Ⅱ489.嘲り王女は語らい、
「へぇ、良いじゃないか。僕もカラムなら適任だと思うな」
滑らかな笑みと共に、紅茶の香りが立ち込める。
絢爛豪華に整えられた客間に寛ぎながら私達の話を聞いたレオンは私の背後に控える騎士の一人、カラム隊長に笑いかけた。
隣に佇むアーサーも姿勢を正しながらも一度だけ深く頷いていた。一時的に全員の注目を受けるカラム隊長だけが少しだけ気恥ずかしそうに唇を結んでから一言返してくれた。
今日は定期訪問としてレオンが我が城に訪れてくれていた。学校潜入を終え、やっといつもと変わらない時間帯にレオンをお出迎えすることができた。
テーブルを囲みながら今日までの出来事を話題にお茶会を楽しんでいた私達だけれど、もう殆どレオンは話を聞く側に回ってくれている。ひと月後の定期訪問ではこんなことをしたいのだけれどと、私達からの提案に快諾をもらえた後はもう殆ど学校の話だ。
潜入視察中もちょこちょこ会っていたレオンだけど、この数日だけでも私達の話題はあまりにも多すぎた。しかも今日は色々な意味でどきどきわくわくの客間はいつもよりも賑やかだった。
「提案したら母上達も賛成して下さったんです!流石は兄様っ!」
「悔しいが俺だけでなくジルベールの後押しの大きいがな。……ティアラも姉君も賛成してくれ、安心しました」
「ステイルらしい気配りだと思ったわ。私もお陰で安心だもの」
確かに驚いたけれど、と昨日のことを思い出しながらそこは飲み込む。
昨日、休息時間を取ったステイルからの提案。ティアラもちょうど休息を取っている中、私達姉妹に話してくれた案は全員が賛成だった。
あまりの展開提案に両眉を上げるカラム隊長だけでなく、他案も含めて私も顔が引き攣った。けれどステイルからも「あくまで俺の一案なので問題があれば」と母上に相談する前だから心の準備はできた。
それから早速私達で母上達に提案できるまで具体的な案に練り込んで、ステイルとティアラが休息時間を終わると同時に私達三人連盟として父上を通して母上に提案してくれた。
話を聞いたジルベール宰相も快く、というか嬉々として協力側に回ってくれたらしく最終的には父上も、そしてヴェスト叔父様と母上も頷いてくれた。……この前に引き続き、相変わらずステイルの策と行動の活性化凄まじい。というか、多分今まで水面下で動いてくれていただけでそれを私達にも相談してくれるようにないっただけなのかもしれないけれど。
ジルベール宰相、そしてステイルとティアラも後押しして貰ったお陰で、第一王女として私も関わらせて貰えることになった。
次期女王としての公務が自粛期間中の私にとって、こうやってできる仕事を与えて貰えることは嬉しい。
今日、諸事情でレオンの定期訪問にステイルとティアラも休息時間を合わせて取ってきてくれた。ここ最近は学校潜入の都合で夕食を一緒にしたり、学校見学に来てもらったり協力して貰ったりと色々と関わることが多かったレオンだけど、こうして揃って久しぶりにゆっくりお茶をできるのもやっぱり嬉しい。
「僕もまた何か協力できることがあったら何でも言ってくれると嬉しいな。ね?プライド、ステイル王子、ティアラ、……カラム?」
ッとうとうカラム隊長にまで矛先が!!
にっこりと笑みながら優しく針で差し止めるように私達一人ひとりと目を合わせるレオンに思わず背筋が伸びる。
最初に翡翠色の瞳に写された一瞬、妖艶さが零れた。「勿論です」とにっこり笑顔で返すステイルに対し、妖艶な眼差しにティアラは「はいっ⁈」と声と同時にぴゃっと肩が上下した。更にまさかのこの流れで自分まで声を掛けられると思わなかったのだろうカラム隊長も僅かに喉を反らしてからお手本のような動作で頭を下げていた。
なんだろう……、今レオンの言葉の端々から「絶対だよ⁇」という含みが滲まされていたような。何かも何も毎回レオンには物凄く協力して貰っちゃっているのに!
