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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
嘲り王女と結合

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Ⅱ477.騎士は把握する。


「以上で本日の早朝演習を終了する!!」


解散、と。その号令直後には応えるべく大勢の太い声が同時に発せられた。

早朝演習と朝礼を終えた騎士達が汗を拭い朝食へと向かう中、その一人であるアーサーはすぐには足を動かさなかった。

いつもであればすぐに朝食へ向かうことが多い彼だが、今日はプライドの近衛任務も午後の為そこまで急ぐ必要もない。それよりもと、気になったままに首をぐるりと回し探す。早朝はすぐ演習が始まり話す暇どころか探す暇もなかったが、全員が一度朝礼の為に整列した直後の今は比較的探しやすい。

さっきまでは騎士団長であるロデリックへ集中させていた視線を周囲へ配れば、視力の良いアーサーはすぐに見つけた。的を一人に絞った瞬間、周囲の騎士より数秒遅れて地面を勢い良く蹴った。引き留める意図を込め、今日は絶対話しかけると決めていた人物は正面から挑み声を張る。


「エリック副隊長!」


おつかれ様です!と周囲の騎士達にも響かせる声で呼びかけるアーサーにエリックはすぐに首で振り返った。

近衛騎士任でも今日は一緒なのに、わざわざ朝から話しかけてくれるアーサーに何か用事かとすぐ察する。おつかれ、と軽く手を振り笑いかけながら足を止めてそのまま身体ごと向けた。

周囲の一番隊の騎士達からも声を掛けられ集った騎士もいたが、一度断り先に行かせた。

もともともともと距離の開いていなかったアーサーが目前まで駆けつけるのはあっという間だった。おはようございます、と今度は朝の挨拶に頭を下げるアーサーに返したところで、用件を尋ねた。彼がわざわざ自分を呼び止めるなど珍しい。更にはその後方にも目を向ければ、余計に手早く用件を聞くべきだなと考えた。

エリックからの促しに、アーサーも今朝からずっと考え決めていた言葉をそのまま意を決し繰り出してみ、……ようとして喉が止まった。エリックの顔を間近に正面から見た瞬間、ぎょっと思わず用意していなかった台詞が飛び上がる。


「?!どうしたンすか!!?顔色!がっ……!!」


あんぐりと口を開け、思わず絶句する。

呼びかけた時よりも大きなアーサーの声に、先ほどまでエリックを囲んでいた一番隊の騎士達も小さく振り返った。彼らもエリックの顔色に関して気になっていた一部だ。

早朝演習を共にしてからあまりにも芳しくないエリックの顔色に、体調を心配し彼らも声を掛けていた。

いつもの調子で笑んでいたエリックだが、正面から顔をみればその顔色があきらかに青ずんでいる。間近で見れば笑みもいつもの柔和さはなく、若干無理のある笑みだった。

さらにはアーサーに指摘された途端、少し自分でも気を抜くように姿勢全体が悪く丸くなる。ははは、と枯れたようにも聞こえる声で笑うエリックに、呼び止めた本人は笑えない。アーサーも早朝演習中は一番隊との関わりがなかった為、エリックの体調を目にしたのも今日は初めてだった。


零れ落ちそうな目で顔を驚愕いっぱいにするアーサーに、エリックも苦笑する。

大丈夫大丈夫、と手を振りながらも未だ顔色が変わっていないことにこっそり肩を落とした。できれば早朝演習中には体調も心境も切り替えたかったが、そう上手くもいかない。

早朝演習時から上官であるアランにも指摘されていた顔色は、当然遥か前からエリックも自覚していた。この顔色のお陰で、昨晩不在だった分騎士達に詰め寄られずに済んだが、代わりに全員を心配させてしまった。

笑っても誤魔化せず、驚愕のまま自分より顔色を悪くしかねない様子のアーサーに、仕方なく頭を掻いた。「実は……」と、アラン以外の騎士達にも濁した理由もアーサーになら言っても良いだろうと考える。何故ならば


「昨晩家に帰ったら……祖父母が、驚くほど元気で」


ギクッッ!!と次の瞬間アーサーの肩が大きく上下した。

まだ含みを僅かに込めただけの言葉にも、それがどういう意味か誰よりもよくわかってしまう。

当時アランが「?良かったじゃねぇか」と返した言葉にアーサーは軽く返せず取り繕えずに明らかな動揺を見せるが、今のエリックは気付かない。視線をアーサーから逸らし、ぎこちない笑みで笑いながら語り出す。アランに話した時と同じように、きっとアーサーも意味が分からないだろうなと思いながら再び昨晩のことを思い出す。


昨日、午後休息を得て実家へ帰ってみると、まさかの家族が勢ぞろいだったことを。

昨日と合わせ今日まで仕事を休んだキースや父親だけではない、家を出て自立している真ん中の弟のロベルトまでちょうど帰ってきていた。

平日の午後にも関わらず勢ぞろいの家族にエリック自身目を丸くし玄関を開けたまま棒立ちになったが、事情を尋ねるよりも先に母親を含む家族全員に玄関から引っ張り込まれた。

