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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
嘲り王女と結合

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Ⅱ490.記者は混乱し、


「ふわぁ……ねぇむ……」


機材を小脇に、青年は階段を降りる。

殆ど毎日睡眠不足の日々を送っている青年だが、最近は特にそれが顕著だった。城下に住む彼の耳に届く騒ぎがここのところ絶えなかったこともある。

会社内は当然のことながら取材の為に城下の保護所から山奥の村まで馬車を借りて向かうこともあり、全社員が忙しない日々を送っていた。しかし彼の場合は個人的な理由もあり余計に疲労よりも寝不足がただただひたすらに募っていた。何故ならば



……手帳書き終わったらもう朝だったしなぁ……



新聞社所属キース・ギルクリストは目を覚まさせようと頭をぐしゃぐしゃ搔きながら溜息を吐いた。

ほんの二日前、兄から没収された宝物の手帳をようやく取り返した。ジャンヌ達を見送ってからは部屋に籠り貴重な休日を全て手帳更新に注ぎ込んだが、それでも足りなかった。自国第一王子の誕生祭、ハナズオ連合王国王弟の誕生祭だけでも個人的な手帳がびしりと数ページ埋まる。しかも盗賊村襲撃事件による騎士団の出動まで起き、ほんの数週間に出来事が多過ぎた。大貴族の検挙と爵位剥奪になど取り扱った面としては大きな事件もあったが、手帳に書きたい内容は自分が取り扱った事件をというわけではない。

たった一人に関しての情報にも関わらず、その情報が飽和して書き記さないと落ち着かなかったキースにとって、食事や睡眠の時間が煩わしいほど遥かに手帳の更新追記は優先事項だった。


ジャンヌへのちょっとした〝好きな人の思い出の品〟を贈った結果、怒る兄の説教と報復から逃げ籠り、ペンを手に手帳へ書き綴り続ければ気が付いた時には翌日の朝だった。

それでも書き終えなかったキースは睡眠時間皆無のまま仕事へ赴き、帰宅後も手帳を書き続けやっと今日の朝に自分の満足いくまで書き終えた。頭は睡眠不足でぼやけて身体も疲労が取れないが、それ以上に達成感は強い。やっとペンを取れた時の高揚感は睡魔を余裕で上回った。

そして、仕事前に全てやりきった達成感の所為で今は無性に眠い。今は印刷業務の為に機材を倉庫部屋から運んでいる途中だが、この後の取材になったらそこで昼食と夕食分もまとめて食べて家に帰らず社のソファーで寝ようと思う。基本的にいつもは仕事を終えたらどんなに深夜や明け方でも家族へ心配をかけないよう家になるべく一度は帰ることにしているが、今日は往復の時間も勿体なかった。


─ステイル様の誕生日でお召しになっていたドレスと靴と装飾品にプライド様のご挨拶内容だけでもアビントン公爵令嬢から運良く色々聞けたのにその上セドリック王弟の誕生日パーティーでは初めて見る刺繍に手袋に羽織りとか。今後お抱えになる刺繍職人だとは思うけど伯爵令嬢も見たことがない刺繍ってことは国外の職人かもしくはどこか名のある職人の弟子とか台頭か。伯爵令嬢がもうちょっと絵心あったら取材で手がかりぐらいは探せたかもしれねぇのにまだ未発表だもんなぁ。いや未発表の婚約者候補からの贈り物とかって可能性もあるか?もしくはそのお抱え職人とか、まさか男が自分で手製刺繍やって贈るとは思わねぇし身内の品とか……来賓にもすごい好評だったって言ってたし伯爵令嬢も聞きつけたらすぐに俺に情報寄越せとか逆に聞いてきたくらいだし発表後じゃ取材も難しくなるかもしれないよなぁ。ああああああああ刺繍もだけどその恰好のプライド様も見たかった。いや刺繍もドレスも何もプライド様だって遠目でしか見たことねぇけど。学校開校時も最前列に居たのは来賓の王侯貴族とかばっかで俺らみたいな一般人は生徒と同じで早い者勝ちだったし。ていうか俺ら新聞記者より早く出待ちしている生徒とかあの子は何時から並んでたんだ?あーーじゃなくてじゃなくて!あと書き忘れてること書き忘れてること……そうだ襲撃された村の人らへの取材で保護所での手厚い保護と村復興支援に動いてくれた国への感謝の他にプライド様への賛辞もあったからそっちも書いたか確認しねぇと。村襲撃の時に騎士達を率いていた少女の特徴が聞いた限りなんかプライド様に似ていたのも一応書くべきかどうしようか悩んでどうしたっけ……いやでもそっくりさんなだけでプライド様なわけもないし背丈からしてどっちかというかジャンヌ達の方があ〜〜ジャンヌ達元気かなぁ。


