明かし、
「ネイトはお昼持ってきてないの⁇」
「んなわけねぇだろ。……俺だってこれだけでも別に足りるし」
そう言いながらネイトがゴロリとリュックから取り出したのは果物一つとパン一つ。パウエルと殆どメニュー自体は変わらないが、自分達の学食と比べればかなり質素だ。
その並び自体にはクロイもディオスも何とも引け目は感じない。自分達もつい最近まではパンやビスケットだけだったことを考えれば、果物がついている分豪華と思う。学食で食べない生徒達の大体がそんなものだ。
しかしパウエルと違い、ネイト本人は少しだけ今は悔しそうに下唇を小さく噛んだ。ジャンヌ達には気にしなかったが、さっき喧嘩をしたばかりの相手に見せると馬鹿にされているような気分になる。
視線を落とし、ディオス側の肩だけを狭めるネイトにクロイの方が先に居心地の悪さも察せられた。自分だってこの場でネイトの立場なら絶対に見せたくないと思う。姉の食事を狙っているだけかと思ったが、むしろ貰う行為自体に今は引け目があるようだった。
だが、ネイトが転がすパンと果物を前に全く嫌味なく「果物まである!」と声を上げるのはディオスだ。
「いつも果物あるの⁈同じの?それとも色々??」
「ハァ?別に、母ちゃんが適当に……」
「良いなぁ、僕らはこの前までずっとパンだけだった」
さらりと恥ずかし気もなく過去を告白するディオスに、クロイも何も言わない。
兄がそういう人間だということは昔からよく知っている。友人のいない自分とはわけが違う。更には食堂に入る前の険悪さを忘れたように好意的に話しかけている理由も。
まさかの発言に思わず伏せていた目で見返してくるネイトに「あっ、でも僕らの両親が悪いとかじゃなくて」と慌てて首を振る。決して両親が自分達に酷い扱いをしていたなどとは思われたくない。代わりに続けて「父さんと母さんは死んじゃってるから」と理由を語れば、ネイトも悪い言葉が出なくなる。
ディオスに両親がいないなら、当然その姉であるヘレネもそしてクロイもそうなのだと遅れて理解する。にも関わらず、話すディオスは屈託なくむしろ笑っている。
「僕も果物好きだよ。季節によって甘かったりハズレだったりするのも面白いし」
「別に俺はそんなんじゃねぇし、母ちゃ、……か、勝手に頼んでもいねぇのに入れられてるだけで」
「じゃあお母さんがネイトのこと好きなんだ!」
むぐっ、と今度こそネイトが押されて口を絞る。
歯に衣着せないディオスに言い返せずに睨むが、全くからかってきているわけではないと一目でわかる。むしろ好意的な眼差しだ。
純粋な感想だけを言われるのが逆に気恥ずかしい。せっかく両親を亡くしている相手に少なからず気負って「母ちゃん」の言葉を控えようとしたのに、ディオス本人から指摘されればどうしようもない。
言い返す言葉が思いつかず黙するネイトは、無言で最初に自分のパンに歯を立てた。がぶり、と噛り付いたところでパウエルやヘレネも食事の手を動かしだした。するとまだ手をつけてない内からディオスが「僕のも一口いる?」とトレーごとネイトの方へスライドさせてくる。
「ディオス。いきなり馴れ馴れし過ぎ。どうせその子姉さんから分けて貰う約束してるから」
「お姉ちゃんがたくさん食べられないからネイト君に食べて貰おうかと思って。ほら、今日の日替わりも美味しそうでしょう?」
そうなんだ!と声を上げるディオスに、ネイトは更に肩を狭めながらもぐもぐ齧る。
まだ顔の判別とヘアピンと名前のむずび付きもできていないネイトだが、それでも口が悪い方とうるさい方で区別がついた。
いつまで経ってもなんで自分の話題ばっかなんだとこそばゆさを感じながら、明日からはやっぱり一人で食べようかなと考える。全員が自分を子どものように扱ってくるのが気に入らない。パウエルやヘレネはともかく、双子はたった一つしか変わらないくせにと思う。
「ねぇネイトはなんでジャンヌ達と友達になったの??」
「ネイト君はね、お勉強をすごく頑張っていてジャンヌちゃんに時々教えて貰っていたんですって」
