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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
嘲り少女と拝辞

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Ⅱ466.騎士達は集まり、


「だ、か、ら!なんでお前ら最後まで死ぬんだよ!!」


折角の締めだぞ⁈と、アランは部屋いっぱいに広がる声で喉を張り上げた。

学校最終日、護衛と騎士団演習を終えアラン先導で飲み会が行われた。しかし演習や任務を終えてアランの部屋に入った途端、飲み会とは相反し三名が重い空気を醸し出していた。酒をジョッキに注いでも変わらず顔色がそれぞれ優れない。


酒の場やアラン達との飲み会が嫌なのではない。ただ、先ほどまで演習や業務、プライドの護衛として張り詰めていた心身から一度に気が抜けてしまった。

折角の飲みの席なのに半数以上が沈んでいては楽しい飲みも何もない。今日で任務最後だぞ、せっかくならバカ騒ぎしようぜとアランが呼びかけても沈んだままの三人はなかなか顔すらも上げられなかった。


「アーサー!お前校門ではそこまでじゃなかったろ?エリックもさっきまで元気だったろ!」

「ステイル様、御気分が優れないようでしたら無理して付き合って頂かなくても……」

酒を注がれてもぐったりとカウンターのような長テーブルに項垂れる三人へ、アランに続いてもう一人重い空気を纏わず済んだカラムが顔色を伺う。

校門の後に何かあったのだろうことは察するが、城に足で戻ったカラムもギルクリスト家へ合流したアランも殆どわからない。


テーブルに座った途端突然テーブルに額を打ち付けてしまったアーサーに、アランに誘われて部屋に向かった時から珍しく疲れた笑みをしていたエリックに、そして自ら瞬間移動でアーサーの元へ訪れたステイルにの三人はカラム達に呼びかけられてもなかなかうまい切り返しが思い浮かばなかった。

特にステイルに至っては明らかに不機嫌とも取れる空気も纏っている。不調この上ない様子の二人と違い、ステイルだけは毛色の違う様子にカラムもやんわりと退席をしやすいように勧めた。


もともとアランの部屋に瞬間移動してきたとはいえ、アーサーが先に訪れていた時点では自分達近衛騎士に会いに来たのか、アーサー個人に会いに来たのか彼らには判断もつかない。いっそ自分達が邪魔であれば、アーサーを連れて彼の自室で話しても良いと思う。

今も、カラムの言葉に「いえお気遣いなく」と言いながらも目を据わらせちらちらと黒縁眼鏡の奥の瞳だけが隣に座るアーサーに向けられている。いつもならばすぐにステイルの視線に気づくアーサーも、今は顔正面がテーブルに一体化して気付けない。

本来であればアーサーがアランの部屋に訪れる前に話せれば幸いだったが、今回は上機嫌のアランに演習後すぐに自室へ連れ込まれていた。

アーサー自身、今夜の飲みは楽しみにしていた。無事にプライドを極秘視察から守り抜き、落ち着いて近衛騎士同士の話を聞くことができる。

明日にはプライドから騎士団全体にも正式に極秘視察が明るみにされることも考えれば、近衛騎士達とステイルだけで飲むのは今日が絶好の機会だった。

しかしアラン達と共に飲みの場に座りお互いにプライドのことで話すことをと思い浮かべれば、最初に思い浮べてしまったのは



『違います違います‼︎ふっ、服が脱げなくなってしまっただけで……‼︎』



「~~~~っっ……」

最悪だ、と。

自分の動体視力という名の目敏さを今は呪う。

ゴン、ゴン、と勢いをつける気力もなく数センチだけ起こしまた額を叩きつける。悪気がなかったことだけは胸を張って言えるが、自分もあんなだらしない格好でプライドの着替えに突入してしまったことも時間が経てば経つほど落ち込んだ。

着替えを終えた後に再びプライドの部屋前で直立不動で待ち、今度こそ上から下まで着替えを終えた彼女に頭頂部が床を向くほど深く謝罪した。

しかしプライドもプライドで「私こそあんな騒いじゃってごめんなさい」と顔を赤くするばかりで余計気まずさが強かった。せめて彼女がいつもの笑みで許してくれたのが唯一の救いだ。


プライドの悲鳴が聞こえ、最初はあの雑な着替えをする数秒すら惜しかった。

特殊能力を解かれる前にボタンなど締めて良いところは全て閉めていたから良かったが、そうでなければもっと開けただらしない格好で突入していたと自覚する。今回の行動が緊急時だったことを考えればむしろ飛び出すにしても遅すぎたと思うアーサーだが、今日だけはむしろもっと遅く行動すれば良かったと後悔する。

