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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
支配少女とキョウダイ

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そして連れ出す。


「クロイ‼︎」


私の呼び掛けに、クロイはすぐ気がついた。

角から倉庫までは十メートルくらい離れていたけれど、馬車から積荷を運ぶ彼ら以外はほとんど人影もないから余計に声が響いたらしい。

運ぶ荷物を担いだまま振り返ったクロイは、驚いたように目を丸くさせると顔ごと何度も私達と倉庫の前に立つ雇い主とを見比べた。私達が気になるけど、ここで仕事を放り出すわけにもいかないのだろう。さっきだって怒られていたから余計にだ。

ただでさえ他の大人より遅れていたクロイの足が緩んだことに気付いた途端、雇い主がわかりやすく顔を顰めた。「おい!」と怒鳴り、その場で地面を踏みつけた。


「ディオス‼︎‼︎他の奴より運ばないならその分給料は差し引くぞ!」

「!ッすみません‼︎」

雇い主の怒鳴り声に、クロイがビクリと肩を上下させた。

そのまま私達の方に苦そうに一瞥した後は、また倉庫へと荷物を担いで向かってしまう。どうやら仕事中に彼を呼ぶのは難しそうだ。

馬車の積荷を運び終わるまで待つべきかと、馬車の残りを確かめればまだこんもりと荷物を積まれていた。更には後続の馬車の積荷に至っては手付かずだ。クロイ以外にも荷物をひたすら運んでいる人達は何人もいるけれど、このペースでは日が暮れてしまいそうだった。積荷一つ一つが大きさ自体結構ある上、大の大人でも一度に二つが限界の様子だ。セドリックか近衛騎士に介入してもらえば、クロイ一人くらいの時間を貰うのは可能かもしれない。けれど後からは雇い主に目をつけられるかもしれないし、何よりお給金がその分減らされてしまうことも有り得る。でも、ここで時間を改めるのも……


「俺、行ってきます」


突然一歩前に出たのは、アーサーだった。

えっ、と顔を向ければアーサーが腕まくりをしながら背後へと振り返る。口を結んだまま視線だけを放つと、次の瞬間ふわりと風が吹く。そよ風かと思えば、さっきまでセドリックの傍にいた筈のハリソン副隊長が私の背後についてくれていた。言葉にしなくても今のアーサーからの視線だけで意を汲んだらしい。流石八番隊。……いや。流石アーサー、だろうか。

ハリソン副隊長が付いてくれたことを確認したアーサーは小声で「ありがとうございます」と言うと、そのまま駆け出した。タンタンッと素早く軽いステップで駆け寄ってくるアーサーに、倉庫扉の横に立っていた雇い主が眉を顰める。


「すみません、ディオスの代わりに来ました。自分が代わりに運ぶので、一度彼を抜けさせて良いですか?」

雇い主の正面に立ったアーサーは、そう言ってちょうど倉庫から出てきたクロイを指差した。

突然アーサーに指差されたことと指名されたこと両方にびっくりしたクロイが、雇い主とアーサーの前で足を止める。アーサー自体はさっき私が角で呼びかけた時に一緒にクロイからも見えていただろうけれど、その彼が雇い主と話をつけていれば驚くのも無理はない。出口でぴたりと止まってしまったディオスを、後続する他の荷運びの男の人達が邪魔そうに肩で軽く押しのけた。

雇い主は、腕を組んだまま十四歳のアーサーを上から下まで眺めた。クロイが抜けるか否かよりも、アーサーが使えるかどうかの品定めをしているのだろう。長い髪を三つ編み一本にまとめて銀縁の眼鏡をかけた今のアーサーは、ぱっと見だけならクロイ達よりもずっと文学少年感のある風貌だ。


「……年は?」

「十四です」

でかいな、とアーサーの言葉に雇い主が少しだけ意外そうに声を漏らした。

隣に並ぶディオスと同い年といわれたら余計にそう思うだろう。雇い主は壁に預けていた背中を起こすと、腕を伸ばしてアーサーを腕から始めとして身体にポン、ポンと触れた。服越しからわかるしっかりとした身体つきも確認すると、チラッとクロイに目を向けた後にまた腕を組み直した。


