表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
嘲り王女と結合

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

743/1000

取り乱し、


「大体貴方は御人好し過ぎるんです!!!!」


首を捻りたくなるアーサーを前に、もう騎士団に残るつもりのないノーマンは、これが最後とばかりに浮かぶ言葉を吐き出すことに躊躇がなくなった。

熱に押されるまま後で後悔することも知っていながらまた口に出してしまう。


「八番隊も大勢いるのですから僕一人に構う必要もありません!!常日頃から隊長としての意識をもっと持ってくださいと申し上げているでしょう⁈もう騎士でもなくなる僕には一層必要がありません!!今後関わるのであれば僕ではなく弟の友人としてどうぞご自由になさってくださいもう僕は貴方の部下ではありませんから!!」

いや、はいっ、ですから、はっ……と早口で噴射され続ける言葉にアーサーの舌が追い付かない。

もうノーマンの思考がどこにいっているのか、本当に自分に対して話しているのかすら自信が持てなくなる。

自分は先ずノーマンが騎士を辞めることを引き留めたいのだと原点に戻るが、もうノーマン本人は完全に先へいっている。歯を剥き出しに食い縛り、全身で息をしてそれでも落ち着かずフーフーと音を上げるノーマンに眉を寄せ、若干困惑で垂らしながらなんとか問いを絞り出す。


「あの、……じゃあ自分が変に首突っ込んだのが悪かったんすか……?ノーマンさん家の……てかブラッドに……」

「違います!!」

なんでそういう話になるんですか!!と質問で返してくるノーマンにアーサーの顔が倍以上の困惑で顰められる。

てっきり自分がブラッド一人に必要以上干渉したからノーマンを追い詰め、見切りをつけられたのかと。昨日差し入れをしたばかりだから余計にそう思った。しかしこの反応では違うらしいと理解する。

自分の所為でノーマンを追い詰めたわけじゃないことには安堵したが、しかしノーマン自身の決意が変わらなければ意味がない。


「感謝しています感謝を!!ただこんな僕では隊長にも騎士団にもご迷惑をかけるばかりで!!」

「ッで、す、か、ら!!迷惑なんて誰も思ってもいませんって!」

話聞いてます⁈ととうとう今度はアーサーが噛みつく。

泣きながら逆ギレるノーマンに、虚をつかれた反動で自分も半分怒りが混じり出す。今まで自分より遥かに冷静だったノーマンの取り乱しに訳も分からないまま同じ土俵に上がりたくなってしまう。感謝しているなら余計に残れと自分勝手な言い分まで言いたくなった。

しかし声を上げるアーサーにノーマンはムキにこそなっても頭は冷めない。黙って決意表明だけ受け取って見送ってくれれば良かったのにと思いながら滲んだ視界を睨む。怒りが殺意に近く身体の芯から湧き上がる。


思い返せば返すほどあまりにも無様で情けない自分に。


「貴方のことは尊敬していました!!!」

キッ!!と鋭い目で睨まれながら叫ばれたアーサーは、思わず目が丸くなる。

突然自分をと言われ、どういう意味かと思考が止まる。ノーマンにとってはもう既に知られているだろうと思っての発言だが、アーサーからすれば全くの初耳だ。今までノーマンに尊敬の目でどころか態度を取られた覚えもない。

しかし濡れた眼光で自分を睨むノーマンに、取り繕いは全くない。本気の怒りと正直な感情が刃に近い鋭さで自分に向けられている。


「認めますよ‼︎貴方のように立派な騎士になれればとも思いました!!実力も人格も器も広い貴方のような騎士になれればと何度も夢に見ました!!貴方のような理想の騎士で!血筋に恥じない後継者になれればと思いました!!」

当たり前でしょう⁈とまた逆ギレられ、顔が顰められたままアーサーは困惑する。何故急に褒められているのがわからない。

自分の胸を示したまま前のめりになるノーマンのくるりとしたたんぽぽ色の前髪まで涙で湿っている。さっきよりも零れている涙の量が増えていると気付いた瞬間、アーサーの拳を握ろうとした手が行き場を失くす。


自分を褒めながら怒るノーマンに、嫌われているのかそうじゃないのかも確証が持てない。器まで広いと言われれば、自分の話を本当にしているのかも自信がなくなる。

自分のような騎士になど、言われる覚えがない。理想の騎士や血筋に恥じないとまで言われれば、こんな状況なのに顔が熱くなった。

誰か他に聞かれてないかと初めてノーマンから目を逸らし、泳がすように周囲を確認してしまう。その間も「ですが駄目でした!!」と意味不明の断言を続けるノーマンは、滲んだ目の焦点も虚ろだった。

