説明し、
「……なんですか」
はい?と、思わずアーサーは聞き返した。
なんですか、と聞かれた気はしたが、それだけでは何のことかもわからない。最初の言葉を聞き逃したのかと思いながら少し前のめりに首を伸ばす。
するとノーマンもゆっくりと顎を上げてアーサーを見つめ返した。水色の瞳がこの上なく潤み零れきったまま、眉間がきつく絞られ自分より背も年齢も上の上官をまた睨む。
「つい先ほど。……僕に、「今後頼みたいことも」と仰りましたよね。それは、何でしょうか……」
ぎくり。と、いつものノーマンよりも遥かに枯れた声で言われた問いに、アーサーは一度肩を上下した。
ノーマンへ言葉を乱し怒鳴る前に確かにそう言ったと思い出す。あまりにもノーマンの発言が支離滅裂過ぎた為に自分もつい口走ってしまったが、本来ならば〝まだ〟言うべき話じゃなかったと思う。
まさかよりにもよってそこを突かれるとは思わなかったと自分の発言を後悔しながら、アーサーの喉がじわじわと干上がった。嘘が苦手な自分はここでしらばっくれることもできない。しかも相手は容赦ない発言のノーマンだ。
自分を上目に睨みながら、返事を待つ間に丸渕の眼鏡を外し拭く動作をするノーマンに口を引き攣らせながらの喉を反らす。
いや、それは、と苦しい言葉を繋げている間に水色の目を赤くしたノーマンは眼鏡をかけ直した。中指で眼鏡の位置を軽く調整する。
引き留められることなど本気で期待をしていなかったノーマンだが、アーサーに言われた一つひとつに今は背を向けられなくなった。さっきは遮ってしまった言葉を、ちゃんと聞きたくなった。言いにくそうに口を食い縛ったアーサーに、思わず「それを聞いてから考えます」と続けてしまうほどに。
ノーマンから初めての考え直してくれるという発言に、アーサーも逃せない。
「……その、今は言えないンすけど……。まず、休暇を取りませんか?それが終わる頃にはちゃんと決まってると思いますから……」
「それでは出任せと判断します。どう考えても僕を引き留めて下さる為の方便としか判断できません。その間にそれらしい任務をご用意されるつもりですか」
違います!!と、容赦ない正論をいつものように叩き出してきたノーマンにアーサーも慌てて否定する。
しかし、今の自分の発言を顧みれば確かにその通りだった。この後にもしノーマンが望み通り時間を与えてくれたところで、その後に「お任せしたかったのはこれです」と言ってもノーマンを引き留める為に自分が後付けで用意したものだと判断できる。ここで断言できなければ、単に「思いつかなかっただけ」と思われるのは無理もなかった。
口を閉じ睨み返す形で自分を無言で問い詰め続けるノーマンに、アーサーは唇を絞る。
うっかり口にしてしまった言葉は真実だが、同時にまだ未定でもある。本当にそうなるかわからないのに安易に言って、後で「やっぱり変わりました」となれば自分がノーマンを騙したことにもなりかねない。何よりまだ口留めされていることを自分の口では言えない。
だが、やっといつもの調子に近い状態になったノーマン相手を引き留めるにはもうこれしかない。自分はもう言える言葉は全て言い尽くしてしまった後だ。あとはあるだけの手を尽くすしかない。
「…………わ、かりました……」
ノーマンをこのまま捨て置けない。
その意思だけを支えに、アーサーは無理やり口を動かすようにして言葉を返した。まるで罪を白状させられるような感覚に襲われながら、目を強く絞りまた開いた。
「場所だけ変えて良いですか」と代わりの条件を向けてくるアーサーに、ノーマンもすぐに同意したが直後にいつの間に自分は話を聞くことになったのだろうと我に返る。アーサーがどう思ってくれていようと、誰が責めなくても騎士として恥しか残せない未熟だった自分は騎士を辞そうと決めていたのにと。
しかし、ここまで自分が焚き付けておいて今更引けない。
こっちにと、食堂とは別方向へと促し先導してくるアーサーの背後に口の中を噛みながら続いた。一体どこに連れていくつもりなのか今は見当もつかない。
