そして義弟は打ち込まれる。
「…………ここ暫くの間、勝手が過ぎた」
ぽつりと、水面に落とされるような音で零された言葉にアーサーは静かに目を開き切った。
その一言で全てを察することはできない。しかしアーサー自身発言に覚えがないわけではなかった。
続けてにわか雨のようにパラパラと零される話の数々に、段々とステイルがずっと言いあぐねていた正体を理解する。
まるで懺悔のように一つ一つこと細かにここ最近の自分の言動を顧みるステイルに、自分の後ろ首を摩りながら「あー……」と溢してしまう。中には「お前も言ってくれたのに」「この時も耳をまともに貸さなかった」と挟まれれば、今更とは思いながらも気にしてくれたのかと思う。
当時自分が一言二言言ったことも覚えているが、こんなに深く反省されると返ってバツが悪い。そんなにステイルを落ち込ませたかったわけでも、大げさな気持ちでもなかったからその後も自分は引きずらなかった。まさか視察が終わった途端にこんなに反省されるとは思わなかった。
最後にはその所為でプライドが今回のように同じような手法で責任を被ろうとしてしまったと締め括られれば、口を絞っては解いてしまう。
プライドがそんなことを言ったのかということは少なからず衝撃だったが、まさか自分もステイルの言動がそこに結び付くとまでは読んでいなかった。ただあの時は単純にステイルのやったことを諫めただけだ。
それにステイルがそれだけプライドを責任から守りたいと思った理由も理解できる。
「お前のあの時の言葉がどれだけありがたいことかも気付けなかった。本当にすまなかった。……次からは、必ず耳を傾けると約束する」
そこまで言うと、座ったままに腰ごと深々と折って頭を下げた。
友人であり王族でもあるステイルに頭を深々を下げられたアーサーは思わず顔を顰める。少なくとも今の自分はそこまでの謝罪をステイルに求めていない。
「やめろって」と言いながら下げるステイルの頭を鷲掴み、突き飛ばすような感覚で元の位置まで上げさせた。そんな風に改まって殊勝に謝られると胃が揺れるような不快感の方が強い。
頭を上げても未だ力のない表情に沈んだステイルに、アーサーは「べっつにそんなんじゃねぇよ」と眉間に皺を寄らせながら言い放った。
「お前の方が頭回ンのは事実だろォが。別に絶対全部聞く必要ねぇよ。俺も普通に間違うしな」
「抜かせ。お前に限ってあるものか」
いやあるだろ……、とあまりにも強い口調で言い返してくるステイルに、アーサーの肩が片方だけ強張った。険しかった顔も少しだけ口元が引き攣ってしまう。
さっきまで谷底に落ちたような顔をしていた親友に生気が戻ったことには安堵したが、喧嘩口調にも近い言葉で即答されればステイルが何故断言できるのかもわからない。
それだけ自分を信頼してくれるのは純粋に嬉しいが、頭が良くて冷静なステイルよりも自分の方が間違えることが多いと思う。
今までだって演習や任務で間違った判断をしたりドジを踏んだり怒られたこともある。それこそ、今回はステイルに怒った自分が正しかったということで両者共に落ち着いているが、もしかしたら自分が間違った考え方でステイルを否定することだってあると考える。
王族のように家庭教師に教わったこともない自分では、判断が付かないことの方が多い。今回だって今ステイルに確認するまでは、あの母親との再会が規則に反するかどうかもわからなかった。
しかし自分を急に鋭い眼光で睨んでくるステイルは、冗談や謙遜で言っているようにも思えない。むしろ真剣そのものだ。
「自己満足ばかりに浸り先を見れなかった。お前のように姉君や周囲へ振り返ることもできなかった。……まだ、まだ俺は足りない」
睨んだ目のまま顔を歪めるステイルに、アーサーも表情が釣られる。
〝自己満足〟の一言から既に蒼い目が吊り上がっていたが、最後の言葉を聞けばステイルが今どこに立っているのかも垣間見えた。