涙で歪んだだけでなく、本当に精神的にまずいとアーサーはそこで考える。冷静なノーマンが自分をそんな過大評価するなどやはり今の彼は正常な判断ではないと判断した。


「僕では力不足でした!!ですから騎士団を去ると決意しました!!至極真っ当な判断でしょう⁈世界中の誰もが最善と認めるでしょう⁈」

「いえ俺は認めませんし!ノーマンさん、やっぱちょっと休んで」

「貴方は別枠です!!!もう一生長いお暇頂きますのでご安心下さい!!」

「そォじゃなくて!!ちょっ、マジで落ち着いてくださいって‼︎やっぱ休暇先に取りましょうよ!もともと騎士団長にはそう言われてるンならその後に考えても遅くねぇですし、まだノーマンさんには自分も今後頼みたいことも」

「僕の代わりになる騎士などいくらでもいるで」




「ッねぇよ!!!!」




ア゛ア゛ァ?!!と火を吐くような勢いで喉を張り上げた後には更に唸った。

思わずいつもの口調とは異なり言葉を乱してしまったアーサーは、直後に慌てて口を閉じた。しまった、と乱暴な口調をしてしまったことに汗を湿らせながら瞼のなくなった目をギョロつかせる。

アーサーからの乱暴口調での怒鳴りと一瞬の凄まじい覇気に、流石のノーマンも勢いが消し飛んだ。いつものアーサーとは違う、敵相手でないと聞かないような鋭さに唖然と口を開いたまま言葉が止まる。驚愕のまま思考が一度白くなり、さっきまで自分が何を言おうとしていたかどころか、さっきまで何を騒いでいたのかもわからなくなった。


まるで今気が付いたかのように、自分は何をやっていたのだろうと頭の隅が疼き出す。

視界が悪いと思い目に指で揺れればべったりと濡れている。更には丸眼鏡も曇り気味だった。

ノーマンの丸い瞳を見返しながら、一度視線を足元に落としたアーサーは口をきつく結んだ後にしょげた首で「すみません」と打って変わり覇気のない声でまず謝った。

自分も聞き捨てならなかったとはいえつい熱が入ってしまったと自覚する。やはり自分は器も広くないと思いながら、思わず歯を剥いてしまった理由から改める。


「その、……騎士の代わりなんか、いません。ノーマンさんの代わりも、他の騎士の方々も代わりは……いません」

一人も、と。ぽつりと独り言のような声が言葉だけははっきりと告げられた。

さっきまでノーマンの発言一つ一つに言い返したかったアーサーだが、今の発言はどうにも返せずにはいられなかった。騎士であるノーマンの口からは聞きたくない言葉でもあったのだから。

それだけ自分にとって騎士の存在は大きく尊く、絶対に変えられない。使い捨てや潰しもきかない、絶対的存在こそ自分の憧れた騎士という存在なのだから。

視線を落としたアーサーの眼差しがゆっくりと言い切った後に上げられる。「怒鳴ってしまったすみませんでした」と二度目の謝罪まで付け加えながら、改めてノーマンを見る。


「それに、ノーマンさんは仕事も早くて判断もいつもは的確で……作戦指揮は間違いなく俺以上です。ノーマンさんと全く同じ騎士なんていませんし、そんな優秀な騎士を俺が引き留めないわけにはいきません」

これでも隊長ですから。最後のその一言だけは消え入りそうだった。

いまこうしてみても、自分が目の前の騎士の上官ということに背中が丸くなる。いつもはノーマンに怒られる側だから余計に。


突然アーサーからの評価を受け、熱の吹き飛んだばかりのノーマンも肩に力が入った。水色の瞳に意図せず光が差す。

八番隊としてアーサーに演習で指導を受けたことは何度もあるが、褒められたことはあってもそんな評価聞いたこともない。

叱るより褒めることの方が得意なアーサーならその場しのぎでも簡単に思いつくだろうとは思いながら、同時にその場しのぎで心にもない煽てを言う人ではないとも知っている。

ぽつぽつと今までの会話の中でも力のない言い方にも関わらず、今のノーマンには一番響いた。口の中を噛み、今自分はどうしてアーサーと口論をしてしまっていたのだろうと思考の半分を動かしながら話に耳を傾け




「ノーマンさんは自分が尊敬する騎士の一人ですから。それは今も、一生変わりません」




ピシンッ、と。

静かに告げられたアーサーの言葉に、ノーマンの表情が一度固まった。唇を一文字に結んだまま見開いた目が潤んだまま酷く揺れる。

まるで当然のことを話すような口調のアーサーに余計惑う。さっきまで自分を引き留めようとする様子と違い、慌てた様子もない自然な言葉だった。

アーサーにとっては当たり前でもノーマンを揺さぶるには大き過ぎる。すんなりと放たれた言葉でノーマンの脳裏にありありと蘇る。




『ノーマンさんがどうしても嫌っつーなら直します。!でもその、誓って嫌味とかそういうンじゃないことだけ信じて欲しくて!』




当時、騎士団本隊の入隊して間もない頃の記憶が。

そういえばあの時もアーサーと口論をしてしまったと、どこか冷静過ぎる部分が思う。当時はここまで白熱もしなければ、自分が一方的に怒りアーサーが弁明しただけだった。

あの時も自分は今までと同じようにアーサーへ攻撃的な言葉で突っかかってしまった。

当時はアーサーのことを特別尊敬まではしていなかったが、それでも入隊したばかりの自分より遥かに優秀で、格上で先輩で上官だった。それでもつい正直に苦言を言葉にした自分に、アーサーは全く怒る素振りもなく逆に謝罪までしてきた。