半分寝ぼけた頭は、未だに手帳のことを反復することで忙しい。

時折脱線しながらも、やはり手帳の中身を考えている時間が一番楽しかった。二日間の殆ど手帳の内容更新を考えてきた頭は、任務完了しても簡単には切り替えできなかった。階段を一段一段踏み外さないように降りながら、早く外周りの時間にならないかなと思う。手帳自体、仕事や取材中に紛失することが恐くて基本的には部屋に保管していることも多い為、気になってもいますぐは確認できない。

ふわぁぁぁ、と誰も見ていないことをいいことに一人でまた大きな欠伸を零す。機材を運び、今日分の印刷作業が一区切り付いたら今日も保護所と城下へ取材。その後戻れば、翌日作業分の新聞の内容を仲間と共に纏めて生地の範囲を取り合いもしなければならない。

大きな事件の記事もひと山印刷し終えた今、少しだけ余裕があるがそれはそれで張りがなくて物足りなくも感じる自分は仕事病だとキースは思う。



……人が多かったらもうちょっと楽できるのかなぁ。



まぁ楽しいから良いけど。と、そう思いながらも頭の隅で考えてしまったままキースは降りてきた階段を一度見上げた。天井が吹き抜けた階段は、顎を反らすだけで自分が降りてきた階のみならず最上階の手擦りまで目にできる。狭く、段差も一段一段が高い階段は城下でも珍しくはないがそれでも、やはり人件費を削っていることだけは否めない。


売り上げが少ないのだから仕方がない。もともと大商人の息子が主導で立ち上げた会社はそれなりの後ろ盾のお陰もあり社員も全員自分と同じくらいのやる気には満ちている。

城下から少し外れた会社からその近辺を主軸にし、キースも取材だけではなく中級層の市場で立ち売りをすることもある。人件費削減の為、社員全員がたった一つの業務へ専任することは難しい。未だ名前も信頼も知名度もない〝新聞〟は、上級層が行き交う王都では見向きもしてもらえないが中級層の市場ではひと月ひと月で見れば少しずつ買って貰えるようにもなった。


仲間や自分が心血注いで定期的に書いている新聞だからこそ、売れれば嬉しいし読んでもらえていると思うだけでやりがいがある。

しかし今は主権を握っているのが金持ちだから良いが、自分が老いた頃までこの新聞社が残っているかはキースにもわからない。この一代で終わることも充分考えられる。

そうならない為には今よりも金に潤った支援者が付くか、もしくは後ろ盾不要なほどの数の新聞を定期的に売れるようなる必要がある。そして後者こそが会社全体の目標の一つでもある。


「モーリス社長も今日は国門まで売りに行くって言ってたし、俺も取材ついでに宣伝がんばんねぇと」

その為に社長自らもまた売り上げ上昇の為、新聞を売りに各箇所へ足を延ばしているのだから部下である自分達ががんばらないわけがない。新規固定客を掴んでいるのも、社長が一番なのだから余計にだ。

金がないが仕事も上司もいい職場だと、改めて思いながらキースは階段を降りる足を少しだけ早めた。ぐるぐると四角く螺旋する階段を降りながら、印刷の為の大機材が収められている最下層へと急いだその時。



「!だッ誰か、もっと残ってるやつ‼︎誰でも良いからもう全員集まってくれぇえ!!!」



「?どうしました⁈」

一階ががやがやと騒がしい。

それに気づいてから間もなくひっくり返った声で階段の前まで駆けこんでくる男に、キースは目を丸くした。経理担当を担っているその男は同じ社員の一人としてキースもよく知っている。

社員の中でも数字に強い数少ない人員である彼は主要の経理を中心に、業務も会社の中で常駐する業務を任されている。それでも机の前に座っている印象が強い彼が、バタバタと慌ただしく階段の前まで駆けこんでくる姿はキースの目にも珍しかった。

声が届くように吹き抜けの階段へめがけて轟かせる男性の声に、キース以外にも各階の社員がバタバタと階段から経理へと注視し見下ろした。一階から一番近い位置に居たキースへと視線を上げる経理は、心臓の爆音に比例するようにゼェハァと息を切らせ尋常ではない汗を滴らせながら「キース!!お前残ってたか!!」と唾を飛ばし叫んだ。


「いますぐ‼︎速攻今すぐ玄関口でお前も待ってろ‼︎ッ他の社員も全員玄関に集合しろ!!紙とペンは死んでも忘れるな!!あと足に自信がある奴は社長探しに!!」

「??俺行きましょうか⁈今日は社長も国境近くまで行くって聞きましたしかなり距離が」

「ッいや話せる奴と身綺麗な奴は絶対残れ!!!馬‼︎そうだ馬借りて良いから!!他の誰か!!!」

直後には階段ではなく一階の玄関口から「馬なら私行きます!!」と悲鳴に近い甲高い声が放たれ、振り返った経理が裏口から急げと急かした。バタバタと忙しない一階に、キースはまさか借金取りでも現れたんじゃないかと考える。羽振りが良いというわけではない社長だが、家からの支援を失う、この建物を地上げされるなど考えられる最悪はいくつでもある。


