Ⅱ494.双子は足並み揃え、
「え……ええと、ええと!こっ、ここ、だよね⁈お城って」
「他に何処があるの。…………ほら、もう早く進もうよ守衛の人すっごい睨んでるし」
学校を一区切り終えた休日。
二連休の最初に青年達は国一番の建造物から20メートル手前で怖気づいていた。
前夜から楽しみで堪らず眠れず翌日はいつもより二時間早く同時に目覚めてしまった二人は、姉が起きてくるまで落ち着かない気持ちを誤魔化すように自習で誤魔化し寝ていない。睡眠時間が最近の中では圧倒的に少ないが、入学前の生活と比べれば十分な睡眠時間でもあった。
姉が起きてきた後には朝食を済ませ思い出したように身嗜みにもいつもの五倍気を払った。
久々の仕事日ではあるが、今まで自分達が通っていたようなボロを着ていても良いような場所ではない。国で最も煌びやかな場所であるそこに、どんな服を着ていけば良いかと姉弟三人で大騒ぎだった。
新しい服を今から買うのは?そんなの勿体ないよ。セドリック様はいつもの格好で良いって言ってたし、行く場所わかってる??と。お互いになかなか譲らない平行線で最終的には父親が遺した比較的上等なシャツを着た。袖は少し捲るだけで誤魔化せても肩幅が少し足りなくブカついたが、鏡で見ても間違いなく家にある服で一番まともなのがそれだった。
最終的には姉に髪先まで切って貰い、今まで自分達の格好で一番大人らしい風貌になったと思う。しかし
「大丈夫かなこれ……やっぱり姉さんの言う通りレイから借りてくれば良かったかな」
「は?絶対やだ。なんであんな奴の服なんか着ないといけないの。どうせ趣味も悪いでしょ」
最初は服を買おうって言った僕の意見も却下したくせにと、クロイはディオスを睨み付ける。
ディオスにとっては服なんて高いものにお金をかけたくないというだけの話だったが、クロイからすれはこれから使用人として稼がせて貰うのだからそれくらいは必要な出費だったと思う。
最終的に父親の遺した服が意外としっくり着こなせたことが嬉しかったから折衷案に納得したが、向かいの家に住むレイに頼むくらいなら絶対に買った方がマシだと思う。しかもただでさえ最近の彼は面倒くさい。
クロイの言葉に「え、でも服は別に……」とディオスが素直な感想を言おうとしたが、弟の鋭くした眼差しにすぐ口を閉じた。クロイも本音ではレイの服装のセンスが悪いと思ったことはない。悪趣味なのは仮面と性格だけで、衣服はいたってまともな上に上等だ。
更には自分達の頼みでは一蹴されても、提案した姉が頼んでくれたらレイの同居人が確実に押し込む勢いで服を一枚でも十枚でも貸してくれたと思う。しかし、あのレイの服を着ると考えれば想像だけでクロイには胃が重く両腕に鳥肌が立った。
城門前に立ち止まったままそんな問答をしていれば、門前の衛兵からの眼差しは更に訝しくなった。
もしやあの子達はと考えたこともあるが、遠目で全く同じ人間二人に見える青年が城を前に道の端でゴソゴソしていれば注視するのは当然だった。
衛兵の目が気になって仕方がないクロイから「もう行くから」と思い切って一歩さらに足を踏み出せば「待って僕も!」とディオスも慌ててさらに前に出た。クロイの前を歩くのは兄である自分だと言わんばかりに無理のある大股と早足でクロイの前を進み、その手を引っ張った。
たった一歩の踏み出しではなく、ディオスが思ったよりそのまま早足で自分を引っ張り進み出ることにクロイの方が途中で「ちょっ、早いよ」と僅かに慌て出す。しかしもう行くと思い切ったからにはディオスも止まらない。
突然競うような早足で接近してくる青年達に衛兵も僅かに目を丸くしたが、一定距離まで迫ってきたところで「そこで止まれ」と野太い声で彼らを止めた。
白髪に若葉色の瞳、星の形をしたヘアピンと改めて彼らの特徴を確認すればある程度の察しはついた。むしろそれ以外で彼らのような恰好で若い青年が城を尋ねることは珍しい。
