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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
嘲り王女と結合

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そして快諾する。


「最後まで、ありがとうございました。案内は終えましたので自分はこれで失礼致します。ティアラ第二王女殿下、レオン第一王子殿下と共にこの度は身に余る任をお預け下さり、感謝します」


取材の関係でキースも言葉の整え方は手慣れている。

しかし両手を身体の横に置き深々と頭を下げられると、プライドだけでなく今度はステイルとアーサーもむずがゆさを覚えた。あの親し気な振舞いをするキースの姿が一か月の間にしっかり馴染んでいた。なのに急に深々礼を尽くされると、急激に距離が離れた気がしてしまう。

気付かれたくはないが、こんな距離感が自分達にとっては最後の別れかもしれないというのも惜しい。

ティアラ一人がにこにこと自然体の気持ちのままに「すごく楽しめましたっ」と声を弾ませる中、饒舌なステイルもすぐには言葉を返さなかった。キースと別方向では副社長達がセドリックとレオンへの質問の山にとうとう立ち話へ不安を感じ始める。


「よ、宜しければ粗末な場所ですが応接室へご案内致します……!」

社長ももう暫くすれば帰ると思いますので……‼︎と、再び階段の方向を手で示す副社長達にレオンも「良いのですか?」と眉を上げた。

セドリックからもプライド達へ許可を確認するように視線が投げれば、もちろんよとすぐに言葉は返された。二人からの質問がいくつあるかわからないが、時間が掛かるのなら立ち話よりそちらの方が良いに決まっている。

それではご足労をかけますが、と再び階段を登るように促す副社長達の動きと同時にキースが身を引いたその時。



「!姉君。…………一案が」



こそっ、と思いついたままの丸くなる眼差しでステイルはプライドへと口元に手を当て呼びかける。

先ほどと同じ内緒話と同じ声量にプライドが顔ごと耳を傾ければ、更にティアラも聞こうとつま先立ちで耳を近づけた。アーサーとカラムも三人のひそひそには気付いたが、王族同士の会話に入るわけにもいかず視線だけをまっすぐ向けた。


ステイルの短い提案にプライドの目が大きく見開かれるのと並行し、ティアラがパッと笑顔が輝く様子を一秒逃さず確かめた。

「いかがでしょうか?」と尋ねるステイルのにこやかな笑顔に、アーサーは爽やか以上の楽し気な黒さを感じ取った。悪だくみ、というよりも悪戯を思いついたような笑顔に大丈夫だろうとは思うが、その蒼の視線は間違いなく「なに企んでやがる」とステイルに尋ねていた。

視線に気付いたステイルも黒縁眼鏡を指で押さえると、ニヤッと悪い笑みだけで返した。「見ていろ」と言わんばかりの笑みに、アーサーは短くだけ息を吐く。

今回はステイルも自信がある。元より〝決まっていた提案〟にひとつまみのお気持ちを加えるだけだ。せっかく都合も合ったのだから乗らない手はない。


「それで、いかがでしょうか姉君。ちょうどいい機会ですし、……お礼にもなるかと」

「そ、そうね……。わ、私はその……構わないけれども」

「私も良いと思いますっ!お姉様と兄様もご一緒ですし!」

ステイルからの「お礼」発言が最後のとどめだと、プライドは思いながら頬に手を当てる。

じわじわと緊張で顔の熱が上がるのを自覚しながら肯定を返すプライドに、ティアラも一センチほど小さく跳ねた。やっぱり今日は付いてきて良かったと心から思う。

プライドからの同意を得て、ステイルは「お任せいただいても?」と少なからず浮き立った声で確認してから向き直った。

プライドでも、レオン達でもない別方向へにこやかに笑いかける。レオンとセドリックが先頭になって階段へと歩き出す中、ステイルはその流れを中断しかねない通った声を放った。


「キースさん、でしたね。本日はプライド第一王女と我が妹ティアラにとっても良い時間になりました。僕からもお礼を言わせて下さい」

なるべく気付かれないように、友好的に聞こえる境界線ギリギリまで声を低める。

王族の気品と成人男性らしい声を意識するステイルの呼びかけに、キースは「いえ⁈」と正直に肩が上下した。さっきまでと違う低みのある声がまさか怒っているんじゃないかと錯覚する。

せっかくせめて話し中ではないティアラと、そして勇気を出して最後の最後にプライドにも声を掛けて満足していたのにまだ終わらない。しかも姉妹とこの上なく親しいと話題の第一王子の圧は、まさか下心を透かされたのではないかとまで考えてしまう。


一歩一歩確かめるような足取りで自分の眼前に接近してくる第一王子は、自然な動作で手を差し出した。握手を求める動作だと瞬時に理解したキースもこれには頭を低くしながら受け取った。

