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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
嘲り王女と結合

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Ⅱ480.騎士達は再認識する。


「にしても本当顔色良くなったなあ、エリック」

「ええ、はい……。それについては本当にご心配をおかけしました」


あはは……と肩を竦めながらエリックは隣から自分の顔を覗き込んでくるアランに苦笑する。

騎士団演習場の食堂。そこで他の騎士よりも数足遅く辿り着いたエリックだったが、朝食を受け取ってすぐ席を取ってくれていたアランに手で呼ばれた。早朝演習から調子を崩していた自分を気遣ってのことだろうとはすぐにわかったエリックは、甘んじてその誘いを受けた。開口一番に「おっ顔色良いな」と言ってくれたアランに食え食えと促されるまま朝食も食べ終えたところだ。

アランにも相談したエリックは、まさかその後にアーサーにまで愚痴を聞いて貰ったお陰だとは言えない。しかし何故食堂に来るのが遅れたのかと尋ねられたことに関しては正直にアーサーと話していたと答えた。その後、そのアーサーはノーマンとも話す為に留まっていたことも。


食堂に訪れた騎士の殆どが食べ終えた今も、アーサーもノーマンも現れないことに何かまだ話し込んでいるのかなと頭の隅で考える。

食欲もあり、完食した後も平気そうな様子のエリックを確認したアランは「ノーマンなぁ」と話題をまた戻す。空になった食器を重ねながら、フォークだけを軽く指先で遊んだ。

エリックからも、ノーマンとアーサーの話題までは知りえない。

なんだか申告そうな表情をノーマンがしていたことと、アーサーも見当がついていない様子だったこと。そして、食堂へ一足先に向かった筈の自分の耳にもキンと響くほどの大声でアーサーの絶叫が間もなく聞こえたことくらいだった。

その絶叫なら俺も聞こえたと、アランもそれには笑いながら返した。食堂前に辿り着いたばかりだったアランの耳にもアーサーの絶叫は聞こえ、自分以外の騎士も全員が一度は来た道を振り返っていた。


「ま、あいつはここ最近で色々あったしなあ。わざわざアーサーを呼びつけるんならよっぽどのことなんだろうけど」

「自分もそう思います……先日も演習中に珍しく集中が切れている様子でしたし」

「そりゃなるだろ、アーサーももしかしたらノーマン相手じゃまだ取り込んで……!お、カラムいいところに」

食器をトレーごと片付けに席を立ったカラムを見つけ、アランは大きく手を振った。

気付かれなければ大声で呼びかけようとも思ったが、ちょうどアラン達の座っている方向に向かっていたカラムはすぐに気がついた。食器を戻し、その足でアラン達へと歩み寄る。


他の騎士達と違い、アランとともにこれからプライドへの近衛任務へ向かわなければならないカラムは未だ悠長に座っているアランへ尋ねるより前に「そろそろ時間だぞ」と一言窘めた。

まだ充分余裕があるが、余裕を持って行動しようとするカラムへ慣れたように笑い返したアランは「すぐ行くって」と言いながら本題を投げかけた。


「この前さ、言ってたろ?ノーマンってアーサーのこと嫌ってはねぇんだよな?」

突然の自分にとっては脈絡もないノーマンの話題に、カラムは大きく瞬きをする。前髪を軽く指先で整えながら、そういえばまだ二人とも来てないなと軽く食堂を見回した。

騎士にもよるが、少なくともノーマンとアーサーはいつも食堂を利用している。大勢の騎士が行き交う中でノーマンは単純に自分が気付かなかっただけの可能性もあるが、基本的に朝食は目立つアーサーは一目でわかる。最後に一方向を確認したカラムは、やはりアーサーはまだ食堂に来ていないことを確信した。