「ちょうどいいところに!!」と叫ばれ、まさか遅れてジャンヌ達の正体でも気付かれたのかとも考えた。次にはキースから「爺ちゃんと婆ちゃんが!!」血相を変えて叫ばれれば、まさかとうとう……とも過った。母親による長い介護生活だった祖父母について、エリックも全員ある程度覚悟はできている。

危惧した通りであれば家族全員が揃っているのも頷けると、自分まで一瞬で血の気が引くのを感じながら目を剥けば……あまりにも元気いっぱいの祖父母がソファーに掛けていた。

帰ったかエリック、と眉を上げて笑う祖父とそしてカップを両手にのんびり寛ぐ祖母に本気でエリックは訳がわからなくなった。目の前が現実かもわからず、「ただいま」よりも驚愕の一音した出なかった。


「ほら、お前にも話したろ……?祖父は足が悪くて祖母は肺が悪かったの……なのにいきなり凄い元気なんだよ……。祖母は一回も咳をするどころか俺達の反応に声を出して笑ってけろっとしてるし、祖父なんてこの前まで一人で立つこともできなかったのに家中スタスタ歩いていて……」

言いながら片手で頭を抱え、次第に話し方が怪談のような口調になりかけるエリックはそこで大きく息を吐いた。滝のような汗を流すアーサーにも気付く余裕はない。


アランに話した時はケラケラ笑って冗談まで言われたが、今まで何年も不調と共存していた祖父母と介護していた母を知っているエリックはそう簡単に飲み込めない。いっそ目の前にいるのが本物の祖父母かと疑う域だった。

あまりの光景と現実に流石のエリックも絶句し、一体どうなっているのかと家族に尋ねた。

今朝になって急に二人揃って回復していたと最初に説明したのは母親だ。いつものように朝食を運びに母親が部屋に訪れた時から、足が動かない筈の祖父が寝返りを打ち、祖母は身体を起こして大きく伸びをし息を吸い上げていたところだった。

最初は違和感へ不思議に思う程度だったが、目が覚めた祖父が「足が動く」と気付き更には祖母が一回も咳をしない異常に母親も父親もひっくり返った。

顎が外れたキースが大慌てで二番目の兄に祖父母の異常を報告し、城にいる長男も呼びに行くかと考えていたところでのエリックの帰還だった。

父親が急ぎ世話になっている医者を呼んで見て貰ったが、まるで最初からなかったかのように二人とも完全な健全健康体。長年祖父母の体調を診てきた医者が、腰を抜かし別の意味で匙を投げた後だった。

更には一体どうしてと家族全員が驚愕と戸惑いを露わにする中、治ったら良いじゃないかと笑う祖父に続き祖母の発言がまた物議を醸した。


「〝妖精さんが来てくれたのよ〟って……。本人も理解できないのはわかるんだけど、もう訳がわからな過ぎて逆に信憑性が増すし……昔から冗談とか言う人だったけど、急に長く話せるようになった途端そんな冗談言われるとこっちも……」

はぁぁぁあぁぁぁ……と、長くまだ溜息を吐き出し背中が垂れるほど丸くするエリックにアーサーの顔色が更に悪くなっていく。

頭では「そうっすね」「不思議ですね」と一言程度の相槌が浮かぶのに、空っぽの喉のままになる。当然ながら覚えていたらしいエリックの祖母が半分隠しつつうっすら事実を話していることに安心すれば良いか焦れば良いかもわからない。朝食前の胃の重量が倍に増していくのを感じながら口を結んだ。


アランには「まぁ元気になったなら良かったんじゃね?」と笑い飛ばされ肩を叩かれた話をアーサーが無言で通すことに、エリックもぼろぼろ愚痴めいた疑問が零れる。

アランの言い分は尤もだが、それでも疑問が晴れるわけでもない。妖精なんて本の中でしか現れない空想の生き物だ。困ったところにひょんと現れてあっという間に解決してくれる。そんな存在、特殊能力の国であるフリージア王国ですら認めれていない。

まさか妖精なんて空想の生き物を家族全員が信じるなんて結論も認められなければ、これを単純な「奇跡」と片付けるのも納得いかない。

お蔭で家に帰った後もエリックは家の手伝いどころか、祖父母の全回復への答えも出ない謎解きで深夜日時が回っても誰も落ち着かず眠れなかった。

時折祖母が「天使だったのかも」とからかってくる所為で、もし天使だったら治るどころが二人とも連れていかれている方だと家族全員が言いたいのを我慢した。「妖精さんが治してくれたの」「お迎えかと最初は思ったわ」と声にして笑う祖母に、いっそ肺が治った代わりにボケたのではないかとも考えたが至って頭ははっきりしていた。

不眠不休には慣れているエリックだが、ジャンヌ達の件がやっと終えたと肩の力を抜いた直後に理解を超えた大騒動は流石に堪えた。なまじ眠らなくても耐えられる身体の分、ベッドに付いた後もずっとぐるぐる考え続けてしまい結局一睡もできず消耗した。


「しまいにはいくら訳が分からないからって祖父母にキース達も揃って「ジャンヌ達が幸せを運んできてくれたのかも」「いっそ天使じゃ」とか言い出すしそれ言ったら今朝はアラン隊長まで乗って「そうだそうだ」とか笑うし……」

