Ⅱ463.嘲り少女は叫び、
きゃあああああ!と。悲鳴が上がった直後、第一王女の扉は勢いよく開かれた。
「プライド様ステイル様何事でしょうか⁈」
バタン!と勢いよく扉が開かれると同時に、普段は寡黙な近衛兵ジャックも声を張る。
ステイルの人払いにより侍女も衛兵も全員が彼女の部屋を後にしたまま、近衛騎士の一人は着替え室そしてもう一人の近衛騎士は合流待ち。
いつもよりも護衛警備の薄い状況に加え、今は王族二人しか部屋にいない状況に廊下で控えていた護衛達も少なからず緊張感は張り詰めていた。
ステイルとプライドが二人きりという状況には今更疑念もないが、守る者も見張るものもいない密室を城の中というだけで全く日和れるわけもない。ただでさえプライドは一度公衆の面前で襲撃を受けている。
警護中に扉の向こうに聞き耳を立てようとする者などいない。しかし、いついかなる呼びかけにも異常に気付けるように聴覚を研ぎ澄ませて控えている彼らに女性の悲鳴は鼓膜に突き刺さった。
近衛兵のジャックをはじめとする衛兵だけでなく、専属侍女であるマリーとロッテもその後に続く。プライド様に何か、と一気に血の気が引いていく感覚を覚えながら部屋へと飛び込んだ。そして
「~~~ッッみ、見ないで下さい!!!」
二度目の悲鳴にも近い、プライドが涙目で露出した身体を隠すようにその場に座り込んでいた。
突入した衛兵達もこれには驚愕し、前のめりになっていた足が突如止まり逆に大きく反った。第一王女が長く白い足を隠すように屈ませ、形からラインまでくっきりとわかってしまう身体を谷間ごと隠すように両腕で塞いでいる。
まるで寝衣にも、妖しげにも見える恰好で絨毯に座り込むプライドに流石の衛兵も状況を理解する前に「失礼いたしました!!?」と声を上げた。
細い手足で自身の格好を隠そうとする王女へと急ぎ背中を向け、一部の衛兵はいろいろな意味で心臓を押さえる。後から専属侍女達のマリーとロッテが「ご無事ですか⁈」と駆け寄る中、必死に状況を頭の中で整理した。
最初に見たプライドの姿を見れば、一瞬強姦にでも合ったかのようにも思える。
しかし、窓も鍵が閉まっており扉は自分達が守っている。更には部屋の中に居たのはプライドと〝ステイルのみ〟。……そしてそのステイルがいないという事実に、一瞬だけ疚しい邪推をしてしまった衛兵も少なからずいた。しかしまさかステイル様に限ってと思考の中で首を振る。
ただその場合この部屋にステイルが居なかったことだけは疑問だった。王居の宮殿内を管轄としている彼らは、ステイルの特殊能力については詳しくはないが瞬間移動ということだけは把握している。そのステイルがいないことに関して方法は考えるまでもない。
しかし何故いないのかと考えたところで、専属侍女達に事情を尋ねられたプライドが恥らう声で事実を語った。
「す、ステイルとの話がつい長くなってしまって…………うっかり、元のっ……」
じゅわりと、顔を赤らめながらプライドは自分を抱き締める腕に力を込めた。
その言葉を聞いた瞬間、その場にいた全員から緊張がほぐれた。上がっていた肩から背筋までゆっくりと力が抜けていく。
プライド達の身の回りに関わる彼らは、彼女達が何らかの特殊能力者によって十四の姿で極秘視察を行っていることも把握している。
先ほど帰って来た十四の姿の彼女達は帰還を王配達にも伝えられ、今頃は元の姿に着替え終えている頃だった。どういうタイミングで彼女達の姿が戻っているかまでは知らない彼らだが、本来であれば着替え中である彼らの姿がその前にもとに戻ったとすればプライドの露出も納得できる。
時間にして数秒しか目にしなかった彼らだが、露出の多い彼女は別段衣服が乱れてはいなかった。ごく一部のラインやもともと長い手足の露出が目立っただけだ。
そして話し中に突然プライドが元の姿になり、自身の身体も大人の背丈に戻りだしたステイルを思えば彼がこの場にいない理由も容易に想像ついた。
