そして見習う。
「ということで、申し訳ありませんエリック副隊長。こちらからお願いしておいて大変恐縮ですが、一度保留させて頂きます。場合によってはこのまま僕からの別案で進ませて頂くことになるかと思いますが、お許しいただけますか?」
「ッは、い。勿論、です……こちらこそ本当に申し訳ありません……」
にっこりとした笑みで私の代わりにエリック副隊長へお断りと取り下げを言葉にしてくれるステイルに、エリック副隊長の声がひっくり返る。
ステイルの視線を追うままに私も振り返れば、エリック副隊長の顔色がさっきよりも血色が戻ってきた。さっきはもう少し蒼白に近かった気がする。
一人夏陽を浴びたように汗を滴らせながらも顔どころか全身から安堵が滲み出ていて、ぺこぺことステイルに何度も頭を下げていた。…………うん、やっぱり別案を提案して貰えて良かった。
本当にごめんなさいと私からも取り下げよりも無理を言ってしまったことを含めて謝罪すると、勢いよく首を横に振られた。
とんでもございません!こちらこそ!!と力いっぱい言ってくれるエリック副隊長に本当に申し訳なくなる。
話を変えるついでにと、肩を狭めながら件の人形についてお店を尋ねてみだけれどやはり困り笑いをされてしまった。
すごくこれ以上は押されたくなさそうなエリック副隊長に無理強いもできずがっくし首を垂らす。すると、少なくともあの人形の製作元はもう新作も卸さずと悲しい情報だけ知らされた。……ならば余計に今お店に売ってる分だけでも買い占めたいのが本音なのだけれども。
「ギルクリスト家へのお世話になったお返しについても検討はしたかったのですが、なにぶん正体は明かせないので。……ですからいくつか代案にエリック副隊長。宜しければ意見も伺えればと」
「⁈自分に、ですか」
謝罪の往来がステイルの言葉で区切りを付けられる。ビクリと勢いよくまたエリック副隊長の肩が揺れ、目がきょとんと見開かれた。
『ギルクリスト家の方々には俺が全責任をもって自然且つ相応のお返しを考えますから‼︎』
エリック副隊長もとい、お世話になったギルクリスト家へのお礼。以前にステイルが考えてくれると言っていたそれも、まだ保留のままだ。
てっきりステイルのことだからもう決めた後だと思っていたけれど、贈り相手であるギルクリスト家の一員のエリック副隊長に直接聞くのはちょっと意外だ。ステイルはどちらかというとサプライズの方が好きなのに。
いかがでしょう?とステイルから尋ねられるエリック副隊長も、瞬きしないまま僅かに頷いてくれた。更にはステイルから「俺としては」と元々考えていたらしい案を出されれば、……「いえそれは‼︎」と全力で手を振られて流れるように案に加わってくれた。これは?いえ!ならばとステイルの提案にエリック副隊長も妥協点を探してれば、わりとすぐに纏まった。……あそこまでご迷惑をおかけしたギルクリスト家に、本当にそれくらいで良いのかしらと心配はあるけれど。
でも、一番はやっぱりエリック副隊長にもギルクリスト家にも気兼ねなく負担にならないことだから仕方がない。
「僕としてはギルクリスト家全体にお返しをしたかったですが……わかりました。そちらは報奨金の方に気持ちを込めさせて頂くことにして、ご希望が叶うように僕からも計らせて頂きます」
機会もそう遠くないでしょう、と纏めてくれるステイルに私も賛成する。エリック副隊長は「いえ本当にいつかで結構ですので……」と控えめに言われたけれど、どちらにせよ機会は早い方が私も嬉しい。
一度そこで打ち合わせも落ち着き、カップに指をかけるステイルの動きに自然と私も釣られた。
エリック副隊長には城から正式に協力費として報奨金も出るけれど、それと折衷案となったお礼もなるべく早く叶えたい。
「今日は朝食後に騎士団演習場へ向かわれるのですよね。俺も補佐として同行を許されると思うのでよろしくお願いします」
朝食後の予定については事前に決まっていたことだけれど、一緒と聞いて心強い。「私も同行したかったですっ」と言ってくれるティアラに気持ちだけでも嬉しいと返しながら、ステイルに宜しくねとお願いする。
正直私一人だと怖けそうだった。近衛騎士の二人は付いてきてくれるけれど、ステイルも居てくれるならその方が心強さも増す。そう考えた時。
「プライド。最後にもう一つ、実は考えていることがあるのですが。そちらも朝食の合間にでも聞いてくださりますか」
ティアラ、お前にもだ。そう改めるように姿勢を正して私と、そしてティアラに言葉を続けるステイルに自分でもわかるくらい目が丸くなる。