既にこの場には自分達しかいなかったのに、何故場所を変える必要があるのか。そろそろ朝食を早々に終えた騎士達は戻ってくるからかと考えるが、確証はない。歩いている間は互いに何も話さなかった。
鼻を啜り、丸縁の眼鏡の下も今は濡れていない。しかし、気を緩めるとまた込み上げそうなのをノーマンは抑えるので必死だった。自分のさっきまでの発言全てを後悔すれば、口の中に血の味まで広がった。
─ なんで僕はいつもいつも、最後までこうなんだ……
別に、聞かなくて良かったじゃないかと今は思う。
自分はどういう理由でも騎士を辞めるつもりだった。ここでアーサーから聞けば、辞めるのに迷ってしまうかもしれない。遺恨が残るかもしれないし、辞めた後それこそもっと後悔するかもしれない。
自分より遥かに高いアーサーの背中に続きながら、目がまた滲みそうなのを今度は指で払った。まさか本人の目の前で泣いてしまうなどと思えば、今度はいつから泣いてしまっていたのかと考える。まさか最初に怒鳴った時からなど気付かない。
本当はもっと綺麗に、円滑に全て終えて今頃は荷物を纏めている筈だった。アーサーの人の好さは知っていたが、まさかこんなにも思い切り引き留められるなど思いもしなかった。
自分がこんなに我も忘れて口を動かしてしまうなど思わなかった。最後くらい、アーサーに今までの迷惑への謝罪と感謝を伝えたいと思っていた。
なのに感謝を伝えるどころか、思い返せば思い返すほど恥の上塗りしかしていないとさっきとは別の要因で泣きたくなる。
アーサーに連れられていなかったら、ここが騎士団演習場でなければ座り込んでいたかもしれない。
こっちです、と歩き出してから初めてアーサーに声を掛けられたが返事ができない。
自己嫌悪に潰されかけながら、ここでせっかくのアーサーの厚意を無下にもできず足を動かし続けた。
ぐるぐると考えている間に気が付けば辿り着いていたのは騎士館だった。今すぐ自分の部屋に理由をつけて飛び込みたい、と逃避が過りながらも意思とは別に身体は進む。ここまでくればどこへ連れていくつもりかは察しが付き、思った通り隊長格にだけ与えられる一室でアーサーは足を止めた。
どうぞ、と自室の鍵を開けたアーサーはそのまま先にノーマンをいれるべく手で示した。
一拍だけ抵抗かのように両足を止めたままを維持したノーマンだが、アーサーからの促しにすぐその足を前に出した。ノーマンが部屋に入ったところでアーサーも続き、扉の鍵をすぐ閉めた。
「散らかっててすみません。えっと、このまま立ち話でも大丈夫ですか」
「構いません。聞いたらすぐに失礼するつもりですので」
むしろ椅子を勧められたり水でも出された方が困る。そう思いながら間髪入れず言葉を返すノーマンに、アーサーは少し肩を狭めた。
まるでさっさと話しを進めろと言わんばかりの口調の鋭さに、ついまたすみませんと言いたくなる。本当ならこういう時は椅子を進めて水ぐらい出すべきだと、見本となるカラムを思い浮かべた直後に唇を結んだ。
どちらかというとこの状況はハリソンが自分にしたことと同じだと思えば、ごくりと喉が鳴った。なんだかんだそういうところばかり前隊長に似ちまってんじゃねぇかと冷たい汗を流しながら、ノーマンへと身体の正面で向き直る。そういえばあの時は、自分が隊長昇進を推し進められた時だったと思えばもう当時のハリソンを責められない。
自分の断りに黙り込んでしまうアーサーに、ノーマンも眉を寄せながら凝視する。
気を抜けば初めて入るアーサーの部屋が気になる自分を必死に抑えた。散らかっているとアーサー本人は言ったが、実際は私物も少ない部屋は綺麗に整っていた。こまめに掃除もされて、むしろ騎士の見本のような部屋だ。
つい「どこが散らかっているのですか」とまた余計な口が回りそうになる。
自分で招いておきながら気まずそうな表情が変わらないアーサーは、直立不動に佇んだまますぐには本題に入ろうとしなかった。「今からンことは内密に」と言われて「わかっています」とうっかりノーマンは前のめりに言ってしまった。