勿論よ、とティアラと同じくらい肩を上げながら私からも言葉を返す。それに満足したらしいレオンはまた元の滑らかな笑みに戻れば、私も意識的に深く息を吸い上げてから笑いかける。
「今日だってレオンに協力して貰っているようなものだもの。私がこんな状況だから本当に助けられたわ……」
「これぐらいはお安い御用だよ。むしろ楽しみなくらいだな、僕も話を聞いてから待ちきれないくらいだ」
フフッと楽し気な声を漏らすレオンの可愛い笑みにほっとする。無邪気なその笑い顔が一番レオンの表情で好きだなと思う。
待たせてごめんなさい、と言葉を返しながら私はふと時計を見る。そろそろだろうかと考えると、ティアラも同じことを考えたのかそわそわと小さくその場に座り直した。
カップに持つティアラの動きに合わせるようにステイルが「本当に」と動きが揃い、湯気の立つ紅茶を片手に口を開いた。
「レオン王子にも心から感謝しています。このお礼はさせて頂きます」
「僕は大したことはしていません。むしろお礼をしたいのはこっちの方かな。これもステイル王子のお陰です」
「いえいえ、今回は僕自身の未熟さを痛感させられたくらいですから」
親し気な二人の会話に、ちょっとだけ一人どきまぎする。
二人に悪意も嫌味も自虐もないとはわかっていても、今回もとはと言えばレオンに隠し事する気満々だったのは私だ。しかもステイルは今は平然とした顔をしているけれど、ついこの前それを凄く反省して気落ちしていたことも私はよく知っている。
ステイルのことだから私を通り越してこっそりレオンと情報共有していたことも気にしているのだろう。ステイルへ向く時に斜め背後に控えているアーサーも視界に入れば、僅かにステイルの顔に眉を寄せていた。昔からステイルの社交時にそういう表情をすることがあったアーサーだけれど、今はきっと心配もしているのだろうなと思う。
「謙遜の必要なんてないですよ。ステイル王子の優秀さは僕もよく存じています」
「いえ、まだまだ省みることばかりです。……本当に今回は特に色々な人に助けられました」
優しく笑むレオンに、ステイルが苦笑気味に返してから最後に声のトーンそ少し落とした。
レオンからカップの水面へと視線を落として静かに笑んだ時、……コンコン、とノックの音が鳴った。
来た、と思いながら顔を向ければ扉前に控えていた近衛兵のジャックが確認を取ってくれる。思った通りの要件に私が一言許可を返し全員の視線が集まる中、ステイルだけが言葉を続けていた。
「なので、ちゃんと僕も姉君も一人でも多くの方々に〝お返し〟をしなければと思いまして」
これくらいでお礼になれば良いのですが、と言いながら少し抑揚が入ったステイルへ目を向ければ口元が仄かに笑んでいた。
若干黒い笑みも混じっていた気がして、ん⁈と息が止まる。ステイルの言わんとしていることがわかるからこそ、何故そこで黒い笑み⁈と疑問が走り抜ける。隣に座るティアラに視線を向けてみても今はステイルではなく扉を向いていて気付いていなかった。
その間もジャックにより扉が開けられ、専属侍女のロッテとマリーもそそくさと動き出す。私も彼を迎えるべく椅子のまま向き直った。今日のレオンとの予定に、もう一人を私達は呼んでいた。
「取り込み中失礼します。この度はお誘い頂き心より感謝致します。プライド、レオン王子殿下、ステイル王子殿下、……ティアラ」
「こちらこそ突然のお誘いごめんなさい、来てくれて嬉しいわセドリック」
そう、今日お招きさせて貰ったもう一人の客人に私は笑いかける。
今日の定期訪問、訪れたレオンから許可を貰った私達は使者を出して同じ王居内に住んでいるセドリックへお誘いをかけていた。
本当は事前にセドリックにも伝えたかったけれどあくまで主役は定期訪問に来てくれるレオンの為、彼にセドリックを誘って良いか確認してからの当日お誘いになってしまった。
セドリックも学校がなくなったからといって決して忙しくないわけがなく、今日突然じゃ断られる可能性もあると思ったんだけれどレオンとお茶会をしている間にすぐ返事をくれた。
「是非、伺います」と指定時間に予定を開けてくれた旨の伝言に、私達ものんびり約束時間までお茶会を楽しめた。流石に「今から来れる?」なんて王弟相手にできるわけにもいかず、余裕をもって時間を指定させて貰った。……なんでもできちゃう子のセドリックなら、それでも時間をねじ開けれちゃう気がするけれど。今回はティアラが一緒だから、確実に。
一人一人に挨拶してくれるセドリックの視線が途中で釘付けになったように感じた途端、同時に私の右肩が妙に熱いことに気付く。見れば、セドリックの熱視線を一身に浴びるティアラからじわじわ熱が感じられた。
唇をきゅっと結んでテーブルの下で結んでいる手がぷるぷる震えている。まぁ、気持ちはわかる。ティアラもセドリックのその視線の意味は痛いくらい知っちゃっているのだから。
式典では王女らしくにこやかにセドリックにも対応するしダンスだって踊っちゃうティアラだけど、やっぱりこの面々だとそうもいかないらしい。誰の目も気にしなくて良い分、セドリックに怒って良いのか熱視線の正体に照れれば良いのかもわからないのかもしれない。社交界でもモッテモテでそういう視線には慣れっこのティアラだけど、セドリックはその中でも一番猛烈アタック真っ最中だもの。……いや、アタックというよりも意思表示というべきか。
使者に伝言を伝えた際に、レオンの定期訪問に一緒にということもステイルとティアラも一緒にいることも伝えていたけれどそれでも居るのが嬉しいらしい。
大体はセドリック絡みの時にティアラは同席しないから、こうやってプライベートで会うのは結構久々だもの。
「いや、……まさか俺まで誘って貰えるとは思わず光栄の限りだ。本当に良いのか……?」
勿論よ、と返しながらやっと視線がティアラから外れて私に向いたセドリックに苦笑したくなるのを抑えて笑い返す。
本当に良いのか、が私とレオンの定期訪問にお邪魔してという意味とティアラも一緒で、の二つが重なっているのだろうなぁと思う。セドリックもティアラに自分が嫌われていることは自覚している。
遠慮気味な言葉に反し、もうわくわくが隠せないように頬が紅潮しているのが可愛らしい。何気にティアラと初めてのお出かけかもしれない。
ティアラも肩を震わせながら否定の言葉はない。彼女もセドリックを今日同行に誘うのは同意済みだ。
さっきより顔に熱が入って桃色一色になり始めているティアラが心配になると、レオンも気付いたのかちょっとだけ目を開いた。レオンはティアラとセドリックの経緯と事情は知らないだろうけれど、明らかなセドリックの視線とティアラの顔色には気付いたのだろう。もしかしたら関連性も何らか察したのかもしれない。
扉がジャックの手で閉ざされた後もその場に佇むセドリックに、ステイルがカップを片手に軽く上げて見せた。
「ちょうどお前の話をしていたところだ、セドリック王弟。席もあるぞ」
ステイルの砕けた話し方に、続いてレオンが瞬きのないままの目できょとんと二人を見比べる。
そういえばこの二人のやり取りもレオンには珍しいかもしれない。




