そして見据えた。
『お願いします!その村まで案内して下さい‼︎ライラちゃんは安全な場所で待って、どうか私達をそこに……』
優秀、なつもりだった。それなりに。
アーサー隊長のような目を引く功績は立てられなくても、任務では役目を間違いなく果たし少なからず貢献することができたと思う。
八番隊の中で特出する存在でなくても、実力主義を誇る騎士の一員としては何も恥ずべきことはなかった。個人判断には自信もあり、常に冷静な判断に務めた。合理的且つ現実的で倫理的。その判断を自分自身に下せれば恐るべきものなどなかった。
なのに、〝ジャンヌ〟という少女相手にまともに耳を傾けることもできなかった。
アラン隊長の語っていた少女〝ジャンヌ〟と親戚のジャンヌが同一人物と考えもしなかった僕は、一般人の子どもがあれだけ必死に僕へ訴えてくれていたのに何も応じようとすらしなかった。
突然村に連れて行ってと訴えられてもわけがわからず、結果僕よりもパウエルと呼ばれた一般人が選ばれた。僕があそこで事情を聞こうと馬車に彼らを乗せて走らせていれば、その後にあの青年が酷い事件に巻き込まれ能力暴走なんて目に遭わずに済んだ。
そのパウエル捜索にエリック副隊長が動いていたと聞いてからは、やはりあの時に僕が道案内していればと強く後悔ばかりが渦巻いた。そうすれば万全の近衛騎士がプライド様の傍にもう一人いて、途中までプライド様一人をアーサー隊長一人で護衛するなんて状況に追い込まずに済んだ。
プライド様の正体に気付けなかったことが問題なんじゃない。〝王女ではない〟ジャンヌ相手にあそこまで手を差し伸べるべく動けなかった自分があまりにも酷く、愚かだった。
予知も権威も関係ない、何故あの時僕はすぐに動けなかったのか。
ケーキ?ライラの誕生日?借りた馬車?だからなんだ。僕は騎士として一番に、助けを求める民の声を聞くべきだった。
あまりにも愚かで醜い一面をよりにもよってあのアーサー隊長とプライド様、そしてステイル様の前で晒してしまった。
こんなにも自分が冷たい人間だとはわかっていなかった。冷静なんかじゃない、冷徹の間違いだ。
もしあの少女が、予知でも王女でもない何の力も持たない少女だったら。その少女が何か偶発的に村の襲撃を知って、……特殊能力者の国であれば本当に在りえたことだ。
そんな時に、僕はきっとあのままでは「すまないが」と断って馬車でライラと村に帰っていた。そして、…………今回よりも遥かに取返しのつかない結果を招いていた。
あの時僕を切り離しハリソン副隊長に押さえさせたステイル様のご判断は英断だった。あの一分一秒で僕は、……母さんを死なせブラッドに一生残る罪を背負わせていたかもしれない。
アーサー隊長の変わらず輝かしい活躍の後ろで、僕がどれだけ愚行を犯しかけたか、考えれば考えるほど団服を着ていることすら重く感じた。一秒の判断の遅れや間違いが取返しのつかない結果を招くなんて当然のようにわかっていた筈なのに。
ハリソン副隊長を追って全て事実を知った後、騎士団長に救援に加えて頂くように掛け合うので精一杯だった。
急遽参じることになった立場と私事に捕らわれないようにと村包囲に準じることこそできたが、反面ブラッドや母さんに駆け付けられないことが歯痒かった。もしあそこでジャンヌの言う通りに馬車を動かしていれば今頃はと、百回は確実に後悔した。
全てが終わった後、雨の中燃え尽きた村と〝暴走の危険がある一般特殊能力者〟として騎士達に囲まれプライド様の元で力なく座り込んでいた弟を前に、一生分の無力感を味わった。防衛戦や奪還戦以上だ。
いつかは村を守る役目を継ぐ筈だった僕は村の危機に駆け付けるどころか、家族を助け出すこともその場に居合わせることもできなかった。
一族が騎士の血と共に守り続けようとした村も、家も、積み重ねてきた歴史全てが灰になった。
家族や村の人達が生きていたことだけが救いの中、……もう騎士である意味が家と共に焼失した気がした。
