そして案内する。
「とはいっても、社員の誰も式典に参列すらしたことがないのであくまで全部取材に基づいた内容ばかりですが。式典については後日にその様子を来賓から取材した内容を刊行させて頂き、こちらも好評頂いています」
言いながら、変な内容は載せてないと示さないとまずいなと気付く。
ちょうど過去の新聞記事保管庫を横切るところだったから、急遽鍵を開けて貰っていくつか新聞を選んで引き出す。一応過去の新聞も重要保管物で本当は社員以外に見せられないけど、最背後の副社長達に呼びかければすぐに鍵を開けて貰えた。
ある程度埃を払いながら、それぞれ新聞を手渡す。ステイル様とレオン王子の誕生日当日と翌日記事、学校開設についての記事を差し出せば埃で汚れる可能性もある説明をしても全員一人一人その手に取ってくれた。思わず話した内容の新聞を何も考えず渡しちまったけど、王族それぞれの手に取られ心臓が大きく跳ね上がったのは多分俺だけじゃない。
ごくりと喉を鳴らす音がいくつも社員の方から聞こえてきた。貴族だって取材に応えてくれるような人しか手に取ってくれない記事をよりにもよって話題の王族達に読まれているなんて間違いない異常事態だ。
全員が俺じゃなく紙面に視線を落とした瞬間、少し呼吸を止めながらそっと目の動きだけで一方向に向ける。今なら正面じゃないし目も合わない分、心臓にも悪くない。
ティアラ様と並んで、ちょうどその人が手に取っているのは学校開校の時の記事だ。渡したのは良いけれど、よく考えれば即日刊行した分いろいろ粗の目立つ記事だったと今更後悔して口の中を噛む。もっと出来の良い記事を渡すんだった。
綴りが間違っている部分も絶対ある。そう思った瞬間、フフッと小さくプライド様が笑んで一気に背筋が伸びて動悸が激しくなった。
どこかおかしい部分をもう見つけられたのかと冷や汗が目にまで入りかけた。
「……なんだか、照れちゃうわね。私のことまで書いて貰えるなんて。ティアラ、貴方の新聞はどう?」
ほわりと、うっすら頬が桃色に染まっている王女はとにかく綺麗だった。
新聞を片手に頬に手を当てて、馬鹿にするわけでもない照れ笑いは取材をした一般人が新聞に載せられたのを見た時と似た反応だ。
身近に感じる反応をするのに、本人は別世界の美人だ。深紅の揺らめく長い髪が白い肌を隠し、際立たせる。吊り上がった紫色の目がきりりと王族ならではの気高さを強調しているのに、表情はこの上なく柔らかい。
間近にこうして立たれると噂通り結構背が高い。でもあんなに顔が小さかったティアラ王女と同じくらい顔も小さいし、高身長のステイル王子達と並んでいると大して気にならない。
騎士も揃ってでかいし、取材した相手によって背の大きさについて情報が錯綜するのも無理はないなと思う。ステイル王子は騎士といるのを遠巻きに見れば普通の高さだし、ティアラ王女といるのを見ると高身長に見える。
足元を見なければ靴のかかとの高さもわからないし、取材を受けてくれる令嬢が間近に立っても自分よりずっとと言っても靴の高さも入っているのかでよく掴めなかった。
もう今ペンを持てば、一人で新聞全面埋められるだけプライド様のことを書ける。
やっぱり間近にすると全然違う。ただ、全員が口を揃えて言う〝綺麗な御方〟〝女性の憧れ〟っていうのは間違いなかったと理解する。……嗚呼そうだ。
─ 今、憧れがそこにいる。
「すっごく興味深いです!こちらは兄様の御誕生日についてなのですけれど、本当に細かく調べられていますっ」
「セドリック王弟の誕生日パーティーの様子自体は少ないね。でも、面白いな……市井の民がどういう風に過ごしてくれたかもセドリック王弟への認識もわかる。統計がされているのも良いな」
「僕達は式典や祭り中は城下へ降りられませんからね。レオン王子、こちらには貴方のことも掲載されていますよ。〝プライド第一王女の友人といえば盟友と名高いレオン・アドニス・コロナリア王子だ〟と」
「??プライド、この式典では胸の装飾は紫ではなく青だっただろう。あとステイル王子の靴も」
「!セドリック⁇これはあくまで取材の情報だから……、それよりもこっちはどうかしら?貴方が学校見学する予定ということも書いてあるのよ」
多分、この光景を俺だけじゃなく他の社員も全員一生忘れられないなと思う。
案内役なんて心臓が悪いしなんで俺がと思ったけど、この光景を正面から見れただけでも一生分の運を使い果たしたようなもんだ。俺達が作った新聞を王族が手に取って、捨てるでも嗤うでも呆れるでもなく本気で興味を持って楽し気に読んでくれている。
書いた情報が王弟に指摘されたのには肺が収縮するように詰まったけど、プライド様の言葉に目をきらきら輝かせて「是非!」と記事を交換する様子に好感触だとわかる。ていうかプライド様が今すごい喋った。さっきまでの潜ませるような控えめな声じゃなく、はっきりと響く声だ。
レオン王子だけでなく、王弟とも親しい友人関係とも防衛戦を通じて強い信頼関係で結ばれている。そう聞いたこともあるけれど、こうやってみると本当に仲が良い。まるで普通の友達と話しているような口調に、もう一生このまま壁になって眺めていたいと思う。
こんなにいきなりプライド様と周囲とのやり取りを俺だけが目にできて兄貴に悪い気がしたけど、やっぱ自慢したいなと口角が緩みかけた。酒入れても一晩じゃ絶対語り尽くせない。
