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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
嘲り王女と結合

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そして繋がる。


「ッな、なんだよ!!なんか文句でもあんのかよ!!」


密集度の低くなった食堂にも響くような乱暴な声に、周囲も何人かが振り返る中クロイは頬杖を突いたまま微動だにしない。目だけが上から下までネイトを眺めてを繰り返しては、最後に緩みそうな口元をぐいっと頬杖で押さえつけた。

「べつに」と短く言い返すクロイにネイトが今からでも暴れ出したくなったが、ディオスが嬉しそうな声を上げたお陰で一気に薙いだ。


「ジャンヌの友達ってネイトだったんだ!」

わっと弾ませた声に、聞いていたパウエルも「そういえば」と小さく独り言が声に出る。当時ネイトが問題を起こさないようにファーナム姉弟に寮を借りていたと話していたのを思い出す。

自分は第三者として聞いていたが、ファーナムの方は誰に貸していたのかは知らなかったのかなと遅れて考えた。あの頃からファーナム姉弟とネイトに繋がりができていたんだなと思うと感慨深くなってしまう。


続けてディオスから詳しく、自分達にジャンヌが部屋を貸してくれと頼みに来たのだと話せばやっとネイトの中でも合点がいった。

借りていた部屋の主がクロイだと聞けば、この言いようもない視線にもある程度納得できる。ディオスが説明する間も黙したまま自分を凝視してくる薄気味悪さこそ感じるが、今更部屋の礼なんか行ってやらないぞと強く思う。

ディオスが長々とジャンヌ達の話を聞かせる間にヘレネも自分の分は食べ終わり、残りの皿をそっとネイトへ譲った。目の前の美味しそうな料理に目が輝くネイトだが、その間もちくちくとクロイの視線が肌を突いた。

ディオスの話も面倒くさいが嫌じゃない。ヘレネの子ども扱いは引っ掛かるが優しくされるのは嬉しい。パウエルも怖かったが今はそうでもない。しかし一番自分を冷ややかな目線を贈ってくるクロイには目の敵にでもされているような気が



─ まぁ、レイよりは。



……そう思考するクロイは、表情には出さないようにと意識する。

まさか当時ジャンヌが協力したがっていた男子生徒が、男子は男子でも下級生とは思わなかった。

当時はあんなに面白くないと思った自分が馬鹿みたいだと、目の前の少年を見て思う。てっきりもっとジャックやフィリップやジルやパウエル、下手をすればセドリックみたいな男子生徒ばかりを連想していたが、ふたを開ければ子どもだったと自分もまだ一歳しか変わらないにも関わらず考える。

自分達やアムレットと同じく勉強を教わっていたと聞けば、「また⁈」と幾分ムッともしたが特待生を狙っているわけでもない。やっぱりジャンヌが特待生にする為に勉強を教えてくれていたのは自分達だけだった。


ヘレネに対しても、口は生意気だが既にディオスにまで押されている辺り問題はなさそうだと危機感も一気に削がれた。

姉を狙っているとも見えなければ、何より姉からも自分達と同じ弟扱いしかされていない。

同等かそれ以上の〝色々手助けしてくれる男の子〟でもない。

しかも食べ物狙いで近づいたわけでもないのに、ヘレネを見る時よりもヘレネから渡された料理を見る時の方が目が輝いていた。総合してネイトの方がレイの百倍は良い。

むしろあの時にむかむかとした自分の部屋を借りた男子生徒の謎が解けた分、少なからず寛大な気持ちにもなれた。



─ 勉強の進み具合から見ても僕らの方がジャンヌと絶対仲が良かったし教えて貰ったし。



「これはね、綴りが間違えやすいけど……」

「うるせぇええ!まだ食ってんだよ!!」

「ごめんね、お姉ちゃんが食べるの遅かったから……」

「取り合えずディオス、先に食ったら良いんじゃねぇか?ネイトも聞いてるだけでも勉強になるだろ」

早速ノートの解説をしようとするディオスに、食べかすが飛ぶほどの勢いでネイトが声を荒げる。

ヘレネが眉を垂らしながらも二人のやり取りを微笑ましく眺めれば、パウエルも食べながら口が笑っていた。

既に打ち解けているように見えるディオスに、流石だと思うと同時に少しだけクロイは唇を尖らせた。いつもより大口でフォークを動かし、ごくりと飲み込んでから自分も少し前のめる。

ディオスへ迷惑そうに目を吊り上げながらもさっきより急いで料理を搔っ込んでいるネイトに勉強する気はあるのかなと軽く思いながら。


「…………で、どれ。わかんないの。食後なら僕も教えてあげなくもないけど」

ブバッ⁈と直後には再びネイトの声が上がった。

まさかディオスだけでなく、目の敵にしているようなクロイにまで言われるとは思わずサラダの葉が一枚口から飛んだ。「汚いから吹き出さないで」と迷惑そうに顔を顰めて手で防御したクロイだったが、一度言った言葉を下げようとはしない。

ネイトへ早く教えるべく急いでフォークを動かす前に、ディオスは「これ」とクロイへネイトのノートを見せる。ただ言われたことをそのまま書いただけのノートは整理のせの字もない羅列だ。

