Ⅱ475.騎士団は騒ぎ、
「はははっ……大盛況だなぁ、ロデリック」
そうだな、と。楽し気に笑う副団長のクラークに騎士団長も眉間に皺を刻みながら頷いた。
騎士団演習場、夜も耽り演習も全て終えた今の時間帯は各々自由行動となっている。城下に住む家族の元へ帰る騎士もいれば、城下や演習場内で飲み会を行う騎士、自主演習や鍛錬を行う騎士そして夕食後速やかに身を休める騎士も人それぞれだ。
しかし今はその大半が演習場内に留まったまま騒いでいる。何も知らない第三者が目にすれば、まだ演習中かもしくは暴動か疑うほどの騒ぎぶりだった。
演習中の統率が嘘のように隊も関係なく駆け回り声を荒げ騒ぎ、殴打音も響いたと思えば何人かは吹っ飛ぶのまで見えればとうとうクラークも手を叩いてしまう。
既に演習を終えて一時間経過しているのに全く収束するどころか、湧くばかりだ。そしてその一番大きな渦の中心にいる人物は、たった今九番隊の騎士隊長を投げ飛ばした張本人だ。
演習を終えてからすぐ騎士達に囲まれたが、途中で騎士隊長に詰め寄られ「んじゃ俺を殴れたら答える」と飲み会最中に真っ向勝負を終えたところだった。九番隊の騎士を相手にしたというのに疲れを見せるどころか生き生きと肌を輝かせる騎士は、部下から受け取ったジョッキを手にまた話し出す。
「で!!プライド様は学校でもすげぇ人気でさあ!最終日なんか隣の席の奴が毎回変わったらしくて!いやでもやっぱ一番格好良かったのは村襲撃の」
「だから話飛ばすなアラン!!まだ初日から一週間くらいしか聞いてねぇぞ!!」
「アラン隊長この間壁のペンキ塗りで協力した家もやはりプライド様が…………!?」
「どうりで俺ん家で預かってやろうかと言ったのにエリックん家に」
「本当に他の生徒達と馴染まれていたのですか⁈」
「自分の娘が‼︎中等部なのですがまさか同じ学級だったんじゃ……!!」
大勢からの声掛けに靴のままテーブルに乗り上げ、上機嫌にプライドの極秘視察を語るアランはまだまだ話せるぞと喉を張る。
時々耳に彼らの声が引っ掛かれば「あ、そうだったっけ?」と軌道を修正したり質問に返すがそうでなければとにかく自分の言いたいところばかりを抜粋して話しまくる。プライドの予知についてや一部流石に言えないこともあるが、そうでない内容であれば何度話しても飽きない。
久々に話せるプライドの新しい話題を語りたいだけ語って笑う。酒こそまだまだ飲めるが、周囲の盛り上がりと楽しさで空気に酔い気味のアランは誰よりも大声で話しまくる。
何度も気を抜くとプライドを不良生徒から助けたことを自慢したくなるが、それを言うともれなくプライドが捕まったことも知られる為その度に酒を大口で飲んで抑え込んだ。
とにかくジャンヌが可愛いプライド様が学校でも活躍して人気で村襲撃では本当格好良かったよな⁈とその話題を何度も語るアランは演習場内で一番注目を浴びていた。
本来であれば王弟の護衛になっていたことも話題としては充分だったが、やはり彼らの話題で一番の興味はプライドだ。更には紛れるようにアーサーの話も聞きたがる騎士も「それでアーサー隊長は常にプライド様と⁈」と叫び、声が拾える度にアランもニヤニヤ笑った。
アーサーが騎士の授業中に目立ったことをカラムから聞いたと話せば、その場で幾らか騎士達はアランからカラムへ標的を変えるべく見回し呼び回るが何処にもいない。
大勢の騎士が演習場内で騒ぎまくる中で、カラムは騎士一人を招き部屋へ早々に避難してしまった。
今も自室で上等な酒を振舞いながら頭を悩ます騎士の話を親身に聞いている。部下でもなければ自身の所属する三番隊ではないが、後輩に時間を割くこと自体は珍しくない。
しかし自室へ鍵を掛けて立てこもるカラムに「今日に限って!!」と思う騎士もまた少なくない。近衛騎士は今や五人もいるのに、現状で話を聞ける口がアランしかいない。アーサーも午後休で休みを与えられ不在の上、もう一人の近衛騎士もここに居なかった。
「エリックあンの野郎‼︎‼︎極秘視察終わったなら実家に帰る必要ねぇだろぉおが!!嫁も子どももいねぇだろアイツはよぉ‼︎‼︎」
逃げやがったな⁈と、一人の騎士がぶつけようもなく咆哮する。
周囲の騎士が落ち着けと宥めるが、一番宥められる立場にいるエリックもまたここにはいない。アーサー同様午後から休息を与えられた彼もまた、今は実家に戻っていた。
知らないとはいえ家族を一か月も自分の任務に巻き込んだ感謝と罪滅ぼしの為、家の手伝いをするべくプライドの近衛任務を終えてすぐにその足で城下へ降りていた。プライドのことで今日は質問攻めにされることが目に見えていた為、演習場にすら戻らず早々に避難した意味もある。
プライドの話題で盛り上がるのは彼も好きだが、近衛騎士という立場から羨まれもみくちゃにされるのは避けたかった。自分の家でどんなことがあったかなど、酒が入った状態でうっかりでも話したくない話題が多すぎる。