「馬車の積荷を倉庫に運べ。迅速に、丁重にな。落としたり壊したら全額弁償してもらうからな」

行っていいぞ、と顎で雇い主がクロイに許可を出す。

その直後にはクロイより先にアーサーが元気の良い声を返した。騎士団で習慣づけられた威勢の良い声の直撃に雇い主の目が丸くなる。たかが荷物運びでそこまで気合の入った返事をされることはなかなか無いだろう。

クロイの背中を押し出すように軽く叩いたアーサーは彼に一声掛けた後、そのまま元気よく馬車に向かっていった。

訳もわからない様子のクロイがフラフラとこっちに向かってくるまでの間に、アーサーは積荷を一つ軽々と担ぐとそのまま軽い足取りで倉庫へ入っていった。大の大人が一歩一歩早足程度の速度で往復する中、すぐに倉庫から出てきたアーサーは彼らを追い越してまた積荷を受け取り倉庫へ軽やかに戻っていく。

確かジルベール宰相の特殊能力は技術や知識、個人の特殊能力はともかく身体つきや筋力とかは十四歳当時のものに戻ってしまう筈なのだけれど。こうして見るだけでも大人顔負けの軽やかさだ。十四歳というとアーサーはまだ新兵になったばかりの歳なのに。もともと畑仕事をしていたし、筋力とか体力は人並み以上なのだろうけれど。…………いや、違った。


「……最年少で入団することと比べれば、あの程度は軽いでしょう」

ぼそっ、とステイルが呟く声に私は思わず口が笑ってしまう。

そうだった。十四歳、そして新兵というと今のアーサーと比べればまだまだと思ってしまうけれど、よく考えればアーサーはあの歳の時に騎士団入団試験に受かった猛者だ。しかも首席入団。

呟く声でちょっと自慢げなステイルの口調がまた笑えてしまう。見れば、思った通り得意げな顔で私と同じように口元が緩んでた。

アーサーが全くペースを落とさないまま二往復ほどし終えた頃に、やっとクロイが私達の前まで辿り着いた。ふらふらと駆けてはくれていたけれど、既に疲れ気味だったこともあってか速さが出ないようだ。そういえば彼も彼で学校から一度ここまで逃亡していたんだった。


「君はっ……どうして」

切れた息で私へ投げかけた後、クロイは隣に立つステイル、そして背後に立つ騎士二人にぽっかりと口を開けた。角から姿は見えなかった騎士の登場に、二歩ほどたじろいだ彼はそれから自分の代わりに荷運びを繰り返すアーサーを視線で示す。


「どうして、僕の代わりに……というかなんであんな軽々……」

「ジャックは山育ちなので。それよりもっとこちらに。ディオスがいます」

疑問ばかりが生じているクロイにざっくりと一言で切り返すステイルは、そう言いながらクロイの細腕を引っ張った。

雇い主からは見えない位置までぐいっと引き込むと、そのまま背後に並ぶディオスを離した手で示す。


「!ディオッ……セドリック、様……⁉︎」

ディオスだけでなくセドリックまで彼と並んでいることに、クロイが思わずといった様子で声を上げる。

またフラフラと後退りしそうなクロイを今度は私が両手で背中を支え、ぐいぐいと彼らの前へと押し付ける。ここで騒いだら雇い主にも気付かれてしまう。

「取り敢えず貴方達の家まで戻りましょう」と声をかければ、セドリックも応じるようにしてディオスの気まずそうに俯く背中に手を添えて促してくれた。途中で心配そうにアーサーがいる方向に目を向けたけれど、彼なら絶対に大丈夫だ。仮にあの場にいる男の人達全員が襲いかかってきても絶対に勝てるだろう。身体は十四歳でも、技術そのものは八番隊騎士隊長なのだから。ハリソン副隊長達も、それには心配していないように振り返らなかった。

背後に付いてくれていたアラン隊長が、私に背中を押されたままふらふら歩くクロイに「疲れたか?」と軽く声を掛ける。すると、おっかなびっくり肩を揺らしたクロイも自分からしっかりと歩き出した。「大丈夫です」と少し落ち着いた声で、それでも歩きながら何度も周囲を見回していた。それから最後にまたチラッと声をかけてくれたアラン隊長に目を向ける。セドリックがディオスに付いている今、セドリックと同じくらい顔を合わせているアラン隊長が一番話しかけやすかったのだろう。

