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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
嘲り王女と結合

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Ⅱ488.騎士子息は考え、


「……あの子か」


寒くて、硬い。

誰かの低い声が潜めて聞こえる。僕に聞こえないように言っているのかな、ごめんね僕結構耳良いんだ。

一体どうしてこんなところにと思う前に、そんなことばかりが気になった。……?え。なんで僕、こんなところにいるんだろう。

暗くて狭い、陽の光も届かない場所はたぶん僕の家じゃない。ううん、僕の家なわけがない。僕の家は燃えちゃったんだから。

僕だけの空間で、一番壁際の隅に小さくなって膝を抱き締めたまま下を向く。顔を上げれば話してる人の顔もみれるのに、そんなの確認したいとも思わない。……見たくない。



鉄格子の先は、この中よりずっと怖くて冷たいと知ってるから。



「可哀想に。いつまでこんなところに入れておくんだ。裁判では無罪で〝被害者〟に決まったんだろう?」

「まだそれ以上が決まっていないんだ。罪人ではないが、引き取り手になるような親族もいない上に危険な特殊能力を持っている。保護所に預けるわけにもいかないし今はここしかない」

「そんなの特殊能力者の手錠が……」

品不足中だ、まだ紛失が続いている、今の数だって足りていない、作り手である能力者も足りない、こうするしかないんだ。と、そんな言い合いを聞きながら、今自分が付けている両手の枷がそんなに貴重だったんだと知る。一生これをしていたいくらいだったのに。


この国は、こんなに貧乏だったんだなと思う。てっきり、僕の村の外はきらきらした世界だと思っていた。

兄ちゃんも「大したことない」って言ってたけれど、嘘だと思った。城下は王都もあってお城もあってきっとどこも宝石の町みたいなんだろうと思ったのに、……馬車の外から見た景色は僕みたいな目をしてる人が何人もいた。


下級層って、そこに行けば裏稼業もいっぱいいて村より貧しい生活をしている人もたくさんいる。それは知っていた。だけど、あんなにたくさん……しかも僕と同じくらいの子どもまで必死にお金をと路上で物乞いしている光景はまるで嘘を見てるようだった。

城下の真ん中を走っていると思ったけど、あれも下級層だったのかな。…………お城の中はあんなにきらきらで豪奢で綺麗だったのに。


「それに希少な特殊能力でもある。だから暫くは城で預かって今後の方針を待てとあの摂政が……」

「罪人じゃないなら城で預かる必要も……!まさか」

薄く掠れが擦れに聞こえるけれど、何の話かだんだんわからなくなる。

僕は一体どうなるんだろう。裁判では、僕が殺したと言ったのになんでか無罪になった。過失とか、能力の暴走とか、意図ではない自衛行為とかたくさん薄水色の髪の人が言ってくれていたけれど。……正直、余計なお世話だなって思った。

あのまま死刑にしてもらえたら凄く楽になれたのに。天国にいる母さんにもライラにも兄ちゃんにも謝れ、……ないか。絶対僕は地獄だもん。

この先どうなるのか、その恐怖はあんまりない。どっちにしろこのまま死んじゃうのは変わらない。焼野原の山奥に戻されても、あんな物乞いだらけの城下に放られても絶対僕は死んじゃうもん。


ガチャン。

不意に、遠くで扉を開く音が聞こえてきた。

直後にカン、カン、って規則的な足音が近づいてきてコソコソ話していた人達が息を呑む音が合わさった。挨拶をされる中、一言返した足音の人は足並みを殆ど緩めない。カン、カン、カンと石畳を踏み……僕の牢屋の前で止まった。


ブラッド・ゲイル、と。


…………もう捨てようと思ったその名で呼んで、僕を見下ろした。





…………





……



「…………あだっ」


バサッ。その音が耳より先におでこに響いた。

仰向けで呼んでいた本が手の中から落ちたんだと、横に転がった表紙を確認しながら理解する。痛い額を押さえながら寝かけていたみたいだと思う。


買ってもらった本を読みながら、気づけばぼんやり意識が遠のいていた。

夜にあんまりちゃんて寝れなかったからかなと思う。今日が来るのがすごく嫌で心配で、朝日が昇り出すまでずっと瞼の裏で考え続けた。今も読みながら途中から本より違うこと考えだしちゃってたし、お蔭でうたた寝しかけた今もなんだか暗くて重い感覚が喉につっかえている。