両膝の上に爪が食い込むほど拳を握り、歯を食い縛る姿からはさっきまではなかった覇気も感じられた。彼が後悔をしていると同時に、まだ現状に立ち止まる気はないのだなと理解する。進む足を止める気もなければ緩める気もない。人よりも早い足取りで進む術を考え続けている。
次期摂政として名高く、国一番の天才とすら謡われている青年はまだ自分に満足していない。
「叔父様にも後悔を知れと言われた。……万が一があっても引き返せる、今の内に。取り返しがつかない事態に陥る前に、間違いも後悔も学べと」
両拳をほどき、指を組む。
自分の手に視線を落としながら、ステイルは強張った顔のまま力なく笑う。情けない、と思うと同時にやはりヴェストから言われた言葉もまた救いだったと思う。
後悔していたことも、間違うことを恐れていたのも事実だ。
アーサーにもこうして聞いて貰えばそれだけで憑き物が落ちたような気がする。プライドの期待に応える為にも、貰った言葉に裏切らない為にも一歩分でも自分の足跡が見えるだけで足場がどこにあるのかも確認できる。安心できる。
アーサーに聞いて貰って受け入れられると、今はちゃんと先へ目を向けていると自信が持てる。
「今後は姉君にもお前にも、そして叔父様にも適宜相談する。……きっと盛大にまた間違えることも迷惑をかけることもあるから、その時は怒ってくれ」
こんな情けない宣言も、恥ずかしい弱音も頼みもアーサーにしか頼めない。
肩も落ちきり丸くなったまま笑うステイルに、アーサーは唇を絞り眉を吊り上げる。さっきよりは生気もあれば、落ち着いた吐露にも聞こえる声だったがそれでもまだ全てが晴れたわけでも割り切れてもいない表情だ。清々しいとは程遠い。
ここまできて取り繕いにも似た歪感のある笑みを向けられたことに、無理をしていると一目で見抜いてしまう。
こうして自分に説明しながら、表明しながらも口にしている本人が一番気持ちをまとめ切れていない。そう思えた瞬間、ステイルが今自分に〝どうして欲しいのか〟を長年の経験で察した。ステイルの短所も長所もよくわかっている。
「…………ステイル」
ぴくり、と。
アーサーの低めたその声だけでステイルの肩が揺れた。俯きかけていた顔が上がり、目の前に座るアーサーを両目で捉える。
怒っているようにも聞こえる声に、中途半端な笑みが引き締まり表情が無に止まった。
自分を見つめ返すステイルの顔を、アーサーはおもむろに両手で掴む。がしっっ!とまるで挟まれるように勢いよく掴まれたステイルの目が一気に見開かれた。耳が手のひらに塞がれ聴覚も防がれるほど圧迫される。掛けていた眼鏡の蔓が揺れ、角度もずれた。
しかしそれも構わないようにアーサーは鋭い眼差しにステイルを映したまま次の瞬間
「お、れ、がッいるンだよ!!!」
ガツンッッ!!
勢いよく頭突きを打ちつけた。
黒髪のかかった白い額に真正面から打撃を受け、流石のステイルも声を痛覚のままに漏らした。
耳が塞がれていたにも関わらずアーサーの叫びははっきりと聴覚に届いた。あまりの痛さにすかさず両手で額を押さえたが、その間もアーサーはステイルの顔を離さない。
脳ごと揺らされる衝撃に、ぐらぐら視界まで揺れて焦点もすぐには定まらなかった。二重三重にもなって吊り上がった蒼い眼光が自分に向けられているのを痛みに顰めた目で確認する。
未だ顔面が解放されないことに、まさかに二撃三撃されたら今度は本当に割れて血が出るんじゃないかと思う。
「ンなグッダグダぐだぐだグダグダ!!自分のことばっか否定すンな!そォいうとこも絶ッ対あの人似るぞ⁈」
困ンだろ⁈と荒げながら鼻同士がぶつかる距離で睨む。
両耳を塞がれてなければ逆に鼓膜が破けるんじゃないかと思うほどの大声に、ステイルは全身を強張らせた。
痛みと大声に顔が顰めるが、アーサーに反しそこに怒りはない。眉を寄せながら目も一瞬も逸らさずにアーサーを見返した。
ステイルが言い返さない理由も、甘んじて抵抗しない理由も知りながらアーサーは遠慮なく言葉でも殴りつける。
