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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
支配少女とキョウダイ

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Ⅱ57.支配少女は呼び、


「あの、……セドリック様は、……王族の方がこんな所に来て良いんですか……」


しゃくりあげが治ったディオスが自分から話し始めたのは、かなり歩いてからだった。

護衛がいる、心配するなとセドリックがはっきりと言葉を返せば、先頭を歩くディオスはこくりと無言で頷いた。いつの間にか一人増えている騎士のハリソン副隊長にも気づいていない様子だった。

あの時はまだ混乱してたし、きっと最初から三人駆け付けたと思っているのだろう。隠れ見るように振り返っては自分達の周りを囲むアラン隊長、エリック副隊長、ハリソン副隊長を見る。三人の屈強な騎士の存在に、〝護衛〟という言葉で少しだけ納得できたようにまた視線を前方へ戻した。実際は王族が一人どころか三人いるし、騎士も四人なのだけれども。

周囲は、静かだった。外見の目立つセドリックが歩いても騒ぎが起きないほどに全く人影がない。薄暗いだけでちゃんとした家はいくつもあるのに、物静かさはまるで廃墟だ。セドリックも同じことを考えたのか「静かだな」と投げかけると、この時間帯は大人も子どもも仕事で出払っているとディオスがぽつりぽつりと教えてくれた。

フラフラと力なく歩くディオスの足並みはゆっくりだ。

セドリックの馬車があれば良かったのだけれど、あれではもっと目立つし既に路地と言えるほど狭いここでは通るのも難しいだろう。

ディオス達の住処は中級層の居住区ではあったけれど、かなり古い建物ばかりが多い区域だった。中級層は男爵家とかの上級層一歩手前の下級貴族から庶民、そして住む家や生活こそぎりぎりで保っているだけで下級層一歩手前の民まで幅広い。そして親の居ないディオス達は限りなくその後者だった。


「王族の方が来るような場所ではないんですが……」

段々と足場が靴を汚すようになり、陽当たりが悪くなってきた頃にディオスが申し訳なさそうに零した。

今度は「構わん」と言うセドリックではなく、比較的に見慣れた相手であるアラン隊長に伺うように目を向けていた。赤く腫れた目が「本当に連れて行っていいんですか」と尋ねている。

アラン隊長がそれに「王弟殿下の御命令だから」と一言返すと、唇を絞ったディオスは再び頭を垂らして前を向いた。

途中までは無我夢中で走ってきたけれど、セドリック達と合流してからディオスに連れられた距離も思い返せば、やっぱり結構遠くから通ってきていたんだなと思う。学校方向へ逆走することなく中級層の住宅地奥へと案内してくれたディオスの家は、エリック副隊長の家とも下級層とも別方向の端の端だった。

暫く歩き、段々と小さな一階建の家が所狭しと並んできた。そこでディオスは「こっちが僕らの家です」と悄げた声のまま、セドリックへ向けて一つの家を指差した。

覚悟していたよりもずっと大きくてしっかりした煉瓦造りの素敵な家だったけれど、かなり老朽化している様子だ。手入れをすれば違うのかもしれないけれど、少なくとも今は何とか形を保っているような状態だ。……そういえば、ゲームではディオス達は家に住んでいなかった。

仕えていた攻略対象者でもある彼の計らいで、ゲームスタート時には学校の寮に住んでいたのだから。仕事の都合もあったのだろうけれど、もしかするとその時には家自体に限界が来て潰れてしまったのかもしれない。


「確か亡くなったご両親が買われたのだったな。我がハナズオの民家よりも大きい。良い家だ」

セドリックの言葉に私達も同意を込めて頷く。

雑草だらけだけど庭もある彼らの家は、周囲の住宅の中ではかなり大きい方だ。ご両親、ということは五人家族だったのだから、きっと古くても子ども達の為に広い家を選んだのだろうなと思う。古く劣化していることだけ除けば、もっと大家族でも問題なく住めそうだと、……そう思ったところで胸が絞られた。

ファーナム姉弟のご両親は、ゲームでも小さい頃に亡くなっている。セドリックの話でも事故で亡くなったという話だし、それからずっとこんなに広い家の中に三人で頑張ってきたんだろう。……そして、彼らの為にお姉様は。

ズキッ、と思い出せば今度は痛んだ。違う、それはゲームの話で現実でもそうなっているとは限らないと口の中を噛む。まだ確定していないことまで決め付けるのはあんまりに失礼だ。……そして安易に詮索してもいけない。


『ッ触らないで‼︎‼︎』


ゲームではお姉様があそこまで守り通したかった秘密なのだから。

これだけはもしゲーム通りになっていてもそうでなくても絶対に誰にも話さないと私は決める。自分の胸に拳を当てて押し付け、痛みを感じるまで力を込めた。

目の前ではセドリックに一言返したディオスが、示した指を下ろして更に先へと進んだ。確か、彼らの職場はここから近いところな筈だ。身体の弱いお姉様の世話をする為に、家との近さというだけで選んだくらいなのだから。