頁が進まなかった本をそのまま顔の横に置きながらぼんやりと天井を眺める。なんだか考えだしちゃった時よりも今は気持ちが暗い。


「…………兄ちゃん。もう帰ってきちゃうかな……」


『挨拶と荷物を纏めたら一度帰る。母さんとライラのところにはその後行くから』

そう言って、止める言葉も聞かずに帰っちゃった兄ちゃんの背中を思い出す。

昨日の夜、兄ちゃんが騎士を辞めると言ったのは突然だったけど……ちょっとだけ予想もできていた。

ずっと騎士になることを夢見て頑張っていて、騎士になってから家に帰る度に話してくれた兄ちゃんの話はいつも自分の自慢話じゃなくて他の騎士とかアーサーさんのことばっかりだった。

騎士はすごい、格好良い、こんな任務も達成させたんだ、今日は三番隊の、っていつもいつも楽しそうに話してくれる兄ちゃんの騎士の話が大好きだった。

兄ちゃん自身が自分のことはあんまり話したがらなかっただけだと思ったけれど、本当はちょっと辛いこととか不安なこととか自信がなかったのかなと今は思う。いつも毎日父さんや先祖の騎士の記録を繰り返していた人だから、真面目な兄ちゃんはきっとあんな人達みたいにならなきゃと思っていた。

村の人は助かったけれど、そこに兄ちゃんは間に合わなかった。僕や母さんを助けにこれなかったこともすごく気にしてくれていた。

今日までずっと普通に振舞ってくれた兄ちゃんだけど、きっと本当は僕より辛かったんだ。「辞める」と言う兄ちゃんに、僕は言葉で引き留めるくらいしかできなかった。…………言えるわけない。だって今まで、騎士になることから僕はずっと逃げて来たんだから。



『怖いことから逃げるのも、苦しいことを避けるのも、貴方が生まれてから与えられた当然の権利なのだから』



「……ジャンヌなら、もっと上手に兄ちゃんを引き留められたのかな」

プライド様。心の中でそう呟きながら、僕の前では別の名で名乗った女の子を想う。

両手をベッドの上で広げれば、片っぽはベッドから落ちて垂れた。外は良い天気だし、窓から零れる陽の光は柔らかい。ベッドだって思っていたよりずっと固くなくて下敷きにした毛布も被れば温かい。今朝は早速気晴らしに窓を開けて掃除をしたから昨日より綺麗で、身体も気持ちよくほぐれてる。

やっぱり要らないと兄ちゃんは言ってもちゃんと掃除道具を買って貰えて良かった。…………もう、引っ越すし。


一人になるのも不安だった部屋で、今は凄く手足を伸ばせている。

ここよりずっと広い筈の村ではあんなに窮屈だったのが嘘みたいだ。兄ちゃんと母さんも住むには手狭かもだけど、僕は一生この部屋に住めるくらいだった。もちろん怪我しないように注意しなきゃいけないのは一緒だけど、もともと家の中にずっと居たし不便もあんまりない。


『……城下も嫌だな。ここよりたくさん人がいるから。…………怖いんだ』


あんなに、怖かったのに。

降り出した雨の中で、今にも消えてしまいたかった時を思い出す。あの時は村の人と一緒の馬車に乗るのも、人がたくさんいる場所に行くのも全部が全部怖かった。

また母さんを助けたかった時みたいになにかのきっかけで同じように誰かを殺しちゃうような、傷つけちゃうような気がした。僕を嫌な目で見る村の人達に、いつもみたいに返せる自信もなかった。また「化物」って、「騎士の家のくせに」とか言われたら今度こそ皆と一緒に死にたくなったかもしれないくらい。しかも僕はあの人達を見捨てても良いって思ったんだから。……どうせ死ぬなら、誰かを傷付ける前に一人で死んじゃいたかった。


なのに今は端っことは言ってもその城下にこれから住むなんて嘘みたい。

あんまり新しい物を買うことがなくて使い古す兄ちゃんだったけど、やっぱり本隊騎士ってお金持ちだったんだな。……あれ、でも兄ちゃんってお金の殆ど僕らの家に置いてたのに。

じゃあ今は特に金欠かもしれない。それでも僕に部屋を用意してくれて生活させてくれている兄ちゃんはやっぱりすごい。


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