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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
嘲り王女と結合

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のぞみ、


「ちょっ、ちょっと待ってくださいって!!自分は別にちょっと用事があって……!!」


そんなこと知るかと、既に出来上がり舞い上がっている騎士に酒臭い息を吐きかけられる。

これは一度でも捕まったらもう逃げられないと経験上理解しているアーサーも本気で逃げた。迫ってくる人の波とは別方向に全力疾走し、それでも追いついてくる騎士に飛びつかれれば一気に跳ねる。高身長の騎士の頭上を越え、空中で呼吸を整えようとするが今度は特殊能力で確保を狙う騎士まで現れる。縄に巻き付かれそうになり、思わず真っ二つに切った。直後には私物を壊してしまったことに「すみません!!」と謝ったが、言い切る前に今度は特殊能力で自分と同じ高さ以上まで跳ねてくる騎士まで現れる。

げぇ⁈と叫び、次の瞬間には文字通り空中戦でもみ合いにまでなる。隊長格のアーサーもさることながら、追い回す騎士も歴戦の騎士には変わりない。命を狙われない分親切だが、特殊能力まで使われれば思わずアーサーも「ずりぃ!!」と苦情を叫んだ。

逃げれば逃げるほど、今度は面白半分でアーサーに挑む目的で確保に腕を回す騎士まで現れる。それでも複数の騎士相手に逃げ回るアーサーだが、このままでは本気で殴り合いの流れになると背中も胸元も汗に濡らした。

運動量の汗よりも遥かに、酒の勢いで盛り上がっている騎士達への冷や汗が強い。本気になった騎士達相手に逃げ惑ったことは今回が初めてではないが、今は次々と数も増えれば集中攻撃されている。とにかく先に当初の目的をと、ぐるりと身体ごと宙で捻ったアーサーは大きく息を吸い上げた。


「ッ騎、騎団長っ!!!お時間宜しいですか!!!!!?」

ぴくっ、とまさかの指名にロデリックの肩が揺れた。

アーサーと騎士達の様子を腕を組みクラークと共に眺めていたが、自分へ用事とは思いもしなかった。

御指名だな、とクラークが楽しそうに笑いかける中、アーサーの要件が騎士団長であることに他の騎士達もそこでやっと襲撃の手が緩まった。

アーサーへと突入していた騎士の誰もが呼びかけられたロデリックへと注目する。自分と同じ蒼の瞳を大きく開き必死の形相で見つめてくるアーサーに、ロデリックも少しの間を置いてから「良いだろう」と頷いた。


騎士団長の許可を得た途端、ほっと息を吐き出すアーサーと同時に他の騎士達も仕方なく身を引いていく。騎士団長と話すのにも関わらず自分達が邪魔して良い訳がない。

一歩三歩と二人の間に道を開け、半数は飲み会に戻らずそのまま様子を見守った。

すみません、と周囲の騎士へぺこぺこ謝りながら駆け寄ってくるアーサーへ最初に呼びかけたのはロデリックの隣に並ぶクラークだ。


「やぁ、アーサー。騎士達と飲む為に帰ってきたんじゃないのかい?」

「………………ちげぇっす」

上司である二人を前に一度は姿勢を正し、申し訳ありませんと挨拶から入ろうとしたアーサーの声が一気にくぐもり低くなる。

背筋こそ変わらないが、その目は鋭くクラークを睨んだ。他の騎士の目がなければもっと言葉を乱して言い返したかった。

むっ、と表情からして腹立たしさを露わにするアーサーへ笑いかけるクラークの横で、ロデリックが正面から見下ろす。あくまで息子としてではなく、騎士隊長としての態度で「どうした」と要件を促した。

まさか騎士達の猛追から逃げる為に自分を出汁にしたとは思えない。親子でこそあるが、騎士団内ではお互いに親子としてではなく騎士団長と騎士として関わっているのだから。

ロデリックからの低い促しに一度口の中を飲み込んだアーサーは一度抑えた声で「お忙しい中すみません」と頭を下げ直した。

息子が午後休の間何処に言ったかも知らないロデリックは、まさか家に何かあったのだろうかとも冷静な頭で考える。それともノーマンのことで何かあったのかと思考を少し広げたその時。


「……手合わせ、して頂けませんか」


唇を少し尖らせて言われた言葉に、ロデリックは皿の目で一度見返した。

それが要件か、と。眉間の皺が伸びた両目が明瞭に語っている。一文字に結ばれた口に向かい、アーサーも確認される前に「それが要件です……」と乾いた喉で絞り出した。

まさか騎士達の前ならばまだしもクラークの前で言わされるとはと思いながらも、恥ずかしさを凌ぐ。周囲で聞き耳を立てていた騎士達も今からかと意外に思う中、アーサーの握った手の中がじんわり湿っていった。