帰りたい帰りたい今すぐ騎士団長に退任を伝えて部屋に荷物を纏めたいと後悔を抑えながら睨むノーマンの顔からは明らかに取り繕いがアーサーには見て取れた。
「あのこれから」と説明しようにも「構いませんから本題をどうぞ」と断らせてしまう。やはりここまで来てはくれたが、本当は考え直すつもりもないのか、ここまで歩かされたことも不満なのかと考えながら深呼吸を一度済ませ
指笛を、放った。
ピィィイィィィィイイイッ、と。
突然指を咥え甲高い音を吹き鳴らしたアーサーに、ノーマンも全身を揺らして目を丸くした。
今までアーサーが指笛を鳴らすところなど見たこともなければ、意図もわからない。鳴らし終え、手を口元から降ろした後もアーサーは気まずそうな顔で黙したままだった。
五秒、十秒とほんの少しの時間が長く感じ沈黙も重くなる。依然として意味不明の行動後も何も言おうとしないアーサーに「何なんですか」と落ち着かせた声でノーマンが発しようとした瞬間。閉め切られていた部屋に、突如としてもう一つの影が表出した。
「どうしたアーサー」
ステイル様⁈と、当然のような口調で現れた人物にノーマンは完全に声がひっくり返りかけ、後ずさった。
眼鏡の黒縁を指で押さえながら現れたステイルは、目の前のアーサーとは違う声が放たれた別方向に首だけ向ける。
アーサーの傍に瞬間移動する寸前に、アーサーの傍にもう一人いることは気付いたがてっきり近衛騎士の誰かかと思っていた。ちょうど寝起きから服を着替えた後だったとはいえ、まだ朝の準備も途中だった時に呼び出してきたアーサーに若干不満もあった為眉間が少し寄ったままノーマンを見てしまう。
近衛騎士達以外の前でつい瞬間移動してしまったと思ったが、まぁアーサーがわかって呼んだならばとすぐに思い直した。それにノーマンなら知られたところで大した問題ではない。
第一王子睨まれたと、一瞬肩を上下させたノーマンは思わず唇を引き結んだ。一体どうなっているのか今度こそわからない。
「わりぃ、ステイル。今ちょっと良いか?」
「手短にしてくれ。まだ朝の準備中だ」
これから朝食前にプライドを迎えに行く準備を済まさなければならない。そう思いながらも、呼び出されたまま頷くステイルにアーサーも改めて「悪い」と謝った。この時間帯のステイルが多忙なのはわかった上で自分は呼びつけた。
第一王子と当然のように言葉を砕いて淡々と話すアーサーにノーマンは後ずさった体勢のまま今度はフラついた。
アーサーとステイルが友人関係なのはノーマンも、今や騎士の誰もが知っている。そして知られているとわかっているからこそアーサーも今は話し方を隠さない。
だが、それでもノーマンにとって目の前で当然のように第一王子と話す姿はそれだけで衝撃だった。しかも今の様子だとどういうわけか騎士であるアーサーの方が王子を呼びつけた形になっている。逆ならまだしも、王子を呼びつける騎士など聞いたことがない。
今も「彼はいて良いんだな?」「ああ」とむしろステイルの方がアーサーに確認を取っている。
驚愕から遅れてその場で跪いたが、その途端さっきまで殆ど自分を気にしていなかったステイルから「どうぞノーマン殿は立ったままで」と声を掛けられた。
その時だけ顔ごと向けてにこやかに笑まれたが、この威厳の塊の第一王子と自分は初対面ではないことにノーマンの顔から血の気が引いた。今更ながら、何故気遣うばかりのアーサーが自分に椅子を進めなかったのかを理解した。王族を迎えるのに座って寛ぐなどできるわけがない。
にこやかに笑みを作って見せるステイルの顔に、アーサーは一度だけ苦い顔で顰めるが今は指摘しない。自分の為にすぐ来てくれた相棒へ本題を投げるべく口を開いた。
「前に話したやつ、ノーマンさん達の。あれどうなってる?」
「順当にいけばそのままだ。問題なければ近々正式に騎士団長へ母上から通達もある。……なにか問題でもあったか?」
