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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
嘲り王女と結合

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Ⅱ478.騎士は焦る。


「ノーマンさん?……」


じゃあ先に行ってるな、と明らかにずっと後方でアーサーへ話しかけるタイミングを見計らっていたノーマンに最初から気付いてエリックはすんなりと身を引いた。

アーサーの肩を軽く叩き、思ったより長話してしまったことを謝るように軽くノーマンにも手を振る。そのまま速足で一人先に食堂へと向かい去った。

相手によってはその場でアーサーを待っても良かったが、八番隊の騎士であるノーマンが自分が一緒に並ぶのを嫌がることは予想できた。今でさえ会話に入らず、ずっと機会を伺い黙していたのだから。


気を利かせてくれたエリックに感謝と謝罪も込めて「お疲れ様です‼︎」と再び頭を下げ見送ったアーサーと違い、ノーマンは気付かれたとわかった後も黙したままだった。

眼鏡の丸縁を中指で強く押さえ、小さく会釈のような動作で頭を下げる。エリックが去るか、何か話している様子の二人が歩き始めるか、話を一区切り終えるまで待とうと思ったが、まさか気を遣われたことに少し口の中を噛む。エリックの配慮はありがたいと思ったが、それを素直に出せる自分ではない。

それどころか話しかける前に、自ら自分の方へ直属の上司が駆け寄って来ることに感謝するどころか自分から正直に駆け寄れない。「お話中申し訳ありません」と冷静な声で言いながら、アーサーに合わせて早歩きで接近するのが精いっぱいだった。


「アーサー隊長。お忙しい中大変恐縮ですが少々お時間宜しいでしょうか」

「!はい大丈夫です」

淡々と話すノーマンに、自分の方が緊張でビシリと姿勢を張り詰める。

特に今回は何を言われるかも少しは想像できた為、今から厳しい言葉が来ると身構えた。昨日自分が何をやらかし押し付けたかはアーサー自身よくわかっている。

思わず言われる前から奥歯を食い縛ってしまうアーサーに、ノーマンは「ありがとうございます」と感情の乗っていない声で返し、一度息を吸い上げた。

言おうとし、……またもう一度呼吸を整えてから口を開く。エリックも遠ざかり自分達以外周囲には誰もいない状態でもノーマンの声は通常よりも小さいまるで独り言のようだった。


「……先日は、ありがとうございました。差し入れも、弟のことも」

外に連れ出して貰ったことも聞きました、と続けるノーマンに思ったよりも角のない言葉遣いだとアーサーは内心で少しだけ拍子抜ける。

てっきりあんなに貰っても置き場に困りますと怒られるかと思っていた。自分を客として迎える為に必要以上に出費し気を遣わせてしまったお詫びも含めての買い物だったが、自分でもつい量を買い過ぎたという自覚はあった。

ブラッドから「あ、アレうちで使ってたのに似てる」「これもこれも」と言われるままに他で買われる前に買ってしまった。大量に両肩に抱えて買い物を終え引き返してから、この量を全て彼らの宿に置いて去るのかと気付いた時の冷や汗の感覚は今もよく覚えている。お返しのつもりが、せっかく客である自分を迎える為に整理整頓してくれた部屋をまた荷物でいっぱいにしてしまったのだから。


ブラッド本人は大丈夫だと自信を持っていたが、あのノーマンに後日常識を問われない方が想像できなかった。

その場で理由と経緯も含めて説明するべく宿に残ろうかとも思った。しかしブラッドから「居たら逆に兄ちゃんに付き返されちゃいますよ」という後押しと、自分自身も父親と手合わせしたくなっていた為待たずに帰還してしまった。


絶対今日は怒られると思って肩まで強張っていたアーサーにとって、すんなりと感謝がされることは予想外だった。目の前で礼儀正しく頭を下げ続けるノーマンに皿になった目で見返してしまう。

気の利いた言葉も返せず俄かに口が開いたままのアーサーに、ノーマンは下げた頭のまま続ける。


「お陰で弟も以前より前向きになっています。早々に次の住処も目処が付きましたので、元通りとはいきませんが少しずつやり直していけると思います」

「?次、の……?」

つらつらと続けられるノーマンの言葉に、疑問が浮かぶと同時にアーサーはやっと口が動いた。

ブラッドが前向きに、という部分は自分よりもブラッド本人と兄の存在の方が支えだと思うが今はそれよりも彼らの住居の方が気になった。

まだ村の復興も大して進んでいない中、もう目処がついたのかと驚く。ステイルやプライドの話を思い出してもまだ国の補助が動いたとも思えない。何より「次の」ということはと疑問のままに聞き返せば、ブラッドもそこでまた口を閉じた。下げていた頭を上げ、顎の角度をアーサーに合わせながら「はい」と回答する。


「城下でちょうど良い家があったので移り住むことにしました」

「?!城下っすか?!!」


さらりと言い放つノーマンに、今度こそ大きな声が飛び上がった。

山奥の農村に住んでいたノーマン達が一気に城下に移り住むことは、本来であれば費用も大きい。今回は家が丸ごと焼けてしまった為荷物の運び出しの手間はないが、今まで村に住んでいた彼らにはあまりの思い切りの良さだった。言葉だけ聞けば栄転とも聞こえる変化だ。


キンとくる大声に眉間を僅かに狭めたノーマンから「といっても端の端ですが」と、高級住宅ではないことを先に断る。

早く母親と弟の生活を落ち着ける為にも住居を探したノーマンが見つけたのは、ぎりぎり〝城下〟と呼べる範囲ではあるがきわめて郊外の小さな家だった。造りも古いが、治安は悪くない。ちょうど空くところだという手頃な大きさの家に、先に取られる前にと買い取った。