騎士団長であるロデリックに稽古や手合わせなどを望む騎士自体は珍しくもない。そしてアーサーがロデリックと手合わせを行っていることも同様だ。しかし何故このタイミングでと誰もが思う。

しかし当の本人は撤回しない。口を結び、背を剣のように伸ばして手を背中に組む。ロデリックと目が合ったと確認してから改めて「お願いします」と深々頭を下げた。頭に引っ張られ、肩に掛かっていた一束の銀髪もぺこりと前へ垂れる。



良いだろう、と。その言葉をロデリックが静かに返せば、アーサーだけでなく騎士達全員の目が輝いた。



おおおおぉ!と、この場で手合わせを見れるかもしれないと期待を抱く騎士達の中、腰の剣を軽く手だけを目で確認したロデリックにアーサーもまた礼をする。

「場所は」「いつものところで」と。慣れた会話をしながらこの場から離れた演習所へ移動しようとする二人に、騎士達がここではないのかと惑い出す。プライドの話題もさることながら、騎士団長と聖騎士の打ち合いも見逃せない。


周囲の騒めきに耳が揺れるアーサーから「この場でも良いですか」と遠慮がちに尋ねてみた。

昔は騎士団長相手に手合わせや稽古をつけてもらうことに周囲への騎士へ委縮や遠慮もしていたが、騎士隊長となり最近は手合わせを見られるのも苦手ではなくなってきた。

アーサー自らの提案に周囲の騎士達も声を上げて盛り上がる中、ロデリックも眉間の皺を押さえながら了承した。見せ物になるのもどうかと思うが、騎士達に息子との打ち合いを目撃されるの自体は今回だけではない。


どちらにせよ周囲を巻き込まないように開けた場所へと数メートルだけ移動する二人へ、一定距離から囲うように騎士達が付いていく。

アラン一人への大きな渦が二つに分かれ別の盛り上がりになったと思えば、騒ぎを聞きつけたアランが「おおっ⁉︎アーサーと騎士団長か⁈」をテーブルの上から飛び降り観戦へと駈け出した。

アランに周囲の騎士達も続き再び二つの渦が結合するのを肌で感じたロデリックは、頭の中だけで「やはりか」と呟いた。

自分とアーサーがこうなれば、テーブルの上にいるアランが盛り上がりの渦中でも気付かないわけも混ざらないわけもない。

アーサーを背後に連れ歩きながら、この展開までは予想していなかったアーサーが狼狽え声を漏らすのを聞く。せっかくの盛り上がりに自分が水を差してはいけないと、なるべく騎士団長や観戦する騎士の場所を変えないようにしようと思ったのに結局中断させてしまった。目をきょろきょろと落ち着きなく泳がし回すアーサーに、ロデリックは首だけで小さく振り返る。


「……一体どういう吹き回しだ。わざわざ手合わせの為に帰ってくるなど」

アーサーが手合わせを望んでくること自体は珍しくない。しかし、わざわざ急にその為だけに帰ってくることなど妙でしかない。何かあったのかと勘繰るロデリックの探りに、アーサーも正直に肩を上下した。

別に。と、思わず小声でそう言い返したが、一度口を結んだ。視線から逃げるように歩いてきた後を振り返れば、クラークがその場に佇んだまま楽し気に手を振ってきていた。

コノヤロウ、と思わず僅かに歯を剥く。クラークも何も知らない筈なのに、あの動作だけで腹の底まで見通されている気がする。更には続きを葛藤する間にもロデリックから長く深い溜息で返された。


「また〝こうしたくなっただけ〟か?」

「………………」

ロデリックの低い声に、アーサーは数日前を思い出す。

この一か月間だけでも、ロデリックに手合わせをと望んだのは二度目だ。ひと月で二度など本隊騎士であれば誰もが羨む回数だとわかりながら、アーサーは口の中を噛んだ。

実家も合わせれば一か月にもっと多い回数をロデリックに手合わせして貰うこともある。だが騎士団演習場内で、騎士達の目を盗まず二回も堂々と手合わせをすることは珍しかった。

今も自分とロデリックを見て狡いと思う騎士もいるのかなと考えれば、アーサーは背中が自然と丸くなった。嘘を言うのも躊躇い「そうです」とだけ言おうとした口が、途中で止まる。肯定だけでも嘘ではない、だがそれ以上の理由もちゃんとある。

開けた場所まで移動し、互いに距離を取る。周囲を囲む騎士達が既に盛り上がる中剣を構えるが、まだお互いに動かない。剣を両手に握るロデリックも、アーサーからの攻撃か返事どちらかを待ち黙し続ける。