「テメェの方が正しい時もあるし逆もあるのが当然だろォが!間違うのも迷惑かけンのもわかンならその前に〝かけられても良い〟俺らがいンのに気付きやがれ!!」
俺とかプライド様とかティアラとかヴェスト摂政とかジルべール宰相とか近衛騎士の先輩達とか父上とかクラークとか‼︎とパッと頭に浮かぶだけでも羅列しながら、今度は掴んでいた両手で拳を作りぐりぐりと捩じりこむ。
抉るような痛みに今度こそ一声では耐えられず「痛い痛い痛い!!!」とステイルも舌を回し叫んだ。アーサーの腕力でやられたら自分の頭が潰れると本気で思う。それでもやめてくれないアーサーにとうとう腕で無理やり振り払えば、さっきまで押し付けられていたのが嘘のように簡単に離された。
代わりにケッ!!と吐き捨てる音が返されれば、眼鏡の黒縁の位置を直しながらも自分から睨み返した。
痛みに悶絶したあまり涙目になりかけたのを気付かれないよう余計目が鋭く眉間に力が籠められる。
不満とも見える眼差しにしかしアーサーも今はそれも気にせず言葉を続ける。
「プライド様も言ってた。お前も完璧じゃねぇし怒るし間違うし落ち込むし根に持つって。そォいうのひっくるめてプライド様もティアラも俺もテメェが好きで頼って、ンで信じてンだろォが」
いつそんなことを、と。ステイルは喉まで出かかった。
自分がそんなことをプライドに言われていたことも今初めて知った。唇を結び表情も固まってしまう相棒にアーサーは続ける。
「お前がどうにもなんねぇことなら何度でも止めてやっから。けど、丸呑みもすんな。テメェだって正しいことはできっし、お前のこと信用してンのだって俺だけじゃねぇんだから」
さらりと言われた言葉に息を飲む。
頭に過ったのはアーサーにも言ってないはずのプライドから今日貰った言葉だった。彼女が自分をどれだけ信用してくれているかもよくわかっている。
まるで見通されたような言葉にステイルも口を堅く閉じたまま開けなくなった。漆黒の瞳でアーサーを見返しながら、奥歯を噛み締める。
全て相談しないと動いてはならないような気がしていた拘束が、パチリと糸のように切られるような感覚がした。
プライドも、そしてアーサーもそして他にもきっと少なからずの存在が既に自分を信頼してくれている。
自分と違って正しいことばかり選べてしまえる相棒の言葉は、あまりに重くてそして強い。
わかった、と口が動かず頷きだけが残った。自分の中で、今日一日の学びも後悔も与えられた手の平も全てが一つに集約されていく。
「ンで、逆に俺がなんでも良いから間違いそうになったらお前が止めろ。絶ッ対止めろ、殴っても投げても刃ァ突き付けても止めろ。お前なら頭良いから俺が間違う前に気付けンだろ」
「だからお前が間違うことなど……」
「止めンのか?見捨てっか?」
ンぐ、と。
アーサーにしてはあまりに厳しい言葉に、ステイルも途中で遮り潰される。つい言い返してしまったが、それに対してのアーサーがあまりに殺気立っていた。
ギラリと光った蒼に、まるで自分が刃を喉元に突き付けられたような錯覚まで覚える。
見捨てるなど、あり得るわけがない。自分にとって無二の相棒であるアーサーに嘘でもそんなことに肯定を返せないししたくない。
わかった。その言葉を短く返せばアーサーの険しい顔からも息が抜かれた。「頼りにしてっから」とそのまま肩を軽く正面から叩かれれば、痛みを受けたどの部位よりも身体が温かくなった。今までも言ってくれた信頼の言葉は、こうして間違えがんじがらめになりかけた自分にも当たり前のように向けられる。そして何よりも
─ ヴェスト叔父様の言う通りだ。
『先ずはその反省点に気付くきっかけを与えてくれた存在や咎めてくれた存在がいなかったかを一度考えなさい』
アーサーなら、また怒ってくれると思えた。あの時に自分を唯一諫めてくれたように、今度こそきちんと最初からその苦言を受け止め直したかった。
そしてアーサーもステイルがそれを望んでいると勘付いたからこそ、そのまま受け入れた。
