表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
嘲り王女と結合

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

749/1000

Ⅱ483.本隊騎士は問い、


「副隊長に就任しましたアーサー・ベレスフォード、です。イジドア副隊長に恥じないよう、精一杯務めますので宜しくお願いします……‼︎」


アーサー副隊長が昇進したのは、僕が入隊して間もなくのことだった。

最年少入団、最年少本隊入隊に続き今度は最年少副隊長の記録まで上塗ったアーサー副隊長は間違いなくその実力も伴った昇進だ。


本隊騎士での生活にも少しだけ肌が慣れてきた頃にこの出来事は衝撃だった。

明らかに緊張で汗を滴らせながらも最初の挨拶で僕らの前に立ったアーサー副隊長が、ハリソン隊長により僕らへ副隊長として紹介される前から八番隊の全員がその昇進を知っていたと思う。何せ、アーサーさん……アーサー副隊長の昇進は判明してからすぐに騎士団全体で大騒ぎだった。

騎士達に囲まれ祝われていたアーサー副隊長の昇進判明に、この目で確認しに駆けつけた八番隊は僕だけじゃなかった。僕らにとっても八番隊から最年少副隊長が現れたことは大きい。


「報告は以上だ。ただちに演習を開始する」


ハリソン隊長の命令により、八番隊の僕らはアーサー副隊長の挨拶を受けてからすぐ通常通りの演習に入った。

おめでとうございます、宜しくお願い致しますと。……他の隊であれば当然のように隊員が声を揃えたが、僕ら八番隊での副隊長交代の受け止めはそれだけだった。アーサーさんも不満には思っていないようだったけれど、まだ気持ちの区切りがつかないのか小さく首を傾けながらイジドア元副隊長からの引継ぎを受けていた。

八番隊がこういう隊なのは知っていたが、副隊長に対してもこんなものなのかと少し思った。


ハリソン隊長もアーサー副隊長を良く思っているのかどうか僕にはわからない。副隊長就任を本当は認めていないから敢えてそういう対応で隊長が流していると他の隊だったら思うだろう。……まぁ、ハリソン隊長は僕が入団した時から間違いなくああいう人だが。


演習を終えても、イジドア元副隊長から聞いた引継ぎ内容をメモし続けるアーサー副隊長は本当に真面目な人だと思う。特に八番隊は他の隊よりも隊長格業務は多くもないし、ちゃんと聞いていれば忘れるほどの内容でもない筈なのに。

大体、細かい業務は知らなくても副隊長がどんなことをしているかは演習中に大まかには目にしていることだ。

一日の演習を終え、アーサー副隊長は近衛の任務から帰ってきた後もメモを繰り返し見ながら歩いていた。メモを凝視して覚えようとしてか、ぶつぶつ呟いていた筈なのに僕がすれ違うと一瞬で顔を上げて足を止めた。

「ノーマンさん」と。そう呼ばれ振り返れば、手帳を一度団服の中にしまったアーサー副隊長は姿勢を正して僕を高い背から真っすぐ見下ろした。


「あのっ、個人的な挨拶はまだ全然だったので!……この度、副隊長としてご迷惑をお掛けします。宜しくお願いします」

至らない点もあるとは思いますが、と。…………正直、僕が入隊した歓迎会での挨拶よりもよっぽど丁寧だった。

両手を身体の横に、勢い良く頭を下げるアーサー副隊長の束ねられた長い銀髪が肩の前に垂れた。

今日、昇進が正式に発表されてからアーサー副隊長は八番隊の騎士を見かけてはこうして挨拶を回っていた。とうとう僕にまでと思いながら、最初は「こちらこそ宜しくお願い致します」と平らな言葉だけでなんとか返せた。

ハリソン隊長なんてアーサー副隊長のことで僕らへ一言口添えするどころか、今日は一段と奇襲回数が段違いに酷かったというのに。正直ハリソン隊長のことは未だにあまり尊敬できない。