なんだその口はと言われてもおかしくない状況だったにも関わらず、第一声に「違います!!」と慌てられて余計に自分が眉間に皺を寄せてしまったことを覚えている。結局はいつもの口調で「もうわかりました」と自分から言い捨てた。


「今回だって迷惑どころか特別任務中に八番隊の報告書類もノーマンさんには助けられたくらいでしたし……入団して、入隊したノーマンさんはその時点で絶ッ対優秀な人で、間違いなく胸張れる騎士です」

今ならばちゃんと聞いてくれるかもしれないと、瞬きもしないノーマンに頼むから意識はあるよなと考えつつ必死に頭を回す。

カラムのように気の利いた言葉も出なければ、アランやエリックのように気持ちを汲むことも下手でハリソンのように頑とした発言も威厳もない自分が歯痒い。


今回の潜入視察で間違いなくその全てでノーマンに非はない。

そう考えながらも言葉の勢いのままに「そりゃあアラン隊長やエリック副隊長に誤解してたことは謝って欲しいですけど……」と余計なことまで口に出てしまい、遅れて今言うべきじゃなかったと拳を握り自分を叱咤する。

しかし今の機会を逃せばもう話を聞いても貰えないかもしれないと、必死に同じ話でもなんでも良いから舌を動かし続ける。

呆気を取られている様子のノーマンだが、目はさっきよりも虚ろではなく自分に向けてくれている。今日まで家族のことで多忙も極めていたノーマンをこのまま見過ごせない。自分が尊敬する優秀な騎士が、無意味に去っていくなど黙っていられない。


「ノーマンさんに責任はありませんし、そんなこと思うなら本気で残って欲しいです。ブラッドだってノーマンさんのこと本気で自慢に思っててッそりゃあ騎士じゃなくても兄としてもそのままでしょうけど。自分はノーマンさんが言ってくれるほど出来た人間でもありませんし、足引っ張られるどころかノーマンさんには今後また助けて貰うことの方がありますし、ノーマンさんほどの騎士が騎士辞めるのは絶対もったいないです。……えっと、だから一回休んで頭冷やしてもう一回考え……つーか、もう今思いとどまって下さい。そりゃあ家の為とか、ブラッドの為に騎士を辞めるとかなら俺にはどうにも言えないかもしれませんけど……そうじゃないなら居て下さい。ノーマンさんの代わりなんか絶対いませんし、ノーマンさんだから助けられる民もきっと居て……、……~の、ノーマンさんが居ないと救えない民もいる、と思います。その人らの為にもっつーか……すみません。今のは俺の言葉じゃないんすけど、いやでも俺にとっても絶対本心で。恥、……ノーマンさんのこと恥なんて微塵も思いませんけど、もしノーマンさんがそう思っても残って下さい。……恥より、民の為に騎士でいて欲しいです。俺の、自分のことならどう言ってくれても良いですけど……騎士としてのノーマンさん自身のことはあんま悪く思わないで欲しいです。やっぱ俺は尊敬してますし、……だからやっぱ残って欲しいです…………」


一言一言、繋げ、続け、結び、また話す。

こんなに長々話すなど自分でも滅多にないと思う。なんとか考えつく限り言葉を続けるが、最後にはやはり同じ望みに帰結してしまう。

さらにはまた「一度休んで」「頭冷やしてから」と二度目三度目の言葉をまた繰り返しそうになっていることに、アーサー自身も気付くがどうにもならない。

首の後ろを掻きながら、寄りにもよってノーマンの上官が自分でなかったらとまで考える。自分ではなく他の騎士隊長だったらもっと上手くノーマンを説得できただろうと思う。


続ける言葉が下手に同じ言葉ばかりになってきていると自覚してからは、段々ノーマンと目を合わせるのも難しくなってくる。

下手過ぎる説得だと自分が一番思いながら、話す口まで引き攣った。こんな時他の隊長格ならどうするのかと過っても、それを考え付く余裕はない。自分の思いつく限りの言葉を並べ立てるので今は精一杯だった。


壊れた鳩時計のように同じ繰り返しばかりしそうな口をとうとうゆっくり閉じる。

相槌すらくれないノーマンを見つめ返し、一分以上の沈黙まで作ってしまう。言葉が足りなかったかと思うが、もう何を言って何を言ってないかもわからない。結局は自分はノーマンという騎士が去って欲しくないとそれだけだ。

さっきまで唖然としていたノーマンも、話の途中から顔を俯けてしまった。鮮やかな色の髪を垂らし、肩を微弱に震わせながら何も言わない。

あまりの長い沈黙にアーサーが自分からもう一言投げかけようか迷った時。結び続けられていたノーマンの口が、不意に開いた。



「……なんですか」 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