Ⅱ492.嘲り王女は観覧し、
「すごかったわね。実際に刷るのも見せて貰えて楽しかったわ」
私もですっ!と最初にティアラがプライドへ声を弾ませた。
ぞろぞろと王族が揃って印刷所から出て来ながら言葉を交わし合う。その背後では社員達は少なからず疲労を隠しきれていなかった。
最初は機材を見せるだけの予定だったが、王族本人達がその機材の説明を聞きながら「どんな風に動くのかしら」「これで文字が紙に映るんですか?!」と興味を露わに予想よりもはるかに長時間見学に居座ったから仕方がなかった。
急遽一回分で良いから稼働させてお見せしようと、慌てた副社長の指示により実際に新聞を紙へと刷る業務も披露した。
キースが大事な交換用具を階段前に放置してしまっていた為、動作準備にも時間が掛かった。
更には出来立ての新聞を第二王女がうっかり手に取った際、乾ききっていないインクが王女の上等な白手袋を汚した時は本気で死んだと何人かの社員は血色を悪くした。
結果としてティアラも「私が思わず触っちゃったのがいけないので!」と全くの御咎めもなく周囲の王族も騒ぎ立てず大事にならなかったが、気持ちだけでいえば十年は年を取った気分だと社員の一部は肩が丸くなった。
しかしそれでも機材を動作させたのは正解だったと思う。新聞が出来上がった瞬間に雲の上にいる王族が感嘆の声まで漏らしてくれたのだから。
「今すぐにでも我が国の印刷技術を確認したくなりました」
「少なくともサーシス王国は今それなりに同じくらい優秀な機材だと思うよ?三か月前もアネモネから新型の印刷機材を取引した筈だから」
なんと!と、レオンからの技術船輸送の事実にセドリックは目を丸くする。三か月前ならばまだ自分が自国にいる頃ではないかと思うが、アネモネから印刷機材を取り入れたことは知らなかった。しかし思い出してみれば国王である兄が「今回の貿易ではヨアンの分も少々大きな買い物をした」と話していたことは記憶にある。
あれのことか、と納得しながら改めてセドリックは貿易最大手国と繋がれた強みを思い知る。今まで閉ざされていたハナズオ連合王国では、本も手書き出版の割合が多かった。他国より文明も遅れ気味だったことを知ったのもアネモネとの交易を開始してからだ。
サーシス王国も印刷技術が他国に追いつこうとしているのならば、更にも増して是非新聞をハナズオ連合王国に取り入れたいとセドリックは思う。ただでさえ外の世界を知らない民がハナズオ連合王国には多すぎる。更にはサーシスとチャイネンシス王国で双方の国情報を深く知っていけることは互いの国にとっても望むところだ。
セドリックと共に会話を弾ませるレオンも、今は最前列ではなく二番目に落ち着いていた。
最初こそ、〝ジャンヌ達〟と気付かれないように手筈通りティアラと共に前に出て彼女らが目立たないように立ち振る舞ったが、こうして案内役を任せた後も全く気付かれる素振りもない。
それどころかキースの様子からもプライドに勘繰るどころか、寧ろ目も心も奪われている様子を見ると問題はなさそうだと判断した。今も案内をすべく先頭を歩いているが、怪しむ気配は全くない。プライドやステイルもそう判断したからこそ少しずつ自分から発言するようになったのだろうと思う。
……エリックの弟かぁ。
そう、心の中で何度か呟いた言葉をまた胸に落とす。
プライド達からこの新聞社で自分達の正体がバレないように協力して欲しいと頼まれた時からそう明かされてはいた。見れば確かに面影はある青年の背中を見つめながら、セドリックとの会話と別の部分で思考する。
最初は単純にあの優秀な近衛騎士であるエリックの弟ということに興味が湧いたが、今は素直に「兄弟揃ってしっかりしているな」という感想がそこにあった。
エリックの弟がどんな記事を書いているか気になり、教えられた途端全員で紙面を注視したレオン達だが読んでみればどれもしっかり詳細に記録が掛かれている。
セドリックの記憶通り微妙な事実との違いもあったが、それも取材した相手の記憶違いだろうと思う。
新聞というのがその日の出来事を紙面に纏める、仕事の速さも求められる作業時間の戦いでこれだけの丁寧な内容を載せているのは贔屓目なくいい仕事をしていると思う。
統計も掲載されている記事があるのも見れば、それも彼が手掛けたものだった。プライドに関しての記事が多いのは気付いたが、よく調べているなぁという感想だった。
あの倉庫にある過去の新聞の数々を思い出せば、一度全部目を通して読んで見たい。
特にキースが載せている記事のプライドの内容はどれも客観的視点に固定された上で、過去との差別と変化や考察も織り込まれている。
プライドと出会えたのも彼女の十六歳の誕生日からだったレオンにとっては、あれを読めばもっとプライドのことも知れるんじゃないかと思う。現状ではどんな書物よりも興味深い読み物だ。
「あのような情報誌が定期的に発行されるのが可能という事実自体は素晴らしいことだと思います。……あの新聞一つで、その日に何があったのかを誰でも鮮明に確認することができるのですから」
不意に声が遠い何かへ呼びかけるように深みを帯びたセドリックに、レオンは翡翠色の瞳を向ける。
