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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
嘲り少女と拝辞

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Ⅱ464.義弟は問い、


「ヴェスト叔父様。僕はどうすれば叔父様のように正しくあれるでしょうか」


摂政の執務室。

そこで報告書に目を通していたヴェストは、ちらりと視線だけをステイルに向けた。

城に帰還したプライドからジルベールが報告を受けにいっている間、ステイルは摂政業務を補佐すべきヴェストの元に訪れていた。


ステイルの違和感には、ヴェストも執務室へ入ってきた時から勘付いていた。目の周りがうっすら腫れ、顔色も白い肌がうっつらと熱を帯びている姿に体調不良も疑ったが、それ以上に覇気がない。彼ならば体調不良程度でも仕事に支障がないように振舞うであろうと察しが付く。しかも今は仕事こそ抜かりがないものの、口数がいつも以上に少なかった。


更には時折物思いに耽るように目を伏せ、それから音もなく息を吐くを既に三度行っている。

今こうして投げかけたのも、本当に突然だった。先ほどまでヴェストへ提出する上層部からの書類に目を通し、内容を確認し終えたその書類をヴェストの机へ提出しようと席から立って数歩目のことだった。

報告書を読み込むヴェストの正面で立ち止まり、机に報告書を積むまでにも十秒の空白を置いた。パサッと置かれた書類にヴェストが一声返した後も、ステイルは踵を返すことなく佇み続けつい今やっと口を開いた。


着替えを終えた後、ステイルはそのままプライドの部屋には立ち寄らなかった。

別れ際の気まずさの所為で、どういった顔をすれば良いのかもわからず着替えだけの短時間では心の整理もつかなかった。


「……まるで、何か間違いを犯した後のような言い回しだな」

ステイル、と。

起こしていた報告書を降ろし、眉を僅かに吊り上げる。彼の様子がおかしい原因を薄く探りながら、真意を尋ねてみる。

何か重大な過ちでも犯したのかと検討づければ、最初にプライド関連かと考える。まだプライド本人からの報告はジルベールから挙げられていない。ステイルが摂政室に訪れた際に軽く言葉を交わした内容を思い返せば、いくらかは想像もできる。

学校の危機も無事解決し終え、学校関係者と騎士の身内にも正体を隠し通すことができた。密約を交わした生徒に関しても学校で仄めかす様子はなく自分達の正体を伏せていた。

ただし唯一ステイルが予期せぬ事態。プライドの挨拶周りした相手の中に、ステイルの過去の家族がいたと。

しかし会話はしたが、あくまでフィリップとして一貫した。王家や任務についての情報漏洩はせず徹底し、互いに名前すら交わさなかった。城内や社交界パーティーで偶然出会った際の立ち話程度の会話だと。疑わしくば調査されても問題ないと告げられれば、大ごとでもない。

しかしそう告げたステイルは、表情が僅かに無に近づいていた。プライドがどこまでジルベールに語る気かも確認がとれていない為、下手に詳細を語ることもできず敢えて語ったのは客観的視点での事実のみ。

感情を隠すような態度にはヴェストも気になったが、それでも事実上問題なしでプライドも帰還できているのならばと敢えて指摘もしなかった。


だが、今の言い方では明らかに何かがあったと思い直す。少なくとも本人自身の中では「問題なし」と言い切れないようなことがあったのだろうと考えながら、視線だけでなく顔ごとステイルへと向けた。

過去の家族と何か……泣きつかれたか、それとも自分の方が感情を露わにしてしまったか。自分と違いステイルは元の家族と社交界でも式典でも城でも遭遇する機会がない庶民で、個人的思い入れがあることもヴェストは理解している。

しかしそれで問題が何かしら規則以上の起きたならば、報告事態隠すと考える。

自分の切り返しにすぐには返答せず、逸らすように視線を落とすステイルを前にヴェストは机へ両肘を置き指を組む。


─ こんな相談を持ち掛けられるのも初めてかもしれないな。


今まで自分に付いた時から既に優秀で仕事を覚えるのも早かった彼だが、同時に弱みを見せることもなかった。

何を任せても笑顔でこなし、自分の指示以上のことをやってくれる。常に〝優秀〟で〝完璧〟に振舞った彼が、こうして自分に弱った姿を見せるのもそれだけ自分が彼にとっても信頼に値したということだろうかと軽く分析する。

以前の彼であれば、少なくともどんな〝間違い〟であれ、それを自分に気取られるような真似はしなかった。なのに今は気取られるどころか、自白に近い言葉で自分に投げかけている。それだけ自分一人の主観では解決できないのかとも考える。