一体どうしたのかと、階段からも次々と残っていた社員が戸惑う足のまま降りてくる中でキースも口が開いたまま最後の七段で立ち止まってしまう。すかさず経理が「お前もいつまでそんなの抱えてるんだ!!」と大事な印刷機材道具を目で差し怒鳴る。

経理とはいえ印刷業務も手伝うことがある彼がその重要性をわかっていない筈がないのにと思いながらキースは少しだけ首を傾けてしまった。ちょうど一個駄目になったから代わりを交換しないといけなくてと、これもこれで急を要することなのだと早口で説明したが「んなもん待たせとけ!!」と途中で上塗られる。


「今日の分全部差し替えになるかもしれないぞ!!!この機会を死んでも逃すな!!!!!」

差し替え⁈と、今日の分をこれから刷る直前だったキースは耳を疑う。

社長が不在の今、当然決定というわけではない。ただでさえ資金を削り節約しているのに丸ごと印刷するのを取り換えるということは、もう寸前まで準備されていた印刷分の凹凸板全てを作り直さなければならない。印刷も当然遅れれば、次を売るまでの時間もその分かかる。

しかし目を剥いたままその奥をギラリとさせる経理に異を唱える隙もない。早く!後が詰まる‼︎と激しく手招きされ、二段三段と跳ねて飛び降りた。一体何が、と状況を一言でも良いから説明を求めるキースへ経理は階段から会社全体に響かせるべく喉を張り上げた。




「王族が来てるんだよ!!!!」




大勢!城下視察で!今!玄関前に!!そう、一つ一つの驚愕に何度も声を響かせ、途中からは慣れない声量にガラつきゲホゲホと咳き込んだ。

カラーンッと、その直後にはあまりの衝撃にキースは機材を小脇から滑り落とした。幸いにも壊れることはなかったが、今は誰も機材が落ちた音すら気に掛けない。「ハァ⁈」「なんだと‼︎」と先ほどまで駆け下りていた社員たちが、次の瞬間には天変地異でも起きたかのように雪崩れ込む勢いで階段を降下した。

一歩間違えれば大事故もあり得る勢いだが、それを諫める者もいなければ全員が目の色を変えて玄関方向へと駈け出した。棒立ちになるキースの肩を押しのけぶつかろうとも気にせず中には血走らせた目で「大勢ってなんだ⁈」と声を荒げる者もいた。

二拍ほどの放心後に、キースも雪崩れ込む社員達の流れに乗って機材も放り玄関口へと向かう。玄関前に、と言われた通りロビーにはまだ王族らしき影は誰もいない。しかし、そこは階段の雪崩以上の混乱状態だった。


窓という窓にはびっしりと所狭しと社員が張り付き、玄関の外へ注視を続けている。

そして玄関から入って来たらしき衛兵が、何人もその周囲を厳しい目で回っていた。王族が視察の際、訪れる店や建物を護衛の衛兵が最初に見回り店内に入る許可と準備、そして安全確認を行うということは取材や会社の記録でキースも知っている。


まだ窓の外を覗く前から王族が来たという信憑性が跳ね上がったキースは、バクつく心臓を押さえる間もなく窓の一つへ駆けこんだ。誰がいますか⁈誰が来てるんだ⁈王族って!!?と、キース以外の何人もが窓の最前席に張り付く仲間へ尋ねる中、安全確認の為に階段を登りに行こうとする衛兵の一人が既に十度目以上になる答えを彼らへ波のない声で返した。


数々の王族の名に、何人かは息を止めたまま窒息しかけた。

王族一人ですら狙って目にすることは不可能に近い。様々な出来事に取材を通して記事にしてきた彼らだが、間近で目にできたことすらない。なのに突然王族が自らその足でこんな弱小会社へ訪れた。

しかも一人どころか五人、王族の中でも話題沸騰中の面々は間違いなく天変地異に等しい異常事態だった。誰もが動揺を隠しきれず一生に一度かもしれない大スクープに滝のような汗を溢れさせる。

王妹と新たな特殊能力の判明で国を揺らせたティアラ王女、国一番の天才と名高い次期摂政のステイル王子、隣国の王子として名高く今や最も密接した同盟国の次期国王レオン王子、ひと月ほど前にフリージア王国新機関の為に入城を許された黄金の国の王子セドリック王弟、と。

たった一人だけでも会えれば記者として最高位の運と呼べる人物達が並ぶ中、キースもまたその内の一人に




〝プライド・ロイヤル・アイビー〟




眠気が吹き飛び、夢を疑った。


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