また暫くすれば国の補助で村の復興も進められる。そして保護された村人達も戻るだろう。それ以外の生き方を知らない者も大勢いるし、やはり思い出の詰まった故郷だ。
けれど、僕と母さんにとってはもう。
『ブラッド。僕も母さんも、お前達の方が大切だ』
今はただ、ブラッドとライラに普通の暮らしをさせてやりたい。
誰に遠慮するでもなく、誰の目も気にせず自由に家も外も行き来できる生活に。
他人に影響を広げてしまうなら広い家と端の土地に引っ越せば良い。狭く小さい村に拘らずに済むなら、ブラッドはもっと自由になれる。
保護所にいる母さんも同じ意見だった。病気が奇跡的に治った今、もうブラッドに全てを任せてなどいたくない。自分の子どもの生活くらいちゃんと世話していたいと、……村よりもブラッドの自由を望んでくれた。数歩歩くだけでも咳や胸が痛む日が嘘のように、今の母さんはその意志をはっきりと通る声で言葉にしてくれた。
そして僕にも、ちょうど良い機会だと思った。
「今回の責任を取り、騎士を辞職します」
胸の中で何かが折れたのは、焼け焦げた村を目の当たりした時から。
それからじっくりと毒でも回るかのように、自分の愚かさが苛まれ出した。
騎士団長や副団長に休めと言われても頷けるわけがない。村の一件が落ち着くまで、せめて僕が正式に謝罪を言葉にできる時まで。プライド様とアーサー隊長の極秘視察を終えるまでは微力ながら騎士団で勤めようと意識的に足を動かした。
所詮憧れは憧れで、あれだけ努力して騎士になれても結局は近づくどころか、その憧れの人の足を引っ張り所属隊員としての名を辱めることしかできなかった。
騎士団長にも前もって、責任を取っての辞退も視野に入れている旨は伝えていたが本当は確定だった。
「これ以上騎士としての恥を晒せません。このまま騎士団に所属しても恥を上塗るだけです」
『勿体ないよ。……僕は辞めて欲しくないなぁ、騎士の兄ちゃん格好良いんだもん』
騎士としての理想像は、人よりはっきりしていた方だ。
弱い立場の人に手を差し伸べ、己が身を顧みず剣を振るい、そこに見返りを求めない。目指し始めてからは父のように、そして入隊してからはアーサー隊長のようにと。
僕だけじゃない、新兵だった頃から周囲にはアーサー隊長に憧れ目指す騎士は大勢いた。
騎士以外にやりたいことがあるわけじゃない。
物心ついた時から騎士になりたいとその想いだけを胸に生きてきた。入団できた時、そして本隊になれた時やっとその全てが報われたと思った。
父のような騎士になると決意し、この血筋に恥じない生き方をしようと決めた。ブラッドや母さんが引き留めてくれた時このまま流されてしまいたいと思ったが、それでも決意の方が重かった。
あんなに憧れた世界で生きて、結局何もできず村も守れなかった僕に騎士でいる価値はない。
「未熟も外れも落ちぶれも誰も言ってねぇでしょう?!」
「言われなくてもわかります」
そうだ、わかる。
自分が誰よりも未熟で枠から外れ落ちぶれていることを。
立場を持たない少女の叫びにまともに耳を傾けることもできない未熟者で、八番隊であることを言い訳に最初から交流も関わりも連携も諦め捨てて人同士の枠から自ら外れ、いつかは守るべきだった村も、大事な弟も母も自分の手で守ることすら叶わず家の名も落ちぶれさせた。
〝守り人〟とその響きに胸を熱くさせた幼少期を覚えていながら、家族と天秤にかけて生まれ育った村を捨てると決めた。
こんな僕が神聖で誇り高い騎士を名乗るなんて許されない。父や、そしてこの人と同じ騎士として見られて良い訳がない。今こうして団服に袖を通していることだって本当は嫌だった。
この純白に自分が誰よりも相応しくないと思い知らされたから。
僕みたいに何も持たない人間が、誇り高い血統と努力だけで、憧れたような騎士になれると夢抱いたこと自体が間違いだっ
「ッッガキん頃から努力してやっと騎士になったンじゃねぇんすか!!!?」
『物心ついた時から騎士を目指すと決めてこの努めを怠った覚えはありません』
『尊敬します』
……足が止まっていたことにも、最初は気付かなかった。
