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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
嘲り王女と結合

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Ⅱ486.騎士子息は追い詰められた。


「立派な血筋だ。お前もお父さんを見習って立派な騎士になれよ」


─それは兄ちゃんに言ってよ。


「お前のお爺さんもお父さんもそりゃあ立派な騎士だった」


─ でも父さん達と僕は別だよ。


「何がそんなに不満なんだ?村で誰もが羨む家に生まれておいて」


─じゃあ、代わってよ。


「お言葉ですが、ブラッドはブラッドで父とも祖父とも僕とも別の人間です。父達は自分の意思で騎士になりました、そして僕もです。そんなに羨ましいと仰るのならブレンドン家でも騎士を育てたらいかがですか?息子さんもブラッドと年は変わりません。今からならば遅くはありません。ご希望と仰るなら僕も本気で協力しますし村でも騎士の家が増えることは喜ばしいことかと。ただし騎士になって僕の父や祖父のようになることも覚悟の上でお願いします。それともご自分の息子さんが死ぬのは嫌なのに僕の大事な弟には死んでも良いから騎士になれと仰るのですか。それはあまりに一方的で無責任かと。そんな家の人間を僕も将来村に戻っても守りたいとは思えるか保証はできません」


……兄ちゃんは、格好良い。

子どもの頃から父さんみたいな騎士になるって努力を続けていた兄ちゃんは、本当に毎日毎日騎士となる為に頑張っていた。

僕も鍛錬や稽古をと誘われたことはたくさんあるけれど、何回断っても兄ちゃんは煩くても無理強いはしない。むしろ村の人から責められるのを見ると助けてくれた。

僕は僕で放っといてくれても一人で上手く受け流せていたし、むしろ兄ちゃんが間に入ると余計に向こうの人と気不味くなっちゃったりこじれたこともあったけど。……でも、すっごく嬉しかった。

母さんも父さんを亡くしたからか僕に強くは言わなかった。ライラが生まれる前に死んじゃった父さんのことは、もう僕も殆ど覚えていない。ただすごく優しくて格好良い人とぼんやりと覚えている。


「兄ちゃん、騎士になったら何番隊に入る?やっぱり格好良いのは一番隊だよねぇ。でも、兄ちゃんなら八番隊かなぁ。父さんは何番隊だったんだっけ?」

「父さんは四番隊、お祖父様は二番隊だ。そりゃあ僕だってなれるものなら一番隊が良いけど」

「だめだよねぇ、兄ちゃん友達もできないし」

うるさい‼︎と兄ちゃんが次の瞬間ちょっと赤くなった顔で声をあげる。

友達よりも今は騎士になる為の修練が大事なんだって、またいつもの言い訳に最後は逃げた。本当は友達できない理由もわかってるのに。


騎士を目指す兄ちゃんが鍛錬や稽古をしているのを見たり、一緒に騎士の話をこうしてするのが大好きだった。いつか兄ちゃんは騎士になれると信じて違わなかったし、そんな格好良い兄ちゃんは僕の自慢だった。


騎士になりたくはない。だけど騎士は好き。

言葉にすると急に矛盾しているように聞こえるけれど、僕にとっては当たり前で。

騎士は格好良いと思う。強くて、悪い奴らをやっつける国中の英雄で、誰だってあの白の団服に憧れる。父さんや爺ちゃんやひい爺ちゃん、ひいひい爺ちゃん達が遺してくれた手記や本にも格好良い騎士の記録がたくさんあった。お陰でこんな山奥に住んでいる僕や兄ちゃんもまるで見てきたみたいに騎士のことを知れた。


特に手記は細かく書き記してあって、本じゃ知れないような出来事も書かれていた。

弱い子どもを助ける為に火の中へも飛び込んで、国を救う為に自分を犠牲にして、仲間を庇う姿もまるで目に浮かぶようで格好良かった。兄ちゃんはそれを読む度に「僕もこんな騎士に絶対なってみせる」って目を輝かせて、そして僕は