「なかなか帰らないなぁ。今日は騎士全員夜明かしするかもしれないぞ」
「全員ではないだろう。見張りや休息日を得ている騎士に、アーサーとエリックも城から降りている。それに……」
「避難しているの間違いじゃないか?」
くっくっ、と自分で言ってそのまま喉を鳴らして笑うクラークにロデリックも否定はせずに息を吐いた。
アーサーもエリックも、休息を与えたのは自分だがいつもの半休ならば二人とも家に帰ることの方が珍しい。それを揃ってともなると、確かに避難が近いと思う。
騎士達からの特別任務についての羨みを受けても、平然とするどころか生き生きと胸を張り自慢したがる者などアランくらいだ。
カラムは上手く逃げたのだろうか、と考えながら再び演習場を一望する。
高台から見れば確実だが、ロデリックの身長からであれば姿勢を正すだけでもある程度は見渡せた。情報の塊であるアランに大部分、そして知らず知らずとはいえ学校の守衛として派遣されてきた騎士にも人だかりができているのが見えた。
村襲撃事件で居合わせた騎士にも詳しく聞かせろと捕まっている者が多々いる。
渦の中心であるアラン以外にも、学校でのプライドの様子や、村襲撃に颯爽と現れたプライドの話で各自が盛り上がっている。外にテーブルを出し酒を出し、完全に祝杯時と同じ盛り上がりだった。
本来であれば任務成功した時や祝日にのみの盛り上がりだが、プライドの話題でも度々こうなることにも今は騎士団では通常になってしまった。
プライドの極秘任務を知っていたのは騎士団長、副団長である自分達も同様だが流石に騎士団長である自分達にまで聞かせろと詰め寄ってくる騎士はいない。そしてもう一人の近衛騎士に至れば、聞いても答えてくれないことは誰もがわかっている。
「あとはノーマンか。……あいつも、ずいぶん思い詰めていたからな」
話途中で上塗ってしまったロデリックの言葉を、紡がれる前に自分で繋ぐ。
半休を得たアーサーとエリックとは別に、演習を終えてから一人足早に演習場から去った騎士を思い出す。ここ最近は調子が悪いことも、演習後には騎士館には泊まらず城下に出ていることも、そして彼の弟が村襲撃の関係者であることも二人は把握している。
今日も早朝演習が始まる一時間も前には演習場に帰還し、休息時間は母親へ会いに城を出て、戻ってきても休む足もなく自分達の元へ訪れ、午後には妹へ会いに途中で抜け、そして今も演習を終えた後には彼なりの用事があるだろうことも察せられている。
村襲撃で盗賊を全員一網打尽にし村人も救助し、プライドの活躍も目にでき熱に浮かれる他の騎士とノーマンだけは違う。自分の家も失いそして家族が二次被害の可能性として保護されたのだから。
腕を組み、さっきと打った変わり抑えた声色で語るクラークに、ロデリックも短く唸った。
大勢の騎士が所属する中で、騎士の関係者が被害に巻き込まれることは珍しくない。その後に自分の環境や立場とどう向き合うかはノーマン自身が決めることだ。
騎士団長と副団長という立場でもある程度関わるが、騎士という立場の責任と厳しさを知っているからこそ安易にできないこともある。
ノーマンの所属する完全個人主義の八番隊騎士は自身で決めて結論付け完結する者ばかりで、他者とも関わらない為に相談するような相手も騎士団内にいない者が殆どだ。特にノーマンは、直属の上官以外の指示にも噛みつくことがある。
彼の直属の上司も当然全員が先輩上官も含めて個人主義の八番隊。その中で自分から関わろうとする騎士など、身内贔屓を抜いてもたった一人
「!アーーーーーーサーーーーーーッッ!!!おいアーサーがいるぞ!!!!」
突然の断末魔と競えるほどの大声に、ロデリックとクラークも目を大きく開く。
直後には呼び水のように「アーサー隊長?!」「アーサー!!」「聖騎士来た!!」と騒いでいた騎士達も一方向へ振り返る。見れば門の方から一人の騎士が駆け込んできていた。
自分の名前が呼ばれたことにペコペコと繰り返し頭を下げながら現れる騎士は、頭の上に括られた銀髪が灯りに照らされキラッと光った。
話が聞けそうな情報源の塊に、酔いと勢いに押されて大勢の騎士がまるで指名手配犯確保のように走り出す。野太い声で何人にも名前を呼ばれ、アーサーも駆け込んでいた足が途中で急停止した。「いいいいいぃッ?!」と悲鳴にも似た声がロデリック達の耳にもうっすら聞こえた。
てっきり実家にでも帰ったと思ったが戻ってきたのかと、意外に思いながらロデリックも黙して眺める視線の先でアーサーが必死に逃げまどう。
話聞かせろ、待ってました、よく帰ってきた!と口々に言いながら捕まえようと手を伸ばし飛び掛かってくる騎士を、持ち前の俊敏さと条件反射で避けては逃げる。