アーサー隊長へ背中を向けたまま、あの日確かに一度は認められた瞬間が、目の奥へ急激に熱を滲ませた。
まだ新兵上がりだった僕が、憧れる存在に尊敬されたのが嬉しかった。努力を続けた年月全てを認められたことに鼓動が高鳴った。
確かにあの時は、僕もいつかアーサー隊長のようになりたいと、この人に付いていこうと決めた筈だった。……ただ。
「ッ〝やっと〟じゃないとなれなかったんですよ!!!!」
憧れと、違い過ぎた。
最速入隊を叶えたアーサー隊長と、全ての時間をかけてもそれが叶わなかった僕は根本的に違い過ぎた。
騎士団長やプライド様の窮地に必ず駆けつけられたアーサー隊長と違い、僕は村にも家族にも何もできなかった。
騎士の称号を失い右腕を失い瀕死の重傷を負いそれでも騎士としての志を折らず貫いたアーサー隊長と違い、僕は自分自身が無傷の分際でこんなに軽く騎士としての意思を失った。
早足でアーサー隊長に迫りながら、眼前のこの人が遥か高見にいると思い知らされ惨めになる。なれるわけがないとわかっていながら、どうしてもこの人に憧れる。
騎士として生まれたかのように才能に溢れ持ち合わせた特殊能力に頼らず実力だけでその地位を築き上げ、騎士団長の子息として恥じない功績を次々と打ち立てるこの人に。子どもの頃に繰り返し読み明かした本の中の英雄のようなこの人に。
衝動のままに遥か高い存在に言の石を投げれば、全て倍の重みと痛みで自分の上に落ちてきた。
本隊騎士になって一年以上が経つのに、未だ目の前の演習についていくので精一杯でそれ以上一歩先へ行きたくても足踏みしかできない僕はきっと八番隊でも最弱だ。
今まで胸に抑え込んでいた不安と焦燥を吐き出し続ければその分自分が本当に不適格者だと思い知らされた。
「どうせご存じなのでしょうからもう知らばっくれて頂かなくても結構です!!!僕の恥晒しもご存じで!だからこそお人の良いアーサー隊長が自分を引き留めて下さるのもありがたく思いますがこれ以上は結構です!!」
恥ずかしい。
恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい。
僕みたいな不適格者がアーサー隊長みたいな人に憧れていたことも、いくら落ち着き払って見せても本質は変わらない。
もうプライド様にもステイル様にも一生顔向けできない。ライラの前だからといって、あそこまで恥ずべき本性を曝け出してしまった。思い出せば出すほどに羞恥心に内側から身が焼かれた。
父さんのように騎士としての振舞いを常に志してきたのに、それも全て水泡に帰した。あんな馬鹿みたいに大人げない僕を見て、プライド様とステイル様はきっとこんな騎士がいたのかと気分を害されただろう。
アーサー隊長も幻滅したかもしれない。同じ騎士でありながら子どものように騎士への理想も憧れも妄言のように吐き流す僕が一体どう見られたか。騎士どころか男らしさの欠片もない。こんな自分の本性を騎士の誰にも知られたくなかった。
今すぐこの場を走り去りたい衝動が全身に回るのにこの場を動けない。
最後だと思えば思うほど、自分が騎士にふさわしくなかったと痛感すればするほどもう前にも後ろにも行けなくなる。今こうして憧れの地だった騎士団の本部に立っていることすら罪悪感が纏わりつく。
この数日間、演習場の門を潜る度に許されない気がした。先輩騎士からの指導を叫ばれればこの場にいることを責められているかのように錯覚した。
騎士の誰もが僕を責めていないことはわかっていても、僕自身が許せないのだとその度に実感した。いっそ僕一人が騎士団に所属することすら騎士団にとって不利益になってしまうような今後アーサー隊長の八番隊の名を貶めてしまうような僕なんかがいない方が遥かにアーサー隊長も八番隊も騎士団も
「ッねぇよ!!!!」
……一瞬、二年前より遥かに乱暴な口調と声色に誰かもわからなかった。
初めて受けたアーサー隊長の激情は、まるで別人で。
あまりの衝撃に目が零れそうなまま呆ける僕に、視界の曇った向こうでアーサー隊長がまたいつものような腰の低さで謝ってきた。