先ほどのわくわくと目を輝かせていた表情と少し異なり、ふんわりと柔らかな笑みを浮かべるセドリックに彼もなにか覚えておきたい日でもあるのかなと思う。絶対的な記憶能力を持つセドリックにとって、遠い昔の出来事でもその物体一つで当時の話題を成立させることができるのは喜ばしかった。
自分で見聞きした情報であれば何百年経っても忘れないセドリックだが、他人と共有することはできないのだから。彼らが忘れてしまえばいくら自分が覚えていてもそれまでだ。
是非ハナズオ連合王国でも普及して欲しい、と力強く拳を握って見せるセドリックにレオンも小さく笑む。
フリージア王国に根を下ろしても、変わらず自分の生まれ育った国を愛し想う彼はやはり良い王族だなと今は思う。
「…………杞憂だったようですね」
ぼそり、と廊下を歩きながらステイルは最小限に抑えた声でプライドの耳の傍で囁いた。
ステイルの目から見ても全くバレていない様子にプライドも鼻から大きく息を吐き出しながらこっくりと頷いた。最初こそどきまぎしながらの王族訪問だったが、キースの反応を見ても気付く気配はない。時々自分を凝視したり逆になかなか見て貰えなかったりと黒か白かわからない反応に脈が落ち着かなかったプライドだが、結局何もなかった。
印刷場に案内された辺りからは普通に視線をくれるようになったが、それも探るというよりも王族として受け慣れた視線だ。やっぱり最初に美少女ティアラと美男子レオンとギラギライケメンセドリックのインパクトが勝利したのだろうと改めて彼らに感謝した。自分とステイル、アーサーにティアラ一人では三対一で印象を隠せない。
ジャンヌ達の正体をバレないようにすることが第一優先だったが、ある程度話しても気付かれないようならばもう少し話しても大丈夫かしらと考える。
本当なら会社の案内をしてもらっている間にもっとキースに聞きたいことや話したいことはたくさんあった。
ステイルのように口の動きだけでセドリックに代弁させるのも気が引けたプライドは、ずっと口の中がむずむずしていた。特に自分のことをまさかキースが記事にしてくれていたと知った時など本当はもっと力いっぱい「光栄です!」と前のめりに言いたかった。
前世では学校新聞にすら取り上げられなかったのに、実質知り合いでもない相手に記事にしてもらえたことは特別感が強い。
王女なのだし当然、とは思いながらも文面を見ればキースらしい柔らかな文章とプライド王女への支持と賞賛まで記載されていたのも胸が奥からぽかぽかして堪らなかった。本音を言えばキースの手を取りたかったほどだ。自分に関しての記事にティアラやステイルについての賞賛もばっちり書き記してくれていたのだから。
学校開校についても「ティアラ王女も次期王妹として毅然とした態度で式に」と書かれ、紙面に自分の名前だけでなくティアラやステイルの名前も書いてあるのがそれだけで思わず王族特権で新聞を持ち帰りたくなった。あの新聞倉庫に軽く一日は籠れると思う。
民の様子という面では城の書庫よりも遥かに充実した内容だ。そしてこの調子ならバレることなくキースさんとも……!と思ったところで、そのキースがくるりと身体ごと自分に振り返って来た。
「会社の説明は、以上となります。何かご不明点等がありましたら何なりと」
気付けば一周回るような形で玄関のあったロビーに戻ってきていた。
あっという間だった見学ツアーにもっと長くて良かったのにとプライドは少しだけ肩を落とす。するとすかさず背後からセドリックが「いくつか宜しいでしょうか⁈」と声を上げだした。
更には続いてレオンからも「僕も聞きたいな」と軽く頭の横に手を挙げる動作で滑らかに笑んだ。自国に新聞社がこうして存在しているフリージア王国の王族よりも、自国にこれから取り入れたい彼らの方が遥かに興味も聞きたいことも多い。
勢いのあるセドリックと続くレオンに、ぎくっ‼︎とキースの肩が片方だけ強張り力が入った。
流石に専門的な内容も織り交ぜられた質問に、キースもすぐには返答が出てこなかった。新聞社や自社にはそれなりに理解があるキースだが、創立や仕組みや見通し等に関すればそれは今もここにはいない社長の仕事だ。
既に王族への案内を殆ど一人でやりきったキースに、副社長達が「それは我々が!!」と手を挙げ乗り出した。
あくまで一般社員に、会社のコンセプトまで聞いてくる王弟の質問を答えさせるわけにもいかない。
ある意味容赦ないセドリックと、経済的観点に深堀をしようとするレオンにプライドも苦笑してしまう。
すると、会話の主導権を上司に譲ったキースが赤らんだ顔のまま腰の低い体勢で自分達に歩み寄って来た。「失礼致します」と断りながら歩み寄ってくるキースに、今はバレるかどうかの緊張よりも〝ジャンヌ〟への気安いお兄ちゃんのような感覚での言葉がないことにプライドは少しだけ寂しく思う。
姿勢を正し、あくまで王族らしく社交的な笑みで返す第一王女にキースは目が逸れそうになるところを口の中を噛んで堪えた。
「最後まで、ありがとうございました。案内は終えましたので自分はこれで失礼致します。この度は身に余る任をお預け下さり、感謝します」




