Ⅱ58.支配少女は再度言う。
「王族の方や騎士様は目立ちますし、どうぞ今の内に中へ」
ディオスとクロイの家に着いた私達は、そのまま中まで通して貰えた。
セドリックと護衛のアラン隊長達から先に通して貰えた家は、中もかなりボロボロだった。最後に中へ入った私とステイル、そしてエリック副隊長の後にクロイが扉を閉じる。
先頭のディオスが居間へと案内してくれる中、私は口を開けたまま廊下を見回してしまう。ご両親が突然亡くなったとはいえ、数年でこんなに劣化するだろうか。
すると同じことを考えたのか、ステイルが「住み始めた頃からこの状態だったのですか」とクロイに尋ねた。
「父さんが大工だったんだ。この家も買ってから父さんが少しずつ修繕して新しくしてくれる筈だった。……その前に、死んじゃったけど」
影を落とし、若葉色の瞳を揺らす。
だからこの劣化だったのか。お父様が生きていたら、今頃は広くてリフォームされた素敵な家だったのだろう。歩く度にパキパキと床が音を立て、二階まであるのに一階で既に所々雨漏りした痕もある。目についたところだけでも、天井から亀裂の分だけ上がみえる。いくつか塞いだ痕跡もあるけど、確実に塞ぎ切れてはないようだ。屋根なんて、この三人じゃ雨の中で登るのも危険だろう。
壁も亀裂、天井も亀裂、床にも踏み抜いた後がある廊下は、装飾だけが綺麗に整っていた。埃も綺麗に払ってあるし、掃除もしっかりされている。
棚上にはお手製の編み物や縫いぐるみがいくつも並んでいた。お姉様が作ったものだろうか。ゲームでも確か縫い物が好きなお姉様の為に、アムレットが手製の肩掛けを縫う場面があった。空き時間を見つけては先生に教わりながら毎日頑張って、プロ顔負けの肩掛けをお姉様にプレゼントしていた。
リビングまで辿り着けば、今度は可愛らしい手製の小物や子どもの頃の彼らが書いたのであろう絵も飾ってあった。彼らの背丈には合わない上着やエプロンも吊してある。こちらはご両親のものだろう。……ちゃんと洗濯もされている。
「どうぞ。……すみません、椅子が足りなくて」
クロイと一応仲直りできたからか、少し落ち着いたディオスが一番大きな椅子をセドリックに持ってきた。
すまんな、と礼を言ってセドリックが腰を下ろすとクロイもリビングの椅子をアラン隊長達にと勧め出す。護衛中を理由に断るアラン隊長に続いて、エリック副隊長が私達に視線を向けた。
「自分達は大丈夫なので、それよりもフィリップ達に。君達に話があるのは彼らですから」
ファーナム兄弟に了承を得てから、エリック副隊長が食卓用テーブルの椅子を引いて私達に勧めてくれた。
今はドレスじゃないし床で正座も考えたのだけれど、ここはお言葉に甘えさせてもらう。確かに隠しているとはいえ、騎士達も王族を床に座らせるわけにはいかないのだろう。
それを見てセドリックが私達の向かいの席に座るようにと、ファーナム兄弟へ声を掛ける。ディオスもクロイも大人しく並んで座ってくれた。
まだ出会って三日なのに、本当にセドリックの言うことは聞いてくれる。もともとの目的は違ったけれど、それを抜いてもセドリックに今回のことで協力して貰えて本当に良かった。そうでなかったら、こうしてディオスとクロイに家へ招いてもらうことなんて不可能だっただろう。
「それで。……結局、君らは何がしたかったの」
ぽつん、と最初に口を開いたのは二本のヘアピンをつけた方、クロイだ。
最初からずっと落ち着き払っているように見えるクロイは、テーブルに俯くディオスに代わって正面から私とステイルを見比べた。
ディオスとクロイ。こうしてみると本当に二人とも瓜二つだ。話し方こそ違うけれど、声も全く一緒だし髪の色から目の色まで一緒な彼らはヘアピンさえ無ければ見分けもつかない。