僕の返答にほっと息を吐く音まで零してから顔を上げたアーサー副隊長は、それからまだ下げ気味の頭と低い姿勢で口を開いた。


「すみません。ノーマンさんにも本当はもっと早く挨拶したかったんですが、近衛任務もあって遅くなりました」

「別に部下である自分にそこまで気を回す必要も謝罪の必要もありません。むしろ入隊歴が浅い自分よりも優先すべき騎士が圧倒的に多いかと。大体アーサー副隊長は昇進するよりも前から近衛騎士になられているのですからそちらに時間を割かれているのは説明されずとも騎士団全員がわかっています。本来であればもっと昇進挨拶の時間を設けるべきだったにも関わらず大幅に時間を省略して終えたのはハリソン隊長です。こうしてご自分の時間に挨拶へ回られるくらいならば挨拶時間の際にハリソン隊長へ直訴すべきだったのではないでしょうか。今は名実ともに八番隊の二番目なのですし隊長を補佐する立場という面でもそれくらいの融通や意見は言えるべきだと思います。あの時に挨拶の時間を不要と判断されたのであればその後にもご自分の時間を削られてまで挨拶に回る必要はありません」

いえ、その、はい、すみませんと。また長々と責めるような口調で言ってしまった僕にアーサー副隊長はぺこぺこと頭を下げた。

ハリソン隊長なら一言で切り捨て聞き流す話をアーサー副隊長は昇進する前から毎回最後まで聞いてくれる。ある意味、ハリソン隊長の下に付いて一番苦労する人選だったんじゃないかと思う。八番隊騎士全員にこの調子だ。そう、…………僕にも。


「ですから僕に謝罪は結構です。他の騎士にならば未だしも僕は貴方の後輩で、……それ以前に!今はもう部下です。何故そうも僕より年齢も経歴も実績も上のアーサー隊長が頭を下げられるのですか」

ついでに剣も格闘術も身長も遥かに上でしょう!!とこれでも少しは抑えた。

それでも「すみません」と謝ってくるアーサー副隊長に、今は少し苛立たしい部分があった。入隊当初は先輩騎士として砕けた話し方をしてくれたアーサー副隊長は、歓迎会の夜から他の先輩騎士達と同じように僕へ話すようなった。

もともと同期以外先輩後輩どころか新兵にも言葉を整えることが多かったアーサー副隊長だ。それを後輩である僕に対しても誰も気にしない。ただ、あまりに突然態度を変えられたことは敬意を払われているというよりも





むしろ。





「…………何故ですか」

それは、ぷちんと糸が一本だけ切れたような感覚だった。

ひたすら僕に対して腰の低いアーサー副隊長に、自然と頭が回るより先に声が出た。呟きのようなその声を発してしまったことに拳を握った。

「はい?」と気の抜けた声で聞き返され、胸が妙に息苦しいような感覚に苛まれながら黙す。アーサー副隊長はなにか手だてを探すかのように目を泳がせた。多分僕の疑問が何を指しているのかもまだわかっていない。当然だ、アーサー副隊長からすれば何も脈絡のない疑問なのだから。

数秒の間を置いて、ハッと息を呑んだアーサー副隊長は団服に一度仕舞った手帳を取り出して見せた。絶対違うと、先に確信しながら彼を睨む。


「いやこの後アラン隊長に部屋飲みに誘われてて、その間だけでも副隊長の業務内容を確認しておこうと思っ」

「それではありません」

やっぱり違った。

話途中で上塗るのは失礼だとわかりながら、それでも腹の蟠りに制御する。目に見えて肩を落としたアーサー副隊長は頭を掻きながら困り眉を垂らした。手帳を再び団服に戻し、「じゃあ何すか……?」と真正直に聞いてくる。

ここまで言っておいて何でもないと流すのも無礼になる。今はただの先輩ではなく相手は副隊長だ。

何より、僕自身がもう続きを言わずにはいられなくなっていた。


「先ほども申した通りアーサー副隊長は今は自分の直属の上官です。更には自分の方が年下で騎士の経歴も短く、決してアーサー副隊長以上の功績を立ててもいません。なのに何故相も変わらず言葉を改められるのですか」

本隊騎士になっても、隊長格になっても自分の立場より低い位置にいる騎士や新兵に言葉を整える騎士は少なくない。

しかしそれは年齢差や騎士としての経歴が明らかに上であったり、新兵の時や本隊に上がった時の先輩だったり上官だった場合だ。

同じ隊長同士でも、そういった理由で同格になった後も変わらず言葉を整える騎士もいる。上官へ無断に砕くことは無礼に値するが、相手の同意があれば問題ではない。

勿論立場が変わればそれに応じて言葉を整えず今の立場に応じる騎士もいる。経歴と年齢によっては騎士団長副団長でないにも関わらず他の騎士全員に言葉を整えられている隊長格もいる。


アーサー副隊長にとって、僕はそのどれでもない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