ぼんやりと夢見心地で棒になっていると、そこできょろっとティアラ様の金色の目がこっちに向いた。紙面からこっそり覗かれて肩が上下すると同時に一気に目が覚める。なにか、と言いたくても喉が渇いてすぐには声が出なかった。
「あのっ、貴方が担当した記事もこの中にあるのですか??」
宜しければ教えて頂いても……と、小首を傾げるティアラ様に内臓がひっくり返ったと思った。
そういえば俺が案内役に任されたのも元はと言えばプライド様の侍女が俺から新聞を買ったからとか言っていたようなと、ここでやっと頭がそこまで追いつく。でもそんなことで俺に興味持つかなと思うけど、俺結構新聞売る時自慢してるからなと考え直す。
今日の新聞はここが見どころだとか、この記事は俺が書いたんだとか、この記事を書いた先輩は特に読者に好評でとか統計乗せるのは俺の案でとか……いやだって社長も似たような売り文句で読者掴んでるし。
口の中が酸っぱくなるような感覚に襲われながら、意識的に舌を動かしてそれぞれの記事での掲載部分を説明する。
社員も少ないから大概一部の新聞に大なり小なり俺の記事は入っているし、……プライド様関連の新聞だと特によく覚えている。まずい、プライド様関連書きまくってるのが本人にバレる。
でも嘘を言うわけにもいかず、背中まで汗で冷たくなった。どれを言っても「……の新聞だと、プライド様の」と頭につくのが自分で言って死ぬほど恥ずかしい。いやだって仕方ないだろ⁈プライド様の記事書くのが俺の楽しみだったんだから!!!!
手帳にこそ思う存分書いているけれど、記事だって得意分野や好きなこと書いた方が良い記事書けるし新聞への掲載採用率が高い。社長からだって好評だったし、別に変なことは書いていない。
そう自分に言い聞かせながら、一言でも「プライド王女のことばかりだ」と指摘されたらと自分の声以上に心臓が煩くなる。やばい、逃げたい。
頭の別の部分で必死に指摘された時の言い訳を考えながら説明すると、…………何故か誰からも指摘がなかった。
それどころか、ティアラ様だけでなく王族全員が記事の掲載箇所を伝える度に首を伸ばして互いの記事を覗き込んでいる。
ティアラ様が手に持つ新聞での記事言えば全員がティアラ様の新聞に姿勢を傾けるし、セドリック王子の記事を言えば全員がセドリック王子へ身体ごと向けて記事を覗く。気の所為か背後の騎士二人も視線がさっきより向いている気がする。
なんでそんな俺の記事に興味があるんだよ!!と心の中で叫びながら、…………プライド様の記事だからか。と、そこでやっと腑に落ちた。
よく考えればその記事もプライド様のことを書かない方が不自然だし、何よりプライド様はこの場の王族全員に慕われている。何度も手帳を開いて読み直しては書き足し続けた内容は、頭を捻らずともすぐに浮かんできた。
ティアラ王女は王妹として決まる前から、城下へ降りる度にその仲睦まじさは有名だった。
美人王族姉妹だと、そう語られているのも何度も聞いた。ステイル王子も元は庶民の出だし、初めの頃はプライド王女に虐められているとか嫌がらせを受けていると聞いたけれど、その内子どもながら信頼関係の厚い主従と有名になった。特にこの姉妹兄弟は、子どもの頃から城下に降りたのを目撃した民からの話だと手を繋いでいたとか腕を組んで歩いていたとかとにかく仲良しで有名だった。
レオン王子に関しては元婚約者なのは有名だけど、婚約解消後もプライド様とは友好関係が続いていてお互いに盟友と宣言している。
定期訪問でもフリージア王国だけでなくアネモネ王国でも城下で仲良く散策しているのを多くの民に目撃されている。
セドリック王弟も噂によるとハナズオ連合王国への救援に騎士団を率いたのがプライド様で、それからずっと仲睦まじいとか。
セドリック王弟が最初に訪れて城に迎えられてすぐプライド王女と仲良くなったとか、実はもう恋仲とか婚約者候補の一人っていう噂も濃厚だ。まぁプライド様に惚れるのは王族でも納得できるし、こんなに美人なら疑う余地ないしセドリック王弟も男の俺の目から見ても格好良いからなぁあ……。……こんな男前に惚れない女っていないと思う。
学校の体験入学でも大勢の女性生徒に人気で毎日人が絶えなかったらしい。セドリック王弟目当てに貴族の令嬢も大勢学校への体験入学を熱望して、それを利用して前理事長が不正に裏口入学させて私腹を肥やして逮捕されたとか。
「どの記事もお姉様の素敵なところが伝わってすっごく好きです!ですよねっ、お姉様!」
「ええ、……ありがとうございます。こんなに良く書いて頂けてとても光栄だわ」
全部を確認終えたティアラ様の言葉に、プライド様がはにかんだ。…………うっかり直視した。
しかも新聞の紙面から上目遣いにこっち見てくるから、一気に全身がビクッと伸びた。顔が一気に火照るのを感じながら自分でも何言ってるのかわからない言葉で否定する。「いえ」とか「そんなこと」とか「自分の記事なんて」とかもう思いつく限り本音も建て前も何でも良いから言葉を返す。「ありがとうございます」の一言を言うだけでも褒められたことを肯定された気分になりそうで言えなくなる。ダチや兄貴相手ならいくらでも胸張れるけど、よりにもよってプライド様なんて絶対無理だ。よっぽど仲良い奴にしか俺の記事どころか新聞だって見せたことないのに!!