あんな、あんな夜這いみたいな、変質者みたいな、と自分の格好とプライドの格好を思い出せば重罰を受けても頷いてしまって良いと思う。

実際は護衛の観点から誰も自分を責める人間がいないという事実もわかった上で、それでも自分の視点で思い浮かべれば本当に覗きをしてしまったように錯覚する。


何者かの奇襲か緊急事態かという考えしか過らなかった時は、自分の格好もプライドの格好も全く気にならなかった。そんなことよりもプライドの身の安全が一番大事だったのだから。

しかし、安全確保さえ理解してしまえば一気に目が覚めるように羞恥心で死にたくなった。

プライドが大人の女性であることも身体の成長もわかりきっていたことなのに、どうしてもあの姿は心臓に悪かった。寝衣の方がまだマシだったと思う。


いっそ全部言って落ち込めば気も紛れたが、間違ってもこんな両者の恥を口にはできない。今も「どうしたよアーサー!」とばしばし背中を叩いてくるアランに何も言えない。うっかり肌けた恰好でプライドの恥ずかしい姿を見てしまったなど頭で言葉にするだけでもテーブルを頭突きで割りそうだった。気にするまでの数秒間まではプライドが身体を隠そうと侍女が隠そうとも、彼女の安全確認をする為に凝視してしまったアーサーにはいまだ強烈に残っている。

羞恥に赤らめた顔も涙目も、恥じらう細眉から子どものような情けない表情も。その記憶全てが、今は一秒でも早く抜けて欲しいと切に思う。

自分だけがだらしない格好をしていただけならこんなに恥らわなかった。子どもの頃はもっとみっともない格好も姿も彼女に晒しているのだから。ただただ互いの状況のありあわせが最悪だった。


クソ、最悪だ、死ぬ、死ね、とぶつけようもない憤りと羞恥に潰れながら口の中を噛んでしまう。

酒を飲む前から潰れたまま首から耳まで赤くしだすアーサーの様子に、返事はなくともプライド関連かなとだけ無言でアランは察した。「うわー……」と口の中だけで呟きながらカラムに振り返れば、彼からも「恐らく」の頷きが無根で返って来た。自分とアランが近衛騎士で交代に訪れた時も、アーサーの様子がきこちなかったことを思えば結び合わせるのも難しくない。


取り合えずまだほじくり返してはいけないことだなと、検討づけたアランは最後に「まぁ飲めよ」とジョッキをアーサーの耳に付けるように寄せた。

ピタリと酒で冷えたジョッキの感覚に、不意打ちでびくりとアーサーの肩が揺れる。そこでやっと「すみません……」言葉を零しながら、寄せてもらったジョッキを掴んだ。

取り敢えず顔の熱を引かせるべく、顔を上げてジョッキに口を付ける。そのまま一度で飲み干すように首の角度ごと大きく傾けた。

グビッグビッとアーサーの良い飲みっぷりに、アランも「おお!」と明るい声で合いの手をいれた。最後の一滴まで飲みきったのを確認すれば、騎士らしい飲みっぷりを褒めるように背中をまた叩



ぐいっ、と。



「どわっ⁈何すン……ッステイル!!」

突然一つに括っていた長い髪を束ごと引っ張られ、アーサーはもともとの姿勢から余計に背中を大きく反らした。

一瞬アランの悪戯かと思ったアーサーだが、目を向ければ隣のステイルが腕だけを伸ばして括った髪を無造作に引っ張り降ろしていた。大幹が鍛えられていなければ椅子ごと背後に倒れていた。


何しやがる⁈と言い直しながらジョッキを少し乱雑にテーブルへと置き、片手で自分の髪束を押さえ反対手でステイルの腕を掴む。

は・な・せ!と怒鳴るアーサーに、ステイルは鷲掴んだまま顔は真正面を向け素知らぬ顔だ。まるで構ってもらえない子どものようなステイルに、アーサーのそばに立っていたアランも二人から半歩下がりテーブルに前腕を置くカラムも半分笑ってしまう。二人のこういうやり取り自体は今は見慣れてしまった。


