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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
嘲り少女と拝辞

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そして飲み交わす。


「本当にお疲れ様でした、エリック副隊長。一番の重責だったことも存じています。今回無事に正体を隠して無事通い続けられたのも、エリック副隊長とギルクリスト家の皆さんのお陰です」


とても楽しい日々でした、とも言いかけて止めた。

自分にとっては苦く申し訳なくも、悪い思い出ではなかったがエリックからすれば苦労でしかなかったことの方が圧倒的だろうと理解する。

ステイルの言葉に、アーサーも「ありがとうございました!」とテーブルにぶつけそうな勢いで頭を下げた。隣からアランも今度は優しくパンパンと背中を叩いてカラムと共に労えば、エリックもさっきよりも深く息を吸い込めた。自分が落ち込む理由も恥らう理由も今はどうしようもないが、あまりにも温かい空気に少しだけ胸にも余裕が空く。

とんでもありません、と言いながら意識的に姿勢を正す。自分を元気づける為に言ってくれていると思いながら、首を振って苦笑気味の顔を上げた。


「……家族も、バーナーズ家の方々に会えないことを本当に残念がっていました。自分も真ん中の弟も家を出ていたので、家族にとっては良い来客だったと思います」

「僕らからも何かギルクリスト家にお礼ができれば良いのですが、何分正体を隠していますので」

申し訳ありません。とにこやかに言うステイルをテーブルの下でアーサーが蹴りを入れるのを、端に居たハリソンだけが目撃した。

その後も「本当に温かな良いご家族で」とステイルが褒める中で一人しれっと感心のないハリソンだけが半分近くに減ったジョッキをどうするかだけ揺らして考える。一般的な家族という感覚がわからない為、興味も理解もない。

今更惜しいとも羨みもないが、空気を読んで頷くなどする気にもならない。むしろ今ステイルに蹴りを入れたアーサーに、第一王子に蹴りを入れられるなら八番隊の部下達にもそれくらいの気概を見せればいいものをと方向違いなことを考える。


ステイルからの賛辞に、いえいえいえと一つ一つ丁寧かつ謙虚に返すエリックは、むしろ不敬ばかりだった家族にそこまでお世辞でも言って貰うことに擽ったくも申し訳なくなってしまう。

心臓に悪い日々だったことは否定できないが、自分がやったこと自体は大したこともない。


「自分は本当に何も……。ただステイル様方をご送迎しただけですし、それよりもプライド様の危機に駆け付けたアラン隊長や講師として校内でネイトへの協力をされたカラム隊長、生徒として常に傍にいたアーサーの方が遥かに褒められるべき功績だと思います」

「そんなことねぇって!ファーナム兄弟でもお前が勉強会護衛してたろ!俺なんか親戚役でも殆ど一緒じゃいられなかったんだぜ?!」

バッシン!とひと際勢いよくアランが叩く。手加減しているとはいえ、流石にエリックの背中にも響いた。

しかしエリック自身は本音でそう思う。確かに接触時間で言えばセドリックの護衛という形式のアランとハリソンの方が圧倒的に少ない。しかし、活躍の数だけで言えば一番少ないのは自分だったと振り返る。

自分一人がプライドを護衛らしい護衛は一度もできていない。プライドへ協力自体はできたが、やはり一歩遅れてしまった。

特に村襲撃では、アーサーにプライドを任せカラムのように合流できず一番隊を率いるアランにも同行できず、パウエル保護もできなかったことは未だに跡が残っていた。あの場での判断に後悔はないが、もっと自分もプライドの傍で御守りしたかったという小さな羨みはあった。


「いや~それにしても〝ジャンヌ〟様可愛かったよなぁ。なぁカラム、やっぱあの時に姿絵残しておいた方が良かったんじゃねぇ?」

ジャバジャバとエリックのジョッキにあふれるほど酒を注ぐアランが、思い出したように顔を緩めてカラムに投げかける。

エリックが卑屈なわけでは決してないが、自己評価は控えめであることもよくわかっている。ここで「そんなことない」の往来をお互い続けるなら、自分から一方的に否定して後は別の楽しい話題で良いと思う。少なくともアランにとっては間違いなくエリックは立派にプライドの近衛騎士の任を果たしていた。