絶対になりたくない、って思ったんだ。



怖い。

それは絶対僕だけじゃない筈で。

世界一強くて絶対負けないから戦場にも飛び込めるけど、そうじゃなかったらそのまま死んじゃうかもしれない。強かった筈の爺ちゃんも父ちゃんも死んだ。

怖くても武器を持つ人に立ち向かわないといけない。

嫌でも国や人を守る為に命を捨てないといけない。

殺したくなくても、誰かを殺さないといけない。そして殺したらきっといつか誰かに恨まれるかもしれない。

自分の大事な人を優先したくても傍にいたくても、任務の為に遠くへ行って誰かの為に戦わないといけない。

死にたくなくても自分よりも初めて会う他人の為に身体を張って戦わないといけない。

大事だと思っても、仲間がいつか死んじゃうかもしれない。

遺したくなくても、いつか自分が大事な人を遺して死んじゃうかもしれない。父さんみたいに。

強くなれば良いけれど、その為には子どもの時から全部の時間使ってでも身体を鍛えなきゃいけない。特に騎士になる為には生半可な努力じゃ絶対足りない。鍛えてくれる筈だった爺ちゃんも父さんもいないなら、余計に沢山。


兄ちゃんが頑張っているのを見てるだけでも、毎日本当に本当に苦しくて汗いっぱいになって身体が痛くなるくらい努力して、村の人達が応援してくれたから全部の時間を使えたけど本当に騎士以外の時間なんて殆ど兄ちゃんにはなかった。

父さんも爺ちゃんもそうやって騎士になれた。村中が協力してやっと立派な騎士になることができたと誇らしげに村の人も語る。……だけど。

同い年の子が親の手伝いで働いている時、騎士になる為に鍛錬し続ける。

同い年の子が友達と遊んでいる時、騎士になる為に鍛錬し続ける。

同い年の子が家族と食事を囲んでいる時、騎士になる為に鍛錬し続ける。

同い年の子が好きな子と手を繋いでる時、騎士になる為に鍛錬し続ける。

同い年の子が寝てる時、騎士になる為に鍛錬し続ける。

騎士になる為に騎士になる為に騎士になる為に騎士になる為に。

騎士になれても終わらない。いつどんなことが起きても動けるように任務がない日は毎日毎日演習漬け。それも今までとは比べ物にならないくらい厳しくて大変な演習ばかり。

そして任務があれば命を掛けて、死んでしまうことだって珍しくはない。父さんも爺ちゃんもそうだった。



まるで〝誰かの犠牲になる為に〟努力する人生が、ただただ怖かった。



兄ちゃんはそれを「誇り高い」と言ったし僕もそう思うけれど、ただ自分がそうなりたいかと思うと全然違う。

僕は、ただ普通に生きたい。

他の子みたいに普通に働いて美味しいものを食べて寝て、毎日家族のいる家に帰って、友達と遊んで明日死ぬかもなんて思わず寝たい。先祖とか家とか血統とか関係なく、普通に僕として平和に暮らしていきたかった。


騎士は格好良いけど、でもそれは見上げるような感覚で掴みたいとは思わない。むしろ、自分にはない力を持って自分にはできない努力をして自分にはできない才能を持って自分にはできない覚悟を持って自分にはできない使命に生きて成し遂げるから皆騎士に憧れるんだ。憧れに皆が皆なりたいわけじゃない。

大人だって騎士のことは褒めるけど、今から騎士になろうとはしない。何度か聞いてみたら「俺じゃとてもなれない」「今から目指したらジジイになる」とか言ってすぐ僕らに「期待してる」「お前達には未来が」とか言うけれど、…………僕は知っている。




大人は皆、騎士になることの〝代償〟も知っているから押し付けるんだって。




騎士になったら格好良いし強いしみんなに尊敬されるし凄い偉くなれるけど、騎士になる為にもなってからもその代償はずっと大きい。

村の子どもはわかってなくても、僕と兄ちゃんは知っている。父さん達が遺した日誌にも手記にも書いてあるのは幸せなことばかりじゃなかったことを。

仲間が死んだ、救えなかった、犠牲が出た、これが最後の記録になるかもしれない。僕ら一族の日誌には、たくさんそんな言葉があった。

それを全部知って読んで、それでも騎士を目指す兄ちゃんが僕は信じられないと思うと同時に格好良いと思った。こんなに辛くて怖くて後悔するかもしれないことが多いのに、民の為に騎士になりたい強くなりたいと自分の意思で毎日努力する兄ちゃんを見るたびに「こういう人が騎士になるべきなんだ」って思った。

自己中心な僕とは全然違う、気高くて綺麗な心を持っている人なんだって。


『ノーマンはあれだけ毎日頑張っているのにお前兄ちゃんに悪いと思わないのか?』

ただ、他の人達には兄ちゃんだけが特別なんてわからない。


『親不孝だなぁ。俺の息子たちは全員ちゃんと親の跡を継ぐ為に手伝ってるぞ』

先祖がそうしてたからって僕までどうして騎士にならないのって。…………それが凄く凄く〝我儘〟で〝自分本位〟の考え方で。


『もしノーマンが騎士になれなかったらどうするんだ?男はもうお前と兄貴しかいないんだ。それにノーマンが騎士になれても、こんなこと言っちゃ悪いがお前の父さんや爺さんみたいなことも』