朝からまさか二つもと、ステイルの相変わらずの行動力に驚きつつも頷いた。この場で聞いても良いのだけれど、もう朝食の時間を過ぎてしまったから気を遣ってくれたのだろう。
では参りましょうか、と促してくれるステイルの言葉に引かれるままに私達は部屋を後にする。胸に手を置きながら反対で汗を拭うエリック副隊長に、笑いかけながら肩へ手を置くアラン隊長がそのままポンッと叩いた。
近衛騎士や専属侍女、近衛兵と一緒に廊下へ出れば階段でいつものようにステイルが手を貸してくれる。「……こちらは本当に個人的な相談で」と、さっきの話の続きを抑えた声にティアラと一緒に耳を傾ける。
「貴方やティアラがもし、駄目だというのならば止めようと思います。一度は俺自身躊躇しましたから。…………そして賛成して頂ければ早速先の件と併せてヴェスト叔父様に相談……いえ、挑もうと思います。あと腹立たしいですがジルベールにも」
次々と人物名を口にしながら、ステイルの眼差しはそれ以上に驚くくらい静かだった。
後半から少しずつ眉の間に力が入りジルベール宰相の名前が出た途端に少しだけ険しくなったけれど、それでも落ち着きだけは変わらない。昔から大人びていたステイルだけど、なんだか更に大人になったなと思う。
まぁ実際もうとっくに成人で十八歳なのだけれども。でも、最近十四歳の姿を頻繁に見ていた所為だけではきっとないだろう。
真剣な表情で言ってくれるステイルに私とティアラからも一言返す。本題はまだ食堂までお預けだろうけれど、私達からも真剣に考えて返さないといけないなと今から覚悟する。
ただでさえヴェスト叔父様に〝挑む〟とか少し物騒な言葉に続いてジルベール宰相まで自分から挙げているのだから。
『約束します。もう俺の為に過ちなど被させません。俺は貴方に最低限何事でも相談し、その許可も求めますから』
きっと、昨日の約束を守ってくれようと考えた結果なのだろうなと思う。
そんなに大勢に聞きまわらなくても私も皆もステイルのことは信頼しているのになとも思う。あの時ステイルに私から言った言葉だって全部本音だ。ステイルが考えたことならきっと大丈夫だという信頼は今も変わらない。相談が何であれ、多分私達からの返答は同じだろうと今から思う。今のステイルなら特に。…………だけど。
「……ふふっ」
「?プライド、どうかしましたか」
「お姉様??」
思わず零れてしまった声に、ステイルとティアラが両側から私を覗く。
せっかくステイルが真剣な話をしてくれた後なのに笑ってしまうなんてと自分で焦るけれど、それでも今は笑みが勝つ。「ごめんなさい、つい」と言いながら口元を隠した手のままステイルに顔を向けた。
さっきまでの真剣な眼差しと違って今は両眉とも上がっている。流石のステイルも予想しなかった反応だったらしい。真面目な話をしていたのだから当然だ。
この後の相談の内容によっては本当に失礼になってしまうかもしれない。ただ、それでも。
「ステイルが色々打ち明けて相談してくれるのが嬉しくて。…………すごく頼れるわ、ありがとう」
やっぱり話してくれるのは嬉しい。
ステイルの企みや策に私やティアラも仲間に入れてくれることにほっとする。なんだか昔みたいだなと感覚的に思えば、子どもの頃はこうしてステイルが何でも私の意思を確認してきてくれた頃もあったなと思い出す。
あれからさらに賢くなって自分一人でも何でもできちゃうくらいの天才策士に成長したステイルだけど、そんな彼がまたこうして話してくれるともっと心強くなったと思う。
こんな気持ちになれるのなら、私もやっぱりステイルを見習って打ち明けないとなと昨日と同じ反省を改めて思う。少なくとも私は言って貰えた方が嬉しいもの。
ぽかりと温かくなる胸の感覚がまた嬉しくて肩を上げながらまた笑ってしまう。
最後に心からの笑みで感謝を伝えれば大きくステイルの目が見開かれた。……同時に、さっきまでの落ち着きが嘘のようにぶわりと顔が茹っていく。
唇を引き結んだまま顔の色だけがみるみる内に変わったステイルに、思わず「ステイル⁈」と廊下に響く声で叫んでしまう。
どうしようこのタイミングで言うのはおかしかっただろうか。やっぱりちゃんとステイルの相談を聞いてから言うべきだったかもしれない。
一瞬で風を切る勢いで顔を背けてしまうステイルが「大丈夫です!!」と弾くように私と同量近い声で叫んだ。直後にガリッと何か凄い痛い音がしてびっくりする。