明日に騎士団で正式に極秘視察のことが明かされたら、いつもよりも強めにエリックのことも巻き込んで自慢しようと考える。近衛騎士という立場で比べれば評価もそうなっても、騎士団全体で見れば自分もエリックも周囲に羨ましがられるほどずっとプライドに貢献しているし頼られていることも事実だ。

それに、敢えて口に出すのは控えたがプライドに何らかの〝エリックか家族関連〟の品を喜んで受け取って貰えたなら、それだけでも自慢ものだぞと思う。

人形もそうだが、エリックがここまで恥らうとなると私物か何かかなとまで考えればプライドなら喜ぶのも納得できる。そして自分なら、ただの贈り物ですらなく私物をプライドが喜んで受け取ってくれるなら一生自慢して言いふらすのにと思う。

プライドに使って託して貰えた剣も、いまだに定期的に騎士に自慢している自分だからこそ確信してそう思う。


しかし、アランに突然とんでもない投げられ方をしたカラムは「なっ?!」と思わず声を上げた。よりにもよってステイルがいる前でそんな畏れ多いことをまだ言うかと両肩が上がったまま目を吊り上げる。


「そのようなこと望めるわけがないだろう!!?王族の方々との距離感を考えろ!」

「いやーでも言ってみるだけなら良かったろ?それにお前ならどうせ今は……」

バコッ、と直後に言葉を止めるべくカラムの拳が落とされた。

怪力の特殊能力も使わずの拳だったが、それでもアランの石頭に届く程度の強さで殴った。顔を一瞬で真っ赤に染めたままそれ以上の言葉を口留める。

カラムとプライドが婚約者候補であることは騎士団の大体の人間が察しもついている。特に近衛騎士は事前に裏付ける情報もステイルの十七の誕生祭前に伝えられていた為、ここで隠す必要もない。ハリソンに至っては今の発言でも気付いていない。むしろ今はカラムの言い分の方に一人思考の中で頷いた。

エリックも、そういえばプライドへ畏れ多い状況は自分だけではなかったなと今はカラムに同情よりも微笑ましさが勝った。

カラムに殴られた頭を押さえながら「わりぃわりぃ」と笑うアランは、勿体ないの一言を飲み込みしかし反省はせずに謝った。


「でもさ、あの発明マジですごかったよな。セドリック王弟殿下もずっと興味津々だったし」

「!ああ……、早速プライド様へ直談判へ来られていたな」

ころりと話題をまた変えられ、カラムもそれにはすぐに応じた。

お前が馬車でお伝えしたのだろう?と続ければ、アランも軽く声に出して笑った。ネイトの発明に興味が強かったセドリックに、馬車での帰り道中プライドならばネイトの発明についても〝売り出し先〟についても知っていると伝えたのはアランだ。

そしてその日の内にプライドの元へ訪れたセドリックは、客間で今回の協力の礼を告げるプライドに応じた後すぐに「そんな些細なことよりも」と文字通りテーブルを挟んで前のめりにネイトの発明についての詳細を求めていた。


是非紹介して欲しい、もしくは次の売り出し時期や取扱店があれば、個人的な発注は可能なのか、ハナズオ連合王国に輸出は可能か、フリージア王国で売り出すのか、城の専属発明家かと。一つ一つ松明のような熱量で尋ねるセドリックに、プライドも押され気味だったなとカラムも思い出す。

後日に紹介できるか確認してみる、基本的に出荷数は制限しているが注文は不可能ではないと思う、城の専属ではなく、ハナズオ連合王国が売り出すならともかく買った品を贈る程度なら問題ないと告げるプライドにセドリックも目が煌々を燃えていた。

「是非!!」と力いっぱい目を輝かせていたことは、ステイルも夕食の時にプライドから聞いていた。

またネイトの発明契約先がレオンということは明るみになっていない。特にあの小型姿絵出力物体を作っているのがネイトであることは今後も暫くは公的には明るみならないように隠すべきだと考えている。