書類へと一瞬も目を向けず仕事を中断する意思を示して見つめ続けてくるヴェストに、ステイルも小さく口の中を飲み込んだ。

当然ながら詳細など言えない、規則に反してはいないという自負があっても現摂政として規則に厳しいヴェストにそれを言うことは憚れた。

自分にとって理想の摂政である叔父に、彼が乗り越えてきたことを自分は十八にもなって耐えられなかったと思われたくなかった。

伏すだけでなく俯けた顔がそのまま自分の握りこぶしをじっと見つめてしまう。脈が遅く感じられる感覚に自分を置いて周りがゆっくりになったように錯覚する。


僅かに眉に力が入ったように見えるステイルの姿は、ヴェストには悩みというよりも何かを模索しているかのようにも見えた。

単に過ちを叱って欲しいのではなく、言葉の通りどうすべきなのかを探している最中の様子の甥にヴェストも一度大きく息を吐いてから肩を脱力させた。

「プライド関連か」と一言だけ確認を取れば、ぴくりとステイルの右肩が揺れた。


「プライドに関してはお前の方が詳しいだろう。あの子のことで私から言えることなど知れたものだが……」

やはりプライドかと思いながらも、まだ温もりの残ったティーカップの中身を一口味わう。

改めて彼から投げかけられた言葉を振り返る。単純に正しくありたい、でもプライドを間違わせたくないでもなく自身が正しくありたいと彼は願っている。

遠回しに罪の告白にも聞こえる言葉だが、摂政としてというのならばそこがプライドに関わってくるのだろうと考える。同じ摂政である自分を重ね、何らかの疑問を解消したいという気持ちは理解したが、しかし自分と彼では摂政として以外の立場は異なる部分が多い。


「…………私が摂政になったのは、十四の頃だった」

先ずは、最も異なる部分から口にする。

自分が養子になったのは既に精神的にもある程度自立できた十四の時。少なくとも齢七歳で養子になったステイルのように、右も左もわからない子どもの内に引き離されたわけではない。


突然零されたヴェストの昔語りにステイルも今度ははっきりと顔を上げた。

今までヴェストの口から語られなかった彼自身の過去に、自身の悩みすら今は一瞬だが白になった。

ステイルの顔色から先ほどよりも生気が戻ったことを確認しつつ、ヴェストは柔らかな青い瞳を少しだけ緩めた。単純に自分に興味を持ってくれていることにも胸奥が温んだが、それ以上に最近の彼らしい表情に近づいたことに安堵する。


養子になる前の過去を他言することは規則で禁じられているが、それ以降であれば問題がない。そして、現身内にであれば〝ある程度〟も許される。

そう義弟としての規則を頭の中で順々に羅列し確かめながら、ヴェストは音もなくカップを置いた。


「十四の私はある程度の教養はあったが、それでも王族の一員となるには全てが未熟だった。十四の頃のお前と比べれば、遥かに劣るだろう」

下級貴族だった自分は、教師や本には困らなかった。

しかしまさか王族になるなど想像もしていなかった当時は、養子になっても城には居場所がないと思い込んでいた。義姉であるローザが寄り添ってくれなければ今も変わらなかった。そしてそれは七歳だったステイルも同じだろうとも。


自分の場合は、その後すぐに次期女王の婚約者としてアルバートまで移り住んできたから余計に一人で籠ろうとしていた時期もある。それこそ、心優しいローザよりもそのローザの婚約者になった王子のアルバートから嫉妬されることが一番怖かった。

しかし結果としてそのアルバートが間に入って少しずつ自分とローザとの距離を縮めてくれた。全ては自分の能力ではなく、ただ運が良かっただけだとヴェストは思う。


いえそんな、とステイルは口だけが動き独り言のような声しか出なかった。

少なくとも今目の前で優秀な摂政であるヴェストを知れば、自分の方が上回っていたなど過去でもたとえ話でも受け入れられない。自分が出会った頃には既に完成されていた摂政だったのだから。


「そして摂政になるまでの猶予にも恵まれなかった。就任しても暫くは叔父……前任の摂政や当時の宰相にも助けられた。ローザやアルバートにもだ」

目の前の叔父が、周囲の助けを必要とした頃が想像できない。

今でこそ次期摂政である自分が補佐についているが、それまでは従者や上層部にも殆ど自分の仕事は任せずにやりきっていたヴェストを周囲が逆に支えていた時期は想像もつかなかった。

それに比べて自分がどれほど準備期間に恵まれていたかを思い知る。しかも自分はプライドの婚約解消後にも関わらず摂政付きを断行させて貰ったのだから。

本来であればプライドの婚約者が公表されるまで叶わなかった。そして、……ヴェストと違いこんなにも準備期間にも王族としてのスタートにも早々に恵まれていた自分が十八にもなって模索し始めていることに不甲斐なくも思えた。

気付けばヴェストの前にも関わらず背中が僅かに丸み姿勢が崩れる。


プライドの言葉で自分の振舞いを顧みることはできたが、それで全て解決したとは思えない。

あの時まではずっと自分のやっていたことが〝正しく〟〝完璧〟とさえ思っていたステイルにとって、また同じような間違いを犯さない確信などなかった。同じように自分の良かれと思った行動でプライドを間違わせてしまうのではないかと考えれば、今からでも釘先でなぞられるような痛みと不快感が胸に宿った。

「だからこそステイル」とヴェストが続きを語る中、一人奥歯を噛み締めた。明らかに自分よりも第一王子として不遇な環境にいた上で立派な女王の右腕になった叔父へ羞恥まで込み上げ




「今のうちに後悔を積みなさい」




…………?と。

最初、その言葉の意味をステイルは測り兼ねた。


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