王族の手を握る、つまりは手の届く距離に真正面から王族がいる事実にキースは口の中が信じられない勢いで乾いていくのを自覚する。


「先ほど拝見した新聞と貴方の記事もとても楽しめました。これからも良い仕事を期待しています」

ありがとうございます、とまさかの王族からの直接的な誉め言葉にキースの頬に先ほどよりも濃い赤が差す。


ステイル自身、お世辞ではない。

本当にあの新聞も、そしてキースの記事も楽しめたと思う。何より自分が子どもの頃は何処ぞの宰相の所為でプライドの悪評を蔓延させられていた時代を思い起こせば、あの時にも彼のような人間と新聞という広報誌がもっと流通していればと思う。

こうして現在進行形でプライドの良い評判を広め、民の目線から賛辞をしてくれることは自分にとっても何よりだった。しかも、文面には「今やプライド第一王女の右腕としてなくてはならない存在であるステイル第一王子は」と書かれていた記事を思い起こせば無意識にキースの手を握る力が強まった。

今がステイルではなく〝フィリップ〟だったら「流石キースさんわかって下さっていますね」と百は褒めちぎりたい。しかし今の王子である自分にそんなことをされてもキースが恐縮するか裏を疑い周囲からも疑われてしまうことも予想できる。だからこそ手を握ったまま「もし宜しければ」と次の手を彼へと今打ち込むと決める。



「貴方に我が姉君とティアラが〝取材〟へのご協力をしたいと仰っているのですが、いかがでしょうか?」



本日お邪魔したお礼に、と。

あくまで低めただけの普通の声量で発せられた言葉に、一瞬でその場の時間が止まった。

握手したままの手が爪の先まで強張るキースだけでなく、その話を聞いていた社員もそして王子二人を誘導すべく階段へ足をかけていた副社長達も全身の動きが固まった。瞼すら痙攣の動きもなく停止する。

ステイルの発言が耳に届いていたセドリックとレオンが軽く身体を捻って振り返れば、まるでそこだけ時間が切り取られているかのように固定されていた。

数度瞬きをし、止まっているのは時間そのものではなく社員全員なのだと確認する。返事どころか相槌すら返せないキース達に、ステイルは変わらない声色でゆっくり言葉を重ねていく。


「勿論、不要でなければ僕も。レオン王子とセドリック王弟がお話を聞いている間にでも宜しければ。新聞社の取材に、プライド第一王女も大いに好感を持たれておられます」

あくまでプライドによる好意。それを全面に出しながら王族三人に取材を許可するという第一王子の発言は、彼らには衝撃だった。

更には聞いていたレオンも、すぐにステイル達の意図を理解する。今は小さい新聞社だが、間違いなくこれから民の間に広まれば甚大な影響力を持つ。そして新聞を読んだ限りどれも王族に好感のある文面ばかりだ。

そんな彼らを、そして〝新聞社〟という新たな機関を支援すべく、今最も効果的な方法はレオンもよく知っている。

「それは良いね」と柔らかな声でステイルへ応戦した彼は、滑らかな笑みを浮かべた。今後アネモネ王国にも広げたい新聞技術、そしてフリージア王国をこの先さらに推進させるであろうこの小さな会社を後押ししたいのは自分も同じだ。


「僕らの間なんて言わずゆっくりどうぞ。質問の後に僕も取材に協力しましょうか」

「!それならばレオン王子のみならず、この私も喜んで!!是非フリージアの民にも私のことを知って頂きたい!」

もうよく知っています。と、レオンに続く話題沸騰中の王弟の発言に誰も突っ込む余裕はない。

新聞社で情報を命とする彼らがハナズオ連合王国の王弟である彼への民の注目度はよく理解している。長年閉ざされた国の王族として姿を現した彼は今後動き出す国際郵便機関にも深く関わった人物でもあり、移住の時には民の誰もが一目見ようと馬車を追い大通りへつめかけたのだから。そして、セドリックだけではない。