王族に聞かれて言わないわけにはいかなかったのもあるけど、まさか本人にしかも目の前で読まれることになるなんて思わなかった。今更になってじわじわと恥ずかしくなる。
間違いなく俺の記事を読まれたんだって事実に嬉しくて一瞬涙ぐみかけたのを必死に飲み込んだ。王族の前で感涙なんてそれこそ一生恥ずかしくて死ねる!!
両手を開いて見せたまま左右に振って必死に遠慮するけれど、そうすればするほど「そんなことないよ、統計も好きだな」「私ここの締めくくりが特に好きです!」「是非今後も姉君の評判を広めて下さい」「どの文も人柄が伝わる良い記事かと」と褒めちぎられるし背後の騎士も赤毛まじりの髪の方はなんか微笑んでるし銀髪の騎士は思いっきり頷いていた。
最後に新聞を返却して貰ってから、元の場所に戻すのは他の同僚に任せて俺はぎこちない足取りで最後の目玉部屋である印刷場へ王族達を案内する。
兄貴もダチもあの部屋が一番反応が良かったなと思い出しながら階段を降りて、…………今度は首をちょっと回して振り返った。
階段を登ってきた時は緊張で視界にも入れられなかったプライド様を今度は両目で見れば、紫色の瞳がきらきらと光っていた。
誰の為でもない楽しそうな笑顔に、今度は身体は固まらず済んだけど代わりに気付かれないように心臓を一人鷲掴んだ。やっぱものすごい美人だ。
俺が余裕が出てきた所為か、さっきよりもプライド様やステイル王子の口数も増えてきた気がする。「楽しみですねっ」「なんだかどきどきするわ」「印刷場を見るのは僕らも初めてですから」「アネモネで本の印刷機なら見たことがあるけど」「私は初めてです。本の印刷というのも是非今度見てみたい」と永遠と親し気な会話を聞きながら、さっきよりは脈も正常に比較近い。
むしろ冷静になってみると、聞くだけならわりと他の見学者と同じような感想と会話かもと思えてくる。
階段を降り切って印刷場へ近づくと、王族を案内する前からざわざわと騒ぎ声が先から聞こえてきた。
「急げ」とか「それも片付けろ」「ここホコリ残ってるぞ!」「誰だ箒立て掛けたままにした奴」「どうにか換気をっ」って聞き取れて、もっと足止めすべきたったと後悔する。
会社中で一番散らかって汚れている部屋だ。それが現場の味だと思うし俺も初めて見た時はひっくるめて好きだったし感動したけど、王族相手に見せたらまずいと思うのもわかる。…………まぁ、でも。
「……こちらが、印刷所になります。大分埃っぽく散らかっており、先に謝罪します」
申し訳ありません。としっかり頭を下げてから扉を開ける前にノックを鳴らす。
コンコンッコンコンと連続して鳴らせば、部屋の向こうから騒ぎ声がわかりやすく急停止した。直後に「どうぞ!!」という叫びとバタバタ奥に走り去る音が重なって聞こえたから、うっかり俺も笑いを噛み殺した。
─この方々は、きっと気にしない。
噂で耳にするよりも遥かに心も広く、驕らず、民の暮らしに真剣に耳も目も傾ける若き王族。
記事に絶対そう書こうと決めながら俺はゆっくりと扉を開いた。やっと案内も俺の役目も終わりだと安堵感に早くも浸りかけた。
…………印刷場を出てまだ終わらないとは、夢も思わずに。