敷き詰まる小さな家をいくつか通り過ぎ続けると、途中から少し道が大きく開けてきた。ここから広場か市場にでも出るのだろうかと考えていると、突然男性の大きな声が聞こえてくる。


「おい早くしろ!お前だけ遅れているぞ‼︎」

「すみません‼︎」

続いて聞こえるのはディオスと同じ声……クロイだ。

まだ姿は見えない、ということはこの先の角だろうか。突然のやり取りにディオスの足がピタッと止まる。傍を歩くセドリックが「どうした?」と尋ねるけれど、まるで木にでもなってしまったようにピシリと直立したまま進まなくなった。すぐそこにクロイがいるというのにどうしたのだろうか。

すると、指の先まで緊張が窺えるディオスはセドリックの問いには答えないまま、恐る恐るといった動作でこちらに振り返ってきた。まさかこの期に及んで逃げたくなってしまったのかと心配になると


ぱちり。と、目が合った。


え?私⁇

今まで威嚇か怖い顔ばかりしていたディオスが、身体を小さく縮こませたままそわそわとした眼差しを私に向けてきた。顔だけ見たらまた泣きそうな表情だ。

目が逸らせないでいると、ディオスはセドリックの傍から無言のまま早足でこちらに歩み寄ってくる。さっきまでセドリックに心を傾けていたように見えたのに何故⁈と戸惑いのあまり片足を退げてしまう。

ディオスと私の間に立ってくれるアーサーを始めとして、警戒するように騎士が私を守るように距離を詰めてくれる。流石にこれだけの騎士が見ている中で突然殴りかかってはこないとは思う。でも、背後に立つハリソン副隊長が僅かに覇気を放つし、ちょっとディオスの身の安全的な意味で今は怖い。


「ジャック、大丈夫よ。ディオス、どうかしたの?」

堂々とここで騎士達に指示を出すわけにもいかず、顔を強張らせているディオスと直面中のアーサーに私から声を掛けて歩み寄る。

ステイルがぴったりと背後に付いてくれる中、アーサーの肩に触れて「ありがとう」と声を掛けてからその隣に立つ。するとディオスは、自分より背の高いアーサーを気にするかのようにチラチラと目を向けてから私の方に近付いてきた。

今度は手を振るうとか掴みかかるとかではなく、迷子の子どもが大人を引き止めるように指で私の肩の裾を摘む。前のめりに顔を近付けてくる彼に、耳を貸せという意味かと私からも顔を傾ける。するとやっぱり、彼は私の耳に向けて震える息がかかるほどに口を近づけてきた。


「……ダドっ……雇い主、にっ……僕らは双子って言ってないから……。……僕が見つかったら、……きっとバレて………………怒られる……」

もともと怖々とした声は、最後はか細く消え入りそうだった。

それ以上は言いにくそうに口を噤んで俯く彼に、私は納得する。なるほど、さっきの声は雇い主らしい。確かにここで彼がクロイを呼んだら、確実に双子ということもバレてしまう。そこで都合良く他人の空似やドッペルゲンガーと思ってくれるわけもない。……たぶんこの言い方だと今までも雇い主に黙って交代して、なんらかのトラブルがあったのかなと思う。別人だったなんて知られたら、真偽は関係なく「あの時にミスしたのは別人だったからか!」「別人だからミスしたんだな⁈」と疑われることも考えられる。


つまり、ディオスは自分の代わりに私がクロイを呼びに行って欲しいということだ。

確かにそれは王族のセドリックにはとても頼めない。わかったわ、と一言返し、私はアーサーの手を掴む。騎士に指示はできないけれど、アーサーならもしもの護衛に付いてきて貰っても問題ない。

無言で私が掴んだのに驚いたのか「えっ⁈」と声を漏らしたアーサーが、若干吃りながら私を呼ぶ。いきなり突撃職場訪問しようとしているのに焦っているらしい。大丈夫、話すのは私だけだ。

ステイルが「僕も行きます」と言ってくれると、アラン隊長が「甥っ子と姪っ子の保護者で俺も」と声に出して付いてくれる。大人の騎士も一緒なら心強い。

エリック副隊長も前に出ようとしたけれど、ハリソン副隊長をディオスとセドリック二人と残すことを心配してくれたらしく、そっとディオスの隣に立ってくれた。流石エリック副隊長。

ハリソン副隊長が無言でセドリックの護衛に立つ中、私はアーサー、ステイル、アラン隊長と一緒にセドリック達を横切り、角を出る。

声のした方にそのまま曲がれば、すぐにそれは目についた。

二台の馬車と大きな倉庫。入り口前には、雇い主らしきおじさんが腕を組んで佇んでいる。そして荷車に積まれている大きな箱や袋を担いで倉庫と馬車を往復している人達の中に、彼は居た。

ちょうどフラフラと倉庫に向かおうと米俵くらいの大きさの荷を背負う少年に私は声を張る。


「クロイ‼︎」


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