腕を組みながらアーサーに言葉を返すステイルは、そこでまたノーマンに目をやった。
彼がいる前でその話題を出すということはとある程度のことは想定する。今度は笑顔でもない無感情の目配せに、ノーマンは背筋が反るほど伸びた。さっきまでは涙だったのに今は汗が止まらない。
自分の名が呼ばれたのに、今は何故自分がここにいるのかもわからない。頼みの綱のアーサーも今は自分ではなくステイルに視線を向けたままだった。
「いやそのままだ」と断るアーサーはそこでやっとノーマンにも視線を向け、すぐステイルに戻す。
二人を見比べ、ステイルにノーマンを目で示した後に今度はさっきよりも低めた声で申し訳なさそうに眉を寄せた。本当はひそひそ話で纏めたかったが、嘘の打ち合わせをしているとノーマンに疑われたら元も子もない。全てこのまま、隠さず話す。
「ちょっと色々あってノーマンさんに先に言っておきてぇンだけど、話して良いならー……。つーか、俺からじゃ信じて貰えねぇからお前から言ってくンねぇか?」
もう結構です!!と……そう叫び出したいノーマンの喉は干上がった。
第一王子相手になんてことを頼もうとしているのかと、発言できないままノーマンの口が空のままパクパク動く。明らかに自分の話について目の前で打ち合わせをしているアーサーと第一王子本人を見せつけられれば充分だった。この後にアーサー一人に何を言われようが既に確証を得たと同義だ。
王族相手に申し訳なさそうな表情だけで砕けて頼むアーサーに本当に王子の友人なのだと、知っていた筈のことを思い知らされる。
アーサーからの頼みに、部下関連で自分を頼ってくるなど珍しいとステイルも大きく瞬きした。
ちらっとまたノーマンへ目を向ければ、どうやら何も状況を理解していない。アーサーが出してきた話題自体、まだ騎士団長にも未定案件として黙秘が命じられている。アーサーが独断でそれをノーマンにべらべら話すような人間でないこともステイルはよくわかっている。
それでか、と。自分が呼ばれた理由を半分程度推察したステイルはそこで息を吐く。
「仕方ないな」と了承をアーサーへ言葉にし、もう殆ど確定案件である今なら、そしてノーマンにならばよいかと身体ごと彼へと向き直った。
どうもノーマン殿、とそう笑いかけられただけでノーマンの背筋ががちりと伸びた。また反射的に跪こうとしたが既に一度断られている。代わりに深々と礼をすれば、なだらかな第一王子の声が続けられた。
「先日はお世話になりました。今は時間もないのでその件については後日にしましょう。これからお話しすることはまだ極秘事項ですので、決して口外しないようにお願いします」
はっ‼︎と喉を張るノーマンは、断る余裕もない。風を切る速さで低頭する。
取り繕った笑顔で敢えてノーマンに語り掛けるステイルも、時間さえあればもう少しじっくり彼とも話したかったと思いながら満足な返事に一言返した。
潜入視察でのこともそうだが、少なくともアーサーが自分を呼ばないといけない状況をノーマンが作ったことは色々な意味で興味深い。あとでアーサーに詳しく経緯を吐かせようと思いながらも今は飲み込んだ。
見慣れたとはいえ苦手なそのステイルの笑顔に顔を顰めるアーサーだが、今はそれよりもノーマンに必要以上圧をかけるなよと思う。単に社交的な笑顔だけでなく、ステイルのその笑みは若干の黒さをうっすら纏っていた。
「単刀直入に申します」と一言前置くステイルは、時間もない為本当に躊躇いなく本題をノーマンへ叩きつけた。
「現在、話が進行している〝女王付き近衛騎士〟に貴方を含めた四人の騎士が近々指名される予定です」
……は⁈と、すぐにはノーマンも反応できなかった。
女王付き近衛騎士、という初めて聞く言葉に耳を疑う。間の抜けた一音を出せたと思えば、表情筋が伸びすぎて眼鏡がずれた。
ノーマンの理想的な反応に、ステイルは静かに笑みを広げながらさらに言葉で畳みかける。何故、と言いたげな彼の眼差しに言葉で問われる前に答える。