僕の代わりはいないと、……月並みな慰めだと思いながらも目も聴覚も釘付けられた。その端直な言葉以上にこの人の決意に近いものが見え隠れして、気づけばただただ聞いていたかった。
直後に僕への評価まで並べ立ててきたこの人は、きっと本当は狡い人だ。
僕を引き留めるつもりで、僕が騎士になってから一度は言われたいと思った言葉を無計算に並べてくる。
僕が黙せば黙すほど会話を終える機会を無視して逆に一方的に言葉を続けてきた。途中で同じような言葉を繰り返して、ここまで来てまだ僕を引き留めようとしてくれる。よりにもよって憧れたこの人に引き留められるのが一番逃げにくい。
安易に軽々しく語る「尊敬」が、僕にとってはどれだけ大きいかも未だわかっていない。
まるで子どものように、試すように「頼みたいこと」を催促する僕にも正面から向き合い付き合ってくれる。どこまでいっても器の広さを見せつけてくるこの人に、自分の器がどれだけ小さいか目に見えるかのようだった。
部屋にまで招いて、僕が二度と顔見せできないと思っていた第一王子を口笛一つで呼びつけて、…………〝女王付き近衛騎士〟なんて、騎士の誰もが誉れ高いと思う役職を僕なんかに翳す。
「ノーマンさんが正しさを選べる人だからです」
僕が十九年間見つけられなかった〝価値〟を簡単に提示してくる。
僕の代わりはいる。
僕より優秀な騎士もいる。
常に正しく在れたなんて思えない。今回だって間違えて醜態を晒した僕にそんな能力はない、アーサー隊長の過剰評価だ。
僕自身、そんなことを特別意識してきたわけじゃない。ただ理想の騎士として片意地を張り続けてきただけだ。アーサー隊長のように魂まで眩しい騎士になんてなれていない。僕よりずっと正しく迅速に的確な判断ができる騎士なんてそこら中にいる。
なのに、……アーサー隊長の口から語られたそれが信じられないほど身体の奥にまで浸透した。
〝正しさ〟と。その理が、これ以上なく美しい言葉として鼓膜から脳まで揺らし響く。欲しかった光が目の奥で瞬いた。
よりにもよって自分がアーサー隊長にそんな風に見て貰えていたことが信じられない。いくらこの人が人格者でも僕は好意的な行動一つ形できていなかったのに。
話した言葉は全てどれだけ尽くしても結局は叱咤するような棘でしかなかったと誰よりもわかっている。それが僕の欠陥だ。…………なのに。
「それは、つまり。女王陛下が王族として間違っていると判断すれば首を斬られる覚悟で逆らえもしくは指摘しろという意味でしょうか」
「!!いえッそうじゃなくて!!」
…………本当にこの人は狡い人だ。
顔色を変えて喉を反らすアーサー隊長を見て思う。
人のことを考えないとか、自分本位とかそういう意味じゃない。ただ、信じられないほど救われる言葉を、何でもない顔で当然のように言ってくるところが。
自分を守る言葉は、こんなに下手で不出来で不器用にしか言えないくせに。
「それに女王に、と仰りましたがそれでは今後プライド様が王位継承された場合僕にはどうしろと仰るつもりでしょうか。まさかご自分は降りて僕に女王となったプライド様の近衛を譲られるおつもりとでも」
「ッいえそれは死んでも譲りませんけど!!」
それでも、憧れの全てを兼ね揃えたこの人に憧れた。
僕の持っていない全てを持って、それでも努力も怠らず驕らないこの人のようになれればと思った。父の記憶も面影も時の流れと共に薄れ書物と人の口でしか父の功績も騎士の姿も知れなくなった僕にとって目に見えた道標だった。僕にあってこの人にないものなんて存在しないと本気で思った。
だけど
「わかりましたやります」
言い切った直度、一番心臓が煩くなった。
このまま発作で死ぬかと思うくらい。言ってしまったと後悔し取り消すべきだとわかりながら、必死に口を結んで平静の振りをして堪えた。
憧れ、焦がれ、尊敬し、なりたいと夢に見た。
他ならないこの人が、こんな僕を尊敬すると言ってくれた。
何もかも足りなくて騎士として不相応だと思っていた僕を誰より見て認めてくれていた。