「大体、どうして君達がディオスと一緒に来たの?仲良くなったとは思えないし、……僕も仲良くなった覚えはない」
「ディオスがジャンヌに怒鳴り込んできたんです。学校ではクロイ・ファーナムが無断で消息を絶ったと軽い騒ぎになっていました。……なので、教師に捕まる前にとジャンヌがディオスを連れ出し、今に至ります」
クロイの問いかけに間髪入れずステイルが答える。
その途端、ディオスとクロイは同時に互いの顔を見合わせた。私に怒鳴り込んできたディオスにも、そして教師に無断で学校を飛び出してきていたクロイにも、二人ともお互いに思うところがあるのだろう。だけどここで兄弟喧嘩の第二戦を待つ暇はない。
「そんなことよりも」と今度は私から言葉を切り、指を組んだ手をテーブルにトンっと置いた。無言で正面から睨み合う兄弟が同時に目だけを動かし、私を睨む。そして私からも順々に二人を見返した。
「警告。……どうせ聞かなかったのでしょう?私の目的は最初からそれだけです。」
はっきりと敢えて彼らを責めるくらいの勢いでそう言えば、同時に二人は私から背を反らした。
互いに目配せ合い、細い喉仏を上下させて口を噤む。今更黙ったところで、二人が警告を守らなかったことはディオスが証明している。問題は今、どれくらいまで来てしまっているかだ。
お互いが庇い合うように何も言えない二人に、私は聞こえるようにため息を吐く。自分達から言い出せない二人へと、もうわかっている筈の言葉を再び言い聞かせる。
「私は貴方達が学校へ入れ替わって登校していることも、それをお姉様に隠していることも知っています。隠しても無駄ですし、私が貴方達の〝弱み〟を特殊能力で知ってしまった時から全部わかっています。それでもどうせ私の警告に耳を貸してくれないと思ったから、もしもの時に備えてセドリック王弟殿下に協力まで願ったんです」
「王族に協力とか……何様のつもりだよ……」
お黙り!と心の中だけでディオスに叫ぶ。
確かにただの山育ち少女が、道案内しただけの仲の王族をここまで巻き込んだとか言ったら疑問に思うのも当然だ。けれど、だからといって本当のことなど言えるわけもない。むしろこの状態にまで追い込まれているにも関わらず、呑気に悪態つくディオスを叱りつけるように睨む。
逃げるように私から顔を俯けて逸らすディオスは、またそこで口を結んだ。だけどこれにはクロイも同意らしく、セドリックと私を一度見比べてから今度は真っ直ぐ見据えてきた。
「ていうか、ジャンヌとセドリック様はどういう関係なわけ。まさか恋人同士とか」
違います、違うと。
クロイの言葉を私とステイル、そしてセドリックが三人で同時に上塗った。まさかセドリックへそんなスキャンダルな誤解まで生んでいたとは思わなかった。
私達の返事に、ディオスとクロイが同時に同じ回数だけ瞬きをする。わりに意外だったらしい。「じゃあなんで……」とまた私とセドリックの関係がわからないようにクロイが声を潜ませる。
「そんなことよりも。……ディオス、クロイ。今は 〝何回目〟?」
良い加減、いつまでも自分から話そうとしない二人に、私から切り出す。
話を逸らそうとしているのかと思うほど、二人はそちらの方向に話をもっていこうとしない。そしてやっぱり私が確信をつく問いをすれば、また二人は口を噤んでしまった。クロイまでディオスと同じように俯き、顔をあげようとしない。沈黙を貫いても状況が打開できるわけではないのに。
ステイルがちらっ、と私を見る。どうしますか、と言いたげな眼差しに私は肩を落とす。仕方なく「じゃあそれは言わなくて良いわ」と切り、代わりの条件をディオスへと突きつける。
「もう二度とそれをしちゃ駄目。もう二人ともわかっているのでしょう?これ以上やれば今度こそ」
「いやだ」
短い言葉が遮った。
