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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
嘲り王女と結合

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Ⅱ493.記者は受け取り、


「いや、ほんと何かの間違いだと思った」

「このまま強制送還するぞ……」


ハァ、と。弟からの返答に大きく溜息を吐きながら言い返すエリックは目に見えて肩を落とした。

陽が沈みきり、街並み全体が鎮まり始めた時間帯にキースは間の抜けた顔で会社の玄関へと降りてきた。午後から火事でも起こったかのような大騒ぎと忙しさで目を回し続けていたキースは、つい一時間前にペンを手放し机に突っ伏したところだった。

横になる動作すら面倒なほど身体が消耗しきっていた為、このまま机で朝までかなと薄れゆく頭で思いながらの仮眠と言う名の爆睡時間もたった一時間で中断された。社員の一人に肩を揺すられ、最初は仕事柄何か事件があったのかもしくは新聞に何か不備でもあったのかと考えたキースだったが起こしてくれた社員である同僚からの言葉は「お前の兄貴が来ているぞ」だった。


時計を確認すれば確かにとっくに兄も騎士団の演習は終えている時間だったが、何故自分に会いに来たのかわからない。

時々自分のことに関して勘が良い時もある長男だが、今日に限って訪れるのに疑問しか浮かばなかった。言われた通り会社の玄関前まで降りてきたキースだが、わざわざ目立たないように騎士の団服から私服に着替えて訪れてくれた兄に最初に放った言葉は「ほんとに兄貴だったのか」だった。

すかさず兄からも「誰だと思ったんだ」と苦笑気味に返されたが、突っ伏した癖がついたままの髪を掻きながらの返答は変わらず正直な感想だった。

まさか件の新聞か会社の噂が兄の元まで届いたのかとも考えた。しかし、今日は早朝から城に居る筈の兄にまでそういう噂が広がっているとは考えにくい。なら王族と一緒に訪れていた騎士のどちらかから聞いたのか、だが兄から近衛騎士と知り合いだなどとは聞いたこともない。


……まぁ、知り合いでも教えてくれないんだろうけど。


「いや今夜はこのまま泊まるよ。今日はほんっとに色々あって……ていうか兄貴はなんでいきなり?」

そう思いながら、キースは首をぐるりと回した。

ぺらぺらとあったことを何でも話したがる自分と違って、聞いてくれる兄は逆に騎士団についてや王族についてなど守秘義務内容に関しては口が堅い。

酒が入っても全くそういった内容を零したことがない兄に、キースもそれは諦めている。


話したいことは山のようにある。しかし寸前まで仮眠をして少しだけ落ち着いた頭がどこから話し出すべきか悩んだ。まさかプライド王女を含む話題の王族が続々と新聞社へ来訪したなどと突然言っても寝ぼけているなとしか思われない。

思わず言葉を濁し、キースにエリックはまた苦笑しそうな口を引き締めて「昨日も朝まで部屋で起きてたんだろ?」とあくまで知っている情報だけで理論武装する。

自分が来た本当の理由などとても離せない。昨夜、弟が朝まで何をしていたかなどは見なくても予想できていた。


「ここ最近お爺ちゃんお婆ちゃんのこともあったし、昨日も手帳の続き書かなきゃって言ってたろ。俺も俺でこの前も急な任務で約束すっぽかしたしな」

「ああアレ?今更気にすることねぇだろ。どうせ俺も山火事の噂聞いて社に駆け戻ってたし」

「で、どうせ今日も家に面倒がって帰らないつもりだと思ったから、ほら。救援物資」

そう言って片腕に抱えていた布袋を掴み直し、キースへと突きつけた。

口を絞り握ったままの中身は外から見てもわからないが、兄の〝救援物資〟発言にすぐキースも目の色を変え両手で受け取った。こうして兄が差し入れをしてくれたのも今日だけではない。


おおっ!と声を上げ、両手で早速開いて中身を確認すれば、店で買ってくれたのであろう自分の好物や水筒、更に最下層には着替えも畳まれ入っている。

今日は特に冷や汗を掻き捲ったから助かると心から思うキースにエリックは笑いながら「ちゃんと食事もとれよ」と念を押した。その途端、好物を目の前にまるで今思い出したかのようにキースの腹の虫が大声で存在を主張した。

わかりやすい音に、エリックも笑い声を出してしまう。


「寝不足なのも手帳の方は俺の所為もあるからな。ちゃんと買ったものが悪くなる前に食べろよ」

「食うよ食う!すっげぇ助かるありがとう!!これいつもの!?」

「最後の一本だった。運が良かったな」

やった!と、お気に入りの肉屋でのローストキチンサンドを思わず鷲掴み、すぐに思い直し手放した。あとでゆっくり味わおうと食欲を抑えながら改めて兄に感謝をする。

エリックの想像通り、今朝から全く何も食べていなかったことをキースも今思い出す。馬車馬よりも忙しく働き続けた彼に、昼休憩どころか食事を摂るという思考すら過らなかった。