勘弁してほしい、と。心の底から思う嘆きを、続けて弱弱しく溢し肩を落とし細く唸る。

アランは重く考える自分を気遣って深く考えるなと笑い飛ばしただけと、エリックもそれはわかっている。だが、家族がジャンヌ達を天使扱いした時には本気で「冗談でもやめてくれよ」と言ってしまった。

ジャンヌ達が去ってすぐの奇跡に逃避半分でそう結びつけたくなる気持ちはわかる。家族にとってはひと月だけ現れた少年少女だ。しかし自分は彼女達の正体もしっかりわかっている。王族と騎士である彼女らが天使や妖精なわけもなければ、まさか三人が祖父母の病気を治したなどあり得ない。


「…………。…………不思議、ですね……」


エリック以上に顔色を悪くしたアーサーは、引き攣った顔で今度こそやっと言葉を絞り返した。

エリックの話を聞きながらそっと背に触れそうとしていた手が中途半端に空中で止まったまま固まる。今、ここでうっかり天使か妖精効果を出してしまえば気付かれるかもしれないとそのまま手が空を切り、触れずに降ろした。

喉が恐ろしく干上がりカラカラになりながら、エリックに触れようとした手で額の汗を大幅に拭う。今この話題でエリックの身体に触れるのはまずいと、食堂かどこか演習中に紛れて触れようと考え直す。


頭を抱えていた手から、今度は発熱でもしたような気分で額を手で押さえるエリックに今すぐにでも触れたい気持ちをぐっと堪えた。

「本当に」とアーサーからの共感に感謝しながら一人呟くエリックはそこでアーサーの顔色にも気付いたが、単純に自分達三人に容疑がかかった所為だろうと考える。騎士どころか空想の生き物扱いされれば顔が引き攣るのも無理もないと思う。

まさか天使兼妖精が今も自分の体調不良を癒そうと構えていたなど思いもしない。


心配してくれた後輩に、こんな愚痴めいた話をして悪かったなと一言謝りながらエリックはプライド達には話す必要はないと口留める。まさか極秘視察を終えて早速また話題になっているなど知られたくもない。特にプライドはまた家族に迷惑をかけていると気負いかねない。


「……!そうだ、アーサー。それでお前の要件は…………?」

「ッいえ!大したことありません!ただ、ご家族はお元気ですかと聞こうと思っただけで!!」

エリックからの頼みに頭が取れんばかりに大きく首を何度も縦に振ったアーサーは、そこで今度は左右に同じ勢いで振る。

まさかたった今話題になったエリックの祖父母の調子を確認する為に「昨晩ご家族はいかができたか」「プライド様の正体を怪しまれたりとか」と探ろうとしたなど言えない。勢いのままに少しだけ本音が口に出てしまったアーサーだが、ぎりぎりの話題で踏みとどまった。


自分の家族の様子を尋ねようとしたと口を滑らすアーサーに、エリックも疑問には思わない。

昨日の今日であれば、アーサーが世話になったと思っている家族に気を払うのも彼の性格上全く不思議ではない。まさか話題が被ったなと、今度は力の抜けた顔で笑いながら「そっか」と返した。

まさかの事態はともかく、自分の家族にまで相変わらず気を回してくれたアーサーに「ありがとうな」と笑いながらその背中を叩いた。

突然の不意打ちに後輩の肩は大げさにまた上下し、……瞬間、不思議とエリックは身体が軽くなったような()()()()

上官のアランへと違い、愚痴めいた話まで零せたお陰で気が楽になったのかなと考えながら今度は自然な笑みでアーサーに返す。

じわじわと額にまた汗が滲むアーサーの方が、今は目の前で顔色が良くなっていく自分に心臓をバクつかせているとも知らず言葉を続ける。

身体の不調に釣られ落ち込んでいた思考が、逆に今度は回復した身体の調子に釣られ精神的にもさっきより少し持ち上がる。

疑問もジャンヌ達への妖精扱いも頭を悩ますことは変わらないが、今は気にかけてくれたアーサーへと応える言葉に思考も一度切り変えられた。


「祖父母が元気になったお陰で今は家族全員が元気過ぎるくらいだから。うちのことは気にしないでお前はほら、あっち」

血色が良くなったエリックにほっとしつつ心臓を団服越しに押さえてしまうアーサーは、そこでエリックに突然振られた目線を追った。

締め括られたことは良いが、あっちとは何かと示された方向へ目を向ければ自分の後方へ振り返る。

食堂へ向けて騎士達が速やかに移動する中、立ち止まっていたのも自分達だけだと思っていた。なのに振り返った先には一人の騎士がぽつんと数メートル先に佇んでいる。

食堂に向かうわけでもなく、話し込む自分達の間に入るでもなくずっとタイミングを見計らっている騎士にアーサーは息を飲んだ。



「ノーマンさん?……」



じゃあ先に行ってるな、と明らかにずっと後方でアーサーへ話しかけるタイミングを見計らっていたノーマンに最初から気付いてエリックは、そこですんなりと身を引いた。


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