話を止まればディオスだ。さっき説得した時に拒んだのと同じように、意思を持って声を張るディオスは俯いたまま上目だけで私を睨みあげた。じっ……と鋭くした目は、またうっすらと湿っているようだった。
ディオスの言葉に、クロイは俯いたまま彼へ目を向ける。眉を寄せた表情は、私への拒絶というよりもディオスへ思うことがあるらしい。
「ディオス。……もう良いよ。次からは僕が」
「クロイにやらせられるわけないだろ。それに本当はクロイだって……」
「そんなこといっている場合じゃないでしょ。姉さんには僕から」
「駄目だ!絶対に言うな!そんなことしたらまた姉さんが無理」
「するかもしれないって言うんでしょ。知ってるよ。もうわかってる。でも、ディオスはもう嫌なんでしょ?ならもう僕が」
「クロイだってそうだろ!僕だって知ってる‼︎」
ぽつりぽつりと小雨程度の速度だった二人の会話が次第に白熱していく。
気がつけば嵐のように互いに顔を見合わせて睨み合っていた。ダンッ‼︎とクロイがテーブルに拳を叩きつけた音がまるで兄弟喧嘩のゴングのようだった。
私達やセドリックがいるのも忘れたようにお互いが自分にそっくり顔しか見えていない。同じ顔で同じ表情で同じように顔を赤くして同じように歯を向いた彼らは、互いが互いの言葉を最後まで聞かず、言葉に言葉を重ねて上塗っては怒鳴り合う。
「ッじゃあどうするっていうの‼︎僕だけディオスや姉さんばかり苦しむのを見てろっていうわけ⁈兄とか言っても年だって僕と変わら」
「だから〝分け合おう〟って言ったんだろクロイが‼︎元々は僕だけで」
「それはディオスだろ⁈僕はそんなのっ……、⁈」
「クロイだよ‼︎それにあの時はこうなるなんて思わなかったじゃんか!姉さんにだってダドリーさんにだってバレなかっ」
「ッそういう問題じゃないだろ!僕はこれ以上ディオスまでおかしくなるのを見てられない!父さんと母さんまで失ってディオスまでおかしくなったら」
「僕だって嫌だよ!だから僕が仕事をするから今度からはディオスが僕の代わりに姉さんと学校に」
「そんなの何の解決にもならないだろ⁈クロイだってあんなに嬉しかったくせに」
「〝混ざってる〟わよ。……ディオス、クロイ。」
荒れ狂う会話に、刃をいれる。
その途端、二人は同時に息を止めて凍りついた。お互いに顔を見合わせながら、ハッと目の前にいる自分と同じ顔の少年のヘアピンの数を確かめる。
興奮していた所為で、途中からお互いの会話が噛み合ったまま入れ替わっていることに二人とも全く気付いていなかった。私に指摘をされるまで普通にそれで会話が進んでいた。
ディオスがクロイをディオスと呼び、クロイがディオスをクロイと呼んでいたことに、二人は言葉も出ないまま同時に顔色を髪と同じくらいの真っ白に変えていった。もともと顔色の良くない二人の色が更に無に近くなる。絶句の様子も、絶望に目を見開く目蓋の痙攣も私の目にはそっくり一緒だ。揃う彼らを見比べて、諭すように再び私は彼らに……いや、彼に投げかける。
「……ディオス」
双子の兄であるディオスは、私に言われる言葉がすぐ予想できたように顔を歪めた。
いやだ、と言いたげな口が食い縛られて固まる。兄に釣られるようにクロイの顔も絶望色から暗く沈むようにしてディオスに向けられる。彼もまた、私が言いたいことはわかっている。彼らへ初めて会いに行った時、私は〝そう〟警告したのだから。
私から顔を逸らすべく俯ける彼に、真っ直ぐ目を向ける。中性的な顔を苦しげに歪めるディオスへもう一度、あの時の忠告と同じ言葉を私は告げる。
「もう〝同調〟の特殊能力を使うのは止めなさい。……いつか、混ざって戻らなくなるわ」
ゲームの貴方達のように。
その一言を飲み込んだ私に、ディオスは険しい表情で歯を食い縛らせた。




