ顔をしていても、遥か常識人であるクロイのありがたみもまた。
「今日はお前達が訪れる記念すべき一回目だからな。細やかながら歓迎の用意をさせてもらった。使用人の仕事については後で説明を受けるとして、先にこちらを受けてくれ」
えっ。と当時に双子の声が合わせる。
扉を開けてすぐに目に入ったのがセドリックだった為、玄関ホールの内装すら殆ど目に入っていなかった。しかしセドリックの言葉で二人揃いその肩の先へと視線を上げれば、奥行きのある広間の方向から美味しそうな香りが鼻孔を擽った。
ごくりと思わず喉を鳴らしてしまった二人に、セドリックは「マナーは気にせず大いに食してくれ」と頭から今度はその肩へ手を置いた。
揃って声を合わせ返事をする二人だが、そこで不意に時計が目に入ったクロイは思わず二度目の喉をゴクリと鳴らした。気付けば招待されていた時間から遥かに経過していた。しかも自分達への歓迎会を用意されていた上に、セドリックが扉の前ですぐ現れたことを考えれば一体どれだけ待たせてしまったのかと一気に両肩が強張った。
「!すみませんあのっ」と顔色を変えて思わず先に口が動いたクロイにセドリックもディオスと共に目を丸くする。
「かなり僕ら待ち合わせより遅れてしまいましたよねっ……セドリック様せっかく準備して下さったのにかなりお待たせしていて、すみません僕らが案内して貰ってもずっとのろのろ歩いてたから」
改めて深々と頭を謝罪するクロイに、ディオスも時計を確認した瞬間「うわ本当だ!!」と同じ色に顔を染めた。
城内見学や案内役のバイロンと話して歩いていた間は時間も忘れてあっという間だったが、もっときびきび歩けば半分ぐらいの時間で済んだんじゃないかと思う。
ごめんなさい!と慌てて一緒に頭を下げるディオスだが、揃う白い頭と顔色にセドリックは「そんなことか」と笑いながら頭を上げるように命じた。もともとバイロンに道案内や城内の紹介も含めて楽しませるように頼んだのは自分だ。
ファーナム兄弟へ時間指定したのもあくまで城門までの時間。そこから更に時間がかかること当然想定済みだった。
セドリックから了承済みだったバイロンも今更時間を気にし出す二人に肩が揺れるほど笑ってしまう。それも知らずに城案内中にあれだけのんびり歩いて視線を巡らせ興味に花を咲かせていたのかと考えれば、やはり子どもだなと思う。
「気にすることはない。それにまだ招待客の中ではお前達が最初だ。間もなく揃うだろうからのんびり待っていてくれ」
「?僕達以外、ってあれ⁇今日って僕達以外にも使用人になる人とかいるんですか?もしかして僕らと同じ学校の子とか」
「いや、主役はお前達だけだ」
行こうか、と玄関ホールからその先の広間へ案内しようと背中を向け先導するセドリックにディオスとクロイは同じ角度で首を傾けた。
若葉色の瞳同士目を合わせて尋ね合うが、どちらも答えが思いつかない。自分達を歓迎する為にどうして他にも客人がいるのだろうと考えながらも引率に従った。
もしかしたら使用人の先輩達の誰かが外出中なのかもしれないとクロイは考えたが、それでは「招待客」には当てはまらない。歓迎会の主役が自分達という言葉にくすぐったさを感じながらも自分達の部屋より広い玄関ホールを抜けて広間へと向かう。
扉一個分の入り口の先は、まさに別世界だった。
この時の為に並べられたテーブルと汚れ一つないテーブルクロスが敷かれ、ご馳走が所せましと並べられている。足元には顔が反射しそうなほどつるつるに磨かれた床に、踏み心地の良い絨毯も敷かれている。天井のシャンデリアは夜だったらきっと星空のように輝くのだろうとディオスは穴が開くほど見上げてしまう。
大きなガラス窓には曇り一つなく、色のついた硝子がいくつも嵌められた彩られたそれにクロイは頭の中でステンドグラス、と知識をまた一つ引っ張り出した。まさかこの目で見られるとは思ってもみなかった。
わぁ、わぁぁあ、とまた「わ」が外れないディオスに今度はクロイも何も言えない。自分も口をぽっかり空いたまま、改めて自分達が仕える相手が王族なのだなと実感させられた。
セドリックの言う通り客人となる存在は自分達二人だけの広間だが、それでも大勢の大人が歓迎するように壁際に並んでいた。にっこり微笑みながらセドリックに対し綺麗な礼で頭を下げる彼らの服装に、一目で彼らが使用人の先輩達だと理解する。
侍女や従者、給仕係に衛兵とパッと見で検討を付けながら自分達からも勢いをつけて頭を下げた。
宜しくお願いします、お世話になります、と重ねながら名乗ろうとする双子にセドリックが使用人達との間に立った。こちらがディオス・ファーナム、こちらがクロイ・ファーナムだと説明すれば、すかさず二人は無言のままそっと自分達の髪留めを押さえるような動作で主張した。
顔がそっくりなのを自覚している二人で、これを目印に見分けて欲しいと無言で示す。
態度こそバラバラだが、姿は同じ二人だ。しかし双子の髪留めの違いに気づいた使用人達もそれぞれゆっくりと頷きながら一本がディオス、二本がクロイと頭に書き込んだ。
もともとサーシス王国の城で働いていた使用人である彼らに、その程度の記憶はわけもない。