彼が自分を叩きたいくらいに落ち込んでいることも反省していることもわかれば、自分にできることは殴ってでも上に向かせて当たり前のことを言い聞かせてやることくらいだった。
自分一人で勝手にしたことを反省しながら周囲に相談すると言いながら、それでも自分の犯した全てを倍量で背負って潰れようとするステイルに。
何度言っても繰り返しても言い聞かせても、本当に自分一人で背負おうとする癖は治らない。今までだって何度も言ってきたことにも関わらず相変わらずのステイルに、今回は少し嫌な言い方もしてしまったなとアーサーはこっそり自覚する。
同時に、やはり自分も全然間違う人間だと心の隅で思う。
「それによ、……良いこともあンだろ」
「?」
何がだ、と言葉ではなく視線でステイルは尋ね返す。
さっきまで鋭かった眼光をいまはいつも通りの眼差しに戻すアーサーに、今は淀みのないキョトンとした表情に近い顔を向けた。
自分を元気づけるように笑いかけてくれながら、「お前が今回勝手が多かったかもしンねぇのは認めっけど」と両手を後頭部に回して組むアーサーはニッと歯を見せた。
「お前がプライド様にとっても見本でもあるってことは悪くねぇだろ?」
……雷が駆け抜けるような衝撃が、ステイルの全身に廻った。
全く淀みなく言うアーサーの言葉に呼吸が止まる。自分がプライドに影響してしまうことばかりに責を感じるだけで、そんな風に思う余裕などなかった。だが、あの時のプライドの言葉を一つ一つ紐解けば、それはそのまま新たな色でステイルに染み渡る。心臓の音が遅く響き、記憶の中の微笑んでくれたプライドが光って見える。
目が限界まで見開かれたまま漆黒を揺らすステイルに、アーサーは柔らかな笑みまで浮かべて頬杖を突き直した。
「そんだけあの人がお前を信頼してるってことで、お前が伸びりゃァそんだけあの人もってのはすげぇことだろ」
いっそ羨ましいとアーサーは思う。
八番隊の隊長になった自分だが、副隊長時代も短かった自分は当時隊長だったハリソンにとってそんな風にもなる間どころか支える間もなかった。
エリックのように副隊長として隊長を支え、片腕としてふるまってみたかったなと今は思う。たった二人になってしまった上官である騎士団長と副団長の父親とクラークにとっても、自分はそこまでの存在にはなれていない。
自分よりカラムやアラン、他の隊長格の方がずっと頼もしいし自分も未だ先人として頼っている部分がある。
プライドの一番近くで守れる聖騎士となれた今その立場に不満はなくただただ畏れ多くも誇らしいが、騎士である自分は見本になるような立場でも役割でもない。プライドに対してそういう影響力があるステイルが純粋に格好良いと思う。そして
「俺にとってもお前はそういう存在だからな」
自分もまた、ステイルという相棒がいてくれたからここまでこれたと確信をもってそう思う。ただ腕が上がっただけではなく、相棒という存在が大きい。
しししっと、恥ずかしさも混じりながら肩を揺らして笑うアーサーにステイルは喉が熱くなった。
目頭までじんわり熱くなれば、眼鏡の隙間に指を伸ばし擦ってしまう。歯を噛み締め、それ以上はと必死に堪えたが直後に続いて三回も目を擦り最終的には眼鏡も外して腕ごと使って拭った。
鼻を啜るのだけは悔しくて、身が震えるような感覚を気付かれないように抑えようとすれば余計に喉が熱くなり、乾いた。
食い縛り過ぎて顎が震えれば、アーサーが水晶のような目で自分を今度は上からではなく下から覗き込んでくる。
自分を泣かせた張本人の分際で、まるで勝手に泣かれたといわんばかりときょとんと目を丸くする相棒の眼差しにそれだけでステイルは腹立たしくなった。
「どォした?」
「うるさいお前の約束が期限付きだったのが悪いっ……。……………………やっぱり。お前が─……、……」
そこまで言って、ステイルは意識的に口を閉じた。
自分だけ泣いているのが恥ずかしくなり、痛みを感じるほど手の甲で擦れば目も目の周りも赤くなった。
