受け取り、
「すごく、すごく可愛くて嬉しいです。こんな素敵なお人形貰っちゃっても良いのですか……?その、一体どこで⁇」
心からの気持ちを言葉にしながらも、最後は小さく欲が出る。
私達の正体がバレているわけではないと思った途端、緊張と一緒に顔まで緩んでいった。空いている手でステイルとアーサーの人形を順番に取りながら、上目でお母様を見つめる。
「良かったわ」と言いながら、城下の安い雑貨店だから気にしないでとだけ簡単に言ってくれるお母様に思考がぐるぐる回る。つい思い切り褒めた所為で、気を遣わせないように値段ごとお店も秘密にする方向らしい。
なら実はなかなかのお値段がするのだろうか、もうこうなったら同じお店でティアラも父上も母上もヴェスト叔父様も揃えたいのだけれどもと、前世のオタク心が擽られる。もれなくステイルとアーサーの分と同じ人形も欲しい。いっそオーダーメイドとかできないだろうか。
教えてもらえないのなら、後でこっそりお願いしてエリック副隊長から聞いて教えてもらおうしかしら……と、思いながら自然と視線がギルクリスト家長男様に移る。見れば、エリック副隊長が両手で顔を覆ったまま目に見えて項垂れていた。
首ががっくりと垂れ、背中まで丸い。キースさんが「なんだよ兄貴、喜んでるだろ」と歩み寄って肘で突いたけれど、全く顔が上げられていない。
「なんで俺にだけ知らせないんだ……」
「日頃の行い。ジャンヌ達との朝食も贈り物も城下観光も何言っても反対してきたの兄貴だろ」
初日にお菓子を貰った時もそうだけれど、本当に居た堪れなくなっているのだと一目でわかる。
私は本気で嬉しいのだけれど、このままだとお店情報を聞くどころか城に戻ったらまた没収願いされたらどうしようと今から心配になる。その時はまたステイルに助けて貰おう。
絶対この人形は揃えたい。今まで存在を知っていても、自分モデル人形なんて欲しいどころか視界に入れたいとも思わなかったけれども、こうアーサーやステイルまでセットで貰えちゃうとセットで愛しくなる。
セット売りの恐ろしさを今世でまた思い知ることになるなんて。私単体のお人形を飾ることになるのも忍びないし、ここはセットのお人形を揃えたい。
「大事に飾らせてもらいます。本当にありがとうございます、ギルクリストさん」
人形を箱に戻し、蓋をしてから両手で抱き締めてお礼をする。
合わせて両隣の二人も頭を下げてお礼を言う中、エリック副隊長のお父様もお母様もずっと笑顔だった。本当に本当にここまでしてもらって私達からは何も返せないのが申し訳ない。カメラの残量さえあれば、ここで家族集合写真をお送りできたのに。
こうやって思うとやっぱりネイトの発明の素晴らしさを痛感させられる。一瞬でお互いの記念を残せる写真製造機なんて本当に素晴らし過ぎる。しかもネイトは特殊能力使用によるカラー写真。今後科学が進んでも白黒写真が精いっぱいだろうこの世界でネイトの発明は世界中を虜にするんじゃないかしらと本気で思う。
私達からもお礼に!と素敵すぎる贈り物のお返しにはとても足りないけれど、リュックの中にあるクッキーをお渡しする。
もともとレイ達の分も含めて多めに用意していたけれど、もうこんな素敵なの貰ったら残り全部お渡しすることにする。お母様も甘いのがお好きみたいだし、キースさんも仕事のおやつにしてもらえれば食べきるのは難しくないだろう。
「おっ、やった。ありがとうな。じっちゃんばあちゃんはあんま食えないから俺が全部食うよ」
「こら、独り占めするな。母さんと父さんの分もちゃんと」
「ほら兄貴の分」
私がリュックからいくつも出す度に回収してくれるキースさんが、そのままお母様とお父様、そしてエリック副隊長にも配布してくれる。お婆様達は食べられないのは残念だけど、その分食べてくれるなら嬉しい。
独り占めではなくちゃんと配るキースさんにエリック副隊長も唇を一度結んでから渡されたクッキーを一度懐にしまった。
「で、兄貴。返せ、アレ。もう良いだろ?なぁって」
続けてコソコソとキースさんの声が連続する。
既に疲れた顔のエリック副隊長にキースさんがまた肘でドシドシとさっきより強めに連打している。エリック副隊長も痛そうではないけれど、代わりにキースさん側の手でその肩を掴みながら「やめろ……」と少し弱い声が聞こえてきた。まだお人形ショックが残ってるようだ。
エリック副隊長から制止を受けても変わらず「返せよ」と繰り返すキースさんに、例の手帳かなと思い出す。寝起きどっきりを仕掛けたキースさんにお仕置きとして没収した手帳だ。