顔を背けたままのステイルが一度だけ空いている手で拭うような動作をしたから、もしかして間違って口の中を噛んじゃったのかなと思う。あのステイルが涙目になるほど痛かったのならかなりがっつり噛みきった可能性もある。
だ……大丈夫……⁈と、私も別の深手について心配になって声を掛ければ、また同じ返事と一緒にステイルが顔を向けてくれた。
眼鏡の黒縁を押さえながら「失礼しました」と続けるステイルはまた顔の筋肉に力が入っている様子ではある。
「……少し、まだ疲れが残っているだけです。朝食を取れば治ります」
「本当……?もし疲れているのなら騎士団へは同行しなくてもその分休ん」
「いえ、同行します」
却下、と言わんばかりに途中で私の言葉を上塗るステイルはいつもの様子だ。
さっきよく眠れたと言っていたけれど、やっぱりアーサーへの協力も含めてあまり睡眠時間が足りてなかったんじゃないかと思う。今日はステイルが休息時間を取ったら庭園でも行こうかしらと今から考える。
だけど、反対隣からティアラがくすくすと楽しそうに笑っているのを見ると……なんだか私もつられて笑ってしまう。
ステイルも姉妹二人に笑われるのが恥ずかしいのか、唇をきつく絞ったまままた目を逸らした。
顔色はさっきより戻っても困る眉をするステイルが何だかむくれているようにも見えて、可愛く見える。彼が目を逸らしている間にティアラへこそっと耳打ちすれば、私の反対隣に歩いていたティアラが一度足を止めて背後からステイル側へと回り込んだ。
さっきまで私を挟んでいてくれた並びから、ステイルを二人で挟む形になる。
私達から目を逸らしていたステイルも、視線の先にひょっこりティアラが現れてびっくりしたように顎が上がった。そのまま合わせて私達からステイルと手を繋げば、腕の振動からでもわかるくらいにステイルの両肩が大きく上下した。
「えっ⁈」と声を上げて左右に首を振って掴まれた手を確認するステイルに、私達からも笑って返す。
「食堂までよ、良いでしょう?」
「私もお姉様と一緒に兄様と手を繋ぎたいです!」
テーブルに付いたら話を聞かせてね、とステイルの手を握り直しながら言えばまた一瞬でステイルの顔が赤くなった。
流石に姉妹に堂々と人前で手を繋がれるのはステイルも恥ずかしいらしい。さっきよりも休息な熱の上がりに今度は眼鏡まで白く曇っていた。
少し湿っていた目が見えにくくなったのはステイルも良かったかもしれないけれど、代わりにこれじゃあ前が見えないんじゃないかと転ばせないようにぎゅっと握る手に力を込める。手を離せばステイルも眼鏡を曇らせずに済むとわかっているけれど、そこはちょっとだけ我儘を通させて貰う。掴んだ手に力を入れ過ぎたのかその瞬間ステイルの身体が跳ねたけれど、それでも。
近衛騎士達へと振り返れば、アラン隊長とエリック副隊長から温かな視線で笑まれていたことに気付いて苦笑で返してしまう。
マリーやロッテ、ジャックからなら未だしも二人からの視線だ。しかもなんだかディオスやクロイを見る時の眼差しに似ていたから、私までちょこっと年甲斐のなさを自覚して気恥ずかしくなった。
けれど、ふふっとティアラと二人で悪戯成功気分で笑い合いながらステイルを引っ張って食堂へと進む。
「……学校潜入も終えたことですし、──の件も来月には実施したいですね」
「!そうね。その時も知恵を貸してね」
「私もたくさん協力させてくださいっ‼︎」
若干揺れるような声で言ってくれるステイルの話題に、私とティアラも全力で賛成する。そうだ、大事な予定はまだまだ残ってる。
私とティアラからの手繋がかなり恥ずかしかったのか、食堂に着いて朝食が始まってからも話を聞くまでには少しだけ時間が掛かった。
最初はぼんやりとしていたステイルだったけれど、食前の紅茶を口に含んだ瞬間噛んだ痕に沁みたのか一瞬顔を思い切り顰めた。すごく痛そう。
「〜ッ……それで先ほどの相談なのですが……」
それでもカップを置きながら話しだしてくれる。
アラン隊長、エリック副隊長や専属侍女達や給仕もめぐる中でのステイルの相談に私は
えっっっ?!!と、マナー違反甚だしい大声を食堂に響かせた。
いつから考えていたのかはわからない。ただ、もしこれも全て成立直後に言われていたらファーナム家大改装以上にびっくりしていたに違いない。
ティアラの為にも最初から説明を始めるステイルの言葉を聞きながら、食器を手に取る余裕もなかった。
未来の摂政はやはり一度転んでもただでは起き上がらないのだなと痛感させられた。
私も、負けてはいられない。
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