「それは良いね。僕もフリージア王国の民とはもっとアネモネ王国を近い隣人と思って欲しいと考えていますから。取材も、あくまで話せる範囲でなら何でも」

フリージア王国隣国アネモネ王国第一王子レオン・アドニス・コロナリア。

その美麗さもさることながら、貿易国のアネモネ王国を貿易最大手と言われるまで急成長させた次期国王。


「それではレオン王子とセドリック王弟はそのまま副社長達に取材もお任せしましょうか。僕らはキースさんと他に二、三人程度であれば」

フリージア王国第一王子ステイル・ロイヤル・アイビー。

庶民の生まれでありながら国一番の天才、聡明と名高く、プライド王女に絶対的信頼を得た次期摂政。


「賛成ですっ。せっかくここまでお話できたんですもの。私ももっとお話ししたいと思っていました!」

フリージア王国第二王女ティアラ・ロイヤル・アイビー。

美しき王女姉妹の一人であり、〝啓示〟の特殊能力を開花させたフリージア王国初の次期〝王妹〟


「取材なんてあまり面白い話ができるかわかりませんけれど、……新聞社の方々のお力になれれば」

フリージア王国第一王女プライド・ロイヤル・アイビー。

次期女王であり、予知能力だけならず新機関プラデストの創設者と並び、国際郵便機関と同盟共同政策の発案者。


全員がフリージア王国どころか近隣諸国まで注目を浴びている面々ばかりだった。

その五人の様子を目にできただけでも幸運だと考えていた彼らに激震が走るのは当然。特に副社長に至っては質問を通じてどうにか今日訪問してくれたことを記事にする許可を貰おうと考えていたのだから。それを頼む前に向こうから記事にする為の正式取材許可など目の前で大金を積まれても変えられない栄誉だ。

口を開けたまま驚愕に見開いた目が乾燥しかけても声が出ない。数十秒近い沈黙の後、副社長から「宜しいのですか……⁈」と絞り出された細い声が時間を動かした。

ええ勿論、喜んで。と。快諾をそれぞれ口にする王族へ次の瞬間にはたまらず社員達が建物を揺らすほどの歓声を上げだした。


わあああああああぁぁぁぁぁああああああああああぁぁぁぁあああああああああああああ、と史上最大の叫びをあげる社員達に汗を滴り落とす副社長が「ありがとうございます!!」勢い余った声のまま頭を下げた。


「ああ、でも一応中身は確認したいから発行したらアネモネ王国の僕の城にも届けて貰って良いですか。可能なら今日の内に僕の文面だけでも確認させて貰えれば」

「僕らも是非。ジェイコブス新聞社の皆さんなら心配ないと思いますが、次期女王であるプライド第一王女について広報されるものですし」

「その新聞、届けて頂くことは可能なのでしょうか……?もし可能であれば城の私の宮殿宛てに届けて頂きたい」

手間賃も払いましょう。と提案するセドリックに、続いて今度はプライドとティアラの声が重なった。

「私も」と短く合わさった二人は一度言葉を止め、ティアラが譲る形でプライドから新聞提供を願い出た。せっかくの新聞を読めるのならば、今後もセドリックのついでに配達してもらえればこれ以上のことはない。


王族自らの新聞買取の打診に、副社長も首が壊れそうな勢いで発言される度に頷き「勿論です!」と快諾した。

取材をこれからさせて貰えるのに、自分達の新聞を届けることなど何の代償ですらない。

プライドへ定期訪問の時に自分にも読ませて欲しいと頼むレオンに、宜しければ毎日お届けにと副社長が提案したがそれは断られた。新聞文化自体に興味はあるが、アネモネ王国の第一王子としてフリージア王国の新聞を毎日買い取るのは気が進まない。


「代わりに今度、僕個人としてまた何度か訪れても良いですか。是非新聞を我が国にも広げたいので協力して頂きたい」

社長ともお話がしたいですし、と続けるレオンに頷く副社長はまるで赤べこのようだとプライドは思った。

ライバル会社、となれば彼らにとって不利益にもなるが、隣国であるアネモネ王国やハナズオ連合王国に新聞ができても別段彼らに不利益でもない。売る客が国丸ごと違うのだから。


あとは社長の意向だろうか、と考えるがこの副社長の反応では問題なさそうだとレオンは結論付ける。

セドリックが続いて自分もいつかハナズオの国王達と訪れたいと言ってもやはり返事は変わらない。

ステイルが握っていたキースの手を放し、行きましょうかとプライドとティアラへ笑いかける。その間、三秒以上キースは握手の手の形のまま固まった。


王族全員で応接室へと再び階段を上がる中、社員全員の興奮は収まらなかった。

大量に刷る準備をしろ、紙を根こそぎでも良いからとにかく運べ、取材する奴は絶対不敬をするな、今すぐ会社の前で宣伝を張れ、と指示が飛び交った。

副社長に引率を任せ、騎士のさらに背後に続く形他の取材をする同僚と共に階段を昇るキースは、まるで初鎧を着ているかのように動きがぎこちなかった。

まだ終わらない。案内できて間近でこの目で見れて眺められただけでも充分最高だったのに、記事まで読んでもらえて褒められてそして更にまだ終わらないのかと頭の中がぐるぐる回りながらもこの一生に一度あることも奇跡の最高機会に胸ポケットのペンを服越しに爪を立てるほど強く押さえ、握り締めた。



─ 今日だけで二冊……ッいや五冊はいける……!!



帰ったら新しい手帳の補充と、そしてまた数日は睡眠を放棄だと今から決めながらキースは人生最高の取材へと意識的に息を整えた。

刷られた号外新聞が大量に発行され飛ぶように売れるのは、王族が去ったことに社長が膝を落とし打ちひしがれてから三十分後のことだった。


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