入り、
「さっさと行かねぇと席ねぇのに、なんで誰も席取りに行かねぇの?」
「そうね、ごめんなさいね。ネイト君がこんな近くにいるなんて気付かなかったわ」
傍若無人ともいえるネイトの態度に嫌な顔一つせずよしよしとヘレネは頭を撫でる。
「ネイト君」と呼ぶ少年に、双子も姉の知り合いだということはわかったが、一体何者かとまじまじ見てしまう。しかもパウエルよりも馴れ馴れしい。
姉に頭を撫でられた途端、照れたように唇を結んで大人しくなるネイトに「また姉さんは!」と弟達二人の心の声が重なった。
「小さいから気付かなかった」と思った言葉を胸中だけでパウエルが抑えている間、ヘレネはゆっくりと視線をディオスとクロイへと向けていく。紹介するわね、と変わらずネイトの頭を撫でながら柔らかな笑顔で彼を示した。
「ネイト・フランクリン君よ。中等部一年生で、ディオスちゃんとクロイちゃんの一個下ね。今日からお昼を一緒に食べましょうってお姉ちゃんからお誘いしたの」
皆仲良くしてね、とまるで保母のような口調でヘレネが言えばパウエルも「よろしく」とネイトの代わりに軽くファーナム兄弟に手を振った。てっきり今日から姉と三人との昼食と思い込んでいた二人はすぐには返事が出ない。
軽く挨拶をするパウエルと違い、紹介されている間も自分達に目すら向けないネイトを凝視してしまう。
じーーーっと熱い視線を向けられ、やっとちらりとネイトの狐色の瞳が彼らへ合わせられた。目が合った途端、クロイから「君からも言うことないの?」と一言促されれば一度閉じていた口がゆっくりと開かれる。
「…………なんだよこいつら、同じ顔とか気持ちわりぃ。どっちかの特殊能力とか?」
「!!クロイとは双子だよ!!なんだよ気持ち悪いって!!」
「まさか双子知らないとか??え、君何歳???年誤魔化してるんじゃないの、今時十歳でも双子ぐらい知ってるでしょ。君、本当は初等部じゃないの」
突然のネイトからの悪口に、ムキッと眉を吊り上げるディオスに続きクロイも応戦する。
ディオスの反応は予想できても、クロイからの予想外の悪口にネイトも今度は「なんだと?!」と目を吊り上げた。背が人より低いネイトだが、まさか初等部扱いされるとなれば黙っていられない。
実際は双子の存在も当然知っていてわざと言ったから余計に切り返しが腹立たしかった。少し生意気を言ってみただけのつもりが、自分の頭が悪いと言われたような気になる。
初対面から険悪な雰囲気を醸し出す三人にヘレネが間に立つ。
「ネイト君、この子達は私の弟でディオスちゃんとクロイちゃんよ。二人とも双子だから同じ年でね、顔も一緒なの。だけどディオスちゃんの方がお兄ちゃんで、クロイちゃんが弟で、どっちもお姉ちゃんにとって大事な弟なの。気持ち悪いとか言われたら悲しいわ。そんな悪い言葉もう言わないでね」
一言一言柔らかい口調で言葉を重ねるヘレネに、ネイトも少しずつ肩が丸くなる。
謝罪の言葉こそなかったが、代わりに口を噤むネイトは最後にこくんとだけ頷いた。ネイトの頷きを得て、続いてクロイへ「クロイちゃん、物事を知らないからって馬鹿にするのわ良くないわ」と指摘をされれば怒られたクロイよりもネイトの方が肩に力が入った。
まさか双子が何かも知っていてその上で悪口を言ったなどこの場で言えない。本当に自分が物を知らない子ども扱いされたことにむぎゅぎゅと口の中を噛んで我慢した。
どうせ怒るならクロイにはそっちじゃなくて身長を馬鹿にしてきたこと怒って欲しかったと心から思う。
「ディオスちゃん、クロイちゃん。お姉ちゃんからも謝るわ、ごめんね。だけどネイト君はジャンヌちゃん達に紹介して貰った子で、本当はすごく良い子なの」
「まぁ紹介はそのくらいにして席取ろうぜ。ネイトの言った通り座る席なくなったら困るだろ」
四人の膠着状態に空気を変えるようにパウエルが食堂内を指差した。
その言葉に「あっ!」と声を上げるディオスも、目を丸くして急ぎ駈け出した。三人なら何とかと高をくくっていたが、五人では難しい。「僕先に席取ってくる!」と食堂へ突入するディオスにクロイは呆れて息を吐いた。
いつもならばほとんどの席が埋まっている時間帯に、今更急いだところで席が五人分も空いているとは思えない。しかもついさっき威嚇した後で当然のようにパウエルとネイトの分も席を確保しにいく兄の素直さには言葉もない。