それからも度々返却を迫っていたし私達がこうして無事帰る今、一秒でも早く返して欲しいのだろう。なんだか兄弟らしい仲良しのやり取りにも見えるその様子を、口が開いたまま眺めてしまう。
キースさんから「ほらジャンヌ達も皆見てるぞ」と急かすような攻撃まで放たれた。その途端、ピクッと肩を揺らすエリック副隊長は一拍置いてから大きな溜息を吐いて身体を起こした。
まだ顔色がうっすら血の気が引いているように見えるけれど、それよりも疲れ切った目の方が心配になる。私達を長時間校門前で待っていた時には見せなかった表情だ。
わかった、と低い声で言いながらエリック副隊長は懐から手帳を取り出した。
きちんと持っていたところから、エリック副隊長も今日返してあげるつもりだったんだなと思う。そのまま手首を返すくらいの動作で差し出した途端、キースさんがまるでひったくりのような素早さで手帳を奪還した。
バシン‼︎と一瞬叩いたんじゃないかと思うような激しい音の直後には、懐に入るサイズの手帳をまるで我が子のように両手で握って保護していた。……よっぽど大事だったんだなぁと改めて思う。
すごく中身が気になる。仕事には関係ない物とエリック副隊長は言っていたけれど、あんなに必死になるのだからもしかしたら重要情報でも書き込んでいたんじゃないかとも想像してしまう。
早速私達には見えないように背中を向けて手帳を開くと、パララララッと凄まじい速さでめくり始めた。
「やっとこれで追記できる……‼︎ほんとこの十何日長くて長くて気が遠くなったよ」
発散させるように少し大きな声で独り言を言うキースさんは、早速ペンをポケットから取り出していた。どうやら中身確認というよりも記入目的らしい。
もうエリック副隊長には用がないと言わんばかりに鼻息荒く手帳を開くキースさんにご両親も慣れた様子で笑っている。ご両親も中身は知っているのだろうか。
そのままキースさんが手帳にペンを、……と書く瞬間に手が止まる。はっ!と我に返ったように手帳から顔を上げると私達の方に振り返った。
「悪い悪い」と言いながら、まだ書く前からペンを再びポケットにしまうキースさんはそのまま大事そうに手帳も服の中に仕舞った。「ちょっと待ってろよ」と、お父様が肘を置くテーブルの上に置かれていたもう一つの包みを手に取る。
「じゃあ今度は俺個人からジャンヌに」
なっ。と、どこか音符マークでも見えそうなほど手帳を取り戻しご機嫌なキースさんからの箱に、ちょっとだけおっかなびっくりする。
どうしてステイルとアーサーを置いて私だけに?という疑問と、人形を貰っただけでなく更に貰えるなんてと驚きが二倍で、遠慮するのが間に合わない。
アーサーが人形の入った箱を預かってくれ、薄く長方形の箱を両手で私は受け取る。人形の箱よりも総面積は大きいけれど、こちらも身構えた以上に軽かった。箱も年季が少し入っているように見えるし、もしかしたら手製の品とかで自前で包装を用意してくれたのだろうか。
箱を開け、中身を確かめればちょっと予想外のものが入っていた。
一体どうしてこれを私に?と一人首を傾げる中、ステイルとアーサーもまじまじと首を伸ばした。やっぱり二人もこれを私が貰うのは不思議らしい。エリック副隊長は、と振り返ってみると
「~~~~ッッキーーーース!!」
玄関外まで聞こえるだろう激しい怒声が響き渡った。
さっきまで血色が悪かった顔が、今は色を塗ったように真っ赤だ。突然の大きな声もそうだけれど、数秒前の顔と違い過ぎてそっちの方にびっくりする。
目まで吊り上がって栗色の眼光は間違いなく名指ししたキースさんへと向かっていた。一瞬私の方を向いて怒鳴っているのかと錯覚したけれど、キースさんが姿勢を低くして早々と私の影に隠れていた。まさかの壁にされたことよりも、キースさんのしてやったり顔にもしかしてこの贈り物はと箱の中身を二度見する。
まずい、人形よりもこちらの方が今すぐ没収されかねない。
ステイルも私よりタッチの差で気付いたらしく、ハッと息を飲んだ後には私からもエリック副隊長からも顔を背けてフフッと笑いを零した。
短く肩を震わせたステイルを見て、アーサーも一度眉を寄せてから「あ!」と声を上げて気付く。背中ごと向けるステイルに代わり、私がアーサーと目を合わせそして小さく頷いた。多分その予想で間違っていない。
「お前は‼︎なんでよりにもよって!そんなの他人に渡す物じゃないだろ‼︎」
「もともとは兄貴が俺にくれた物だろ」