眉を垂らした顔で上目遣いに自分を見上げるクロイにアラン隊長から尋ねると、兄にも聞こえないくらいの小声を短く零した。


「……僕ら、…………捕まるんですか?」

萎れた声で、妙に淡々とした口調はディオスよりも覚悟が決まったような色だった。

きっと彼も王族を騙したことで罰せられると思ったのだろう。その言葉にアラン隊長は「ぶはっ」と敢えて声に出して噴き出すと、バンバンっとクロイの背を叩いて明るく笑ってみせた。


「ないない。セドリック王弟殿下はお前が居なくなったのを心配して来られただけだ」

「セドリック様が……⁈」

信じられない、と言わんばかりに声を漏らすクロイは顎が外れそうだった。

アラン隊長と前方でディオスと並ぶセドリックを何度も振り返っては見比べると、最後に目だけで私に振り返った。じっ、と視線を注ぎ続ける彼の眼差しからは、ならお前はなんでここに居るんだという疑問を明実に物語っている。

ディオスが怒鳴り込んできて先生に捕まりそうだったから一緒に逃げてそれで……とうだうだ話せば確実に彼らの家に先に着いてしまいそうだったので、取り敢えず大事なことだけを伝えることにする。


「私の警告を無視したでしょう?だから来たの。……貴方ももう、わかっている筈よ」

ぐっ、と私の言葉にクロイは口を噤んだ。

下唇を噛み、顰めた顔で私を睨む。その途端にハリソン副隊長からうっすらと殺気が漏れてきた。けれどクロイは拳を握るだけだ。それからディオスと同じように俯かせた顔を悔しそうに歪め、掠れた声を溢した。


「……ディオスは悪くない。悪いのは……僕だ」


苦々しそうなその声の後、それ以上は何も言わなかった。

ふら、ふらと時々ふらつくけれど、それでもディオスよりはずっとしっかりとした足取りで進んでいく。背後からみればそっくり同じ顔の傾きと背中の丸さでそれぞれ歩く二人の姿は合わせ鏡のようだった。服装までお揃いの彼らの違いは、荷物を抱えた時についたのであろう服の汚れと


「そうだ、クロイ。ディオスの髪留めを知らないか?一本無くしてしまったらしい」

思い出すようにセドリックがこちらへ振り返る。

私の前を歩くクロイに笑いかけると、その途端「あ……」とディオスが腫れた目でセドリックの方に顔を上げた。言い出しにくそうにするディオスに代わり、クロイが静かにその口を開いた。


「最初からです。ディオスは学校に行く時は僕の髪留めを。学校以外でディオスはいつも一本しか付けていませんから」

そう言ってクロイは示すように自分の髪に挟まれた二本のヘアピンに触れて見せた。

可愛らしいヘアピンが二本、ぱちりと彼の髪を纏めている。先に言われたディオスは、まだセドリックに本当のことを言い出せなかった気まずさを感じるように更に肩を狭めた。

セドリックもディオスのそれに気がついたのか、「無くしてないのならば良かった」と言って彼の肩へ腕を回し、置いた。怒っていないことを態度で示すセドリックに、また前方から「ごめんなさい……」と消え入りそうな声がうっすら聞こえてきた。

それを眺めたクロイは平坦な声で「ディオス」と彼へ呼びかける。


「姉さんは」

「……学校。でも、騎士の人がついてくれてる。…………」

たぶん、と。自信なさげに最後は呟いたディオスは、不安そうに目を私の背後にいるアラン隊長へと向けた。

彼自身、私と一緒に飛び出して来たからそれ以上は確証もないのだろう。アラン隊長がそれに応えるように「大丈夫だ」と一言心強く答えると、ほっと今度はディオスとクロイ二人から同時に息を吐く音が聞こえた。


「…………ごめん」

「何が。話の途中で逃げたこと?……ずっと我慢してきたのは、ディオスでしょ」

沈んだ声で呟くディオスに対し、クロイは淡々としている。

兄なのはディオスの方の筈だけど、これだけ見ればまるで逆のようだと思う。……だけど。


「……クロイ。貴方は……この数日間、自分がどうしていたか覚えている?」

ディオスよりは大分落ち着いている様子のクロイに、私は尋ねる。

ディオスはさっきまで取り乱していたこともあるだろうけれど、やはり個人差はあるのだろうか。そう思いながら彼の隣に並べば、クロイは目だけを静かに私へ向けた。そして


「いや、…………〝わからない〟」


数メートルの距離を保ったまま歩く二人は、お互いにそれ以上縮めようともしなかった。


家に着くまで、一度も。


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