学校という大勢の人間が行き交う世界にいる彼が、どうまた第二の叔父に狙われるかもわからない。セドリックにも、ネイトが自ら発明家ということを告白したならばあとはレオンから取引についてセドリックへ紹介して良いかの確認のみだ。

ネイトにとってもレオンにとってもハナズオ連合王国の王弟が良い取引先であることには違いない。

確かのあの姿絵は素晴らしかった、と。今にもネイトの発明の出来の良さを言いたくなったステイルだが、そこは笑みだけで控えた。彼らにまで「何を姿絵にしたのか」は言いふらせない。


「……本当にアラン隊長、カラム隊長、そしてハリソン副隊長。エリック副隊長と同様にこの度は僕も姉君も色々と助けられました。心から感謝しています」

敢えて隣に座る相棒を置いて、他の近衛騎士達に改めて感謝を示すステイルにハリソン達も姿勢を伸ばした。

とんでもありません、と礼を返しながら頭を下げる。アーサーも強く何度も頷き、ステイルが「カラム隊長のお陰でネイトを救出できました」と言えば「アラン隊長も捕まったプライド様助けたのは本当流石で……‼︎すぐ駆けつけたとか格好良くて」と力拳を握って乗じた。

先輩騎士達の功績に熱量の高い眼差しを光らせるアーサーに、ステイルも予想通り過ぎて続ける前に笑ってしまう。


「それにカラム隊長はすっげぇ講師としてもやっぱ優秀で‼︎あんなすっげぇ量の贈り物いろんな人に貰ったとか……」

「エリック副隊長はファーナム家とも馴染んでくださるのが早くて助かりました。それにパウエルの件についても彼の為に動いてくれたこと、感謝しています。エリック副隊長にお任せできなければ、ブラッド救出も遅れてしまったでしょうから」

「ハリソンさんもノーマンさん引き止めて下さってありがとうございました!本当一秒争う状況で、ノーマンさん相手じゃ絶対引き止められてましたし」

「それに学校での隠密護衛は流石の一言でした。僕も一度もハリソン副隊長が何処に潜んでおられるのかわかりませんでしたから」

アーサーの賞賛に、ステイルも上手く乗る。既にアランとカラムは近衛騎士中にプライドやティアラに感謝も今日伝えられた筈だが、まだ自分からは誰にも言っていなかった。

打ち合わせも目配せもなく、突然息を合わせて褒めてくるステイルとアーサーにアラン達も今度は遠慮する間もなく顔が笑ってしまった。ハリソンすらも突然のアーサーからの誉め言葉に目が丸くなる。


勿体ないお言葉です、と言いたくてもその間も許さずアーサーまで目をきらめかせて褒めてくる。後輩に褒められることに頬が緩んでしまいながらエリックは「アーサー酔ってないか?」と照れ隠し半分に言い返した。しかし、実際は酔ってもいなければもともとアーサーはそういう人間だということも知っている。むしろ酔えばこの程度で済まない。


暫くはそのままステイルとアーサーの往復での潜入視察での賞賛が続きながら、気付けば飲みの場らしい空気になっていった。

「それを言うならアーサーも頑張りましたよね」「俺より村襲撃の時はプライド様が恰好良かったです」「アーサー、お前が一番ステイル様と共にプライド様のお傍で守っただろう」と話題がまだ賛辞を受けていないもう一人の近衛騎士へ矛先の向いた頃にはようやく酒が進み始めた。

先輩騎士からの総攻撃に顔を茹らせるアーサーが、逃げるようにハリソンの半分しかないジョッキにも酒を注ぎに席を立てば、逆にアーサーの反対手のジョッキへハリソンに酒を注ぎそして零した。

全体の話題が陽気になったところで、改めてステイルからも先ほどのハリソンの言葉足らずの暴露についての捕捉と説明が語られた。

時計の針が日付を跨げば、全員が飲んだくれることも潰れることもなくそれぞれが明日に備えて自室へと解散した。




アーサーと約束していたステイル以外、全員が。


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