もう使わないからって。と、そう続けるキースさんへ、エリック副隊長が掴みにかかる。
顔を真っ赤にしてお怒りのエリック副隊長が「それはお前が弟だからだ!」とまた怒鳴る。二人の会話からやっぱりこれはエリック副隊長の元私物だったらしいと私達は確信した。
箱が古びているのもその所為だろう。確かに兄弟間でのおさがりならまだしも、自分の使い古しをよその人に贈り物として渡すのは庶民間でも少ないだろう。まぁそうでなくてもアーサーでもステイルでもない私がこれを頂くのは妙な気がするけれど。
男性物のネクタイなんて。
何故三人中で唯一女性の私が貰ってしまったのだろうか。兄弟代々の私物をまたお下がりして貰えたのだと思えば、ギルクリスト家の一員気分になれて嬉しいけれども。……いやでもついさっきエリック副隊長に他人宣言されてしまった。
取り合えず私が貰う前はキースさんの所有物ではあったらしいし、せっかく頂けたのだからと没収されないように箱ごとまた抱き締めて確保する。
エリック副隊長も今はこちらよりもキースさんに手いっぱいな様子で彼の後ろ襟首を掴んだ。手帳没収だ、と言った途端にキースさんが懐を押さえて防御する。
手帳の安全だけ確保できればもう安心とばかりに、エリック副隊長の手を振り払おうともせず私へと顔を向けて説明してくれた。
「騎士団入団決まってからそういう類は殆ど俺かロベルトの兄貴に譲ってくれてさ。ほら、今の仕事はタイなんか使わねぇだッモガ!」
「キース‼︎お前は、最後の最後にそういう……」
顔を真っ赤にしたままキースさんの口を塞いだエリック副隊長は、どうやら昔の話をされるのが恥ずかしいらしい。
確かに騎士になったら公式の場でも社交の場でも基本的に騎士は団服が正装だ。つまりは騎士になってからそういった礼服は殆ど弟さん達に譲ったということだ。
まぁ一部は残しているかもしれないけれど、少なくとも日常用に必要なほどの数は不要になる。
エリック副隊長の身内ならではエピソードに、アーサーが小さく声を漏らしながら再びネクタイの入った箱を見つめた。
さっきの不思議そうな眼差しと違い、今は蒼色の目の奥が輝いて見える。先輩騎士であるエリック副隊長の歴史が盛り込まれた途端、アーサーの中で価値が跳ね上がったのだろう。
私もそんな思い出深い品ならと思うけれど、ここはやっぱり後輩騎士であるアーサーに譲ってあげた方が良いのだろうか。騎士になったからこそ不要になってキースさんに譲られたネクタイなんて、つまりはー……
「そんなに返して欲しければ兄貴から頼めよ。ジャンヌに〝贈って〟欲しいって」
「お、れ、の、だ!変な言い回しをするな!!」
そこまで自分の物が宣言されると余計に貰いにくい。
やっぱり弟さんには渡せても他人には貰われるにも困るということだろうか。気持ちはわかるし、ならこっそり返却も視野にいれるべきかと考え直す。私は欲しいけれど、元持ち主であるエリック副隊長の意思を尊重すべきでもある。
贈る、とキースさんは言うけれど、それにエリック副隊長が返却と言い回しを直すのもわかる。女性から男性にネクタイなんて贈ってしまえばあまりにも意味合いがロマンチックになってしまう。
ステイルが小さく笑みながら「それも素敵かもしれませんね……」と呟いた。途端にアーサーがすかさず拳をポカリとステイルの頭へ落とす。
多分エリック副隊長をこれ以上困らせるなという意味だろう。叩かれた部分を片手で押さえるステイルも、唇を尖らせるともうそれ以上は言葉も止まった。
その間もキースさんとエリック副隊長との攻防が続く。キースさんの口を止めたいエリック副隊長に対し、キースさんは口を塞がれなければまた開く。
多分今日まで手帳没収されたことの意趣返しもあるのだろう。「なあジャンヌ!」と呼びかけられ、うっかり身体ごと跳ねそうになりながら顔を上げる。
「ジャンヌは欲しいよな?兄貴のタイ。〝兄貴の〟だぞ⁈」
急に論争の軍配を丸投げされて、背中が反ってしまう。
楽しそうに眺めているご両親と違い、確実に本気でお怒りのエリック副隊長を前にここは味方になるべきかとも考える。……だけどここで嘘でも「別に私女性なので要らないです」と言うのもそれはそれで失礼だ。
真っ赤な顔で目を大きく開いて私へ向けてくるエリック副隊長と無言で二秒見つめ合ってから、ごめんなさいと心の中で謝る。
「そう、ですね」と途切れ途切れに言葉を続ければ、まさかの裏切りにショックだったようにエリック副隊長の目が見開かれた。本当にごめんなさい!!