「「……………………」」
ふふふ、とネイトの代わりに楽し気に応えるヘレネにネイトもパウエルも否定をしない。
実際は勉強を教えてもらう以前の関係だ。しかも空き教室に忍び込んでいたところを発見されて捕まった。
当時はネイトのことも自分は良く思っていなかったなぁとパウエルは耽りながらも、敢えて黙した。そしてネイト本人もジャンヌとの関係を細かく話す気にはなれない。
「知り合い」とは言えても、仲良くなったきっかけを思い出せば最初に浮かぶのは家で泣いて彼女のに縋りついた瞬間だ。それこそガキみたいな行為を自分の口で言いたくない。
ヘレネの言うことが嘘でなければ、このまま誤解して貰った方が都合も良いやと結論付ける。言葉の代わりに齧り切ったパンを飲み込んだ。
そして姉の言葉を受け、クロイは。
「ふ~~~~~~~~~~~~~~~~ん」
異様に長い音で、じぃぃぃぃと両目でネイトを凝視した。
探るような声色と一緒にディオスから「僕らと一緒だ!」と明るい声がいくらか上塗ったが、それでも零れるほど長い鼻音にネイトもびくりと小さく肩を震わせる。パンから口を離し「なんだよ」と言えば「なんでも??」とフォークも置いて頬杖を突きクロイの視線が突き刺さる。
その様子にパウエルは若干の既視感を感じ顔が笑いながら引き攣った。自分が初対面の時と似たような反応だが、今回は兄弟で名案がはっきりとわかれている。
「僕らもジャンヌに勉強教えて貰ったんだよ!もしかしてネイトも特待生??それとも次に目指すの?!」
「えっ、ハァ⁈そんなのなれるわけねぇだろ!まだ全然授業もわかんねぇのに……」
「僕らも最初そうだったよ!どこがわかんない??僕教えるよ!」
「お姉ちゃんも実はそうお話したの。ディオスちゃんも一緒に教えてくれるなら心強いわ」
「良かったなネイト。ファーナムもディオスも特待生だからすげぇ頭良いぞ」
ぐぐぐぐぐぐーっと、ネイトの身体が椅子から落ちそうなほどディオスから反れる。
ヘレネのような包み込んでくれる距離の詰め方と違い、ディオスの場合は正面突破過ぎてわけがわからない。それもついさっき喧嘩したばっかりなのになんでこんな馴れ馴れしいんだと思う。
ヘレネに続きパウエルまで賛成する中で、なんでどいつもこいつも自分に勉強をさせたがるんだと勝手な苦情を思う。もともとは自分がジャンヌに教えてくれと言ったが、なんでそんな嬉々として教えたがるのかわからない。
どこがわからない?一口あげるから見せて見せてとディオスに流されるままに、仕方なくリュックからノートを引っ張り出した。
メインの肉料理を一口本当に分けたディオスが輝く目でノートを開く中、今度は斜め正面の視線が気になった。盛り上がるヘレネ達と違い、ずっと自分に意味深な眼差しを向けてくる青年が。
一度気になってしまえば、居心地の悪さを隠すように腕で無意味に身体を庇う。隣でディオスが「僕も最初はここわかんなかった」と話すのも聞かず、今はもう一つの同じ顔を睨み返す。
「…………ッなんだよ!」
「……君もしかしてちょっと前に男子寮こっそり使ってた?」
ぎくくっ!!と直後にネイトの肩が大きく上下した。
ぼそりと呟くような声だったが、密集していたヘレネ達にはしっかり聞こえた。更には返事をしないまでも正直な反応をしてしまったネイトもしっかり目撃してしまう。
自分が発明をしていること自体は隠さないまでも、急に男子寮での作業を言い当てられたネイトは一気に顔が強張った。なんでそんなこと知っているんだよ、と言いたいが肯定になってしまう。八重歯が見えるほど歯を食い縛り、汗で湿り出す額のままクロイを見れば頬杖を突いた若葉色の瞳が光って見えた。
「ふ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん」
「ッな、なんだよ!!なんか文句でもあんのかよ!!」
先ほどの二倍の長さで音を伸ばされ、ネイトは気味の悪さに声を荒げる。