開始の合図もない、十秒以上互いの沈黙の後にアーサーがゆっくりと結んでいた口を開く。「ただ」と、最初は以前と同じ言葉が零れた。そして



「…………俺の父上が、ロデリック・ベレスフォードだってことが恵まれてるなと改めて思っただけです」



二度も。と、その言葉は恥ずかしさで飲み込んでその分地面を蹴る足へ力を込めた。

まさかのアーサーの返答に大きく目を見張るロデリックは、反応が寸分遅れた。まさかこのタイミングで嬉しい言葉を言われるとは思ってもみなかった。

どういう意味かと聞くのも自分の方が照れる言葉に、次の瞬間には奥歯を噛んでから剣を握り直す。一瞬で懐まで駆けこんでくるアーサーの攻撃を剣で受け、その身体ごと吹き飛ばす。

弾かれた勢いのまま空中で態勢を立て直すアーサーを注視しながらも、自分が今も集中力を乱されていることを自覚する。続けて着地の前に剣を自ら投げてくるアーサーへ、一歩も動かず一振りでそれすら叩き落してからも張り詰め続けた。

手合わせを望んでくれた上、そこまで言ってくれた息子に手を抜くわけにはいかない。

周囲の騎士達が大盛り上がりで声を上げる中、アーサーは気恥ずかしさを振り払うように丸腰になった両手でロデリックへ着地と同時に飛び込んだ。


ネイトが叔父に暴力を振るわれていると知った時も、同じように急に手合わせを望んでしまった。

子どもの頃は全く気付けなかったが、目の前の父親が誰よりも強い騎士団長であるからこそ自分や母親が守られてきた部分も大きいのだろうと理解したら、手合わせせずにはいられなかった。

あの時も手合わせをすればするほど、こんなに強い騎士に自分も母親も守られていたのだと痛感した。ネイトの父親に責任があるとは微塵も思わないが、もしロデリックが自分ではなくネイトの父親だったら彼も叔父からあんな目には遭わなかっただろうとは思った。騎士団長の息子に手を出そうとする人間などまずいない。

そして今日。ブラッドのことを理解すればするほど、…………騎士を目指すこともそして一時は〝別の道〟に逃げようとした自分すらも認めてくれていたことも、どれだけ恵まれていたことなのか。


『取り敢えず、大事なら家族からは逃げない方が良いですよ』


昔から思い知っていたことを、ブラッドへ掛けてからぐるぐる頭に残っていた。

当時の自分が後悔しかけたことを彼にもしてほしくない。だが同時に、自分もまだ言葉足らずな部分も態度に出せてない部分もあるよなと思った。

埋め合わせのつもりはないが、それでも改めて自分の立場を思えば今日にでも〝父親〟とまた手合わせをしたくなった。良い年をして親が恋しくなるなど恥ずかしいが、こんな風に自分が騎士になって騎士団長の父親と手合わせができるなどという幸運を置いて、実家に帰る気にはなれなかった。


今こうして自分は胸を張って幸せだが、ブラッドのように騎士になった父親を亡くしてもノーマンのように騎士になりたいと意思を貫けたかわからない。

騎士団長として騎士の過酷さを誰よりも思い知っている父親やクラークが揃って騎士を目指す自分を応援してくれたことだって決して当然のことではない。騎士である自分も父親も生きていて、こうして騎士として剣を交わせることも決して当然ではない。何よりも



─ こんな良い親、滅多に居ねぇよな。



そうまた過った瞬間、アーサーは口の中を噛んだがロデリックに振られた剣を弾くのにうっかり足が怯みかけた。

騎士団長相手に集中を途切らせてしまった自分を思考で叱咤し、両足を地面に刺す勢いで力を込め二撃目は弾かず先ほど回収した剣で受けて見せた。

おおおぉ!と騎士達もこれには歓声とは違う驚きの声を上げる中、蒼の眼光が互いに意図せず合わさった。ギギギッと、剣を振り下ろしたロデリックもそして斬撃を正面から剣で受けたまま拮抗するアーサーも互いに全身に力が籠る。

どちらかが気を抜けば剣を弾かれるどころか折られるのではないかという緊張感を張り詰め続けながら、その口は食い縛った歯のまま笑んでいた。


言葉も交わさず、互いに笑んでいると気付いた次の瞬間には同時に弾き合い、アーサーだけでなくロデリックも半歩下がり身を反らした。

カチャッと剣を握り直すだけの秒以下で、剣を腰へ素早く仕舞ったアーサーが今度は拳で向かうべく低めた姿勢から顎を狙いに駈け出した。

全く両者一歩も譲ろうとしない騎士団長と聖騎士の正面対決に、大盛り上がりの歓声は騎士館の自室にいたカラムの耳にまで届いた。そして


「どうしたハリソン?お前もロデリックとアーサーの手合わせを観戦しなくて良いのか?」


当然、二人を見送ったままその場に寛いでいたクラークにも。


Ⅱ218

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