アランの投げる話題に、自分の記憶を辿ればすぐに一つ当てはまる。極秘潜入初日に、プライド達からノーマンについて尋ねられた時だ。


『むしろノーマンにしては、慕っている方に入るかと』


「ひと月前の話か?それならー……、……アラン。お前も一度は立ち会っているだろう」

当時のことを思い出しそのままの声量を言おうとしたカラムは、途中で口を結び次には潜めた。

佇んだまま話していた姿勢から背中をアランとエリックへ前のめりに丸め、他には聞かれないように配慮する。

僅かに眉を寄せてくるカラムに、アランも何か大声で言ってはいけないことかとまではわかったがそれ以上は覚えもない。そうだっけか?と首を大きく捻るアランに対し、二人のやりとりを聞いていたエリックの方が先に少し思い当たった。

笑顔の口が僅かに引き攣りながら、今は発言を自粛する。カラムが声を潜めた理由も自分の想像通りだろうと思う。

自分の隊でもない、しかも八番隊の騎士相手にアランが記憶していないことは無理もないがとカラムは一度大きく息を吐いた。それからさらに姿勢を低め、座っているアランにできる限り顔を近づけてから囁く。


「…………奪還戦。アーサーが目覚める前後に、ノーマンがどれだけ彼を心配していたか覚えていないのか」

薄情者、とでも言いたげな眼差しを向けるカラムに、アランは視線を浮かせながら「あー……」と少しだけ記憶が開いた。

他の騎士に無関心というわけでは決してないが、カラムほどアランは騎士一人一人まで常に注意が向いているわけでない。自分なりに細かく把握できているのも一番隊、良くて二番隊くらいだ。

特に奪還戦、そのアーサーが目覚める前後と言われればあまり自分も余裕というほどのものはなかった。今でこそケロッとして騎士隊長の座にいるアーサーだが、当時は絶望的だったのだから。

当時ノーマンはどうだったかと言われても、あの頃はノーマン以外の騎士大勢がアーサーを心配し集っていた。

記憶を辿ってもしっくりこないアランに、エリックは僅かに苦笑のまま「自分も少し覚えがあります」と声を抑えた。


「アーサーが目覚める前、自分が様子を見に行った時……確かノーマンはアーサーのいる部屋にずっといましたから」

他にも八番隊の騎士はいましたが、と繋げながら苦そうにエリックはゆっくり言い切る。

アーサーが瀕死の重傷で運ばれた後、彼を心配して部屋に控えていた八番隊騎士の中に確かにノーマンも含まれていた。今にも死にそうな虚ろな表情で両膝を抱え壁に寄りかかり、俯いていた姿を今もよく覚えている。他の騎士ならば未だしも、人付き合いの嫌いな八番隊の騎士までちらちら見えたのは印象的だった。


エリックの言葉にカラムも腕を組み大きく頷いた。

当時アーサーに付き添っていた自分は、その姿だけでなく血相を変えてアーサーの様子を見に来た姿も目にしている。どの騎士も動揺を露わにしていたその中で、特にノーマンはアーサーの容態を聞いた瞬間に膝から崩れ落ちかけた。

当時そのノーマンが膝を落とす前に支え、今は任務をと呼びかけたのは自分だ。あれだけアーサーのことで動揺し按じていた彼がアーサーを慕っていないわけがない。


「それに目覚めたアーサーに面会に行った時など、私達近衛は自重しろと怒鳴られただろう」

そうだっけ?と、半分笑った顔になりながらそんな記憶もあったようなとアランもうっすら思い出す。

ノーマンがどんな状態だったかまでは覚えていないが、確かに当時目覚めたアーサーと話そうと騎士達で詰めかけた時誰かに怒鳴られたような気もする。アーサーの容態を知りたくて、真実もその口から聞きたくて、扉を開けられる前に自分から飛び込みそうになった。

まだですよ⁈と止めにはいった騎士達の中から、特攻する自分だけでなく近くにいたエリックやカラムも一纏めに怒鳴られた。


『近衛騎士の方は自重して下さい我々八番隊が優先されるべきではないのですか‼︎』


途中から他の騎士達の騒ぎ声に押しつぶされたが、確かに思い出してみればノーマンの声だったような気がする。

きっとアーサーの状態を一番に確かめたかったのだろう、と続けるカラムにエリックも同調するように頷いた。エリックはそこまでは覚えていないが、確かに近衛騎士は自重しろと誰かに怒鳴られたことだけはアランと同じく覚えている。