事件性がないことにほっと使用人達が胸を撫でおろせば、窓や扉の向こうを通して下の階からうっすらと「ステイル様⁈ご体調が⁉︎」「医者を呼びましょうか?!」と侍女の悲鳴がいくつも聞こえてくるのに何人かが気が付いた。
むしろ今は向こうの方が大事件かもしれないと、マリーが侍女の一人にステイルの部屋にも状況を説明しにいくように指示を出す。
パタパタと侍女が部屋を飛び出していくと同時に、今度はまた別の足音が廊下から部屋へと飛び込んできた。
「ップライド様‼︎ご無事ッすか?!!?」
アーサーだ。
元の姿に戻るまで着替え室で衣服だけ着替えて待っていたアーサーは、今は元の騎士の姿だった。
待っている間に髪を括り直す暇はあった彼だが、身体が元の姿に戻り始めた途端にプライドの悲鳴が聞こえてきた。長い足が伸び切らず本来の長さに会わせたズボンの裾を踏んでしまうような状況が苛立たしく、伸び切ってから団服を羽織る時間も惜しんで部屋を飛び出した彼は珍しく格好の全てが乱れていた。
シャツの胸元もボタンが複数開き、裾がスボンの中に仕舞い切れずにこぼれたままだった。団服を脇に抱え剣を片手に走り込んできたアーサーの速度に使用人達が引き留める暇もない。人の壁を抜けて駆け、あっという間に専属侍女二人に囲まれているプライドのもとへたどり着けばその瞬間にまた「ちょっと待って⁈」と悲鳴が上がった。
慌ててマリーが扉の前に立ち、ロッテがプライドを抱き締めて隠すがほんの一瞬でも露出した格好がアーサーの目には捉えられてしまった。
「ッ何がっ……‼︎侵入者とか」
「違います違います‼︎ふっ、服が脱げなくなってしまっただけで……‼︎~~っっ心配させてごめんなさい……!」
へ?と、プライドの早口にアーサーの目が丸くなる。
衛兵達と同じくてっきりプライドの姿に、侵入者かもしくは乱暴に遭ったのではないかと蒼色の眼光をギラリと光らせたアーサーだったが一気にその目が丸くなる。
服?という言葉にそういえばプライドの悲鳴が聞こえたのは自分の身体がもとに戻り始めた時だと思い出す。プライドが今日着ていた服と、そして何故かまだ脱いでいなかった事実を重ねればやっと一瞬捉えたプライドの格好も納得できた。
構えていた剣を降ろし、脇に抱えていた団服を落としそうになるアーサーにロッテが目を合わせてこくんこくんと大きく頷いて見せた。
さっきまでは緊急事態だという意識で気にならなかったアーサーの思考が、じわじわとプライドの露出を見てしまったという事実に傾いていく。ぶわりと全身に汗がにじむほどに真っ赤に茹り出す近衛騎士に、続いてマリーが前に立ちながら代わりに言葉を継ぐ。
「お騒がせして申し訳ありませんでしたアーサー隊長。プライド様はこの通りご無事ですのでご安心下さい。……どうぞ身嗜みの続きを」
落ち着いた声で言いながら、手の動作で自身の胸元を指で示しながらアーサーへと視線を送る。
ハッ‼︎と、マリーの促しで自分の胸元を見れば自分も自分で胸元が開け、とても王族どころか女性の前に立って良い格好ではなかったと気付く。
プライドにも一瞬見られてしまっただろうかと過りながらも、こんな格好で女性の着替え中に飛び込んでくるなど自分の方が暴漢じゃないかと一気に大粒の汗が目に入る。「失礼しました!」と言いながら、手の平で胸元をバシンと押さえた。
そのまま三歩後ずさると、大きく頭を下げて急ぎ着替え部屋へと走り引き返す。
一瞬でも見てしまったプライドの格好を記憶からすぐ消したいと思いながら、今度こそ身なりを整えるべく急ぐ。この格好ではプライドにまともに謝罪もできない。
「どうしましょう……」
ロッテから今すぐ着替えましょうと提案されたプライドは涙目が強まる。
折角心配してくれたアーサーを追い返してしまったことに申し訳なさもあったが、自分のこの恥じらいのない格好ではまともに謝れないと口を噤み続けた。今は自分の身体に合わせてはちきれんばかりに伸びてしまった服の所為で身じろぎ一つも難しかった。
ステイルと語らい合い、腕の中に彼がいた時に突然だった。