個人主義の八番隊の隊長が。完全実力主義の頂点に立つ人が。
自分の良いところを一つも見つけられなかった僕に、いくつも見つけ教えてくれた。
「!あッそれじゃあ、えっとつまり騎士団辞めるってのは……?」
「ッ敢えて確認の必要はないと思いますが⁈騎士を辞めて近衛になれるわけがありません、やれば良いのでしょうやれば。どうせアーサー隊長にそこまで言われてこの僕に拒否権などありませんし???」
貴方に付いていきたいと思った。叶うまでの十八年間を誉れに変えてくれたあの日から。
背を追い続けるだけでは同じになれるわけがないと知りながら、それでも銀色の眩さから目が離せなかった。
そんな憧れそのものに引き留められ褒められ認められ誉れ高き任まで託そうとされ、……無いと思った〝価値〟を貰えた。
これ以上ないくらいの尊敬と憧れの象徴だった人が、昨日よりも眩しくて仕方がない。きっとこの人の為になら命を捨てることだってできるだろう。
「そういう人じゃないところも尊敬してますから」
〝尊敬〟の言葉を語られるだけで、身に余り過ぎて死にそうになる。
僕のことをわかってくれているこの人に、さっきまで貰った賛辞が全て真実のように錯覚し驕ってしまいそうになる。
……自分が、女王の近衛に相応しいとはやっぱりまだ思えない。アーサー隊長の期待通りの働きができるかなんて今の僕には自信もない。
さっきだって、第一王子であるステイル様相手に上手く言葉も出なかった。こんな僕なんかが、女王相手に騎士として毅然と振舞えるのか。顔色を伺うばかりの人間に成り果ててしまえばそれこそきっと騎士としての僕は死ぬ。
決して言い返す相手を立場の上下で選んでいるつもりはない。
騎士団長相手でも女王相手でも、僕の中だけでそれが間違っていると判断することはきっとできる。だけど、ああして王族相手に気圧された事実も変わらない。大事なところでまた言葉も出なくなるかもしれないと考えれば考えるほど今から足が浮くように怖気てしまう。あんな理由で近衛騎士に選ぶ必要なんかないと言ったのも僕の本心だ。
僕は、常に正しく在れているわけじゃない。それだけは断言できる。今の今までアーサー隊長相手に見苦しい姿を晒していたのだから。
本当に僕の判断全て正しいというのなら、さっきまで騎士を辞めると判断していたことだって正しい。
今こうして明言してしまった後でも、理性的な部分が今からでも騎士をやはり辞めるべきじゃないかと針先で突いてくる。
「朝食まだ間に合いますかね?ノーマンさん腹減ってませんか?あ!あともう一つご相談したいことも」
「…………失礼ですが、今はこっちを見ないで頂けませんか」
それでも。……もうこの道しか僕にはなくなった。
誓って金銭でも権威でも、……引き留めてくれたアーサー隊長の為でもない。そんな誰かの為だけに自分の重大な決意を揺るがすのは無責任だ。そんな中途半端な覚悟で今日までの十九年間を捨てたりなんかするものか。
ここまで引き留めてくれたからとかここまで自分を買ってくれたからとか、そんな理由で絆されて一生に一度の決意をころころ変えるなんて許されない。
目の前のアーサー隊長にも、騎士の名を誇りに殉職した父にも、一緒に騎士へ憧れ続けたくれた弟にも、系譜を紡ぎ続けてくれた先代にも。
ただ僕がアーサー隊長に、目の前で部下相手にも関わらず無駄に姿勢を伸ばし食堂へ先導してくるこの人にもう一度付いていこうと決めたのは。
─ この人に貰えた、僕だけの騎士を極めたい。
誰の為でもない。ただ、騎士として誇りたかった過去の自分の為に。
道標に届かず膝を折り、それでも騎士への憧れも理想も捨てきれなかった自分の為に。
この人のようになれなくても、この人が期待してくれた騎士に……本当に〝正しさを選べる騎士〟に、僕はなりたい。
今度こそ絶対に間違わず、助けを求める人へ走り出せる騎士に。野望を求めるにはこの道一つしか存在しない。
憧れの騎士に貰えた称号を貫き極めるには、もう騎士でいるしかなかった。




