Ⅱ469.嘲り王女は報告する。
「この度、プライド・ロイヤル・アイビー第一王女殿下が皆に報告の為、足を運んで下さった」
騎士団演習場。騎士団長であるロデリックの言葉に、整列する騎士達もぴりぴりと緊張を走らせ閉じる口を固くした。
無数の視線の先にある高台には騎士団長と共に自国の第一王女が控えている。さらに数歩背後には近衛騎士であるアランとエリックも姿勢を正し、共に高台へと許された。
騎士達への指令や鼓舞、重要な報告や公布、そして重鎮を迎える時に使われる高台に誰もが注目する。
彼らを収集し響く声を放つロデリックは、少なからず声がいつもよりも低まった。眉間の皺が刻まれながら、気を抜けば言葉を濁しかける。
プライドが今日この場に訪れることは事前に聞かされていたが、それでもこの場で舞い上がる気持ちを抑える騎士達に伝えればどうなるのかが今から目に浮かぶ。
王族の馬車を迎えるべく配置に付き始めていた時から騎士の誰もが浮足立っていたのをこの目で見ている。高台の下で今頃ステイルと並ぶ副団長のクラークが喉を鳴らして笑っているだろうと思いながら口を動かした。
「先日のメシバ村襲撃で知る者も多いだろう。当時は答えられなかった理由も含め、私から箝口令を敷いた者も少なくない」
メシバ村。八番隊騎士ノーマンの故郷でもあるその村でプライドの姿を確認した騎士も大勢いる。
その場に居合わせた者から映像により騎士団演習場でロデリックがその少女を「プライド様」と呼んでいるのを目撃した騎士もいる。
当時はそれ以上の詮索も噂も箝口令が敷かれ、推測し合うことすらも表立ってできなかった。当然、プライドの近衛騎士であるエリックが送迎していた〝アランの親戚〟に結び付いた騎士も少なくない。
学校の守衛騎士として配属された騎士も、その日を皮切りにエリックが連れてくる少年少女を見れば確信できた。服装や髪、年齢が変わっていてもそれはプライドだった。更にその両脇には第一王子ステイルと、アーサーによく似た少年もいれば間違いない。
ロデリックの采配によりプライドの〝ジャンヌ〟の名前を知る者こそもともと守衛に選ばれなかったが、それでも一度結びつけば今まで見過ごしていた少女が何者かを確信した。村襲撃時間から一度も騎士団演習場に訪れなかった彼女の来訪は、それだけでも余計に注目を浴びていた。
ロデリックからの前置きを一つ一つ聞きながら、騎士の誰もが固唾を飲んで核心を待ち望む。
隣でプライドが身体の正面に手を重ね、姿勢をピンと伸ばして王族らしく微笑み意識する中でとうとうそれは投げられた。
「……この一か月、プライド第一王女殿下はステイル第一王子殿下と共に近衛騎士を伴い極秘任務に身を置かれていた。プラデストと、その名を呼べば皆もわかるだろう」
触れた確信に、思わず騎士達から言葉にならない騒めきが広がった。
プラデスト。つい一か月前に開校された新機関は誰もが知っている。今この場にいる騎士にも、開校式で警備と王族の護衛に付いた者もいる。
やはり、じゃあ、と次第に息を飲む音から言葉らしい騒めきが広がり出した時、縄を締めるようにロデリックから「静粛に‼︎」と声が響かされた。一瞬で白の軍団が口を閉ざし手を背後に組み直す。
水を打った静まりを確認してから、改めて騎士団長の口からプライドの極秘任務についても告げられる。
プラデスト〝についての〟予知。そして内密にそれを調査すべく予知した本人であるプライドが自ら学校に潜入視察をしていたこと。補佐であるステイルと近衛騎士であるアーサーと共に無名の特殊能力者の力を借り十四歳の姿で民として内側から探っていた。
プライドと懇意の関係であるセドリックの護衛兼協力者として、近衛騎士のアラン、ハリソン。そして〝アランの親戚〟としてエリックが送迎を担い、カラムが講師としてプライド達を守るべく特別任務に当たっていたと。
騎士達が今まで疑問に思い、推測を浮かべていた全てが順々に点と点で繋がれていく。
その推測が当たっていた者もいれば外れていた者も、想像もしなかった真実に唖然と口を開く者も様々だった。
今はプライドの背後に引いて見えないアランとエリックの代わりに、この場にいるカラム、アーサー、ハリソンへと目だけがじっと動き大勢が注視する。まさか近衛騎士以外にも既に事実を知っていた騎士が数名いるとは思いもしない。
自分へ大勢の騎士からの注目が集まっていることを肌に感じながらも、アーサーはまた別の方向へ視線を向けた。
隊長として先頭に並ぶ彼が、顎を上げ肩ごと首を背後に小さく捻り高身の視線から目で探す。
それに気づいたハリソンから「前を向け」と一言窘められた瞬間にすぐ正面へ向き直ったが、ほんの一瞬だけノーマンの姿を確認できた。
自分の村の名前が出てから肩を強張らせ顔色を曇らせていた彼は、今も俯き気味に視線を落とし他の騎士達の影に埋まっていた。
「村襲撃時間に関してはプライド様がとある生徒の予知をされ、急ぎ自ら駆けつけられた。二次被害を防ぐべく、近衛騎士のアーサーそしてエリック、カラムも先立ちプライド様の支持の元、現場で動いていた」