背中に続く気にもなれず目だけで追えば、自分ではなくパウエルが「俺も行く」とディオスと協力すべく席取りに向かってしまった。
どうせ無駄なのに、と思いながら遅れて姉と一緒にゆっくりとした足取りで食堂の扉をくぐる。席が空いてなかったら、近くの席に分断して座ることになるがその時は絶対自分かディオスが姉の傍に座ろうと考える。しかし
「…………あれ」
ふと、扉を潜ったところで違和感に気付く。
いつもならば席が一通り埋まっている食堂に、今日はいくらかの余裕があった。パッと眺めただけでも空席が目立ち、突入していったディオスも人混みに消えずにまだ背中が見える。それを追うパウエルも後頭部以外がしっかりと確認できた。
今日は空いているわね、とヘレネが呟いている間にもディオスが一番奥のテーブルが五人分開いているのを確保した。大きく手を振って自分達に示す。
端と端を取るようにパウエルも合わせて座るのを見てから、クロイはやっと空席の理由を理解した。
─ そっか、もうセドリック様が居ないから……。
そう思った瞬間、さっきまでは感じずにいられた空白感が二つに増えた。
ぎゅっと思わず胸を拳で軽く押さえてから、クロイは意識的に顔の筋肉を止めた。今まであの混雑も、そして渦中に自分達が居たことも遠い夢のようだったともう思う。
今までの食堂大混雑は、セドリック目当ての生徒が多かった。
もともと昼食持参でも学食利用が可能の為、学食を食べなくても王弟見たさに集まっていた所為での混雑だ。そのセドリックがいなければ当然わざわざ混雑し密集する食堂で食べる意味などない。食堂ではなく各々の教室や中庭で食事をするだけだ。
特に特別教室の生徒などは全員がセドリック目当ての為にわざわざ最上階から階段を降りてきていた。そして今は、本来通りに特別教室の階から一歩も離れず本来の食事場所で優雅に昼食を楽しんでいる。
つまり、今クロイ達の目の前に広がる状況こそが〝正常〟な混雑状況だった。
学食は安いが、それでも毎食買う金のある生徒ばかりではないことは自分達も身をもって知っている。
「じゃあ私達は先に食事を取りに行きましょうか。パウエルは持参しているけれど、ディオスちゃんが待っているわ」
「………………じゃあ代わってくる。俺も持ってきてるし、その方が早いだろ」
学食の列へ並ぼうとするヘレネに、ネイトが僅かに低いままの声で背中を向けた。
今までのように振り返った途端ぶつかるような大きさではないリュックの紐を両手で握り、ディオスと交代しようとする彼に少しだけクロイは目を大きくする。
それくらいの気配りはできるんだ、と思いながら無言で見届ければヘレネから「ありがとう」と嬉しそうな声が投げられた。
クロイとは目を合わせず真っすぐパウエルの方へ向かっていくネイトを列に並びながら眺めていれば、彼が合流して間もなくディオスがこちらへ駆けてきた。
自分とヘレネの隣に行こうとしたところで、横入りになると気付きつんのめってから最後尾へと自ら回り込む。
列が進み、特待生証明を提示してから昼食をクロイは姉の分もまとめて注文した。
「珍しいね。姉さん、こんなに食べれるの」
「ええ、ネイト君が食べるの手伝ってくれるから」
ふふっ、と機嫌良さそうに返す姉にクロイは少しだけ眉を寄せた。
もしかして彼は姉の食堂代狙いで近づいてきたんじゃないのかと考え、元はと言えばジャンヌにだってそう近づいてと想像を膨らませる。
いつもは小食の姉が食べきれないことを理由に毎回注文する昼食が限られていることは知っていたが、今なら自分もディオスもいるのにと思う。
姉同様大量には食べられない自分達だが、それでも二人で手分けすれば充分足りる。なのにどうして姉の分をあんな奴に、と不満が胸の空白を無理やり詰めるように膨らんでいった。
注文を終え、遅れてディオスも待ってから三人で確保されていた席へと向かう時にも足が妙に重い。むしろ「待たせてごめん!」と元気よく声を掛けるディオスは早々に身も軽そうだった。姉の分も食事を運んでいるだけの重量感の所為じゃないことはすぐにわかった。
席に着き、ネイトの向かいに座る姉の隣に自分が座る。
必然的にパウエルの隣にもなったが、自分の向かいにはディオスが座れば気持ちも落ち着いた。
しかし不満一色の自分と違い、怖気ないディオスは堂々と今度は隣のネイトを覗き込んだ。