それを受けクロイはアムレットのノートは最初から綺麗だったことを思い出し、…………自分とディオスも最初はこんなノートだったなと懐かしくなった。

「うわ、汚い字」と悪口を言った途端にディオスとヘレネから同時に叱られたが聞こえないふりをする。自分は入学当初ネイトよりも字が全然書けなかったことも忘れていない。



『頑張ったわね』



「どうせ暇だし、昼休みくらいなら付き合うよ」

ぱたん、とノートを一度そこで閉じたクロイは両手が塞がるネイルに見えるようにテーブルへ置いた。

再びフォークを持ち、ディオスへ「急ぎ過ぎ。咽喉詰まらすよ」と一言注意してから自分も食事を再開した。

まさかの展開に、三十秒以上遅れてからゴクンッと口の中を綺麗に飲み込んだネイトは次の一口の前に手が止まる。


パウエルとヘレネはわかる。ジャンヌ達と一緒に居た時に自分はすごいと褒めてくれた。でも双子はまだ自分の特殊能力も知らなければ、勉強ができないことしか知らない。

姉と一緒にいたことすら嫌な顔をしてきたくせに、なんで急にそんな親切になるんだと気味が悪い。理由のない親切が、当初の叔父の甘言と重なり背筋が毛先で撫でられるようで変に力が入る。



「なんでお前らまで教えてくれんだよ……」



苦そうに絞り出した疑問に、ディオスとクロイは同時に目を向けた。

クロイから「なに、姉さんに教えてもらいたかったの」と小さく刺されたが、それはすぐに歯をむいて否定できた。はぐらかされているようで気持ち悪い。

学校の生徒が皆ジャンヌ達やカラムのように親切な奴ばかりじゃないと知っている。騎士でもなければ、自分の特殊能力も何も知らないくせに、さっきまで嫌な顔してたくせに親切なのはどうしてなのか納得できるまで安心できない。餌をちらつかされてまた酷い目になど遭いたくない。

テーブルの下で何度も自分の足をバタバタぶつけ、交差させながら返事を待つネイトにディオスの答えは単純だった。


「?だってジャンヌの友達なんだよね⁇」


きょとんと、むしろこっちが不思議だと言わんばかりのディオスの言葉にネイトは一瞬意味がわからなかった。

だが、その単純すぎる言い分にクロイは予想できていたとばかりにまたフォークを動かし始める。また食べるのを止めてお喋りを始めたディオスに、先にネイトへ勉強を教えるのは自分になりそうだなと考えながら今度は注意しない。


もともと、自分と違って名前も顔も知らないネイトにジャンヌの知り合いだからという理由だけで自分達の家の一室を貸そうとしたディオスだ。

しかもジャンヌの話題で寂しくなっていたところで、まさかのネイトがジャンヌの紹介だと知れば自分への悪口程度ディオスは水に流せる。レイの初対面とはわけが違う。

それよりもジャンヌの新しい話が聞けることと、ジャンヌが良くしていた相手に自分も良くしたいと思うに決まっている。

興味も沸けば仲良くなりたいに決まっている、年下相手にお兄さん風を吹かせたいに決まっている。


「ジャンヌは僕らにすごく親切にして助けてくれたから。ジャンヌが好きな子なら僕も好きだよ。だから勉強教える代わりにジャンヌの話聞かせてよ」


〝別に〟〝良いけど〟と。その声は途切れ途切れにネイトから消え入りそうな声で返された。

自分に親切にしだしたきっかけが、ヘレネからの紹介の内容かと思い返せば少しは納得できた。自分の返答に、にこにこと嬉しそうに笑うディオスを上目で見返しながら、逃げ場を探すようにフォークを握り直す。

ジャンヌは居ない筈なのに、自分が今もジャンヌの置き土産に囲まれている感覚は気味は悪くないが擽ったい。


同時にここにジャンヌがいないのだと思うと、急に味がわからなくなったが気付かないふりをした。

もぐもぐと口を動かし、本当にジャンヌの周りはこういう奴らばっかりなんだなと認識を改める。学校中の奴ら全員がジャンヌみたいとは思わないが、少なくともジャンヌ関連の人間は皆お人よしだと思う。

特に発明の特殊能力も知らないうちから親切にしてくるディオスとクロイを前に、今だけは少し最初に「気持ち悪い」と言ったことを後悔した。自分の問いに答えてくれたのがディオスだけであることも気になる余裕がない。

ぱくぱくと次々に料理をかみ砕きながら順調に皿の上を減らしているクロイも、言うつもりはない。ディオスが代わりに言ってくれたのだから、自分まで言わなくて良いやと思う半分。……自分は言うのも恥ずかしい。




─ ジャンヌならこうするだろうなと思っただけだし。 




ぱく。と、そこで料理を頬張る動きは数秒止まった。

今この場にいない彼女が、もしここに居たらと考えれば見慣れていた筈の笑顔が浮かぶ。

もしアムレットの提案通り手紙が通ったら、最初に今日のことで文句を言おうと考えながら噛みきった残りを飲み込んだ。


今は教える立場になった自分を、少しだけ誇らしく思いながら。


Ⅱ199.110

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