その所為で昨晩は帰りが遅くなってしまったが、あの買い物は自分の中でも間違いはなかったと今も思う。まさか同日に家具まで一式無料で揃えられるとまでは思いもしなかったが。


「学校に通うライラもその方が安心できるでしょうし」

妹のことを出されれば、アーサーも少しだけ納得する。

プラデストに通うノーマンの末の妹ライラが寮に住む理由も、もともとはそれだ。話し方からして今後もライラは寮暮らしだろうかとは察せられたが、それでも家を失ってしまった彼女が今後も安心して過ごす為にも近くに移り住むのは正しい配慮だと思う。

しかし、やはりそれ以上にブラッドのことが大きいのだろうともアーサーは考える。「それに」と言葉を続けるノーマンに、言葉を飲み込みながら思考だけ回す。

ノーマンの家の事情に安易に自分がわかったような口出しをしたくも、探りをいれたくもない。まだブラッドの事情全ては知らない自分だが、少なくとも村人相手に良好な関係だったとは思えない。それでも今まで村を離れなかった理由は知らないが、それでも今回の件をきっかけに新しい住処で始めるのだろうと




「母の病気が治り村に戻る必要がなくなったので」




ドキッッ!!!!と瞬間的にアーサーの脈拍が飛び上がった。

覚えがないわけではないノーマンの発言に、肩が上下どころか心拍が異常なほど上がり一気に汗が吹き出し全身が急激に冷たく熱くなる。ドクドクと血の巡りが激しい。まるで自分が風邪を引いたような体調に襲われながら、歯をがっちり噛み締め口を絞った。

明らかに顔色を変えてしまった自分に少しだけ眉を寄せるノーマンへ、必死に誤魔化すべく「病気、っすか」と無理やり絞り出した。

はい、と短く答えるノーマンはそれを尋ねられること自体は想定済みのまま口を動かした。


「父を亡くしてから母が患っていまして、療養の為にも喧騒もなく空気が綺麗な場所にと村に留まっていたのですが……」

病状の経過を把握するのも村の薬師で、新生活にも負担がかかりますし。と、話すノーマンにアーサーは必死に目を逸らさないように意識する。

うっかり気を浮くと全力で顔ごと背けたくなる。ついさっきエリックの話題の後で、ただでさえ過敏になっていた話題の上に〝自分にも覚えがある〟と肩が勝手に力が入る。

湿り切った手のひらを拳で隠しながら、下手なことを言わないように顎が痛くなるほど喰い閉めた。ノーマンの話へ耳を集中させれば、どんどん自分の背後が崖になっているような錯覚まで覚える。


既にもう解決済みになったその話題に、今はノーマンも他者へ語ることに抵抗はない。

保護された母親が目を覚ましてから、最初は身体を心配したノーマンだが悪化するどころか体調が良くなっていた。保護所で医者に見せればまさかの病気だった痕跡すらなかった。

信じられないだろうと思いながらそれをブラッドにも話せば、彼も「うそぉ」と流石の弟も飲み込みきれなかったほどだった。

今まで改善は見られず胸を押さえて発作のように苦しむことがあった母親が治った上、理由も不明。ショック療法という非現実的な理由した思いつかなかった。


父親を亡くしてから身体を悪くし病になった母親。日常生活に支障をきたす部分が多くなった為、山奥で安静にしていたと。そう語られれば、アーサーもいろいろ合致がいった。

何故ブラッドがあそこまで家事が得意で習慣化していたのも、単に家に引きこもっていたかっただけ以外の理由があることも。そして、大事な家族であるブラッドが居心地の悪い村に居続けた理由に住み慣れた家がある以上の理由があったことも。

何よりも、あの日倒れていたブラッドの母親を自分が抱えた時の〝感覚〟を鮮明に思い出す。


覚えのあるそれに、抱き上げたと同時に眼鏡を落とし目を丸くさせるほどのはっきりとした感覚だ。


エリックのような軽い体調不良であれば全く感覚も何もない自分が、何故あの時倒れていたブラッドの母親にはその感覚がしたのか。単に煙を吸って体調を悪化させていた以上の理由があったのだと今確信する。

じわじわと汗が再び湧き出る中で、表情筋がこれ以上なく強張り引き攣る。ノーマンに気付かれないようにと力を込めれば込めるほど顔が不自然に強張る中、必死に「治ったなら良いだろ」と気休めでも自分に言い聞かせる。

まさかこんなところでも自分の特殊能力を怪しまれる橋を渡っていたのだと気付きながら焦点を部下に合わせた。「ですので」と落ち着いた動作でノーマンは懐に手を伸ばしたところだった。

淡々と言葉を紡ぐノーマンも母親が病だった時は言えなかった話題も、治った今だからさらりと言える。病だった時こそ同情や干渉されるのが嫌で口にしないと決めていたが、今ならばその恐れもない。何よりも






「今回の責任を取り、騎士を辞職します。アーサー隊長には先にそのご挨拶をさせて頂きたくこの度はお声がけさせて頂きました」






こちらが決意表明です。と、落ち着いた動作のまま渡された畳まれた書状を前に一瞬アーサーの思考が停止した。

ハァ?!!!!?と、一拍の時間停止直後にはと演習場全域に轟き響くような文字通りの絶叫が放たれる。父親譲りの声が眼前のノーマンの鼓膜を揺らし、澄ませていた顔もわずかに顰まらせた。

ふざけんな、と瞼を無くしたままうっかり言いそうな口を寸前で硬めたアーサーは、次の瞬間には責任の意味を問うべく声を荒げ出す。絶ッッ対にその書状を受け取らないと速攻決意する。


今日一番衝撃的な部下の発言に、冷や汗も身体の張り詰めも全てがどうでも良くなり打ち消えた。


Ⅱ393-2

Ⅱ431-2

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