最初にノーマンの言動を知った時は絶対加えてやるものかとも思ったステイルだが、ノーマンの本性を知っている今は心からそれを歓迎する。彼が最も驚くだろう言葉を敢えて選び口に出す。
「因みに貴方を推薦したのはアーサー騎士隊長です。近々騎士団長から正式に打診があると思います。その際に返事を聞かせて頂ければ結構です。是非、前向きにご検討いただければ幸いです。我が母上を守る大事な役割を、僕も信用できる騎士にお任せしたいと考えていますので」
とんとんとんとんと続ける言葉に、ノーマンも一言返事するので精いっぱいだった。
本当なら王族相手とはいえ、尋ねたいことももっと深く確かめたいことも言いたいことも色々浮かんできたが今提示された情報だけで頭が半分混乱し、流石のノーマンも言葉が出ない。中途半端な理解のまま無駄に問うわけにもいかず封殺される。
にっこりと笑みのまま口を動かし続けたステイルは、そこまで言い切るとぴたりと表情を一秒止めて笑顔を消した。
「これで良いか?」と文字通り切り替わったように普段の表情に戻し、さっきまでより一オクターブは低い声でアーサーに投げかける。
いつもの口調と表情で自分に確認するステイルに、アーサーも一言肯定で返した。
「助かった。朝っぱらからわりぃ」
「あとでゆっくり話を聞かせろ。……それではノーマン殿、僕はここで失礼致します」
ポンと気安く肩を叩いてくるアーサーに、第一王子は眉一つ動かさない。
しかし最後に去る直前、ノーマンへ笑いかければにっこりとまた社交的な笑みが出る。今度はアーサーの目からも薄気味悪さのない笑みだったが、ノーマンは関係なく心臓が飛び上がった。
はい、と返事こそ騎士として間違いなくできたが心臓の音は危うい。発作を起こす手前のように脳も心臓も慌ただしく駆け巡るままだ。
だが、取り合えず王族が早々にまたこの場を去ると張り詰めた神経のまま思う。
しかし笑顔でノーマンに挨拶をしたステイルは、そこからすぐには瞬間移動しなかった。
「……宜しくお願いしますね?」
明らかに含みと声の低さを持って釘を打った直後、表情が強張り切ったノーマンの顔を確認してからステイルは姿を消した。
言葉と笑顔こそ好意的に受け取れたが、声の低さと口調からは「今後も宜しく」と「アーサーを困らせるな」の二つの意図が均等に合わせられていた。
ノーマンを今は悪く思っていないが、それでもアーサーが彼のことで最近はとくに色々と気にかけ忙しなくしていることはステイルも知っている。しかも自分をこうして頼ってきたということは、それなりにノーマンがまた発言でアーサーを困らせたことまではステイルに予想ができた。
若干敵意とは言うまでも圧を含んだ言葉に、彼が瞬間移動した後も「はっ‼︎」と言葉を返したノーマンは汗が床に落ちた。
明らかに顔色から血色が落ちている上、焦点が合っていないようにも見えるノーマンにアーサーは「大丈夫ですか……?」と恐る恐る覗き込んだ。王族が突然目の前に現れたらそりゃあ驚くよな、と思うと同時に最後のステイルの黒い気配を醸したのにも当然気づいている。
多忙なステイルを呼びつけた自分に責任はあるが、ノーマンに対しては一度ステイルが悪く見ているのも知っているから余計悪いことをしたなと思う。最初にステイルを呼ぶと説明しようとしたが、ノーマンに「構いませんから本題をどうぞ」と言われた手前希望通りにしてしまった。
すみません、でも本題をと言われたので。一言ずつ言葉を並べながら腰を落とすアーサーに、ノーマンは緊張が半端に解けて口が俄かに空いていた。
「…………何故ですか……」
ぽつりと零された言葉に、アーサーは彼を気遣い歪めていた顔をきょとんと伸ばした。
何故、と言われてもどれのことが判断がつかない。ステイルを呼んだことか、女王付き近衛騎士発足の理由か、それにノーマンを指名したことかと順々に浮かべながら一度首を小さく傾ける。
蒼色の瞳を丸くしながらノーマンを映し続ければ、言葉をくれないアーサーにノーマンは呼吸を静かに整えてから「何故僕を指名を」と短く呟き、目を合わせた。