自分からは離そうとも緩めようともしないステイルに、仕方なくアーサーが力尽くで掴み引き離せばすんなりと取れた。

落ち込みから浮上し始めたところで横やりを受け、舌打ちまで零し睨みつける。しかしステイルは変わることなく目すらくれずにジョッキを傾けていた。

あまりにもしれっとしたステイルに、アーサーももう一度怒鳴ろうと肩まで息を吸い上げたが、途中でやめた。上体ごとステイルに向け、蒼い目を鋭くさせて彼を映す。


「…………どォした」

「別に」

一方的に睨むアーサーとそしらぬ顔をするステイルの二人の背後に、次の瞬間まるで剣を高らかにぶつけ合わせたような幻覚がアランとカラムの二人にははっきり見えた。

同時にアーサーからの覇気がぎらりと湧き上がっていく。まさか落ち着く合間もなくまた乱闘かと、邪魔になる前に元の席へアランが移動する間もバチバチと一方通行の火花があげられていた。

二人の様子にカラムもテーブルを移動させる準備が必要だろうかと、中央に置かれた飲みかけの酒瓶に目を向ける。テーブルごとでは酒瓶は倒れる恐れがある。

あまりにも物騒な覇気にずっと両肘ごと腕を置いて首を垂らしていたエリックも顔の角度を小さく上げた。


「言いたいことあンなら言いやがれ」

「今は、良い。…………〝その件〟ならば責任は俺にもあるから気にするな」

アァ⁈と、思わずアーサーの声がさらに荒ぶった。

その件、という含みにプライドの悲鳴の件をステイルも知っているのかと瞬時に理解する。考えれば当然だ、ステイルもあの時はプライドの下の自室に居たのだから。

しかし今の言い方だと自分が気にしている内容まで見透かされているような気がして、一度血色が戻った筈の顔色がさらに赤み付いた。誰から話を来たのか、それとも瞬間移動で彼も駆けつけていたのかといくつかは思い浮かんだがそれまでだ。着替え中のプライドに飛び込んでしまったなどという間抜け行為全てを見抜かれていると思えれば、表情筋全てが引き攣った。

「なんでお前の責任なんだよ」と言いたいが、喉の手前で止まる。

それこそ今ここで言えば、先輩達に全て明け透けに聞かれることになる。聞き出したいことが増えたことを喉の奥で実感しつつ、全部後に回そうとアーサーは意識的に一度口を閉じた。


ステイル自身、当時何があったか具体的には知らないが、プライドが悲鳴を上げた理由も知っていればその悲鳴にアーサーが駆けつけないわけがないとわかっている。

自分は視界の危機を感じた瞬間に特殊能力で逃げられたが、アーサーはそうもいかなかった。ならばアーサーが早とちりしてしまったと落ち込むのも予想はできる。

そして実際プライドの着替えが遅れた理由も、悲鳴を上げさせたのも自分の所為だという事実を思えばむしろアーサーには申し訳なさが先だった。ただでさえこの後話そうと思っていたこともあれば余計に。


自分も、当時のやらかしを思えば五感全てが蘇りそうになる。

しかし、今はその事件自体よりもあんな大事な話に酷い幕引きをしてしまったことの気落ちの方が圧倒的だった。夕食の時間も最初は目も合わせられず口を噤んでしまった自分に、「さっきは驚かせてごめんなさい」と苦笑まじりに切り出してくれたのはプライドだ。そこで「こちらこそ」と慌てて周囲には気付かれない言葉を選んで謝ろうとする自分に「食事にしましょ」とティアラと腕を引いてくれたのもだ。

お陰で食事が終わる頃には普通に振舞えたが、男としての不甲斐なさは敗北感にも近かった。彼女に謝罪をして、舌の根が渇く暇もなく更なる謝罪案件を作ってしまうなど嘘でも笑えない。


アーサーの睨みと貝になった口に、彼の意識が自分に向いたことだけ確かめたステイルはそこで少しだけ気が晴れた。

完全に八つ当たりであることはわかっているが、いつもならば自分の様子にすぐ気付くアーサーが今回に限って全く目もくれなかったことは少なからず苛つきを覚えてしまった。

今は無言で真正面から自分を睨んでくれるアーサーに、にっこりとわざと笑顔を作って見せれば彼の眉間に皺が寄る。

その顔を眺めてから「それよりも」と話を変えるべく視線を別方向へと移した。アーサーより先にもう一人、話しておきたい相手がそこにいる。


「ハリソン副隊長。お尋ねしても宜しいでしょうか」


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