あれだけアーサーが目覚めるまで心配していたのだから、確かめたいと思うのは当然だ。


「奪還戦後の祝会でアーサーが酔った時も、八番隊でもないのに割り込むなと他の騎士達へ声を張っていた」

あ~~……と、カラムの証言に今度はエリックとアラン二人の声が同じ温度で重なった。

完全に半笑い状態になった二人を前に、カラムだけが二度頷いて返す。「そういうことだ」と言いたいのが言葉にせずとも二人に伝わる。

当時、奇跡的な復活を遂げて祝会で騎士達にもみくちゃにされたアーサーだったが、酔いが回って誰でも褒めちぎり始めた時に騎士達が大勢自分も褒めて貰おうと呼びかけまくっていた。そしてその競争率の高い集いの中には、確かに。


『ッ八番隊でもない隊員が割り込まないで下さい‼︎』


ノーマンも居たと。

そうだ、あの口調はノーマンだと。そう思い返しながらアランは静かに噛み締める。祝会の方は当時自分も衝撃的だった分わりと覚えていた。背中姿だったが、アーサーに向けて他の騎士を押しのけ平均身長より低い身体で懸命に前列へねじこもうとしていた騎士の姿を。

結局は他の騎士に競い負けていたが、そういえばあいつもアーサーに褒められたかったのかとじわじわ肩が笑い出した。カラムに「ここだけの話だぞ」と言いふらさないように釘を刺されれば頷いたが、それでも腹を抱えて笑いたくなるくらいには衝撃的事実だった。

どの騎士にも噛みつくあのノーマンが、まさかのアーサーを実は慕っているなど今まで全く気付かなかった。だが、今の話を総評すれば嫌っていないどころかなかなか懐いているとアランも思う。

なら大丈夫かな、と。一言呟いたアランにカラムも首を小さく傾ける。二人がどうしたのか、と今ここに不在のことも合わせて尋ねれば




「ッハリソンさん⁇すんません!まだ食ってなかったンすか⁈」




バタン、と扉が開かれる音と殆どすぐに聞き覚えのある声が三人の耳に飛び込んだ。

同時に顔を上げれば、扉の前でアーサーが目を剥きハリソンと向き合っている。そして銀色の髪の背後にはノーマンの姿もあった。

噂をすれば、と思いながら視線を向ける三人の他にもアーサーの響く叫び声に食事を終えた騎士達が注視していた。アーサーがハリソンといるのはまだしも、ノーマンも連れているのは珍しい。アーサーがハリソンと話し始めてからも一人食事に着こうとはせず、その背後にぴたりと立ち止まっている様子からしても一緒なのは間違いなかった。


「腹減りませんでした⁈本当に申し訳ありませんでした!!!」

「隊長が食さないならば必要ない」

アーサーが来るまでずっと食堂の扉前で待ち続けていたハリソンは、食堂でも異彩を放っていた。

他の騎士達がテーブルに着く中、アーサーを待っていたハリソンが一人で佇んでいたのだから。いつもはアーサーと共に朝食をとっているハリソンが扉前にただ佇む姿に、アーサーの不在はカラムだけでなくどの騎士にも一目瞭然だった。


いや要りますから‼︎と直後にアーサーがまだ声を上げたが、ハリソンは「問題ない」という一言だけだ。

もともとアーサーに言われるまで朝食どころか食堂に訪れる習慣もなかったハリソンに、アーサーからの命令がなければ朝食の必要性も感じない。今もこのままアーサーがこなければ朝食無しで食堂を去るつもりしかなかった。