どうやって駆けつけたかなど今更疑問に思う者はいない。
事実を知らずとも、彼女の補佐である第一王子が何の特殊能力者かは今や騎士の誰もが知っている。そして八年前の騎士団奇襲事件を知らずとも、彼女がそういう時に自ら動く人間であることもまた周知の事実だった。
あくまでプライドを持ち上げるわけでも、そして否定するわけでもなくただただ事実だけを述べるロデリックはどちらにも傾かない。
当時自分はプライドに直接窘め、そして同時に彼女の行動理由も信念も今は痛いほど理解してしまっている。彼女の行動を騎士達一人一人がどう捉えるかは自分が決めるべきではない。
「この先はプライド第一王女殿下から直々に話頂く」と、そう言い切れば全員がその場で息を飲んだ。
今の今まで黙して並んでいたプライドがとうとう話すのかと、高鳴る拍動が耳の内側まで届きながら彼女へ視線を上げる。
どうぞ、と一歩下がったロデリックに手を取られ高台の先頭に立ったプライドは今は庶民でも十四歳でもない王女のドレス姿だった。
王女の声を聞き逃すまいとロデリックの時と変わらず誰もが口を噤む中、プライドは一度胸が膨らむほど大きく息を吸い込み吐いた。
数秒の間を作り、それから女性らしい細くも通る声で「プライド・ロイヤル・アイビーです」と最初に彼らへ名乗る。こうして彼ら全員を前にここで挨拶をするのは二年ぶりだろうかと思いながら、更に声を響かせた。
「この度は優秀な騎士達のお陰で無事に視察も終え、先の村襲撃でも民を救うことができました」
ありがとうございました。先ずはロデリックの説明への肯定と、感謝を言葉にする。
彼らへの感謝の言葉は堂々と喉を張り上げ伝えることができた。しかし、また騎士達の戦場に足を踏み入れてしまった事実を思えば僅かに指が震えかける。身体の正面で結んでいた指を一度解き、今度は両手首をぎゅっと掴みながら胸を張る。声だけは震えず最後列の騎士達にも届くようにと視線を上げた。
今この場に整列する騎士達が自分の敵ばかりではないのだと信じて放つ。
「アーサー・ベレスフォード騎士隊長、アラン・バーナーズ騎士隊長、カラム・ボルドー騎士隊長、エリック・ギルクリスト副隊長、ハリソン・ディルク副隊長。私を影日向と守って下さった近衛騎士達。そして今回の極秘任務を受け入れ協力をして下さったロデリック騎士団長とクラーク副団長には心からの感謝を」
突然自分の名前が呼ばれたことに、近衛騎士達の肩がそれぞれ微弱に上下した。
特にアーサーは最初に呼ばれた為、心臓が口からこぼれかけた。一気に肩幅が狭くなり、緊張を抑えるように奥歯を食い縛るがそれでも注目とプライドから最初に名指しを受けたことに顔が熱くなり目が泳ぐ。
直後すぐ傍にいるハリソン、三番隊ではカラム、そしてロデリックにクラークまでもがプライドへと深々礼をしていることに気付き、慌てて自分もその場で頭を下げた。緊張と嬉しさが先立ってしまったことに今度は羞恥で下げたままの頭がなかなか上げられなくなる。
「そして、彼らだけではなくプラデストを日々守って下さった守衛を務めた騎士の方々、そして急遽協力に応えて下さった騎士の方々にも心より感謝します。メシバ村では大勢の騎士達が民を救うべく尽力してくださったことも心より感謝しております」
続ける感謝の言葉に、ふとプライドも柔らかな笑みが零れた。
しかし騎士達の方は彼女の語る〝急遽協力〟という言葉に数割の騎士が僅かに眉を寄せた。他の騎士と異なり具体的なことを語られないその騎士は誰でどのような任務を授かったのか。しかしそれを口に論議し合える状況に今はない。凛と響かされる彼女の声に、また意識がひきつけられる。
覚えのある騎士が思わず気付かれないように口の中を飲み込む間にも、彼女の言葉は続く。今回の件についての詳細はロデリックが語った内容とほぼ同一だったが、自身が極秘でと望んだことと近衛騎士達も望んで協力をしてくれたことと語られた。
最後に無事予知についても回避されたことと、この極秘視察については全て騎士団内のみに留めるようにと願う形で命じれば次の瞬間には躊躇いない一声が騎士達から同時に返された。
無数の騎士達から同時に放たれた声に思わず仰け反りそうになったプライドだがそこは王族として靴で噛み、押し留まった。
最後には王女らしい礼と共に、彼ら全員へと心からの笑みと言葉で返す。
「今後とも王国騎士団の皆様には期待しております」
今日はそのお礼にだけお邪魔しました、と。そう締めくくり、彼女は下がる。
入れ替わるようにロデリックが再び前に立ち「以上になる!十分後速やかに各隊通常の演習に戻るように」と声を張り解散を言い渡せば、一気に騎士達から歓声と騒めきが舞い上がった。
やはりプライド様だったのか、誰か詳しく聞かせろ‼︎おいさっきの協力ってと口々に語り合いながら図ったような整列が崩れ混ざりだす。
近衛騎士のアランの手を借り、王女が階段を一段ずつ降りる。
その背後を守るようにロデリック、エリックが続く中今回は大勢の騎士達が集まるのは王族の集う高台、ではなかった。