自分にとってはプライドのように自分を照らしてくれてこんな風にすんなりと救いになる言葉をくれて本当にどうにもならない場所から何度も助けてくれるアーサーのことが眩しくて羨ましい。
プライドが自分に影響されるというのならば、アーサーの方がプライドに似ているし存在の眩しさも酷似しているとさえ思う。
プライドに関しての深刻な悩みで言えば、アーサーの右に出る者などいない。そんな存在だからこそ今日だって気付いてからずっとアーサーに謝りたくて懺悔したくて聞いて欲しくて諫めて欲しくて、……頼りたくて仕方がなかった。
「自分が居る」と言ってくれるその言葉だけで、本当に嘘のようにまたやり直す勇気を与えられてしまう。
プライドに癒され、ヴェストに教えられ、アーサーに救いあげられる。
ここまでしないとたった一つの間違いを越えられない自分が弱くて悔しい。いっそこの場でまた同じような約束を結び直そうかと思ったが、やめた。
またそれが奪還戦のような呼び水になったらと嫌な予感に背中を摩られる。未だプライドを失う恐怖も、失わせる恐怖も、今の幸福を崩される恐怖も奥底にこびりついている。しかし、それでも。
「…………やっぱり。あの姿絵にお前も入れたのは間違っていなかったな」
アァ?とステイルの呟きに、アーサーが眉を寄せる。
なんでだよ、と言いながらそういえばあの時はどうして自分もプライドやリネットに並ばなければならなかったのかと疑問が浮かぶ。ステイルの真剣な頼みにあの時は理由も聞けず従ったが、プライドや母親なら未だしも自分が一緒に入るのは余計だった。
「あれ絶対俺いらなかっただろ」
「ほう、早速意見が分かれたな。だが今回は俺が正しい」
「茶化すな」
聞いてンだろォが。そう言いながら今度は下がらず詰め寄る。
お互い以外誰もいない今の機会を逃せば、今後絶対教えて貰えないと確信をもってアーサーはステイルへと上体をさらに傾け首を伸ばす。
知りたそうなアーサーに、フフンと悪い笑みを見せるステイルはいつもの彼だった。自分に配分された一枚の姿絵は、今は厳重に誰にも気付かれない場所へ手紙と共に保管されている。
当時、アーサーを姿絵に入って欲しいと思ったのは思考というよりも衝動的に近かった。この姿絵がもし自分の予想通りプライドが母親に譲ってくれるつもりなら、母親とプライドだけでなくアーサーもそこに並んで欲しかった。
「…………お前だからだよ」
そういって力の抜けた笑みを浮かべてみせたステイルは、アーサーの目からも取り繕いも偽りもないそのままの笑みだ。
自分にとって無二の存在が〝三人も〟並ぶ姿が、残って欲しかった。
一生会えないと覚悟していた母親だけでなく、あの三人が一度に並ぶ姿を見れたこともまたステイルにとっては奇跡のような光景だった。
そして自分にとって支えである二人が自分と共に並び、そしてもう一人が写してくれたあの一枚は一生死守すると決めている。
なんだそりゃあ、とアーサーはわからず顔を顰めたがステイルはもう話は終わったと言わんばかりにそこで椅子から腰を上げた。
机に置いていた帽子をつまみ上げ、代わりに黒縁眼鏡を外してそこに置く。服の皺も軽く整え、帽子を深く被ってからアーサーへ笑いかけた。
「さぁ行くぞアーサー。これからが本題だろう?」
「……まァな」
頼む。と。
自分の問いに結局笑みだけで返されてしまったアーサーは、それでも繕いのないその笑顔を向けられただけでも充分かと諦めた。
少なくとも「お前だから」のその言葉には、間違いない自分への信頼が示されていた。
「ああそうだ。ところでこれはお前に〝相談〟なんだが」
行く準備を整えるべく、フードのついた上着を羽織るアーサーにステイルはついでのような口調で呼びかける。
なんだ?と軽い口調にアーサーも上着を着ながら言葉を返した。〝相談〟という言葉に早速反省を実践しているなと思いながら耳を傾ければ
……マジか。と。
ステイルのまさかの考えに、今度はアーサーの方が大きく口を開けたまま感想以外すぐには返事ができなかった。
Ⅱ401