アーサーが休息日の日すら、アーサーが言い忘れていればその日は今まで通り食事を取らないことも多い。


「とにかく急いで食いましょう!ノーマンさんも一緒にどうですか?」

一日の内で朝食以外まともに取らない可能性の大きいハリソンを先に促し、更に背後のノーマンへと振り返る。

他の騎士達は全員食べ終わったの者が多い中、自然な流れでノーマンを誘った。既に注目していた八番隊騎士のやり取りに騎士達も少しだけ目を見開く。

すぐ至近距離にいるハリソンこそ全く気にせず促されるままノーマンを素通りし朝食へと足を動かしたが、他の騎士達は口こそ閉じたまま目が離せなかった。アーサーがノーマンを食事に誘ったこと、ではない。


「…………はい」


丸縁眼鏡の下を充血させ、瞼も鼻も遠目でもわかるほど赤く腫らせたノーマンに。

何があった⁈どうした⁈あのノーマンが?!!と、言葉には出さずともノーマンを知る誰もがそちらに意識がいった。更には遅れて、ノーマンが誰かの食事の誘いを受けたことにも数拍遅れてから食堂全体に無言の激震が走る。

早く食いましょう!とハリソンだけでなく、泣き腫らした後のノーマンまでむすっとした表情でこそありながら共に連れているアーサーに誰もが問い詰めたくなる。もともと食事を取る習慣もなかったハリソンに朝食を取らせるようになった功績だけでも凄まじいのに、更には誰に対しても容赦ないノーマンまで共に食事を囲おうとしている。


「ハリソンさん、マジで自分いなくても先食ってて良いっすから!!」

「必要ない」

「何故ハリソン副隊長は朝食の面倒までアーサー隊長にみられているのですか。騎士として自己管理は当然のことだと思いますが。大体朝食だけでなく本来であれば一日なるべく三食栄養を取るべきです。アーサー隊長と食事を取られる前など一度真冬に倒られましたよね?当時いつまでたっても早朝演習に合流されないハリソン副隊長のお部屋に自分も伺いましたが、真冬に暖炉をつけずあれほどになるまで全く自分の不調に気付かないなど自己管理以前の問題かと……」

目で三人分の席を探しながら朝食を受け取るアーサーに、無表情のまま朝食を運ぶハリソンが一方的にノーマンの発言を浴びている。その様子は部分部分は当たり前のようで、三人纏まっていると衝撃が大きかった。今まであの三人が一緒に行動をしていることなど、任務と演習以外ではない。

ノーマンの発言に風が吹く程度の感覚で聞き流すハリソンと違い、アーサーが代わりにノーマンへ謝れば「ですから何故アーサー隊長が」とノーマンが赤くなった水色の眼光の角度を上げた。


「…………アーサーのああいうとこ、結構すげぇよな」

「お前にだけは言われたくないだろう」

ぼそりと独り言のように二人へ投げかけるアランへ、カラムも視線こそアーサー達に向けたまま言葉を返した。

アランの意見は同意だが、そのアランもアランで大概だとカラムは思う。あの八番隊二人をまとめるアーサーの手腕は恐ろしいが、アランも分け隔てなさも距離の縮め方も負けていない。

エリックが半笑いの顔も治らないまま二人へ同意するように無言で頷く中、軽くカラムへ振り返ったアランは「そういうお前もな」と歯を見せて笑いかけた。アランの目から見れば、自分の隊でもないしかも八番隊のノーマンの心情を誰よりもわかっていたカラムは流石だと思う。

アランからの笑みに目だけ向け、両眉を僅かに上げたカラムは前髪を指先で払う動作でそれに返した。

アーサー達を眺めながら隊長二人のやり取りも視界に捉えるエリックは、言葉にしないまま笑いだけを柔らかく零す。

騎士隊長二人が互いとアーサーをそう評価するとおり、つまりは




─ アーサーも〝隊長〟らしくなったということか。




人付き合い不可の八番隊騎士を両隣にして着席するアーサーを、心から微笑ましい気持ちでエリックは見守った。


Ⅱ27-1

Ⅰ506-1、502

Ⅰ510、Ⅰ629-2

Ⅰ402-1

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