ほらみろ、とドヤ顔にも近い表情で笑うキースさんは掴まれた襟首のまま胸を張る。
どういう理由であれキースさんがエリック副隊長へ意趣返しだけで贈ってくれたとも思わないし、贈り物であるのなら畏れ多くも気持ちは受け取りたい。それに、このネクタイは。
「エリック副隊長が、騎士の道を叶えられた第一歩の証ですもの。これ以上に素敵な品はなかなかないと思います」
だからエリック副隊長もとい弟のキースさんへ正式変換すべきか、それとも欲しいですと十四歳特権でおねだりすべきか。
最後のギリギリまで葛藤しながらも正直な気持ちを言葉にする。
キースさんの話を少し聞いただけでも、私が貰うのがもったいないくらいの大事な品だ。そんな素敵な思い出の品を、嘘でも橋渡しでも「要らない」とは言いたくない。
そう思って眉が垂れてしまいながらも笑って見せれば、ぼわりとエリック副隊長の赤が濃くに塗りつぶされて固まった。俄かに開いた唇を震わしながらこちらを見つめてくるエリック副隊長に、やっぱりここまで自己分析されるのは恥ずかしかったのかなと思う。弟さんにエピソードを語られただけで顔が真っ赤だったもの。
でも正直な感想を言いたいと思うとどうしても外せなかった。
塗りつぶされた顔のエリック副隊長から手の力も抜けたのか、自由の身になるキースさんは抜けるように私へ駆け寄ってくると「よしじゃあ決まり」と再び私の頭を撫でてくれた。
背後からエリック副隊長の代わりにお母様とお父様から「良かったわねぇジャンヌちゃん」「良かった良かった」と微笑ましいものを見る目を向けられる。
人形に続いてエリック副隊長とキースさんのお下がりも欲しがった十四歳に向けるには暖かすぎる眼差しだ。…………少し恥ずかしい。
ありがとうございます、と言葉を返しながら私は改めてネクタイ入りの箱を抱き締め直す。
取り敢えず返すにしても受け取るにしても、ここはこのまま持ち帰って後で人形と一緒にエリック副隊長と応相談だろうか。できれば両方とも頂くのを了承して貰えればありがたいのだけれども。
話が一応は纏まったところで放心するように固まるエリック副隊長に、キースさんが「兄貴?ジャンヌだぞ。プライド様じゃないぞ」と呼びかけるけれど返事はない。食い入るようにネクタイを手放さない私をその場で見つめている。
「……では行きましょうか、ジャンヌ。そろそろお爺様もお待ちでしょうから」
収束が見えたところでステイルが、人形の包みだけを片手に私達へ手を差し出した。
アーサーが響く声で「本ッ当にお世話になりました!」と改まって頭を深々下げた。私も、予定よりも長居してしまったと時計を見上げながらステイルの手を取る。今回は城に移動するのもいつも通り〝山へ戻る〟私達三人だけ。エリック副隊長とも一度ここでお別れだ。
手紙についての受け渡し相談も後日にした方が良い。こんなに手放しで見送ってくれる中、私達から断れないお願いをするのは公平じゃない。
まだご迷惑をおかけすることになるかもしれないと、今から申し訳なくなりながらも私達は改めてお礼を告げた。
本当にありがとうございました、御恩は一生忘れませんと。何度目かになる頭を下げ、温かく見送られる中瞬間移動した。
またいつでもおいで、困ったら相談にのる、元気でな、ご家族に宜しくとと。
最後までそう言ってくれるギルクリスト家は本当にまた帰りたいと思うくらい素敵な家族だった。
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