少し服がきつくなったなと思えば、明らかに自身の身体が伸びている感覚に流石のプライドも焦った。今日自分が来ているのは何重も重ねられたドレスではない、庶民の衣服。しかもお気に入りの大事な一着だったのだから。無理にきたらどうなるかは今朝嫌と言うほど思い知っていた。
慌てて脱ごうにもステイルを前にそんなことはできない。そしてステイルも、密着した状態からのさっきまでは感じなかった圧迫感と違和感に慌ててプライドから離れれば、完全に目の毒だった。こんな彼女とさっきまで密着していたのかと、自分の衣服が小さくなる心配の暇もなかった。ステイルという押さえを手放してから間もなくプライドの下のシャツのボタンも弾け飛んだ。今朝の試着と違い、今は十四歳のシャツだ。
しかも寝衣よりも薄く身体のラインまでわかってしまう恰好に「申し訳ありません!」と口に出た時には、既に自分の部屋へ瞬間移動した後だった。殆ど同時にプライドの悲鳴が自室の外から聞こえてきた。
予想外に彼女のあわれもない格好を見てしまった罪悪感と、その身体を抱き締めていた事実にステイルは自室で崩れたまま今も動けなかった。
突然のステイルの表出と真っ赤な顔に侍女達が慌てて駆け寄ったが、顔を覆ったままのステイルは何も言えない。廊下の方向からプライドに何かと騒ぎ声が聞こえれば、あの場ではまごうことなき自分が強姦魔だと思いながら強張った両手のひらに押されて眼鏡が落ちた。
そしてプライドもまた、専属侍女二人に呼びかけられても座り込んだまま一歩も動けない。
衛兵が去り、部屋に女性しかいなくなっても胸を両腕で押さえ蹲ったままだった。
まさか何かあったのかとマリーもロッテも目配せし合う中、やっとプライドから「マリー、ロッテ……」と弱弱しい声が投げかけられた。自分がいま動けない理由も、涙目になった理由もそこに集約されていた。
「この服……。せっかくのお気に入りだったのに……」
じわぁ、とそう言いながらまたプライドの涙目が強まった。
ステイル、衛兵達やアーサーに露出した姿を見せてしまったことも焦ったが、それ以上にプライドにとって一番深刻な問題は脱ぐことが不可能なほど身体の一部と化した衣服そのものだった。
ネルに贈られた世界にたった一着のワンピース。庶民向けの為、もともと簡易な着方で済むその衣服は脱ぐ方法もシンプルだ。しかし今はその脱ぎ方も難しい。今までは身体が伸びる前に服を脱いでいたプライドだが、今はぴっちりと服が自分の殻がに合わせて張り詰めている。
腹や腰回り、腕まわりは問題ない。しかし肩幅や何より胸囲が明らかに内側から布地を押しやっていた。十七になってから急成長した女性らしい身体つきが本当に仇になるなんて!とプライドは心の中で叫ぶ。
十四の頃は大したことがなかったが、十七から体付きがラスボス女王と同じシルエットまで急成長した彼女の胸周りは、押さえている両手を少しでも緩めれば布地が裂けるかまたボタンが飛びかねない。
脱がそうにも局部だけがぴっちり詰まっている所為で、途中で服が止まってしまうのは実行前から目に見えていた。
せっかく贈ってくれた素敵なワンピースをたった一日で壊してしまうことにプライドは本気で泣きかけていた。だからといってジルベールに「服を脱ぐからもう一度十四にして!」と我儘を言えない。
特殊能力を解くのと違い、また特殊能力を施して貰うには秘密裏にジルベールをステイルに派遣してもらわなければならないのだから。
プライドが蹲っている理由に、マリーは大きく溜息を吐く。
年頃の男性二人に衛兵にまであられもない姿を見られたというのに、一番に気にするところがそれかとステイルやアーサーの方が不憫に思えてしまう。
「…………仕方がありません。背中の布を切りましょう、あとで私が責任をもって繕わせて頂きます」
「また着れるようになるかしら……?」
「プライド様。ご心配せずとも今日で視察は終わりです」
良いですね?と少し強めの口調で確認を取るマリーに、プライドもしゅんと首を垂らした。