ありがとう、早速食べる、この店結構遠かっただろ、と言いながら改めて布袋の口を閉めて持ち直すキースはそこで改めて兄に話したかったことへと息が整った。

「そういえば運が良かったと言えばさ、聞いてくれよ兄貴!!今日うちに誰が来たとおもう⁈」



……プライド様ステイル様ティアラ様レオン王子にセドリック王弟が来て死ぬほど構い倒されたんだよなぁ……



「いや…大口の客でも入ったか?」

心の中では大声で叫びながら、エリックは笑顔を意識してしらばっくれる。

どうせなら王族が新聞社に行ったこと自体は騎士から噂で聞いたと言っても良かったが、ここまで楽しそうにもったいぶる弟の話の腰を折りたくない。

プライド達がキースの働く新聞社へ、しかも自分達だけが目立たないようにレオンやセドリック、ティアラに協力を得てまで今日訪問したことはエリックもよく知っている。アーサーが近衛の時間帯にすると同時に、身内である自分が同行しないようにと調整して欲しいと願ったのはエリック自身なのだから。


プライド達の来訪に驚く弟の姿は見てみたかったが、自分がプライドの近衛騎士であることを隠している以上絶対に同行は避けたかった。

子どもの頃からプライドの噂を集めては嬉々として手帳に情報や噂を聞きまわっていつかプライド様をこの目にしてみたいと息巻いている弟に、……自分がまさか近衛騎士だなどと言えるわけがない。そんなことを言えば間違いなく弟から羨みの呪詛と共に「記事にはしないから‼︎」とプライドの話をねだられるに決まっている。

プライドの司る叙任式を受けたと話した時でさえ、三日三晩どころか半年近くは実家に帰る度同じ話をさせられた。


そんなプライドが目の前に現れて、他にも話題の厚い面々と共に思い切り会社の案内役から自分が手掛けた記事の確認に最後は取材まで受けたのだと。それを聞いた時は口の端が変に片方だけ上がったまま引き攣って治らなかった。

さぞかしキースのことだから舞い上がってガチガチになって大変だっただろうと思い聞けば、やはり思った通りだった。

しかし取材ではしっかりと筋の通った問答を行っていたとカラムから聞いても、弟の心臓が何度危ぶまれたかと考えれば笑うしかなかった。

そりゃあ嬉しいよなぁと思いながら、少しだけ一矢報いた気分にもなった。知らなかったとはいえ〝ジャンヌ〟を突いて自分の寝込みに襲撃を試みた弟に、意趣返しできたような気分だ。やはり弟もプライド本人に接近されれば冷静でいられなかったのだから。




ギルクリスト家への礼代わりに、弟の会社の取材をいつかプライドに受けてほしいと頼んだ甲斐はあったと思う。




『僕としてはギルクリスト家全体にお返しをしたかったですが……わかりました』

あくまで自分が頼んだのは会社への取材許可。まさか王族挙って新聞社に突撃見学して回り、プライドどころかティアラ達まで取材協力するとは思わなかった。しかも取材を受けたのまでキースだ。応じてくれたステイル達には感謝しかない。

家族全員がキースの新聞社が上手く回るように願っていた分、結果として家族が喜ぶ結果にもなったと思う。


「聞いて驚けよ?!」とまるで子どものような燥ぎっぷりで、早口で捲し立てるキースの話を聞きながらそれなりに自然体で返そうと意識していたエリックだが自分が思っていた以上に素で反応できた。

近衛騎士交代の際にカラムとアーサーに少し聞いただけで、残りはプライドから「とても素晴らしい会社でした」「良い見学になりました」「キースさん、とても説明も丁寧で」というキースと新聞社への誉め言葉ばかりだった為、キース側から聞くとまたとんでもないことになっていたんだなと今理解する。

特別視されたのは自分の弟ということでもあるだろうが、それ以上にキースが実家でジャンヌ達へ良くした結果でもある。ジャンヌ達へ構った分を数十倍で王族として返されるなどキースも夢に思わなかっただろうと考えながら、途中からは顔が綻んだまま聞き続けた。驚きよりも、キースが仕事を認められたことと念願のプライドに会えたことの事実が嬉しい。


良かったな、と何度も繰り返しながら話を聞けば途中から夜中にも関わらず近所にも響きかねない音になった。

これ以上はキースの睡眠時間としても近所への騒音としてもまずいだろうと判断したエリックから「また帰ったら聞くから」と話をきり上げるように促した。


もう食べて寝ろ、と肩を叩く兄にキースは一度近所をぐるりと見回した。今のところは誰もいないが、確かに職場で騒ぎはまずい。

せっかく序盤を話し始めたところで区切られてしまうのはすっきりしないが、確かに兄の良い分も一理あるとキースも一度口を閉ざす。わかったよ、と言いながらそこで良案にはっと両眉を上げた。


ちょっと待ってろ、と兄から受け取った差し入れを抱え急ぎ足で会社へ入っていったキースが戻ってくるのはあっという間だった。

差し入れの入っていた布袋の代わりに、一束の新聞を握って降りてきた弟にエリックもそれが何かは言われる前に検討がついた。疲労の身体に全力疾走で階段を昇降した余波で、兄の前でゼェハァと息を切らせたキースはそのまま握った新聞だけを兄の手へ突き出した。


「これっ!俺の分しかないから、読んだら帰った時に俺の部屋に戻しといてくれよ」

無くすなよ⁈と、手帳の次に大事なそれを託されたエリックは両手で受け取り、月明りに紙面を照らした。


Ⅱ468-2

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