代替え品みたいに言わないで。僕はそんな人生が嫌だから騎士になりたくないんだ。……なんて。身勝手で、騎士の家に生まれて恥ずかしい考えだってわかっていながらそう思う。

まるで、騎士を目指している兄ちゃんや騎士団を否定するような考えはころりと転がりそうになっても絶対口の中で飲み込んだ。騎士がどれだけすごくて格好良いかもわかっていて、ただそれを僕はなりたくないんだってことは理解してもらえない。

騎士の家で生まれて誇り高い血統を持って村中に期待されている僕は、そういうことを口にすることも許されない。

僕らに期待してくれる人達に責められる度、僕は自分が凄く酷い人間なんだって思い知らされた。

どうして騎士の家に生まれてきちゃったんだろうと思うくらい、騎士になりたいと思えないことが本当に恥ずかしくて卑怯で我儘で自己中心の自分本位なんだって。

兄ちゃんも母さんもライラも好きだけど、いっそ別の家の子だったとか拾われたとか知れたら楽だったなと思う。


「おっ、ブラッド。またサボりか??本当にお前は気楽で良いな、兄ちゃんはあんなに頑張っているのに」

「おはようございま~す。えーだって鍛錬すごいキツいですしぃ、僕は母さんとライラの面倒も見なくっちゃ」

「そんなことしてる間にノーマンはとっとと騎士になっちまうぞ」

「応援してまーす」

僕はこれから皆と魚獲りなんです。そう言いながらライラの手を引いて僕は川へと向かう。

溜息混じりに僕へ呆れる人への返事も慣れていた。僕はもう八歳で、体が悪い母さんとまだ四歳だったライラの面倒という言い訳で上手く逃げていた。

「そんなことは村でなんとか手伝う」と最初の頃は言われたけど生活だけでも食べ物とか色々助けて貰っているし、なにより家族のことは家族で面倒を見たいと言い張った。嘘じゃないし、村の人達も皆こんな調子で言い返せば大して文句も言わなくなった。

母さんと父さんが顔を良く産んでくれたから、へらっと笑ってにこにこ流せばみんなムキになって怒らない。最近は特に騎士の家に生まれたとこよりも「顔が良いと得だな」「その顔で言われると怒る気も失せるよ」と言われることが増えてきた。兄ちゃんは相変わらず火種を火事にしちゃうような人だけど、今年で十四歳になったから騎士入団が近づいている年なのもみんなが見逃してくれる理由かなと思う。

兄ちゃんも村の人も全然まだ焦っていない。十四歳で騎士になれるなんてそれこそほんの一握りの恵まれた人だけで、父さんも爺ちゃんも成人した後だったから。


今日も兄ちゃんは鍛錬とか騎士の本とかを読んで鍛錬の見直しもしながら今までよりもっと厳しい鍛錬を重ねてる。

僕はその間、母さんの分家のことをやって、遊びたい年頃のライラとこうして一緒に外に出る。大岩のてっぺんから川へ飛び込んで、大樹の隙間を探検して、森の穴ぼこを手探ったり。大人は煩いけれど、年の近い子は僕に「騎士に」なんて言わないで普通に遊んでくれる。


「あ!おっせーよブラッド!!お前もこっち来て手伝え!」

「ライラちゃん来た~!!ライラちゃん一緒にお姉ちゃん達と遊ぼうね」

「なあブラッド!今度家行って良いか?お前の兄ちゃんに騎士の話聞きたいってこいつらがうるっせーんだよ」

「う~ん、今兄ちゃん忙しいし母さんもいるからなぁ。僕で良かったら話すよー、いっぱい兄ちゃんから聞いたし~」

「!やったぁ!じゃっ、じゃあ私の家においでよ!ママがお菓子たくさん焼いてくれるから……」

あっ、ずるい、私の家も!