何の用だ、とあくまで定められた問いから突き付ける衛兵に、二人は顔より先に思わずその手にある槍に目がいった。騎士と違う武器をその手に携え構える姿はそれだけでも威圧されてしまう。
ごくんっと二人同時に口の中を飲み込んでから、最初に口を開いたのはディオスだった。
「あ、ああの、ぼっ僕っ、僕ら今日から使用人で!せ、セドリック様の……」
「セドリック・シルバ・ローウェル王弟殿下の使用人で今日から新しく雇われました。ディオス・ファーナムとクロイ・ファーナムです」
噛み過ぎて余計不信感を煽る兄を置き、クロイは最初から頭で反復していた言葉をそのまま告げる。
話しながら緊張で白い肌がぽっぽと赤らんでくるディオスを見て幾分落ち着いたクロイの言葉に、衛兵もやはりと一度無言で頷いた。
この特徴で言えば彼ら以外間違いない。事前に知らされていた名前も一致している彼らに、念の為所持検査だけ行った衛兵は門へと彼らを許した。
貴族や上流商人の馬車の為に開かれたままの分厚く重い巨大な門を、二人は念の為馬車が来ても邪魔にならないように端を歩くことにする。
「ありがとうございます」と通してくれた衛兵に頭を下げて進んだが、五歩進んだところで大事なことに気付いたディオスは「あっ!」と途中で足を止めた。距離を詰めて歩いていた所為で背後にいるクロイの顔面が後頭部へぶつかった。
「あっ、あの!セドリック様ってどこの建物に……」
「君達!ファーナム兄弟か??」
振り返った先の衛兵ではなく、進んでいた先から声を掛けられたディオスはビクッッと激しく肩を上下した。
飛び出しそうだった心臓を両手で押さえつけながら身体が丸まるディオスに、手を放されたクロイも思わず足を止め少し仰け反った。自己紹介したのは守衛の衛兵だけの筈なのにどうして行った先の人が知ってるのと思考だけが早口になりながら前方へ目を向ける。
そうです、と三秒ほど固まってしまった後にクロイが答えれば、門先に佇む男性は「こっちだ」と手招いた。守衛とまた異なる風貌の服を着たその男性に、二人はまたどこかの衛兵かなと考える。
城の衛兵なら悪い人ではない筈と、歩速が遅くなりながらもおずおずと近づく二人にその衛兵は「逆に怪しいから」と笑い混じりに手で招き続ける。やっと二人が自分の前までくれば、そこで「君達を待っていた」と笑いかけた。
「俺はバイロン・ジャクソン。今はセドリック王弟殿下にお仕えする衛兵だ。セドリック様に今日の道案内をお任せ頂いている」
君達の迎えだと。そう告げる衛兵に、一気に二人の背筋が伸びた。
宜しくお願いします!ありがとうございます!と勢いよく頭を下げれば、余計に身体が強張った。まさかわざわざ自分達へ迎えを用意してもらっているとも考えていなかった。
「お迎えがあるなんて思ってなくて」と正直に口走ってしまうディオスに、衛兵のバイロンは短く声に出して笑った。自分を見た時の反応からしても、二人が全くそれを想定していなかったことは予想できた。
「フリージア王国の城は広大だから誰でも暫くは絶対迷う。道順を覚えるまでは俺が迎えに来るようにご指示頂いている」
見てみろ、と槍を持つ手とは反対の手を広げて周囲を示してみせれば、そこで二人も初めて周囲の景色に目がいった。
まだ門を入ってすぐにも関わらず、広大な木々や建物が広がったそこはまるで一つの街だった。建物の中に入った筈なのに、まるで外に出たような違和感にディオスとクロイは首をぐるりぐるりと数週させて見回した。城が大きいことは知っていたが、自分の目でみれば全くの別物だった。
口をあんぐり開けて正直な反応を表情に出す二人に衛兵のバイロンは肩を揺らして笑いながら「こっちだ」と彼らを正面の道へ先導した。
王居までの道は簡単だが、代わりに凄まじく遠いと話す先輩衛兵に二人は「大丈夫です!」と声を揃えた。家から城までの距離もかなり遠かったが、長距離歩く程度ならば苦には思わない。
むしろ道順がわかりやすいのは助かると、そう思いながら二人は横並びに歩いて衛兵の背後に続いた。