そんな女の子達の声に返しながら、膝と肘まで服を捲った僕は川へ足をつける。

みんな優しいし楽しいし良い子だし可愛いし好きだなと思う。お蔭で僕はこうしてライラを預けて羽を伸ばして遊べるし、「騎士」とはずっと遠い世界で遊べるのもすごく落ち着いた。


時々話題に出る「騎士」も、僕になれじゃなくて単純に村で一番騎士に詳しい僕や兄ちゃんから話を聞きたいということばかりで。

騎士が凄い、格好良いって話すのは僕も好きで、やっと僕が居たかった立場に立てたような気がした。これからもこうしてずっと騎士はすごいねって話しながら、兄ちゃんを応援してライラと母さんの力になれれば良いやと思った。兄ちゃんが騎士になってくれれば、もっと村の大人達から言われることはなくなるだろうし、もっとたくさん騎士の話を聞けると思えばその時がすごくすっごく待ち遠しかった。



〝拡散〟の特殊能力。



……この特殊能力が判明するまでは。

一生気付かなければ良かった。ちょっと怪我をしても、皆気付かなくて不思議だねでずっと続けば幸せだった。


この力の所為で僕は友達も離れていって川遊びとか木登りとか、……ちょっとでも危ないかもしれないことには誘われなくなった。

僕が怪我するだけなら良いけど、僕の近くにいる子も怪我させるから。

外に出ても友達と遊ぶのはライラだけ。僕は食料とか備品調達とか以外は散歩ぐらい。家でも棚の裏とか隙間とか父さん達の手記探索も危ないのは全部やめた。それでも遠巻き以外は普通にしてくれたけれど、時々怖い言葉を聞くようになった。

「特殊能力者なんて、ゲイル家でも初めてだそうだ」

「しかも拡散?の特殊能力でしょう……?」

「ノーマンもそりゃあ頑張っているが、……なあ?もしかしてこりゃあ」



〝今からでも騎士に育てた方が〟



ぞっとしたその言葉は、誰もきっと悪気がない。

特殊能力者は家系でも僕が初めてで、しかも拡散の特殊能力なんて騎士として戦闘で上手く使ったらどうなるか僕でも考えた。……それを否定する為に。

僕は拡散範囲も制御できないし、敵の攻撃を受けてもそれが味方に拡散して死なせちゃうかもしれないって何度も言い聞かせるように考えた。だけど、八番隊があることを僕は知っている。個人判断と行動が許されている八番隊なら、単騎で敵に突っ込んで一人で戦えば犠牲どころか攻撃されても敵に広がるだけ。怪我を受ければ受けるほど、周囲に攻撃を拡散できる。

それだけじゃない、この先僕が成長するのと一緒に拡散範囲が広がったりその広げる方法がわかったら遠距離にいる敵を一網打尽にできるかもしれない。…………たとえば、僕が敵の真ん中で大怪我をわざとしたら。きっと一度で大勢の敵を倒してたくさんの人や仲間を助けられる。


僕たった一人の犠牲でたくさんの人を倒せる救える守れる騎士の名を高められる。


それに、騎士を目指す為に強くなればそれだけ日常でも怪我をすることは減る。兄ちゃんだって転んだりすることなんて滅多にないし、すぐになんでも避けられる。僕もそうなれば、村の人に迷惑をかけることだってきっと減る。……ただそれには、やっぱり兄ちゃんみたいに血の滲むような努力がこれから必要で。

怪我しないように努力して強くなって、そして騎士になって自分を傷付けて代わりに他の誰かを守る。僕がずっとずっと避けたかった人生が、目の前に突き付けられた。

ベッドの中で膝を抱えて、何回かは震えて泣いた。どこまで今までみたいに受け流せるかな逃げれるかなってそればかり考えた。

僕に騎士の才能が本当にあるのなら、今必死に騎士になる為に頑張っている兄ちゃんを本当は犠牲にしているような気さえした。兄ちゃんは兄ちゃんの意思で騎士を目指しているってわかっていても



本当は、僕が〝そう〟なるべきだったかもしれないのにと。



たとえばご先祖様とか神様とかがいたのなら、ずっと騎士になるべきだった僕がさぼっていた罰なのかなとか。

もう、騎士になるしか道がないように烙印を押されたのかもしれない。この国で、この村で、この家系で、僕はそれでしか他人の役に立てないし認めて貰えない。母さんの身体の為にも僕は村から逃げ出せない。

それでも嫌で、騎士を目指すのもそんな人生になるのも絶対嫌で、逃げて逃げて知らないふりをして顔を背けて耳を塞いで笑って流して笑って誤魔化して笑って笑って耐えて笑って耐えて笑って耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて!!




『こっちくんな化け物!』




……また僕は、行き場を失った。


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